第十七話【明日香の告白】(二)
「……なるほどな」
食器が片付いたテーブルに向かい合って座り、明日香の話を聞いた杏が顎に手を当て思案する。
話を嘘だとは思っていない様で明日香も少し安堵したが、改めて言葉にしてみると自分でも突拍子のない話だと思った。
父を失った悲しみやその影響で母が変わってしまう事にどうする事も出来なかった歯痒さ。頼れる大人を失った喪失感が重なり追い詰められた結果心を切り離し、それがロストを作り出す根源となったというのは、にわかに信じ難い話だった。
「お前が手放した心がアリダという人格となり、ロストファクターという子ども達もお前と同じように心を捨てた。それをアリダが使って新しい人格を創り出した……その結果子ども達は、ロストを生み出すロストファクターの力を得た。確かにそれが事実なら、状況証拠だけでも辻褄は合うな」
閉鎖病院で得た情報を照らし合わせながら、杏が明日香から聞いた話を整理する。明日香はその様子をじっと見ながら、杏の次の言葉を待った。
「初めてロストが出て、ここが結成された頃の事を聞いたことがあるか?」
杏の問いに明日香は少し考えながらも首を振った。
「大体五年いや、六年くらい前になるか……。私が初めてロストの事件に遭遇した時のことだ。その時のロストは無差別に人を襲ってて、ロストになる原因となる人物はいなかったんだが、小さい子どもが襲われそうになって咄嗟に身体が動いた。その時にこれが現れた」
杏がコアのついたバンドを見せる。
燃える炎の様に赤いガーネットがキラリと光に反射して光った。
「これがギアとなり私はロストを倒した。私が最初にセイバーになったと言われてる。そしてDSIが結成され、神奈川、千葉、東京といった所でもロストが確認され始め、私以外のお前達もセイバーになった。その後ロストが出現したエリアを中心に施設が造られ、各々が配属された。明日香、お前もそうだろう」
明日香は静かに頷いた。五、六年前といえば、明日香の父親が亡くなった時期と一致する。それより以前にロストに似た怪物が現れたという記録は無い。見たことない未知の怪物が突然現れたとしたら、最初に目撃した人達はどのような反応をしたのだろうか。
そのロストに杏が都合良く出くわした可能性は低い。となると、杏がコアを手に入れる前にロストになった人達は。
「……杏さんがセイバーになる前のロストはどうなってたのか、知ってますか?」
「大人は話したがらないがな。コアを使わないとロストは元には戻らない。故に怪物として処理し、今でも一部の人間が失踪扱いになってると聞く。そんなに数はいないみたいだがな」
「……その、杏さんがセイバーになる前の、ロストはどの地域で出たか聞いてますか?」
「私の今の管轄エリアだな。ロストの出現原因を調べる為に、私はここの配属に決めたのもある」
膝の上で手を握りしめながら、明日香は杏の話に耳を傾ける。そして重々しく口を開いた。
「……実は昔、埼玉に住んでた事があるんです。父が亡くなって、母の仕事の関係で東京に引っ越す前に。それで……」
「そうか」
「やっぱり、だとしたらそのロスト達は、もしかして私が……」
明日香の言葉の語尾が徐々に小さくなる。
初めて確認されたロストの出現場所の近くに、自分がいた。それは紛れもない事実だ。
無意識に拳に力が入り、手のひらに爪が食い込む。
認めたくない仮説が、明日香に静かにのしかかる。逃れられないと分かっていたはずなのに、それはとても重かった。
杏が息をふうっと吐きながら、明日香を真っ直ぐ見る。
「お前はロストに刺さってたあのニードルを生み出し、人間に突き刺したことがあるか? あのロストファクター達みたいに」
その問いを聞き、明日香は遠慮がちに首を振った。
「じゃあお前はロストを生み出していない。お前の話を聞く限り、妹の世話で忙しく、他のロストファクターみたいに他人に構う暇が無かったんだろう。アリダもそばに居なかったみたいだしな」
杏が淡々と推測を話すが、明日香の顔は浮かばない。
「……でも、無意識に、もし意識が乗っ取られていたら、その時ニードルを人に刺してないという証拠は無いです」
「じゃあ聞くが、先日お前がロストになった時、お前にニードルを刺したのは誰だ?」
「……アリダ、です」
「そうだ。アリダもニードルを生み出す事が出来る。だとしたら最初に人間をロストにしたのも、お前よりアリダである可能性の方が高くないか?」
杏の言うことは一理ある。
しかし、そのロストが出現する原因となるアリダを生み出したのが自分である可能性がある以上、明日香も人間をロストにする行為に加担してしまっているという事に変わりない。
自分のせいで沢山の人の人生を狂わせてしまった。その事実が罪という形に変え、明日香に重くのしかかった。
「大体のことは分かった。明日香、あとはお前の好きなように過ごすといい」
「えっ……」
「屋上に行ってみても良いぞ。昼間は景色がそれなりに良い。……私は忙しいから、今度はついて行けないがな」
そう言いながら、杏が席を立つ。
くるりと背を向けドアノブに手をかけて、ああそういえばと明日香の方に振り向いた。
「中央の盾には私がなる。今聞いた話を許可無く共有することはしないから安心しろ」
相変わらず淡々とした口調だが、それでも杏からは優しさが感じられた。
ばたんと静かに閉じたドアを、明日香はしばらく見続ける。自分でももう少し、頭の中を整理する時間が必要だった。
───────
埼玉支部の屋上に来た明日香は、心地よい風に髪をなびかせながら手すりに手を添えていた。
今は初めてここに来た時のような衝動には駆られない。
杏に話を聞いてもらったのが効いたのか、状況は何も変わってないのに心は少しだけ穏やかだった。
色々考えていたら何もしないまま一週間が過ぎてしまった。この期間、ロストの出現報告は聞かなかったが、他の支部や自分の管轄エリアである東京本部にはあったかもしれない。
自分がロストの出現する根源であるならば、ロストと正面から向き合わなければならない。
しかし、一人でロストを助けることは不可能だ。相棒と、誠司と共に戦う必要がある。
……今の自分は、誠司と並ぶ資格があるのだろうか。かつて幼い時に約束した、背中を預ける存在になれているだろうか。
明日香は踵を返し、屋上を出てある場所へ向かった。
* * *
不意に明日香の肩を掴んでいた杏の手に力が入る。
それまで苦い顔をしていた明日香の表情が切り替わり、体勢を低くしてしゃがみ身体を押さえ込もうとした杏の手から逃げた。
するりと脇を潜り杏の背後に回り、杏が振り向きざまにいつの間にかコアを変形させたギアであるバズーカを明日香に向ける。しかし杏が構えたのとほぼ同時に、明日香も自身のギアである弓の弦を引き光の矢を構えていた。
明日香の表情を見て、杏がふっと笑みを零す。
「私の不意打ちにここまで的確に動けるようになったんだ。もう少し自信を持ちなさい」
「…………」
「あまり自分を卑下し過ぎるな。調子に乗らないのは良い事だが、やり過ぎは私のことが信用出来ないと同意だと思え」
「っ!?」
明日香はハッとして顔を上げ、弓を下ろした。
「私、そんなつもりじゃ……」
「分かってる。だがもう少し自信を持った方が、あいつの隣に立ちやすくなるだろう。お前が強くなりたいと言った理由を考えるんだな」
杏がそう言った時、杏のポケットから電子音が鳴る。
スマートフォンを取り出し耳に当て、二、三言葉を交わして耳を離す。
「いつでも出られる準備が整ったようだ。昼食を食べて身支度を整えたら本部に出発する。……昨日も言ったが、私との訓練はこれで終わりだ」
「……はい。一週間、ありがとうございました」
明日香は杏に向かい深々と頭を下げる。
杏が明日香の頭をぽんぽんと軽く叩くように撫でると、トレーニングルームのドアに向かって歩き出す。
明日香もギアをコアに戻し、杏の後を追った。




