第十七話【明日香の告白】(一)
お待たせしました。今日から更新再開です。
これから毎日投稿していきますのでよろしくお願いします。
無機質で四角い広いトレーニングルームの中央に、明日香は立っていた。しんと静まり返り物音一つしないそこで、自身のギアである弓を構えながら目を閉じ耳をすませる。
それは何かの気配を感じ取るような、感覚を研ぎ澄ませているような動きだった。
ゆっくりと目を開き顔を上げ弓を構え、目の前にある大画面のモニターに目を向けると、モニターに複数の円が現れた。
出現した瞬間、明日香は素早く弓を引き光の矢を作り、それで円の中央にある的目掛けて放つ。
矢は真っ直ぐと進み円を破壊すると、ひとつ、またひとつと出現する。それらを明日香は取りこぼさず、しかし正確に素早く射っていった。
どのくらいそれを繰り返しただろう。少しずつ息が上がってきた頃に最後の的が壊れ、次の的が出現しなくなる。
しかし明日香は緊張を緩めることなく周りの気配を探るように集中を切らさない。刹那、少し間を置いて背後からレーザーのような光が明日香に向かって飛んできた。
素早く身を翻し瞬時に躱す。顔すれすれの所を通り、風になびいた髪に当たる。間一髪避けたと安堵する時間は無い。すぐさま別の的が現れ、そこから次のレーザーが放たれ足元を攻撃してくる。
それを更に避け跳躍した時に弓を構え、レーザーが放たれた的目掛けて矢を射った。横の壁に現れた的からレーザーが放たれ、反射的にそれに向かって弓を構え弦を離すと、今度はレーザーが明日香に届く前に霧散された。
休むことなく画面のモニターにも再び的が現れ、そこからレーザーが飛んでくる。次第に疲労が蓄積され腕や足にレーザーがかすり、明日香は舌打ちしながら的を壊していく。最後の的を射った時、ようやくレーザーの攻撃が止んだ。
はあはあと肩で息をしながら呼吸を整えていると、しんと静まり返ったトレーニングルームのドアが開き、杏が姿を表した。
「だいぶ動けるようになったな」
かつかつと靴を鳴らし杏が明日香の方へ向かってくる。いつの間にかモニターは的が出ていた画面ではなく、モニターのすぐ上のカメラから撮っている明日香と杏の姿が映し出されていた。
杏が手元のリモコンを操作するとトレーニングルームの電気が消え、明日香の身体から数箇所赤い光が浮かび上がった。いくつもの細い線が自身の身体から発せられるそれらを、明日香は苦虫を噛み潰したような目で見つめていた。
「これらの傷をどのタイミングで受けたかは覚えているか?」
「……はい、ある程度覚えています」
眉間に皺を寄せモニターを睨む明日香の肩を杏が掴み、くるりと回転させる。
「じゃあ、ここはどうだ?」
「……!?」
モニターに大きく映し出された明日香の背中には、丸く赤い光が浮かび上がっていた。レーザーに当たるとそれなりに衝撃があるので、当たった場所は瞬時に分かるはずだが、この場所だけは杏に指摘されるまで気付かなかった。
「当たったのは最初のレーザーを避けた直後だ。死角からで認識が出来てなかったようだな」
「……流石にこれに気付かないのは、致命的ですよね」
背中のほぼ真ん中、つまり心臓に近い部分なので実戦だったら即死も免れない場所だった。いくら不意打ちの攻撃と言えども言い訳は出来ない。
「初めてやった時はどこに傷を負ったか分からないほど全身が赤く光ってただろう。それに比べたらだいぶ減った方だ。さっきも言ったが、動けるようになってる」
杏が励ますように明日香の肩を叩く。
杏に訓練を頼んでからだいぶ経つのに、自分は本当に強くなってるのだろうか。
明日香はまだ杏の言葉を信じきれず、弓を持った手に力がこもっていた。
* * *
窓から朝日が射し込み部屋を明るく照らす。
しかしその部屋の空気はそんな爽やかさとは正反対で重い。出された朝食を前に明日香は手を付けず、ただ力が抜けたように座りテーブルの上を見ていた。
昨晩気の迷いで屋上から飛び降りそうになるという醜態を晒したのを引きずっているのか、明日香はバツが悪そうにしていた。
飛び降りを未遂に終わらせた当人の杏は気にしてないのか明日香の向かいに座り、ジャムを塗ったトーストをかじっている。
「ちゃんと食べろ。腹が減っては戦ができぬって言うだろう?」
そう言うが無理に食べさせようとはしない。
あくまで明日香が自発的に食べるのを待ってるようだ。
杏に促され明日香はおずおずとフォークを手に取る。
いただきますと小さく呟き、皿の上のスクランブルエッグに手を伸ばそうとしたその時、ドアをノックする音が響いた。
入れと杏が声をかけると、失礼致しますと女性の声が聞こえる。がちゃりと音が鳴り入ってきたのは、埼玉支部の職員だった。
「この後支部長が白崎さんを連れてくるようにと。直接話が聞きたいそうです」
「ここで私が聞く。情報は全て共有するから後で私が話すと伝達しておいてくれ」
間髪を容れず、杏は淡々と職員に話す。
言い返しにくい空気だったが、職員もすぐには引かなかった。
「……そうはいきません。支部長命令です」
「支部長と言えども明日香は初対面だ。いきなり複雑な話をしろという方が酷だろう」
「ですがお嬢様」
職員がそう言った時、杏が職員を鋭い眼光で睨みつけた。蛇に睨まれた蛙の様に職員は身体をこわばらせ、口を閉ざす。
「ここではその名前で呼ぶなと言ったはずだ。分かったら下がってくれ」
「……承知しました」
腑に落ちない表情をしながら職員が部屋を後にする。
バタンと音を立てて閉じたドアに明日香は目を向けつつ、杏の顔色を伺うように見た。
「……なんだ?」
「あ、いえ……何でもありません……」
明日香は誤魔化すように目線を下に向け、目の前の白い皿に乗ったスクランブルエッグを口に運ぶ。
杏と職員のやり取りが気にならなかったと言えば嘘になるが、踏み込んで聞いて良いのか分からなかった。
その様子が杏にも伝わったのだろう。コーヒーの入ったマグカップをテーブルに置くと、杏が肘を立て手に顎を乗せて明日香を見た。
「DSIの研究資金やその他費用は、中央機関が出資してるというのは知ってるか?」
「えっと、はい。……そう聞いてます」
明日香は戸惑いつつも杏の質問に答える。
DSIの主な活動費用は表向きには国から出ていると言われているが、実際のところそれだけでは足りない。
中央機関が足りない資金の大部分を出資している為、章吾を始めとしたDSIの職員はロストの研究や救出のサポートに専念出来ているというのが現状だ。
故に何か不都合な事を起こした際は、決して小さくない小言を言ってくるが文句を言ってはいけない。明日香は章吾からそう説明を受けていた。
突然脈絡もない話を切り出され明日香は首を傾げていると、杏が再び口を開いた。
「中央機関は、私の実家だ」
フォークで刺そうとしたウィンナーがかすって逃げ、先端が白い皿の上に音を立てて当たった。しかし明日香はそれには気にも止めず、少し間を置いて聞き返した。
「…………え?」
「豊川財閥は知ってると思うが、私の家はそこの創始者の家系なんだ」
明日香はまじまじと杏の顔を見た。
豊川財閥といえば、昔の日本を支えたという有名な財閥の一つである。解体された後も豊川グループとして幾つもの事業を立ち上げ、日本の経済を支えていると授業でも習うくらいの知名度だ。
そこの家系ということは、杏は良い所というレベルではない、大富豪の令嬢という事になる。先程の職員がお嬢様と口を滑らせたのも、おそらく杏の実家の関係者だからだ。
「本流じゃないが、金の流れには口を出せる立場だ。私はそこの一企業の跡取りなんだが、今はセイバーの実務もあって好きにやらせてもらってて、それでDSIの資金もある程度自由に出せるんだ」
「そうだったんですか……」
「他のセイバー達には内緒な。今回の件もあって、あまり良い印象を持って無いだろうから」
杏が少しだけバツが悪そうに苦笑いをする。
表向きには、明日香は閉鎖病院の作戦でロストになるという失態の結果、尋問を受ける為中央機関に連れて行かれたという事になっていると杏から説明を受けていた。
杏の機転によりそうはならず、明日香は埼玉支部で保護される事になったが、これを真に受けた誠司達には元々口煩いことで印象が悪かった中央機関の株が更に下がっているはずだ。
明日香はこくりと頷くと、杏は口元に少し笑みを浮かべながら佇まいを直した。
「さて、私の話は以上だ。次は明日香、お前の番だ。食べ終わったらで良いから分かる範囲でロストのことを話しなさい。ゆっくりで構わない」
ピリッとした空気が再び張り詰める。
だが先程とは違い、居心地は悪くなかった。
杏が自分にだけ秘密を共有したからだろうか。今なら夢で見たことを話せる気がする。
「……はい。分かりました」
明日香はゆっくりと頷き、フォークでウィンナーを刺して口に運んだ。
修行パートを現在進行形で読み応えある話にするのは技術が足りなかったのでサクッと進ませました。




