第四十三話【未来へ向かって歩いていく】(二)
日差しが入り込む明るい室内で、キーボードを叩く音が静かに響く。
風通しをよくするために少し開けた窓からは、穏やかな風が吹いてきていた。
不意にコンコンとドアをノックする音がする。
どうぞーと声をかけるとガチャリとドアが開き、誠司が顔を出した。
「あれ、もうそんな時間?」
「いや、美琴さんから今ケーキ受け取ったからもうすぐ着くって連絡きた」
「分かった。そしたらキリのいい所までやるね」
誠司の言葉に返事をしながら、明日香はカーソルを操作して編集していたデータを一度保存し、再びキーボードを打ち始めた。
「今どんな感じ?」
「うん、もうすぐ終わると思う」
「そういやキャベツとトマト、千葉支部の山下支部長の所から規格外の譲ってもらえるって」
「え、それほんと? そしたらここの費用だいぶ浮くなあ……」
明日香はもう一度打ち込まれたデータを見ながらカーソルを操作する。しかし誠司の後に続いて入ってきた人物を見た時、明日香の顔がパッと花が咲いたように笑顔になった。
「杏さん!」
そこには紺色のシワ一つないスーツを身にまとい、明日香に穏やかな笑みを向けている杏がいた。金髪のウェーブがかかった髪から覗く耳には、かつて杏が持っていたコアによく似たガーネットのピアスが輝いていた。
「今日会えると思ってなかったから嬉しいです」
「たまたま時間が取れてな。夜に会食があるから長居は出来ないが、皆集まるから少しだけ顔を出しに来た」
明日香は杏との久しぶりの再会に顔を綻ばせて席を立つ。
実家の跡を継いであちこち忙しなく飛び回っている杏は中々会う事が困難になっていた為、会って話せるのはとても貴重な時間だった。
立ち上がり杏の元へ駆け寄ろうとして、しかし明日香の身体がぐらりと揺れる。
咄嗟に誠司が駆け寄って明日香の肩を抱いた。
「大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫、急に立ち上がったから目眩がしただけかも」
心配無いと笑う明日香だが、呼吸は荒く手は胸に当てたまま離れない。誠司はそれを見て眉間に皺を寄せた。
二人の様子を見て杏が口を開く。
「自分で思ったより根詰めていたんだろう。少し休んだ方が良いな。私は先に行って皆に伝えておこう」
「え、大丈夫ですこのぐらい」
「無理すんなって。田中も夏歩と買い出しに出かけたまま戻って来ないし、まだ時間はあるから」
誠司が窘めるが、明日香は納得してないように眉を寄せる。しかし杏の有無を言わせぬ表情を見て、渋々了承して首を縦に振った。
杏が部屋から出たのを見届けてから、誠司が明日香をソファに座らせる。
そのまま誠司も明日香の隣に腰掛けると、明日香はゆっくりと息を吐いて深呼吸をした。
「……久しぶりに杏さんとお話し出来ると思ったのに」
「そんなすぐに帰らないから、今は休め」
少しだけ膨れる明日香の頭を、誠司がぽんぽんと軽くなでる。むっとしながら明日香が横を向いた時誠司の胸元で光る、ある物が目に入った。
「どうした?」
「……ううん。どうして誠司は指輪にしたのかなって。別にアクセサリーが好きって訳じゃないのに」
誠司の胸元にある、チェーンに通された指輪を見ながら明日香が答える。指輪には誠司のコアによく似た黒曜石が、小さな宝石となって付いていた。
美琴がコアをネックレスに加工したのをきっかけに、明日香以外の全員が自身のコアを加工して今も身に付けている。明日香のコアである水晶は粉々になってしまい加工が不可能だったので、各々のコアが形を変えてくのを眺めながら羨ましく思ったものだ。
誠司の胸元にある指輪もそのひとつである。それを不思議そうに眺める明日香を横目で見ながら、誠司はあさっての方向を向いてソファに背中を預けた。
「……まあ、なんとなくな」
答えを濁された事は言及せず、明日香は更に続ける。
「これ、どの指に付けるか決めてるの?」
「秘密。その時がきたら教えてやるよ」
「何それ」
誠司の返答に明日香は笑うが、誠司はそれ以上何も言わなかった。
「そういえば、最近ここに来る子達の勉強見たり遊んだりしてるんでしょ? どう?」
「まあそれなりに楽しいかな。子どもと遊ぶの好きだし俺も勉強になるし。明日香は? ここの手伝いしながら経営の勉強すんの大変じゃない?」
「確かに覚える事は多いけど、でも楽しさの方が勝つかな」
ロストが現れなくなった為、DSIは一度解体された。
しかしすぐに新たなNPO法人の団体として結成され、今は主に子ども食堂を中心として無料の学習支援の他、不登校の子どもの居場所等も提供している。
誠司の母、志保監修の子ども食堂は地域でもかなり評判が広まっており、週三回開催される時は食堂に列が出来る事も少なくない。
明日香も子ども食堂の手伝いをする傍ら食材管理に少しだけ関わっており、ゆくゆくは経営にも関わる目的で今は勉強をして知識を蓄えている所だ。
会話しながら明日香の顔色が良くなってきたのを確認して、誠司が立ち上がる。
「そろそろ行こうか。立てるか?」
「うん、もう大丈夫。ありがとう」
差し出された誠司の手を取り、明日香も立ち上がった。
そのまま二人は部屋を出て、パタンとドアが閉まる。
明日香が座っていた机の隅に置かれた小さな小瓶が、窓から差し込む日差しを受けてキラリと光る。
中には明日香が持っていたコアである水晶の細かくなった欠片が入っていた。
こういう展開、好きなんです。
次はエピローグです。




