第四十三話【未来へ向かって歩いていく】(一)
穏やかな初夏の日差しが照らす天気の良い日だった。
駅の入口から少し離れたロータリーに停車してる車の窓が開いていて、そこから風が緩やかに吹き込んでくる。
運転席には男性が一人座っていて、誰かが来るのを待っているようだった。
ふと反対側の窓に目を向けると、小さな少女が駅に向かって小走りで駆けていく。前を歩く母親に追いつこうと足を懸命に動かしていたその時、どこかにつまづいたのか少女が転倒してしまった。
すぐに母親が気付き少女の元へ駆け寄り、涙を溜める少女を宥めながら手を繋いで歩いていく。少女がいたその場所でキラリと何かが光った。
気になった男性が車から降りて確認すると、そこにはユニコーンの形をしたヘアピンが落ちていた。
恐らく今の少女が転んだ時に外れてしまったのだろう。しかし少女と母親はそれに気付くことなくどんどん駅に向かって行く。
男性は軽く溜息をつきながら二人の後を追った。
「まあどうもすみません! ありがとうございます!」
母親が何回か頭を上げ下げしながら少女の前髪に受け取ったヘアピンを付ける。少女が前髪に付いたユニコーンのヘアピンに大切そうに触れながら、顔を綻ばせて男性に微笑んだ。
「おにいちゃんありがとう!」
「……おう、次は気を付けろよ」
男性が少女のお礼に軽く受け答えをすると、少女と母親は手を繋いで去って行った。
その時男性のポケットに入れたスマートフォンが震え出す。取り出すとチャットのプッシュ通知が画面に表示されていた。
『ごめん、ちょっと出るの遅くなっちゃったからこっちまで迎えに来てくれる?』
そのチャット画面を見て男性は少し笑みを浮かべて返信を送り、再び車に乗る。
エンジンをかけようとした時再びスマートフォンが震え、もう一度画面を見る。先程と同じ送り主であろうそのチャットの文面を読んだ男性は、今度は眉間に皺を寄せて画面を二度見した。
直後、コンコンと車の窓を軽く叩く音が聞こえ、男性は目を向け少し嫌そうな顔をする。
窓の外から、前髪を編み込んだ短髪の高校生くらいの少女が、男性に向けてにこやかに手を振っていた。
* * *
「いやーほんま助かったわー」
走り出した車の助手席に座り、空美が荷物を膝に乗せて軽く伸びをする。
「バスに乗って行く予定やったけど、うちこっちの土地勘あんまりあらへんから心配でな。美琴さんに連絡したら奏さんがいるから探してみてって言われたんや」
空美が自身のリュックサックからスマートフォンを取り出し美琴との個別チャットの画面を奏に見せるが、運転をしている奏は空美の方を見ずに前を向いたままだ。
昔からの見知った仲とはいえ、普段は美琴が座っている助手席に空美が座っているということに奏は若干複雑な気持ちを抱いていた。
「美琴と合流したら後ろに行けよ」
「分かっとるって。それまでは良いやろ? 昔からの仲なんやし」
「煩くするなら降ろす」
「相変わらずつれへんなあ。そんないけずなこと言わんとってや。折角久々に皆揃うんやし」
奏の塩対応を軽くあしらい、空美がスマートフォンの画面に指を滑らす。美琴にメッセージを送ったのかすぐにピコンと返信音がスマートフォンから鳴り、空美はそれを見て微笑んでいた。
「明日香さんの二十歳の誕生祝い、奏さん来れるか分からんって美琴さんから聞いてたけど来れたんやな。レポートの課題が多いみたいやって聞いたけど」
「昨日までに殆ど終わらせた」
「それは凄いな。今日の集まりは美琴さんの発案やから間に合うように終わらせたん?」
空美の質問に奏は答えず、車を走らせ続ける。
しゃーないなーと空美は質問の答えを聞くのをやめ、奏と同じ方向に目を向けた。
「……方言」
「ん? なんか言うた?」
「方言、まだ残ってんだな」
赤信号で止まった奏が空美の方言である関西弁を指摘する。大阪から関東に越してきてだいぶ経つのに、未だ標準語を使ってない空美に少し疑問を抱いたようだ。
「あー、実はうち、関西の高校に進学する事になって、去年から寮生活しとるんよ。せやから綾瀬の家から今は出たんや」
「なるほど」
「陸上の棒高跳びでええ成績出したら強豪校から声がかかってな。和真も陸上やっとったから喜んどったわ」
多分あれや、長い棒の使い方に慣れとったからやろうなあと空美が遠くを見て懐かしそうに微笑む。セイバーの時に如意棒を使って戦ってた経験が部活という新たな場所で活かせて誇らしいようだった。
「でもその辺美琴さんから聞いてへんかったん?」
「聞いたかもしれないけど忘れた」
「ちょっとちょっと、美琴さんの言うたことなのに忘れとったん?」
空美がすかさず突っ込んだその時、車が緩やかに右折する。『桜星大学病院』と書かれた看板が立ててあり、車はその病院に向かう道筋を辿っていた。
「しっかし美琴さんが看護師目指してるなんてなあ。和真から聞いた時驚いたけど、でも考えてみたら美琴さんらしいなあ」
聞いた所美琴は、今向かっている病院で看護実習をしているらしい。
空美の言葉を奏はスルーしようとして、しかし何かが引っかかったのか口を開いた。
「美琴から聞いたんじゃないのか?」
「いや、うちは直接聞いてへんで。和真から聞いたんや。病院の実習の雰囲気とか他にも色々聞いてたみたいやで」
「……なんであいつに聞く必要があるんだ?」
奏が前を向きつつ眉を寄せながら空美に聞くが、逆に空美は首を傾げていた。
「あれ、美琴さんから聞いてないん? 和真、今病院で研修医やっとんで」
空美がそう言ったタイミングで、白い角張った大きな建物がある駐車場に入る。徐行運転をしながら入口付近に目を凝らすと、遠くに小さな人影が見えた。
「あ! あれ美琴さんやない? おーい……って、あれ?」
空美が窓を開けながら腕を出して大きく手を振ろうとして、何かに気付いてその手を止める。
奏も空美が見てる方角に目を向けて、そして眉間に皺を寄せる。
美琴であろう人影の隣に、美琴よりも背丈の高い男性らしい人影があった。
「なーんや美琴さんと和真、同じ病院やったんか」
美琴と一緒にいた和真とも合流して、空美が納得の声をあげる。二人共今はそれぞれ私服姿だが、ついさっきまでそれぞれの白衣に袖を通して研修と実習をしていたらしい。
「そうなの。実習終わったタイミングで和真君が声かけてくれてね。それで奏にここまで迎えに来てもらって一緒に行こうって」
「てかくうには俺の研修先の病院の名前教えてたから気付いてるもんだと思ってたぜ」
「こっちの土地勘分からへんのやから気付けるわけあらへんやんか。同じ名前の病院だってあるかもしれへんし」
空美が軽く頬を膨らませ口を尖らすが、久しぶりに美琴に会えた喜びの方が強いのかすぐに笑顔になった。
「ケーキ屋さんで予約したケーキ取りに行って欲しいって夏歩さんから連絡来てるから、行く途中で寄ってくれる?」
「ああ分かった」
「そしたらうちは後ろに移動するな。美琴さん前やろ?」
「あ、私も後ろに行くー。助手席は和真君乗っていいよ」
「え、良いのか?」
和真が美琴に聞きつつ奏の顔をチラリと見る。
ただでさえ普段から無愛想な奏の目から、笑みが完全に消えていた。
「だって久々に会った空美ちゃんと女子トークしたいし」
「うちはそれで構わへんけど、ほんまにええんか?」
「良いの良いの。私は普段から奏の助手席乗ってるし、和真君も後ろじゃ多分狭いと思うし」
確かに言われてみれば、後部座席より助手席の方がゆったりしていて、背が高くて大柄な和真には丁度良い広さがあった。
そうこうしているうちに美琴と空美が後部座席に移動する。奏も無言で運転席に戻ったので和真も助手席に移動した。
車が病院の敷地から出て道路に出る中、和真が口を開く。
「……悪かったな。美琴の席取っちまって」
「うるせえ黙れ蹴り落とすぞ」
「こら奏! そういう事言わないの!」
「なあなあ美琴さん、それグルチャで言うてたネックレスやろ? めっちゃ綺麗やなー」
悪態をつく奏を宥める美琴の首元を、空美が目をキラキラさせながら見つめる。美琴のコアであったラピスラズリと同じ宝石で彩られたネックレスが、美琴の首元で輝いていた。
「でっしょーこれ私も気に入ってるの。作った時ちょっと余ったから扇も特注して装飾付けて貰ったんだけど、どう?」
「え、この扇美琴さんのギアそっくりやん! ネックレスは写真で見とったけどこっちは初めて見るわ。これも綺麗で素敵やんなー」
「空美ちゃんのそのキーホルダーも写真で見たけどやっぱり可愛いわねー!」
美琴が空美のリュックサックに付いてるキーホルダーを指差す。猿のぬいぐるみが空美のコアであったシトリンに似た丸い玉を抱えるように持っていて、その玉には金継ぎされた後が残っていた。
「えっへへーこれええやろ! この金色の傷が頑張って戦った証って感じでええ味出しとんねん!」
「これもこれで良いわねー。和真君のバングルもさっき見せてもらったけど綺麗だった!」
「分かる! あれもええよなー!」
美琴と空美が女子トークに花を咲かせている中、前に座った和真と奏は無言である。しかし和真が頬杖を付いて横に目を向けると、ちょうど左折レーンを確認しようとした奏と目が合った。
「……なんだよ」
「いや別に」
和真のコアに似たヘマタイトと同じ宝石が埋め込まれたバングルが、和真の左手首で光に反射してキラリと光る。その反射に目を細めて奏が目を逸らすが、和真は奏の膝近くに視線を下げて笑みを浮かべる。
車のキーに奏のコアと同じカイヤナイトに似た宝石が埋め込まれた皮のキーホルダーがぶら下がっており、奏の膝付近でゆらゆらと揺れていた。
少女の母親とすれ違ったのが明日香だったら、気付けたんですかね?




