第四十二話【新たな希望を胸に抱き】
DSI東京本部の食堂のテーブルには、彩り豊かな食べ物が並べられていた。誠司の母である志保特製の唐揚げや赤いケチャップで盛り付けされたピザがあり、いくつもの紙皿の上には個包装のお菓子も沢山並べてある。
中央にはコードで繋がれた鉄板も置いてあり、何かを焼く準備も整っている。
色んな種類のペットボトル飲料もあって、これからここで何かが始まるのを物語っていた。
食堂のドアを誠司が開けると、中で準備をしていた美琴達の手が止まる。誠司のあとに続いて明日香が少し緊張しながら中に入ると、空美と美琴が明日香の方へ駆け寄ってきた。
空美が何か言いたそうに口を開いて閉じてを繰り返すのを見て、明日香が声をかける。
「えっと……久しぶり、空美ちゃん。美琴さんも」
明日香が少しぎこちなく笑みを浮かべながら二人の名を呼ぶと、空美が目に涙を溜めて明日香に勢いよく抱きついた。
「ほんまや! ほんまに明日香さんうちの事覚えとった!!」
そのまま声を上げて泣き出す空美に明日香が驚きつつも受け止めると、美琴が少し遠慮がちに空美の肩に手を置いた。
「もう空美ちゃんったら……明日香ちゃんの記憶は消えてないって事前に聞いてたでしょ」
「せやけど、自分の目で確かめなあかんと分からんやん!」
「それは確かにそうだけど……っ!」
空美を宥めようとした美琴まで口を抑え、感極まって涙ぐむ。
そのまま空美と一緒になって明日香に抱きついて泣き出す美琴に明日香は戸惑いつつも微笑む。誠司もその光景を見ながら穏やかな笑みを浮かべていた。
「ほら二人とも少し離れろ。明日香が困ってるだろ」
テーブルの準備の手を止めた和真が来て二人の肩を叩くと、二人は涙を拭いながら渋々明日香から離れる。
「いえ、私は大丈夫です。ご心配おかけしてすみませんでした」
「謝ることじゃねーって。でもまあ、前よりも表情豊かになったんじゃないか」
和真がそう言って明日香に笑いかける。
その意味が分からない訳じゃなかったがピンと来なかった明日香は、疑問符を浮かべながら少しだけ首を傾げた。
「そんなに私、以前と違いますか?」
「ああ、全然違うぜ。俺は今の明日香の方が好きだな」
突然和真からストレートな好意の言葉をかけられ、明日香は頬を赤らめる。ここまではっきりと好意の言葉を言われた事はなかった為、対応に慣れていなかったのだ。
「えっと……」
「あっはは悪い悪い、そういう意味じゃねーって。でも俺だけじゃなくてここにいる奴らは皆そう思ってるぜ。なっ、奏もそうだろ!」
和真がそう言いながら後ろを振り返り、準備を続ける奏にも声をかける。和真の言葉に美琴と空美も頷いたが、奏は反応しなかった。そして和真が何かに気付いたのか明日香の背後に目を向けると、明日香の頭に手を乗せてぽんぽんと軽く撫でてから自身の胸に引き寄せた。
「えと、和真さ……」
「だからお前もそんな顔すんなって」
困惑する明日香の耳を塞ぐように腕を回して彼女の頭を抱え込み、和真は明日香の背後にいた誠司にウインクして目配せする。
誠司の頬が紅潮し体温が僅かに上がる。しかし明日香は和真の胸元に頭を抑え込まれてたので、自分の背後で誠司が百面相をしてる事に気付くことはなかった。
「……っ!? そ、それより沙夜はどこ行ったんだ? 田中も居ないみたいだけど」
「沙夜ちゃんと癒月ちゃんは、今夏歩さんと一緒にケーキ屋さんに行ってるよ。もうすぐ帰ってくるんじゃないかな?」
「そ、そうか……」
「杏さんももうすぐ着くってさっき連絡来たで」
空美がそう言ったちょうどその時、ドアが開き杏が食堂に入ってくる。明日香はそれに気付くとパッと笑顔になり和真から離れ、杏の方へ向かった。
「杏さん! お久しぶりです!」
「ああ、久しぶりだな。体調の方はどうだ?」
「今は落ち着いてるので大丈夫です!」
人懐っこい笑顔を浮かべる明日香に杏が笑いかけると、そのまま食堂全体を見渡す。
そして全員にここに集まるようにと指示を出した。
「どうしたんですか、改まって」
「ちょっと、お前達だけに話しておきたい事があってな」
そう言いながら杏は自分の上着のポケットに手を入れた。
「先日和真から連絡があってな。その時コアを確認して気付いたんだ」
杏が手の中にあるコアを明日香達に見せる。赤いガーネットである杏のコアに、鋭いヒビが入っているのを見て明日香は思わず息を飲んだ。
「空美が最初に気付いたんだが、まあ、その……つまりそういうことなんだ……」
杏に続いて和真が遠慮がちに出した手の中には、同じようにヒビが入った和真のコアがあった。続いて空美も自身のコアを出すと、それにも大きなヒビが入っていた。
「和真君達もだったのね……」
美琴と奏も自身のコアを取り出すと、同じようなヒビが入っている。
「俺だけじゃなかったんだな……」
誠司もそう言ってコアを見せる。黒曜石である誠司のコアにも、鋭い亀裂が入っていた。
全員明日香のほどでは無いものの、コアが壊れていたのだ。
「空美が言うには、コアの中に入ってた魂も感じられないそうだ」
「うん……やっぱり皆のもそうや。おとんとおかん、いなくなってもうた……」
空美が悲しそうに呟き下を向く。それはコアの力が無くなったと同時に、それぞれのコアの中に入ってた大切な人の魂も消えてしまったということを指していた。
「お姉ちゃん……」
美琴が小さく呟き自身のコアを胸に抱く。和真も「ほのか……」と呟いてコアを握りしめた。
杏と、奏と誠司も口を閉ざしてコアを握りしめた手を見つめる。それぞれの大切な人を思い出してるようだ。
「シェイド達に続きアリダが消滅したことから、恐らく今後ロストが発生する事は無いと上は見ている」
「……もう、ロストが現れることが無いから、皆、本来居るべき場所に還ったということですね」
明日香の言葉に、杏が静かに頷く。
明日香のコアに宿っていた父も、あの時アリダの魂を連れて明日香から離れていった。恐らく今は空から見守ってくれているのだろう。
明日香は俯いている空美の肩にそっと手を乗せた。
「たとえここにいなくても、空美ちゃんのご両親は、皆の大切な人は、皆の心の中で生き続けてる。私はそう信じてる」
明日香の言葉に空美が顔を上げ、静かに微笑んで頷いた。
「DSIはロストを救出する為に作られた機関だ。時期に中央から解体命令が出ると思う」
杏の言うことはもっともだ。必要のなくなった以上DSIを維持し続ける理由はない。だが明日香は、誠司や他のセイバーと出会うきっかけになったこの場所が無くなることに、少し寂しさも感じていた。
「今後ロストが現れないのは、とても良いことだと思います。けど……」
杏の説明を聞いた美琴が、少し遠慮がちに口を開いた。
「ロストになりそうな人は、今後もいなくならない、ですよね?」
美琴の言葉に、空美が「あっ……」と何かに気付いたように声をあげた。
ロストになってしまった人達は、人間の悪意や社会の闇にのまれて生きることに絶望を抱えた人達だった。
しかし今後も人間関係のトラブルやいじめなどは、人が生き続ける限り無くなることは無い。それは防ぎようのない事実だ。
ロストが出てた時はその人が抱えた闇が目に見える形で露呈してたのだが、ロストが現れなくなった以上今後はその機会は来ない。助けが必要な人達に気付くことは前より困難になるだろう。
「うん。だから……考えていくことが、必要なんだと思います。全ての人を救うことは出来なくても、ロストになってしまいそうな、助けが必要な人を助けられる方法を、皆で考えていく必要が。それが……セイバーだった私達が出来ることなのかと、私は思います」
明日香の言葉に、一同は頷いた。
その直後、勢いよく食堂のドアが開かれる。
「ただいまー! お姉ちゃんおかえりのケーキ、ケーキ屋さんから持ってきたよ!」
沙夜の元気な声が響き、後ろから癒月と夏歩が大きな箱を持って入ってきた。それを見て空美がにこりと笑う。
「よーし! そしたら早速うち特製のたこ焼き作ったるわ! ほっぺた落ちんよう気ぃつけてな!」
「やった空美ちゃんのたこ焼き! 和真君に聞いてから楽しみにしてたのよね。さ、明日香ちゃんもこっちこっち!」
「お姉ちゃん、早く行こ!」
「明日香ちゃんのケーキ、沙夜ちゃんが選んだんだよ。お姉ちゃんの好きなケーキはこれだって」
「飛渡本部長ももうすぐ来るって。それまでに残りの準備しちゃいましょ!」
沙夜に連れられ癒月と夏歩にも促され、明日香は食堂のテーブルに着く。
もうすぐ明日香の快気を祝う会が、始まろうとしていた。




