第四十話【君を待ちつつ 秋の音聞く】(二)
九月に入っても暑い日は変わらず続いていて、一向に秋が来る気配は無い。
昼食を食べ終わった誠司は冷房の効いた教室で残りの昼休みを過ごそうと、自身の机の上で突っ伏していた。
うとうとと夢うつつの中、誠司の上に影がさす。
「……わたり、ひーわーたーり!」
「んあっ!?」
突然頭をはたかれて飛び起きた誠司の目が同じクラスの友人の顔を捉えた。
「っと、ごめん。えと、なに?」
「何って俺とお前、今日日直だろ? 資料室から次の授業で使う教材運んどけって先生から連絡来た」
そう言いながら友人が、親指で教室の壁に付いてる内線を後ろでに指さす。折角の仮眠を邪魔され若干意識がはっきりしないながらも、誠司は頭をがしがしとかいた。
「あー……了解」
「さっさと行こうぜ。遅れると久保センうるせーし」
昼休みぐらいのんびり過ごしたいよなーと友人がぼやきながら教室の出入口に向かい、誠司もそのあとに続いた。
ダンボールに詰まった白いプリントの山を抱えながら束ねた模造紙を小脇に抱えて教室に戻る途中、同じように教材が詰まったダンボールを抱えて前を歩く友人が振り返ってきた。
「なあ、お前悩みでもあんの?」
「え、なに急に」
なんの脈絡もなくそう聞かれ戸惑う誠司に、友人は前に向き直りながら話を続けた。
「だってお前、最近ぼーっとしてること多いし。俺らとつるんでてもどこか上の空って感じだし」
誠司はいつも通り振舞っていたつもりだったが友人からしてみればそうではなかったらしい。あー……っと生返事を返しながら誠司は口を開いた。
「あーそうだったか? ごめん、あんま覚えてなくて」
「もしかして好きな女でも出来たか?」
どさどさっと激しい音を立ててダンボールが床に落ちる。上に乗っていたプリントが数枚そこから飛び出し、ひらひらと弧を描きながら落下していった。
あーあー何やってんだよーと言いながら友人が自分の持っていたダンボールを廊下の隅に置き誠司の元に駆け寄るが、誠司は硬直したままだった。
「え、なに? 冗談のつもりだったんだけどひょっとして図星?」
「ち、ちがっ! そんなんじゃ」
「じゃああれか? 告白してフラれたとか」
「だからちげえってば!!」
慌てふためきながら言い返す誠司の顔を、友人がしゃがんで頬杖を付きにやにやしながら見返してくる。誤解をすぐに晴らさねばと誠司は頭をフル回転させながら口を開いた。
「そうじゃねーって、その……お、幼馴染が、事故にあって……それでまだ、意識戻らなくて……」
セイバーの事を隠しつつフェイクを入れた説明をしながら、明日香を幼馴染というカテゴリーに当てはめる違和感に誠司は何とも言えない気持ちになる。
がしがしと頭を軽くかきながら誠司が顔をあげると、友人が先程とは違いバツが悪そうな顔で誠司の顔色を伺っていた。
「……そうだったのか、ごめん、そうとは知らずに」
「いや、俺の方こそ悪い。話してなかったし」
散らばったプリントをダンボールに入れながら、友人も同じようにプリントを拾う。その手を休めずに友人がもう一度口を開いた。
「……容態、かなり悪いのか?」
「いや、安定はしてるから、あとは本人次第だって」
「そっか……」
トントンと揃えながら最後のプリントの束をダンボールに仕舞い、誠司はダンボールを持ち上げながら立ち上がる。友人も廊下に置いた荷物を手に取り立ち上がった。
「じゃあ早く目が覚めますようにって、祈るしかないな」
「えっ……」
「こういう時は神頼みが一番だろ? 早く目が覚めるといいな、その子」
友人がニカッと笑いながらそう言うと、再び教室に向かって歩き出す。ふと美琴が明日香の目が早く覚めるようにと御百度参りをしているという話を思い出し、誠司は笑みを浮かべた。
「……ああ、そうだな」
先を歩く友人の後を誠司は追う。
明日香が居なくても、誠司の日常は変わりなく回っていた。
* * *
それは、涼しい風が吹き始めて比較的過ごしやすくなってきた頃だった。
担任の教師が連絡事項を伝え、午後のホームルームが終わり下校の時刻になる。
担当の掃除場所に向かう前に軽く荷物をまとめておこうと誠司が鞄を開けた時、鞄のサイドポケットに入れてあったスマートフォンが僅かに震えた。
何か通知が来たのかと誠司はスマートフォンを取り出し画面を見る。ホーム画面を見た次の瞬間、誠司はがたりと音を立てて立ち上がった。
「飛渡、どうした?」
友人が訝しんで誠司に声をかけたその時、誠司は友人の両肩を掴んで顔を覗き込んだ。
「……っ! 悪い、明日購買のコロッケパン奢るから、今日の掃除当番代わってくれねえか?」
真剣な顔をして顔色を伺う誠司を見て、友人は何かを察したらしい。
「……おう、良いぜ。絶対だからな!」
友人が親指を立ててサムズアップを取ると、誠司は短くお礼を言って自分の鞄を鷲掴み、弾丸の如く教室を飛び出した。
勢いよく教室を出て行った誠司の背中を見送りながら、隣の男子生徒が複雑そうな顔をして友人を見る。
「……お前良いのか? あんな取引にならねえもん引き受けて」
「え、なんで?」
「なんでってお前、購買のコロッケパンってうちの学食の中でもほぼ幻じゃねえか」
購買のコロッケパンと言えば、一日限定二十食しか販売されない入手難易度Sランクに匹敵する代物だ。
いつもその殆どが高等部の生徒に買い占められてしまう為、誠司達中等部の生徒でありつけた者は未だ片手で数えるぐらいしか確認出来てなかった。
つまり明日、誠司が確実に手に入れられる物では無い。掃除当番を引き受けた所で見返りが期待出来るものでは無かったのである。
しかし誠司の背中を見送る友人の顔は、男子生徒の顔とは違い笑顔だった。
「お前何笑ってんの?」
「いやー、春が来たなあと思って」
「はあ? もう十月だぜ? これから来るのは秋だろ」
にやにや笑う友人がそう言った意図が、男子生徒には理解出来なかった。
廊下は走らないという教師の注意を聞き流しながら、誠司は昇降口まで走り続ける。上靴から外靴に履き替え転がるように校舎を飛び出し、ちょうど今バス停に到着したバスに勢いよく飛び乗る。どさりと空いた席に滑り込んではあはあと息を整えながら、誠司は鞄からスマートフォンを出して改めて画面を見る。
『明日香の目が覚めた』
章吾から来た個人チャットの画面には、その一言だけ書かれていた。
* * *
DSIの東京本部に着いた誠司は、勢いよく中に飛び込み走って明日香の眠っていた部屋へ向かう。
勢いよくドアをガラリと開けると、外から吹く風が吹き込んでカーテンをぱたぱたとはためかせていた。
しかしそこに明日香はいない。
昨日まで明日香が寝ていたベッドは空だった。
誠司がはあはあと荒い呼吸を繰り返しながら呆然としていると、自身の名を呼ぶ声が小さく聞こえる。
振り向くと夏歩がなんとも言えない顔でこちらを見ていた
「なあ、明日香どこに行ったか知らねえか? 父さんから目が覚めたって連絡あったんだけど」
肩で息をしながら明日香の居場所を聞く誠司に、夏歩は複雑そうな顔をしながらもその問いに答えた。
「あ……えっと……さっき屋上に行くって……」
「サンキュー」
夏歩に短くお礼を言うと誠司は部屋の前に鞄を置き、屋上に繋がる非常階段目掛けて走っていった。
屋上に繋がる階段を上る足音が非常階段全体に響く。
誠司がその最上階のドアを勢いに任せて開けると、屋上の端の正面の手すりに寄りかかる人影があった。
明日香だ。誠司はすぐに分かった。
誠司は声をかけようと口を開いて、しかしその口を閉じる。
気持ちが高ぶって感極まったのもある。ここまで休みなしで全力疾走して息切れしていたのもある。
しかしそれらよりも、明日香が自分の事を忘れてないかどうかが、誠司は不安だった。
紅葉や他のロストファクター達みたいに、心を手放した後の記憶が無くなってたら、明日香は自分の事を覚えていない。それを確かめるのが怖かったのだ。
恐る恐る明日香に近付くと、その足音に気付いたのか明日香が後ろを振り返る。
さあっと屋上に吹く風が、明日香の二つに結んだ髪をなびかせていた。
「……誠司?」
明日香の口が自身の名を紡いだ時、誠司は心臓が止まりそうになった。
誠司が全力疾走する所の挿入歌は、松任谷由実さんの『春よ、来い』だと思ってます。
季節は秋だから季節外れかもしれませんが、これ以上ピッタリな曲が思い付かないんです。




