024 デブ、吐く
「ぐううううっっっ――」
毛皮の鎧。身に纏う。
恐怖、恐怖。目の前に迫る巨躯に対して、感じるのは恐怖のみ。
――熊、羆だ。俺の知ってる奴よりも、少しばっかし鼻が長い気がするけれど。
間違いなく、地球なら最強の肉食獣の一つと呼ばれた、ソレだ。その事実が、この世界においても普遍で在るならば。
(はや――)
木々の間を、すり抜けて。
ああ、疾く、重い。筋肉の塊は、いとも簡単に此方へ届く。
「――うああッッ!!」
でも、立ちん坊になってる場合じゃ――
構える、せっかく新調したロングソード。3メートルに及ぶだろうお前に、どれだけ届くかは分からないけど。
「――――」
羆は、何も言わず。言わぬまま、広げた腕、その先の鉤爪を伸ばして。
だんっ。跳んだ。巨体が、こっち目掛けて。
ああ、無理だ。これは、必殺だ。そういう一撃だ。俺の安っぽい命なんて、一瞬で刈り取られるだろう――
「――――ふっ」
でも、羆は届かない。なぜなら、阻むものがあるから。
華麗に、舞うように。振り抜いたナイフ。羆を相手取るには、軽すぎるそれは。ほんの少し、触れただけで。
――羆が、吹き飛ぶ。
『――テッペイ、反応が遅いッ! 相手にならないなら、相手にしないッ! 一秒でも長く、生き残る選択肢を探すッ!!』
キコの怒号が飛ぶ。
くそ、分かってる。分かってるけど、頭も体も付いてかないっ!
向こうには、人の道理が無い。だから、こっちが獣の道理に合わせなきゃ――そんなの、分かっちゃいるけれど。
『ああ、しゃあねえぜえご主人様あッ!! でも、キコちゃんが助けてくれる内に覚えとけよおッ!』
「お前は何もやってねえだろっ!」
戦闘で誰より役立たずな、お前には言われたくないっ。
が、言ってることは尤もだ。すぐさま、剣を構え直して。更なる敵に備える。
来たのは、羆だけじゃあない。アイツに追い立てられた――
「――――ッ!!」
『狼、九頭! 魔獣、耳が良い、死角が無いっ、だってよっ!』
立て続けに訳して、スライムが叫ぶ、
ああ、その通り。狼だ。大型犬くらいのサイズ。耳が良い? 死角が無い? 分からんが、クリック音とかそういうやつか!?
「お前らならあああッ!!」
剣を持ち上げる、肩を引く。キコに教わった、単純な構えだけれどっ!
――ヒュオウ!
飛び出した、先頭の狼。振るわれた剣。
二つ交わって――結果、狼の頭がカチ割れる。
飛ぶ血飛沫に塗れながらも。視線を群れからは離さない。
「オェ……ッッ!」
登ってきた胃液を、強引に押し込んで。
ステップ、ステップ。後ろへ退いて。引きつけつつ、別れた一頭、誘ったなら!
「当たれよおおおおッッ!」
そのまま、振り抜いて!
横からの一撃、解らないまま、食らってくれりゃ――
「――!」
狼の四肢に、力が入る。柔らかい地面に、足を沈ませて。
そして、ずれる。体の経度。鉄平の剣撃は、狼の毛を掠めて通り過ぎる……!
(何だよこの、亜人ばりの超反応は!)
くそったれ。本当にクソッタレだ。
挙句に、カウンターの様に。体の崩れたコチラに、牙を向けて――
「――舐めんな、こっちのほうが重いだろうがああッ!!」
「ガフッ!?」
思い切り、地面を蹴り飛ばして。
捨て身タックル、顎が勝ち上がったら痛いだろうよ!
――ぼふんと、飛ばされた狼の体。
その胸に、トドメの一撃を――
「アアッッ!!」
絞り出すように、声が出て。今にも、泣き出しそうだったけれど。
切っ先は、ちゃんと狼の心臓を捉えた。狼の体は、少しばかり痙攣をしたら。もう、ぐったりとして動かない。
「次ィィッッ……!」
脳が、高ぶってる内に動かねば。
一体を相手にしすぎた。もう、何頭か迫ってるだろう――
『――テッペイ。平気』
――と、振り向いて。
その先には、転がる獣と、佇むキコ。
『全部、やった』
経過したのは、ほんと何秒。
その間に、一つの群れは消えた。
『やっぱり、数が多すぎる。食べ物には、困らないけど』
「オェッ……」
多すぎる情報量に、目眩がして。何の返答もできなかった。
ただ、遂に堪えきれなくなって、胃液を口から溢れる。ああ、本当にもう、しんどい。
『テッペイ、死体を残しすぎたから。それ終わったら、すぐ移動する』
「……ぅうっ、わかった」
落ち着くまで吐ききって、気持ち悪さは拭いきれないけれど。口を拭って、キコに従う。
もう、亜人の集落の間近まで来て。その頃から、獣との遭遇が増えた。
何度も襲われて、何度も殺して。その度に恐怖と嫌悪感で、精神がぐちゃぐちゃになりそうだった。
「キコは……平気なの……」
その裏に、自分は弱いと込めつつ。
顔を赤く化粧しても、平然とするその姿に。疑問と、少しの恐さを感じて。
『慣れてるだけ』
キコは一言、そう言った。
慣れ。麻痺。自分も、そうなるだろうか。それが、良いことなのかは判別できないし。それまで生きていられるかも分からない。
「やっぱり、キコは強いね……」
精神も。肉体も。
よく考えれば、キコの戦いを見るのは初めてで。
でも、なんの意外性も無く。ただ淡々と、キコはキコで有り続けた。どれだけ殺しても、鉄平がよく知るキコのまま。
(俺じゃあ、慣れてもそうはならない)
きっと、戦う自分が出来上がるだけ。
今の自分と、戦う自分を使い分けて。やっと、精神を保てるだろう。
(強くなるのは、難しいや)
何だかいつも、軽い気持ちで初めて。そして、後悔してばっかりだ。
始まりばっかカッコつけて、結局泣き言を言って。
こんなんじゃ、一向に強くはなれないだろうに。
そう、頭のなかでごちゃごちゃと。自責している最中。
キコが、一言。こっちに届く、ギリギリくらいの声で。
「――弱いキコは、皆と一緒に死んだから」
――何かを、呟いた。スライムは、訳さなかった。




