023 デブ、近づく
歩いて、歩いた。今までの人生で、一番歩いたかもしれない。
休みはした。夜はしっかり寝た。だからと言って、疲労が全て取れるワケじゃない。
そもそも、疲労する時点で未熟なのだ。
(もう、六日目……あと、一日……)
ここまで、何とか乗り切って。幸い、亜人にも会わず。
キコの背中を見続けるだけで、やっとだけれど。
(今までの俺なら、そんなに体力は必要なかった)
でも、今は違う。今の俺に求められているのは、円盤投げじゃない。
だから、作り変えなきゃいけない。キコが望む、俺に。
(どうせ、元の世界には戻れないんだろうから)
もしかしたら、方法もあるのかもしれないけれど。
でも、そこに辿り着けない可能性の方が、限りなく高い。
(気張らねえとな……)
そう、心中独り言ちて。
歩みを進める。少し、膝が痛いような気もしてきた。体重、落とさなきゃかもな。まだ暫くは、デブだろうけれど。
『――テッペイ』
そんな、折。キコに呼ばれた。
なんだろうか。昼にもなってない、今時分。休憩には、早いだろうに。
「な、に……?」
ああ、聞き返すのもしんどい。
いやもう、いつもの様におちゃらける気力も無い。ただ単純に、疲れた……
『予定変更。今日はここでキャンプする』
「マジで!? やった! ……でも、何ででござんすか?」
嬉しい誤算。いやあ、今はこれ程嬉しいこともない。
飯食って、水飲んで、寝て。それが最高の贅沢だと思う。
『非道い――血臭がする。未だ遠くだけれど、風に乗るくらいには』
「え……?」
望んでいた筈の、休息。その喜びは、不穏な言葉にかき消された。
「血臭、ねえ……。そりゃあ、今はあるけどさあ」
『そりゃあ、血抜きしてるんだからそうだろうよ』
キコが獲ってきた、嘴のデカい鳥。動物園でも見たこと有るような。
そんなのの頭を落として、ぶら下げている最中だ。当然、血の匂いだってする。
『テッペイ。手を止めない』
「承知致しました……」
怒られちゃった。悲しい。でも、サボった俺が悪い。
鳥の胴を鷲掴んで、摘んだ羽を毟って行く。
ちゃんと、仕事すりゃあ、キコも怒らない。
「ねえキコ。血の匂いがすると、何がやばいの?」
いや、やばくないワケ無いけれども。
『ひとつ、大量の血が流れる。原因があった。ふたつ、匂いに惹かれて、獣が集まる。勿論、魔獣も……』
「魔獣が……」
魔獣。スライム以外は、見たことは無い。その形に、思いを巡らせつつ。
あ、そういえば――
「ねえ、もしかして――」
『たぶん――そう』
キコもやっぱり、思い当たっていた。
主語を言わずとも、二人浮かべるのは同じもの。
『――魔獣の気配が無かったのは。こっちに集まっていたからの可能性が高い』
「だよな……」
スライムは言った。魔獣は単純だと。所詮獣なのだから。
ならば答えも単純だ。血の香りに導かれて。魔獣は移動した、ただそれだけ。
「なあ、この先には、何がある……?」
キコは、この辺りの地理に明るかった。いや、明るいなんてものじゃなく。
全部知っていた。木の実の取れる場所、水場、あらゆる地形の変化。途方も無い時間、ここを歩いた証。
ならば、この問いの答えだって。
『そんなの、決まってる』
ああ、やっぱり。分かるらしい。
それも、当然だと言う風に。
――いや、分かる。俺も、分かっている。
『亜人の集落。間違いなく、其処からの血の匂い』
段々と、見えてくる全容。でも、見えれば見えるほど、理解らなくて。
羽を毟っていたはずの手が、いつの間にか止まっていた。キコは、怒らなかった。
上着を羽織り直す。昨日残した肉に齧りつく。
朝が来た。ここが正念場だ。何か、一つ間違えるだけで、俺たちも魔獣の餌だ。
足を通したスニーカー。紐をしっかり結び直して、指の感触も確かめて。
『慎重に行く。ゆっくり付いてきて』
キコが言う。俺も頷く。ゆっくり、ゆっくり、バレないようにと。
本来、一日で行く工程に。あと二日を付け加えることになった。これくらいの距離ならばもう、魔獣がいつ出てきても可怪しくはない。
「なあキコ。種類にも依るだろうけれどさ、魔獣って……強い?」
不安になって、聞いてしまう。
やっぱり、恐い。この間の亜人も、スライムのときだって。ずっと、俺は怖かった。命を脅かしうる相手が居るってだけで、震えそうになった。
でも、キコは――
『色々居るけれど。単体で、私より強いのは居ない』
実に心強い返事をくれた。それも、きっと事実。
ああ、それなら。足、引っぱってはしまっても。指咥えるために、付いてきたワケじゃないから。
「俺も頑張る。自分の身くらいは、守らないとな」
『あと単体で、テッペイより弱いのも居ない』
「どうしようもねえ!?」
前途多難ではあるけれど。
偵察が目的のこの任務。たどり着くまでなんて、前座でしかない。それくらいは……
「きっちり、やって見せなきゃな」
そうそう弱いまんまじゃ、居たくは無かった。
キコが歩き出し。俺は、続く。




