025 デブ、出会う
亜人の集落。集落とは言っても、その規模は半端じゃない。
幾つかの山に囲まれた盆地。その平野部の、全てを覆うように。
家、家、家。立ち並ぶとは言わない。手掘りの穴蔵に、枯れ草を被せたような簡素さで――見渡す限りに敷き詰められていた。
『大陸中の亜人が集まって。出来た大コロニー。何度か数減らしもやったけど、其れでもしぶとく残り続けてた』
キコが解説する。
戦争は何度もあった。亜人と魔人の戦いもあった。だから、アレの殆どはハリボテで。
だからと言って、容易に消える数じゃあ無かったのは確かで。だからキコも、何度も偵察をやって。
なのに――
『テッペイ。亜人、いるように思える?』
「いや、全く。遠目で見ても、居る気がしねえ」
危険を承知で、二人は近づいた。かなり、かなりだ。
外周の山の、際まで行って。目を凝らして。其れでも、動くものは米粒大にしか見えないけれど。でも。
「こんなん、地獄絵図じゃんか……」
集落を蠢くのは、獣、獣、獣。簡素な藁敷きを、踏み潰しながら。
亜人の死体を食い荒らし。獣同士が、お互いを貪り合って。
鼻を突く血臭が、一秒ごとに濃度を増すように。
『――亜人は、滅んだ』
或いは、先日の襲撃。皆、愚行と言ったけれど。
――生きるための、決死であったか。
キコは山を降りた。より近くで偵察するためだ。
それが、任務。俺は置いていった。付いて行ける技量は無かったから。
「キコ、謝ってたな……」
『殊勝だよねえ。ご主人様が弱いのがいけないのに』
「うっせえっ!」
キコは、俺が死ぬかもと言った。
今、俺のいる場所。身は隠せるくらいの岩陰。
近くに来れば、容易に見つけられるだろう。獣の嗅覚であれば、その必要すらない。
『そんな大きな声をだすなよぉ、ご主人様。獣は耳も良い』
「……そうだな」
息を潜め。身を縮め。後はもう、何も来ないのを祈るばかり。
まだ、餌に成り果てるのは嫌だ。亜人にやられた、死骸のほうが未だマシだった。
さっき見たあれらは、人の死に方として許容できる範囲を超えてる。
(キコは平気かな)
亜人のときも、似たような事を考えた。結局、何の心配も無いくらいで。俺のほうが大事であったけど。
でも、今度は。数が数。味方も居ない。大丈夫だろうか。切り抜けるとは、信じてるけれど。
ああ、今からでも向かったほうが良いんじゃないか。なんの戦力にもならないけれど、囮くらいには――
『ご主人様。余計な事を考えるな』
ああ、マズイ。変なことを考えてた。スライムに釘を刺されなきゃ理解らねえのか。
(もう、はっきり聞こえるのか)
『そんなじゃねえよ。何となく、どういうことを考えてるかは感じるようになってきたけどな』
この間の、亜人の件から。右手の、肉垂れの部分が増えた。それと一緒に、スライムは俺の思考が何となく分かるように為ったと言った。
(まあ、暇だしな。変なこと考えるかもしんねえけど、許してくれ)
思考を読まれてること。嫌だったけど、こういうときは有り難い。
暴走する自分の、枷に為ってくれて。自制、少しは出来る。
『キコちゃん戻るまでは、辛抱だぜ』
(ああ……)
キコは、一時間で戻ると言った。二時間で帰らなかったら先にキャンプへ戻れって言った。
そんなん言っても、時間なんて分からねえし。キコが居なきゃ、テントにだって戻れない。目印もない道なんて、覚えてるワケが無いっての。
(…………)
だから、だから。信じて待つ。
何も言わずに。ただひたすらに。待って。待って。今がどれくらいかなんて、気にしたら負け。ずっと、待ち続けて――
(――――ッ!!)
――ざっ、ざっ。足音が、聞こえる。砂粒を、ブーツで踏みしめる音。
ああ、戻ってきたか。やっと、やっとこさ。ああ、でも。
(一時間には、未だ早くないか……?)
俺の体内時計じゃ、未だ半分くらいだと思っていたけれど。
そうしてる間にも、近づいてくる足音は。ああ、すぐ岩の裏で立ち止まって。
「ねえ。其処で何してるんだい?」
まるで。ここに俺が居るのが当然であるかのように。こちらを覗き込みながら。
男の声は、問うてきた。吸い込まれる様な、青い目だった。
(スライム、訳せ。普通に声出して良い)
心臓が、張り裂けそうだった。肺が引きつってる。
でも、その一切を顔に出さないように。震えそうな奥歯は、必死に噛み締めて。
『そこで何してる、だってさ』
右手が蠢く。肉芽割れる。どこにあるかも知らない声帯が、空気を震わせる。
青い目の男は、驚いた顔をした後。にっこり笑って、右手を指差してくる。
『何だい、それ?』
「スライム。寄生された。俺はここの言葉喋れねえから、代わりに話させてる。そういうスキルが有るんだと」
全部、正直に話す。嘘はダメだ。何か分からないけど、駄目な気がする。あの青い目は、こっちの全部を見透かすんじゃないか、そう思わせる。
『居たなあ! そういう魔獣。でも、通訳とかさせてるのは初めて見た』
だいぶ、此方を不思議がってる。そりゃあ、何から何まで珍しいだろうけど。
ちゃんと平静な顔、出来てるだろうか。気取られてるかもしれない。あまり見られると。息がつまりそうだった。
『それでさあ。結局何してるの?』
改めて。そう尋ねてきて。ああ、誤魔化したいけれど。誤魔化せない。
「亜人の住処、偵察に来てんだよ。今仲間が行ってるから、お留守番」
『そりゃそうか! ここに来たら、そうだよね!』
随分、軽いノリ。その笑顔からは、危険な香りばかりが漂う。
『でも君、正直だねえ。気に入ったよ。本当はもっと話したいけど、こっちも待たせてるからさ。行かなくちゃ行けないのが、勿体無いなあ』
ああ、消えてくれる。早くしてくれ。
こっちは、お前と居る時間に、そんな長くは耐えられないんだ。
『だからさ、良いこと教えてあげる。もう少し、北まで行ってみな。面白いものが見れるよ!』
「面白い、もの……?」
男は、軽い足取りで遠ざかって行く。
ああ早く。何事も無いまま、終わってくれ。
『明後日くらいかな? 三つ先の山が良いよ。くれぐれも行き過ぎちゃいけないからね?』
「あ、ああ……」
明後日。行き過ぎちゃいけない。何のことだろうか。
コイツの言うことは、何も分からない。
『そうだ、あと最後に。名前、何ていうのさ?』
「て、鉄平だよ……」
『テッペイか。変わった名前だねえ』
それじゃあ、バイバイと。男は、こっちに手を振った。
結局、俺は一歩も動けないまま。でも何とか、切り抜けられるか。
『あ、言い忘れてた』
くそ。立ち止まりやがった。
そんなの良いから、早くしてくれ――
『――僕はアピスって言う。また、会おうね』
その言葉を最後に。男は漸く居なくなった。
『ご主人様――』
「――ああ」
間違いない。確信した。知識と、認識が一致した。もう、忘れない。
青い目。こんな所に来れるほどの力量。
そして、絶対的な圧力。
アレが。アレこそが――
「ま、じん……」
――未だ、握りしめた剣が。手から離れなかった。




