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魔法のローブ洗った

 リリス=ヴァレンシアは冴えない田舎娘であった。

 教会に勤めてはいるが、信仰心というものは持ち合わせてない。

 修道服って可愛くない?

 ただそれだけの理由で教会に勤めようと決めたのだ。

 可愛いものが好きという面を持っているが、それがリリスの本質ではない。


 やりたいことがないのである。


 だからこそ、勇者から旅に出ないか、という誘いにも乗った。

 その時は大した深い考えもなかった。

 いざ旅を始めたとき、世界平和のためだとか言われてもピンと来なかった。

 いや、勇者もその意識が希薄だったのだろう。

 ただ旅に出たかった勇者。

 何もない、空っぽの僧侶。

 でこぼこだからこそ、意外と2人は意気投合し、何度かの危機だとか困難だとかを乗り越えてきた。

 そしてサンダラという、しがない商人が勇者目当てで仲間に加わり。

 エルフが住む森の誰もいない湖で墓守をしていたユーミルを誘い。

 何者かに荒らされた教会に一人佇んでいたベズリーシアを仲間にした。

 思えば誰も魔王を倒すことに躍起になっていなかった。

 ただ、誰かと一緒にいられればそれで良かったのだろう。

 だがそれも長くは続かなかった。

 年月が過ぎ、気付けば誰よりも強くなっていた。

 誰よりも世界を深く知ってしまっていた。

 だからこそ見えてきた。

 この空っぽな心に少しづつ、世界から期待というものを注がれているということに。

 ただ5人でおもしろおかしく旅ができていればそれで良かった。

 だが、その期待は5人の背中を押し続けた。

 押され続けて、やがて一歩になった。

 踏みとどめていた足を前に出すときが来た。

 目的を見据え――、一歩。

 魔王の城に挑み――、二歩。

 魔王を倒し――、三歩。

 歩いていって、何もなかったリリスにも足跡ができた。

 自分だけにしか分からない足跡。

 確かに長いこと、ぐしゃぐしゃに地団駄を踏んでいた。

 だがそれでも、真っ直ぐ、ただ真っ直ぐに歩き続けていた。

 それは他の4人も同じだった。

 同じ方向に向かって歩き始めていた。

 最初のうちは良かった。

 しかし歩数を重ねるにつれ、離れ離れになった。

 ほんの少しだけ、ズレがあった。

 少しの違いしかなくとも、歩み続ければそれはいつしか違う方向へと変わっていく。

 それが今のリリスと勇者であった。

 ただ自分の力を試したかっただけの勇者にも、魔王を倒したことで責任を感じていた。

 何もなかった空っぽのリリスも、魔王を倒し世界の人々を救ったことで義務を負った。

 この世界を守ってやる、と。

 折角救った世界に対して愛情があったわけでもない。

 毒を食らわば皿まで、というのだろうか。

 折角救った世界を誰かに台無しにされるのが嫌なだけであった。 

 2人の目的は共通で、しかし方法だけが異なっていた。

「どうしたのぉリリス」

「別に」

 魔法都市、マジルカの三ツ星ホテル。その最上階にスイートルームにサンダラとリリスの姿はあった。

 国を救った国賓としての待遇を受けている結果だ。

 魔物の襲撃を退けたマジルカの軍隊は未だ、襲撃を警戒し防衛線を維持している。

 だがマジルカに関係のないサンダラ、ユーミル、ベズリーシアは防衛線を離れることとなった。

 その日、世界が大きく揺れた。

 世界の各地が魔物の襲撃を受けたという。

 特に打撃を受けたのが、サザンドリア、ダマス城の2ヶ国である。

「本当に気に入らない」

「まだ言ってんのぉ?」

 ベッドに手足をびよーんと伸ばしてうつ伏せになっているリリスは、ついでに頬を膨らませながらサンダラに文句を垂らしていた。

「魔物が大量に発生したことで、サザンドリアは活気のなかった軍事産業に熱が掛かって安定。ダマス城も戦争をけしかける余裕もなくなって、マジルカと交友を再開。悪いことなんてなにもないじゃなぁい?」

 サンダラの言うことは最もである。

 勇者の方法は、魔物を使うという過激な方法ではあるが、こうして成果を見せている。

「にしてもアタイ達の勇者がそんなことになっているとはねぇ。流石というかなんというかぁ……」

 リリスは戻ってから、勇者と再会したことを仲間に伝えた。

 そして勇者が何をしようとしているのかも。

「目先のことだけ見ればね! でも絶対いつか無理がくる! 魔物を統治してるのが人間っておかしくない!?」

「リリスってばぁ、考えが古いわねぇ。アタイは全然賛成だけどぉ? まぁ魔物がどう思っているかは分かんないけどねぇ」

 それよりもぉ、とサンダラは話をすり返る。

「リリスってばぁ、勇者に会ったんでしょう? ちゃんと告白したのぉ?」

 ……。

 …………。

「まぁその様子だとしてなさそうねぇ。勇者が別の女といちゃいちゃしているのを見て、それに腹を立ててぶん殴ってきたって顔をしてるものぉ」

「だからなんで知ってるの!!!?」

 さぁねぇ? とサンダラは楽しそうにくすくすと笑っていた。

「……アンタは勇者に対して言いたいこととかない訳?」

「べっつにぃ。また会ったら熱が再発しそうだしぃ? 会わないでおくわぁ」

 意外に冷めてる。

 ベズリーシアとユーミルに話したら、即座に勇者に会いに行くと息巻いて飛び出して行ったほどなのに。

「安心してください! リリス先輩と一緒に抱いてもらうようにお願いしてくるであります! さきがけは致しません!」

「僕もそれに混ぜてもらうように勇者に掛け合ってくるよ!」

 そんなことを言い残して、ホテルから飛び出していった。

 なんなんだあいつ等、と思った。

 戦争でぼろぼろになっていたはずなのに、その元気はどこから湧いているんだ。

「それで。アンタはどうするのぉ? もう諦めて別の男作るぅ?」

「…………」

 リリスの心はもう空っぽなんかではない。

 何もなくて、ただ地団駄を踏んでいたリリスはもういない。

 旅の時代に着古していたローブも、あの頃の自分自身も綺麗さっぱりに洗い流したのだ。

 だから生まれる一歩は、前を向いている。

 勇者とは違った方向の、この歩いていく道。

 その道の行く先は、勇者の道と交わることはないだろう。

「……冗談でしょ」

 だったら。

「世界に言いふらしてやるわ。魔王は勇者だって」

 ブーっとサンダラは噴出した。

「ほ、本気ぃ?」

「本気も本気よ」

 だったら。

 無理やりにでも呼び寄せてやる。

 私の行き先の道に勇者を引きずり出させてやる。


 乙女の心。

 そこを占めるのは、色々なことがあるのだろう。

 世界の平和だとか。仲間のことだとか、家族のことだとか。

 だが、ひっくり返して、よく振って見たりすると溢れんばかりに零れてくるのだ。

 目を潰されてしまう程の、好きな人への思いが。



読了ありがとうございました。

この拙作が、少しでもあなたの時間の暇を潰せていたのなら僥倖です。

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