何様のつもりよアンタは
気付かずに。
私は一歩後ずさっていた。
「今の情勢は知ってるだろう? 魔物がいなくなったことで、各国の軍力は行き場を無くしてる。その行き場を無理やり作ってしまおうと色々な国で画策していたな」
それは知っている。
サザンドリアが実際にそんなことをやらかしていた。
「放っておけば人間同士で戦争になっていましたよ。そうなって餌が減ってしまうと我々吸血鬼も困るので、今は協力しているんです」
コイツはどうでもいい。
吸血されて死んだ奴なんて見たことも聞いたこともないし。
蚊と同じ扱いでいいだろう。
「そこに力を持て余してる魔物をぶつけてやればお互いにとって損はないという話だ。勿論、民間人は襲わないように配慮させている」
……。
難しい話をしているわけではないのだろう。
私にだって理解できるくらいに今、噛み砕いて説明してくれているということは分かる。
だからといって理解できても、納得できるかと言われれば素直にうんとは頷けない何かがある。
「まぁ別に理解してもらおうとは思っていない。賛同してもらおうとも、まして協力を求めている訳でもない。俺がリリスに言いたいことはひとつだけだ」
そう言って、少しだけ間を置いた勇者は一言だけ、ため息と一緒に洩らした。
「邪魔だけはしないでくれ」
困った風に。
聞き分けのない子供をあやすように。
この言葉を聞いた瞬間、何も考えられなくなった。
真っ白になったというか。頭をハンマーで殴られたような。
とにかくすごい衝撃だった。
――、一歩。
最初の一歩だけはやけに重かった。
だけど、その後は誰かが背中を押してくれたみたいに、やたら軽かった。
その後押しする力が大きすぎて、私は小走りになっていた。
そして。
すぐにたどり着いた。
机の向こう。
椅子に座っている勇者。
いけすかない表情の。
その……頬に。
「――!」
椅子が転がる音がした。
握り締めた拳が熱い。
「わお」
シルクの冷やかすような声も今は耳に入らない。
いや、入っているのだが、脳がその処理を拒絶している。
ぶん殴られた勇者は椅子から転げ落ち、床に転がっていた。
「……、あーなんだろ」
自分でも理由がうまくまとめられない。
なんで勇者をぶん殴ってんの? アタシ。
それも遠慮とか一切抜きで。
それでも分かることがひとつだけある。
「……うん。めっちゃスッキリした」
心臓はバクバクいっている。
なんか、ここ3年くらいの全ての鬱憤が今吐き出せたような気がした。
つーかアタシ本当に何やってんの。
好きって伝えるためとか言ってなかったっけ?
なんでこうなってるのかなぁ。
「別にアンタが間違ってるとも思わないわ。とりあえず今の時点ではね」
魔物の管理をやる?
その為に魔王をやる?
世界の情勢を守るため?
別にいいわよ。
実際魔物がいなくなったことで、世界の情勢がぐらりと傾きかけたのは事実だし。
「でもね、アンタが思ってるほど人間ってのはヤワじゃないからね!」
いくら傾きかけようが。
いや、きっちり傾いてしまった後でも。
それでもいくらでもやり直せる。反省する。
次は失敗しないようにしましょうねって言って次に進める。
それをアンタ一人の偽善で、引き止めてるって自覚できてるの?
「何様のつもりよアンタは。人間の分際で魔物側に与しちゃって!」
いつも。
いつもいつも!
アンタは勝手にアタシの手の届かないところに行っちゃって!
「それに何? 仲間への一言目が、邪魔するなって……なによそれ! 魔王を倒すときも私達は邪魔でしかなかったって訳!?」
勇者は倒れこんだまま、起き上がらない。起き上がる素振りもしない。
「あーでもスッキリしたからいいわ。うん、許す。勝手にすればいいわ。まぁ精々一人で頑張んなさいよ。アンタが無事って分かっただけでもいいわ。もう帰る。出口まで案内しなさい」
リリスはそういい捨てると先に扉を開けて部屋の外へと出た。
残されたのは、呆然とした表情のシルクと、倒れた椅子と、転がっている勇者だけだ。
途中でシルクははっと我に返った。
「では私は案内に行って参ります」
「……なぁシルク」
何も見なかったことにしてシルクも部屋を出ようとして、しかし勇者に呼び止められていた。
「手伝えって言ってたら、俺は殴られずに済んだのか?」
未だ起き上がろうとはせず、狭い部屋の天井を見上げながら勇者は訪ねた。
殴られず、というよりもこの結末が変わっていたか、という問いだったのだろう。それに対しシルクは、
「人の考えることは難しいですね」
と、答えになっていない応えを残し、部屋を後にした。
それはリリスに対して言ったのか、それとも勇者に向けての言葉だったのかは分からなかった。




