内緒だけど
蛇足です。
「……ほう、ここまで来たのに元気そうじゃないか」
魔物を束ねているという、魔王の城の最上階。
道中の魔物の番兵達を退け、アリスはここまできた。
玉座に腰かけているのは、魔物の王と称されている魔王。
ここまでかなりの距離があるのに、油断すると目眩がしそうなほどに殺気を中てられている。
身震いするのを収めるのは無理だ。
緊張している。
それでいい。
当然だ。
集中できている証なんだから気負う必要なんてない。
だから自分のことよりも、相手の動きに観察しろ。
「今日こそは勝つから!」
背中の弓を引き抜くと同時に打ち抜く。
座っていたはずの魔王にそれは――突き刺さるはずだった。
玉座に一本の弓矢が突き刺さり、そこには魔王の羽織っていたマントが靡いているだけであった。
「今日の武器は弓か?」
魔王はその椅子の後ろからひょっこりと顔だけを覗かせている。
瞬間的に魔王は椅子の背後に隠れアリスの弓矢を凌いでいた。
アリスは即座に次の矢を放つ。
だが次はただの弓矢ではない。
「グランドショット!」
矢に込められた魔力が螺旋状に纏い眩い閃光を放っていた。
その魔力の螺旋は矢に収束していき、標的の直前で魔力同士が――弾けた。
椅子の裏に隠れた魔王もろとも爆散させたであろうその弓矢は部屋の中だというのに砂埃を引き起こしていた。
室内には巻き上がるほどの砂があるわけではない。それは椅子な粉微塵に弾けたことを指している。
……どうせまだダメージを与えられてないでしょ。
なんと言っても相手はあの魔王なのである。
何度も敗北を噛みしめ、ボロボロになって帰って、その都度お母さんにめちゃくちゃ叱られて。
今度は弓の達人を呼んで教えてもらうからね、と言って敗北する度に私に色々と先生を紹介して技術を詰め込んでくるのである。
お陰様で初めて半年で弓道大会の表彰台に登れたし。
武道会では全大陸大会の常連にまで上り詰めたし。
ついでに全国各地のいたるところにボーイフレンドができている。
最後のはお母さんには内緒だけど。
「っと、愚痴るのは最後ね」
少なくともこの技を披露するのは初めてだ。意表をつけた今のうちに猛攻を仕掛ける。
アリスは弓矢をしまい、魔王の玉座まで駆ける。
その間、ナイフを両手に握る。
砂埃の隙間から人影を捉えた。
その人影は埃を吸い込んでしまったのか、思いっきりむせていた。
……なんだかなぁ。
でも油断はしない。
何せあの威力の弓矢を打ち込んだというのにダメージを追っている素振りがない。
本当に化け物か、とアリスは思う。
ナイフを投げ込み――、一瞬だけ風切り音をさせてしまった。
いいぃ? 何事も音を立てず、がシーフの基礎なのよぉ? と何度も言われているのに。
その失敗は後で反省するとして、もう一本をダメ押しで投げ込む。
人影に動きはない。
かわされた気配もない。
なのに……その人影は倒れていない。
「駄目だな。げっほ、音を立てないように、というのは百点に近かったが殺気が丸出しだ。げっほげほ」
魔王はそのナイフを片手で二本持っていた。
それも刃の部分を指で挟んで、である。
「げほ……弓の先生から教わったんだろ? 獲物を狩るときは無心だって。ちゃんと先生同士のアドバイスを組み合わせないと0点だな」
受け止めたってことかよこの化け物は!
内心でアリスは毒づき、次の手を講じる。ナイフはまだいくつも用意している。
「さて、こちらからも仕掛けるぞ」
魔王はそう言って剣を抜いた。
錆びれてボロボロの剣である。
魔力で理不尽に強化されて、長年酷使されてきたのだろう。
本来であれば折れてしまってもおかしくない状態だというのに。
ただのオンボロな剣だというのに。どこまでも研ぎ澄まされた刀よりも迫力があるのはなぜだろうか。
目の前にゆらりと剣を構えている魔王は……消えていた。
「――!」
両手にもっていたナイフでその剣戟を受け止めた。
いつの間に近づかれた?
いつ攻撃を仕掛けられた?
攻撃を辛うじて防げたのはただの偶然だった。
咄嗟に目の前に魔王が現れたから、一番あり得そうな上段の攻撃を防いだだけだった。
もしこれが下段から、横薙ぎ、突きの動作であればこの瞬間アリスの敗北は決していた。
「これが無心の一撃。察知し辛かっただろう」
「偉そうにモノ言わないでよ!」
今この時、上から押さえつけている剣を防ぐので両手のナイフは使えない。
……だったらナイフ以外で攻撃するだけだ。
「うおっ?」
急に押し返す力が無くなったのだ魔王はバランスを崩した。
アリスはナイフを手放し、剣が振り下ろされるよりも前に体を前に運んだ。
獲物は空手。距離は0。
腰を落とし、両足で地面を噛む。
拳を握るのではなく、腕に力を籠めるイメージでありますよ、と教わったことを反芻し……。
「正拳突き!」
突き抜けた。
今度こそ手ごたえがあった。
魔王の体は後方に吹き飛ばされていた。
恐らく衝撃の直前、体を後ろに引っ込ぬいていた。それで威力をある程度殺せたのだろう、しかししれでもダメージは軽くはないはずだ。
「今日は勝ちにいくからね!」
アリスは懐から魔法の杖を取り出す。
壁際で尻餅をついている魔王を睨み、早口で呪文を詠唱する。
「ホーリー・クロス!」
白い魔力が十字状になって飛んでいく。
魔力全体が微振動しているこの魔法は触れたモノを全て切り裂く。
これを固形化させ、なおかつ任意の方向に向けて飛ばすのは上級魔術師でも難しいとされている。
なのに齢13のアリスがこれを打てるのは血筋と、並々ならぬ努力の賜物といえるだろう。
流石の魔王でもこれを手前の剣だけで受けきるのは難しい。
「回避せんとやばい……な?」
動こうとして、自身の体の異変に気付いた。
動かないのである。
まるで何かに縫い止められているように。
「……まじか」
その服の裾には弓矢が突き刺さっていた。
壁に縫い付けるように、律儀に両裾に突き刺さっている。
一体いつの間に打たれた、と疑問に思う余地もなかった。既に目の前にホーリークロスは迫っているのである。
「勝負あり、ですね魔王様」
アリスは耳を疑った。
今、女の声が聞こえた。
「あぁ、そのようだ」
そして諦めの魔王の声が耳に届き――グランドクロスは魔王に突き刺さった。
魔王の城最上階の壁は十字状に切り抜かれ……しかしそこに魔王の姿はなかった。
魔王はそして……姿を消した。
アリスの中で手ごたえは確かにあった。
だからこそ……喜びの次に焦燥感が生まれ始めた。
「え! ちょ! まさか死んだ!? 死んだの!? お父さーん!! どこに消えたのー!」
「死んでねーよ」
「え? あれ!? なんで生きてるの!?」
声がした方向を向くと、部屋の天井につり下がっている大掛かりなシャンデリアに乗っていた。
結論的に言うと魔王は生きていた。
アリス的には仕留めきれていなかったことが、がっかり半分、安心半分だ。
何せ殺してしまったとなると、母親がそれこそ狂気に陥ってしまう。
誰よりもお父さんのことを嫌いで、誰よりも愛しているのはお母さんだということをよく知っている。
何せ世界を敵に回しかけた程だった。比喩ではなくマジで。
まぁ先生たちが止めたから大事にはならなかったって聞いてるけど。
「慌てなくてもアリスさんは合格ですよ」
魔王の背後からのっそりと現れたのは銀髪の女性であった。
……誰だ。このやたらと胸囲のある女性は。
アリスも母親と同様、自身の身体にコンプレックスを抱いていた。
母親を見ると幸先が悪いのも分かっている。だからこそアリスは胸囲の大きな女性を見ると敵対心を抱くようになっていた。
「……慌てなくても私は敵でもありませんよ」
銀髪の女性がそう言いなおしていた。
だが敵ではないといわれたところでアリスの敵対心は留まるところを知らなかった。
「親子なんですね」
冷めた表情で銀髪の女性が言うと魔王は破顔した。
「だろ? 俺の娘なだけはある。天才だ。天才なんだよ」
そう言って魔王はアリスの頭をくしゃくしゃと撫でまわしていた。
「ちょ! やめてよバカおやじ! ……え? 本当に合格なの?」
「私が助けなければ魔王様は死んでいました。これは事実です。合格と言っていいでしょう」
「あーまぁそうだな。いや、でも剣がまだ新しければ俺も――」
「言い訳は見苦しいですよ魔王様」
魔王と銀髪の女性がやりとりしていたが、アリスの耳にはもはや届いていなかった。
合格。
合格。
……合格。
実感が持てずに心の中で反芻してみても、それはまだ曖昧でぽやぽやとしていた。
初めて魔王の城に挑戦したのは8歳の頃だった。
ただお母さんが。お父さんが格好良かった。
そんな風に強くなりたいって思って口に出したとき。
喧嘩の真っただ中であった両親が、剣と杖を振り回していた両手をぶら下げ、不思議なものを見るような目で私を見たことを今でも覚えている。
それから無我夢中だった。
お父さんから剣技を教わり、お母さんから魔術を教わり。
そして色々な人から技術を教えてもらって。
目標であった魔王選抜組への入隊がこうして認めてもらえた。
その隊は世界中から選りすぐりの人が集められ構成されているという。
魔物、人間、エルフと種族の見境なく戦闘技術に秀でた者で構成され、世界中の治安維持にあたるのだ。
「……なんだ、あんまり乗り気じゃねーな」
魔王と言っても、人間を滅ぼすだなんてことは既に考えていない。
魔物が見境なく人間を襲うという考えももう古くなってしまった。
それでも、悪さをする人間がいるのと同じで悪さをする魔物もいる。
そういった世界中の問題を解決するのが、選抜隊の仕事である。
少数で一国の軍隊にも匹敵するその戦力は人間同士の争いも牽制している。
傍から見れば独裁のように見えるが、そこは魔王だ。
人間同士の政治に関与せず、世界に不利益をもたらすモノだけを取り締まる。
その隊に属していれば無条件で世界の国々に入ることができ、そして人々から平和の象徴として英雄扱いを受ける。
「私別にそんな風になりたかった訳でもないんだけど」
ただ強くなれればそれでよかった。
なんとなく、なんとなくでやっていた。
「でも別にやりたくない訳でもないんだろ?」
「ん……まぁそうだね」
強くやりたいって訳じゃないけど、絶対やりたくないって訳でもない。
所謂足踏みをしているというやつなんだろうか。
「ならやってみろ。なんか行動してみろ。何かやりてぇ! って気づく奴って別のレーンを走ってる最中だったりするんだよ」
えー、と思う。
そんな動機で入ってしまってもいいのだろうか。
「お父さんもそうだったの?」
「……ん? あ、あぁ! もちろんだ! 昔魔王を倒したのだって、最初は別にそこまでやりたかった訳じゃないしな」
「絶対嘘だよぉ。そんな人が魔王を倒せる訳ないじゃん……」
「いやいや! 本当だって! なんなら母さんにも聞いてみろって!」
「あ! じゃあ今日家に帰ってきてよ!」
「……それは嫌だ。あいつすぐ怒るんだもん」
「それはお父さんが意地悪するからでしょ! ついでに先生たちも呼んで私の合格祝いしてもらうの! ね! 決定! そこのお姉さんも来たかったら来ていいよ!」
アリスは合格が決まった時よりも嬉しそうな顔を見せて、大きく手を打ち鳴らした。
「私は遠慮致します。リリスさんは私を見ると不機嫌になりますので。それに私は吸血鬼ですよ?」
「お母さんも吸血鬼も関係ないよ! 私が来てもいいって言ってるんだよ!? はい! 決定! かえろ!」
アリスは魔王と吸血鬼の両方の手を無理やり取り、歩き始めた。
来てもいいって言っておきながら、もうこれ強制じゃないですか……と吸血鬼がぼやいていたのをアリスは聞き逃さなかった。が、無視をした。
「リリスさんが2人に増えた感想は?」
吸血鬼がこっそりと魔王に耳打ちする。
「世界を変えるどころか、新しい世界でもつくっちまいそうだな」
世界を変えて見せた魔王は、そういって先を歩く娘を笑いながら見ていた。




