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…………だっさ

 勇者は困ったように笑っていた。

 それは昔の面影を残していて、確かイタズラがばれたときもこんな表情を見せていた。

「それで説明はしてくれるんでしょうね?」

「まず回復しとけ。多分死ぬ一歩手前くらいだと思うし」

 死ぬ?

 って誰が?

 あぁ、そうか、わた――、

「ったぁあああ! ……、! っ、……なにこれ」

 そう知覚した瞬間、思い出したかのように全身に痛みが走った。

 正確に言うと、じわじわと広がっていた痛みだったのだが、大声を発した瞬間、更なる痛みが全身を駆け抜けた。

 それも当然である。リリスの骨はヒビが入っているだけでなくポッキリと折れているものが何本もある。

 その折れた骨は体内で凶器と化し、内蔵を突き刺していたりもするのだが、リリスが気付けるはずもなかった。

 医者がリリスのお腹を切り中を見た瞬間、このジグソーパズルのような内蔵と骨のオンパレードを見た日には、見なかったフリをしてそっとそのお腹を閉じることだろう。

 だがそれもリリスにとっては関係がない。

 回復魔法を唱えれば、怪我そのものがなかったことになる。

「これでよし」

 癒やしの光と同時に、全ての細胞が活性化され傷口が塞がった。

 世界広しといえども、ここまで冗談めいた回復魔法を使えるのは、彼の地にて洗礼を浴びたリリスだけである。

 封印された祭壇の上で仮死状態になり、意識を天界まで飛ばし、この神の奇跡を持ち帰ってきた。

 普通の術者であれば、天界までたどり着くことはできない。仮に到達したところで、この肉体に戻ってこれるのは今まで誰も成し得たことがなかった。

 だからこそ禁忌とされていた。

 しかしリリスはそれをこともなく成し遂げ、この反則めいた癒やしの力を身につけたのだった。

「俺の隠れ家までついてきてもらおうか」

「え、あ、うん」

 ちゃんと全身に魔法が掛かっているだろうか、と身体をねじりながら全身見回していたリリスを勇者は呼び止め、歩き始めた。

 そそくさと立ち去る勇者の背中を追ってリリスも走りだす。

 否、背中を追うのではなく、横に並んで一緒に歩くためだ。

「といっても家なんて大層なもんじゃない。ただの洞窟だけどな」

 洞窟?

「この辺に洞窟ってあるの?」

「最近できた」

 そう言って勇者はひとつの洞窟の前にたどり着いた。

 しかし洞窟といっても、これはただの穴だ。

 穴の位置は雑草に紛れており、草の根を掻き分けなければ誰も気付きそうにないものだ。

「服汚れるぞ」

 そんな言葉を残して、勇者は穴に躊躇もなく入っていった。

 土にまみれながら、すっぽりと穴にその身体は飲まれていった。

「……嘘でしょ」

 どう見てもただの浅い穴のように見える。

 だが覗き込んでみれば確かに奥が見えない。

 滑り台の入り口のようになっているこの穴にリリスも足元から突っ込んでいった。

「あぁああああ!」

 足元の赤土は湿気を含まないものなのだろう、サラサラとしていてリリスの身体をどこかへ運ぶ。

 当然衣服にそれはこすりつき、そこそこ高い魔法のローブが汚れていっていることを意味している。

 リリスの悲鳴にはそういった意味も含まれている。

「……あぁ、ついた?」

 やがてその赤土の傾斜が緩やかになり、開けた空洞に恐らく到達した。

 恐らくといったのはそこが暗闇だったからだ。

「ちょっと! そこにいるの!?」

 声が響く。

 勇者は先に落ちてきていた。

 ここにいるはずだ。

 ――明るい炎に照らし出された。

 炎に照らされた先には勇者と。

 そして銀髪の女性が隣に立っていた。

 舞踏会で男性が着込んでいるようなタキシードを身にまとい、その片手に松明を手にしていた。

 ……誰?

 どうして人間がこんなところにいるの?

 目を伏せ、勇者に付き従っているように見えるその女性は、人間離れした美しさを持っていた。

 サンダラとも、ベズリーシアとも、そしてリリスとも雰囲気が違う。

 落ち着いた女性というか。淑女というのはこの目の前の女性のことを言うのだろう。

「……私、人間世界には疎いのですが……この女性というのは痴女というものなのですか?」

 その銀髪の女は勇者に対して何か話しかけていた。

 何? 痴女? かなり失礼なことを言われている気がする。

 勇者は、はぁ、とため息というか呆れたような声を出しながら、顔を手で覆った。

「目の前のそれを隠せ、リリス」

 目の前?

「…………」

 滑っている間は膝を立ててブレーキをしながら降りてきた。

 そして今、リリスは尻餅をついたまま膝を立てている。

 ついでに言うと、今着ている服はズボンではない、類でいうとロングスカートみたいなものだ。

 まぁ端的に言ってしまえば、目の前にいるこの二人からは見えているのだろう。

 私のパンツが。

「それに……私が知らない間に、あんなキャラクターのイラスト付きの下着が流行っているんですか? 人間界もよくわからないですね。………………だっさ」

「ちょっと! そこの女ぁ! 聞こえたわよ!」

 何ため息交じりに人を馬鹿にしてるのよ!

 それも小声で!

「つーかあんた誰なのよ! 勇者のなんなのよ!」

 いけ好かないヤツだ。

 半分くらい嫉妬というのは分かっている。

 私の知らない女が勇者と仲よさそうにしているのが気に食わない。

 それもなまじ美人だから尚更だ。

「私も聞きたいです。どうしてこんな場所に人間が来ているのか。……あぁ、なるほど。ここで殺しても気付かれないから、ということですかね?」

 松明を持った銀髪の女は、けだるそうな声で。表情ひとつ変えずに、しかし視線だけはリリスからはずすことはなかった。

 その視線に込められているのは殺気だ。

 ……なるほど。

 ただここに居合わせている人間という訳ではないらしい。

「やめろリリス。キャンキャンと噛み付くな。それにシルクもだ。引っ込んでおけ」

「はい、申し訳ございませんでした」

 シルクと呼ばれた女は勇者に軽くたしなめられただけで、すぐにその殺気を引っ込めた。

 勇者はシルクから松明を預かり、シルクはニ、三歩後ずさり、勇者のかげに隠れた。

 そう、文字通り“影に”である。

 洞窟の暗闇に溶け込むように、勇者の裏側を見てもそこにシルクという女性はいなかった。

 隠れたというよりも消えた、といったニュアンスの方が近いかもしれない。 勿論普通の人間にそんな芸当は無理だ。魔法を使えば不可能ではないかもしれないが、それでも魔法を使った痕跡もない。

 あの女は本当に何者なんだろうか。

「普段はあんな血の気がある奴じゃないんだが……あぁ、そうか。リリスは教会で働いているんったな。それでか」

 確かにリリスは教会で働いている。というか働いていた。

 でもそれになんの意味が?

 僧侶全員を目の敵にでもしている人なんだろうか?

 そんな疑問に勇者はすぐ答えてくれた。

「今のは吸血鬼だ。見たことはなくても名前くらいは知ってただろ?」

 

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