言い訳をしなければ恋ひとつすることができない
「何が待ってたわよぉ、よ! 本当に馬鹿!」
平原であったはずが、今は草地がめくり上げられ、土がそのままむき出しになっている。
まるで隕石でも墜落したかのように、クレーターが出来上がっていた。
その中心にサンダラが一人立っている。
その傍らに、魔法士の屍が転がっていた。
リリスは本気で怒っていた。
怪我なら回復させることができる。それはまだ体内に治癒能力が残っているからである。
だが死んでしまったらそれも不可能だ。
「でもねぇ……まさか『マダンタ』の呪文を使ってくるなんて聞いてないわよぉ」
サンダラはそう言ってあの呪文のときに、咄嗟にサンダラを庇った一人の魔法士を見下ろした。
既に息絶えている。
この魔法士が盾となっていなければ、サンダラも同じくここに転がっていたことだろう。
「そんなの知らないわよ! 凄腕の盗賊なんだからそれくらいなんとかしなさいよ! 馬鹿!」
リリスは無茶だと自分で分かっていながらも、サンダラを罵らずにはいられなかった。
「盗賊じゃなくってマスターシーフよぉ。ほら、まだ全部終わってないんだからぁ……早く泣き止みなさぁい?」
「馬鹿! 泣いてないわよぉ! 馬鹿!」
リリスは袖でぐしゃぐしゃと顔を拭い、サンダラに向き合った。
そうだ。
まだ終わっている訳ではない。
別の場所で魔物との戦いが起きている。
それをよく理解しているのは、ベズリーシアであった。
「先輩方! 自分は別の応援に向かってくるであります!」
生きていたことを喜ぶことも。
死んだ人を嘆くことも。
どちらも魔物との戦闘では不要だ。
大事なのは、今生きている人間がどうすれば生き残れるか、だ。
ならば急いで応援に向かうべきだ。
「ホラ、取り敢えずの色々は後回しよぉ。お互い生き残りましょう?」
サンダラはマントについた埃を払い、立ち上がった。リリスに背を向けて、ユーミルの指示した位置に向けて走り始めた。
「リリスちゃん! 動けるのなら、そこから南西の部隊に合流してもらえるかい!」
高見台に上っているユーミルがリリスに向けて指示を飛ばす。
勇者を探したい。
きっと魔物の群れの中にいるんじゃないかと思う。
でもここにいる人達を見捨ててまでして、そんなことはできない。
「あーもう! こんなはずじゃなかったのに!」
リリスは大きな声でひとつ、文句をぶちまけた。
ただ勇者を探したいだけなのに。どうして今自分は、魔物との戦いに巻き込まれているのか。
そんな状況に不満を洩らしつつも、しっかりとリリスの足は南西に向かった。
だがそこの戦列に加わったが、リリスの仕事はすぐになくなった。
魔法士達が壁となり、魔物を退けるように戦闘を行っていたのだが、リリスが近づいた途端に魔法の発動は止まった。
「え? 何? どうしたの?」
まさか魔法が封じられた?
それともやばい魔物が現れたの?
でも魔法士達が戸惑っている様子はない。
魔法士達が対峙している敵を見てみようと、魔法士達の壁の隙間に体をねじ込んでみた。
……敵がいない?
いや、魔物がいた気配は確かにある。負傷している者も何人もいる。
「ちょっと、どういうこと?」
リリスは適当に近くの魔法士を捕まえて事情を聞いてみる。
「いえ……魔物達が突然引き返していきまして……あれ、リリス様……? どうしてここに……」
引き返した?
撤退したってこと?
「……ってちょっと!? リリス様!? どこに行くつもりなんですか!」
だったら魔物はやっぱり誰かの統率の下で動いているんじゃないの?
誰かって?
決まってるでしょ。
魔物を飼いならすなんて無理だ。
だけど、そんな無茶をやり遂げられる人物はこの世界に一人しかいない。
「ちょっと……行ってくる」
リリスは戦列を抜けだし、そして広い草原に足を踏み出した。
「リリス様! ここが魔物を食い止めている最前線なのですよ!? そちらはまだ魔物がいるかもしれません! それにドラゴンだって――」
「ドラゴンってどこにいったか分かる?」
リリスは振り返った。
静かに、だが決して風なんかではかき消されない、芯の通った声であった。
応えればそのままこの人は行ってしまうのだろう。
そんな予感があった。応えてはいけないのだとも思った。
それでも。リリスの視線には有無を言わさずに、答えを引き出す力があった。
「っ、……ここから西にまっすぐ行った山の奥です」
「ん、ありがと」
躊躇はなかった。
踏み出し足に迷いはない。
魔物がいようが、ドラゴンが出てこようが。
それくらいで臆するのはもう飽き飽きしたのだ。
あぁ、もう。私は馬鹿だな。
ドラゴンも出てくるからベズリーシアを用心棒代わりにつれてきたっていうのに。
目の前に勇者の手がかりってあるって分かったらさぁ?
そんな理性的なこと言ってる余裕がなくなるって。
気付けば私の足取りは速くなっていた。
なかなか近づかない目的地がじれったくて、柄にもなく走っていた。
背後から呼び止める声ももう聞こえない。
マジルカ? 戦争?
今はもうひと段落したんだからいいでしょ?
きっと時間が空けば、それなりの対策を打つ時間もでてくるはず。
もう私は必要ないでしょ?
……ふふ、我ながら女々しいことだ。
そんな言い訳をしなければ恋ひとつすることができないなんて。
ごめん、ベズリーシア。
ちょっと一足先に様子を見てくる。
ごめん、サンダラ。
優しいアンタのことだから、この後も色々とフォローしてくれるんでしょ?
ごめん、ユーミル。
わがままに付き合わせたお礼をまだ言ってないよね? 今度会ったら言うから許してね。
……ってなんだ、まるで死ぬ前みたいだ。
危険があるのは承知だ。ドラゴンが出てきたらみっともなく逃げ回ることになる。
でも死ぬ気なんてない。
ただ勇者に会えるのであれば、そのくらいのリスクは全然問題ないってだけの話だ。
結構の距離を走った。
景色も広い草原ではなく、少し鬱蒼とした森へと変化してきた。
ぬかるみに足が取られる。泥が撥ねて靴と服が汚れる。
それなのに足取りはどこまでも軽く、息が辛くならない。
もう山の入り口は近い。
逃げた魔物というのもこの辺にいるはずだから注意し――
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・
マウントベアーが あらわれた!
マウントベアーは こちらが みがまえるまえに
おそいかかってきた!
マウントベアーは おたけびを あげた!
リリスは ショックをうけた!
「……や、ば――」
リリスは おどろき すきみあがっている!
マウントベアーは おおきく くちをあけ
するどいキバで かみつ
「――やめろ」
―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・―・
背丈が私の2倍以上もある人食い熊の動きが止まった。
死ぬ気があったなんて言っておきながら、目じりには涙が浮かんでいた。
……だけど助かった。
助かったんだよね?
尻餅をついたまま、ピクリと動かなくなったマウントベアーを見上げた。
お尻がひんやりとする。パンツがぐしゃぐしゃに濡れた。
そしてその背後に見えた人影が目に映った。
「……どうしてここに来た」
聞きなれていて、そしてずっと聞きたかった声をリリスは耳にした。




