お尻をぺチンと叩いたら
「……良かった」
勇者が生きていた。
それだけでも分かって良かった。
いや、生きてるってのは確信してたんだけど。
それでも。それでもさ。
こうして実感できたのは大きい。
あーもう、なんだこれ。
なんで泣いてるんだ私。
どうして床に座り込んでるんだ。
立ち上がろうとしても力が入らない。
くそ、しっかりしろ! 私!
私の目標は勇者を見るだけだったか? 違うでしょ。
そんな引っ込み思案の女々しい乙女は既に卒業済みだ。
勇者の首根っこをとっ捕まえて、その場に正座させて、私の思いの丈をぶつけなければ気が済まないのだ。
ついでに一発ぶん殴ってやる。
心配させてやがって、と。
それでアイツがどうするか分からない。
うまくいかないかもしれない。
想いを伝えるのが怖い。
……。
でも。
想いを伝えられずに、このまま朽ちていくことの方が何倍も、何十倍も怖い。
だったらどうする?
答えはもう決まっている。
「よし!」
私の身体は見えない糸で吊り上げられたように、簡単に持ち上がった。
力が有り余っているのを感じる。
それでも自分でできることと、できないことの区別くらいついている。
テレビが置かれている部屋から、別の部屋の扉を開ける。
「ベズリーシア! 出かけるわよ!」
そこはベズリーシアが、半分眠りこけながら消えていった部屋である。
当の本人はベッドに入るという動作の途中で睡魔に負けたのだろう。上半身だけベッドに倒れかけていたが、下半身は床についている。
顔はシーツに埋もれており、お尻だけが突き出されている形となっている。このままお尻をぺチンと叩いたらさぞ気持ちがよかろう。
そしてそのままリリスはそれを実行した。
「ベズリーシア! 起きて!」
最初はペチペチと。
「ほら! ドラゴンを倒しに行くから!」
それは次第に、勢いを増しパチン! パチン! という音に変化していった。
それでも一向に起きないところを見ると、よっぽどの眠気を我慢していたのだろう。
それかよっぽど疲弊していたのか。どちらにせよ、脳がブレーカーを落としてしまっている以上起こすのは容易ではないように思えた。
ベズリーシアは ねむっている
リリスは メザメハを となえた!
ベズリーシアは めをさました!
「…………」
目は口ほどにモノを言うとはよくいったものだ。
目の前のベズリーシアは、今にでも人を殺さんといった目でリリスを見ていた。
文句のひとつも出てこないのは、それだけ本気で怒っているからだろう。
恐らく先輩である、ということを抜きにしていればリリスはそのまま殺されていただろう。
「お、おはよう」
リリスはその視線に気圧されたが、なんとか踏みとどまった。
「勇者を見つけたから、会いに行くの手伝って欲しいんだけど」
さすがのリリスも、こうも分かりやすく殺気を当てられたら満足に話もできない。
それでもカラカラに乾いた口で、震えた声で早口であったが、必要な情報を渡すことが出来た。
勇者、という言葉がゆっくりとベズリーシアの中に溶けていったのだろう。殺気が段々と収められていった。
「……、はぁ。まだ酔っているんですか」
「ほ、本当よ! 今テレビに映ってたんだから!」
「…………それは間違いないでありますか」
面倒くさそうに、まだ半信半疑なのだろうベズリーシアは後ろ髪を手櫛で梳かしている。
「間違いない……と思う」
一瞬だったけど。
多分。
……多分。
自信のないリリスを他所にベズリーシアは覚悟を決めたようだった。
ベズリーシアは今、半信半疑から確信へと変わった。
静かに一度だけ浅く呼吸をし――、
自分の頬をベズリーシアは殴った。
長年鍛えた男でも到底出せそうにもない音と威力であった。
「え!? ちょ、え、えぇ~?」
「すいません! 先輩を疑ってしまいました!」
「馬鹿! 本当に馬鹿! 何やってんの!」
リリスは ベホイマを となえた!
ベズリーシアの キズが かいふくした!
何やってるのこの子!
普通にびっくりしたわ!
「先輩を疑ってしまうなど、言語道断! 許されるはずもありません。それに何よりも自分が許せなかったのです」
いやいやいや。
それで自分の手の骨が砕けるくらいの力で殴る? 普通?
更に自分で口の中を切ったのだろう。鼻血だけでなく、その口からも血がダラーっと溢れていた。
目も腫れぼったくなってたし。そんな状態で謝られてもホラーだし。咄嗟に回復魔法使っちゃったよ。
というかこの子の挙動そのものがホラーでしょ。
ここまで信仰されると普通に恐ろしいわ。
「それに何より、先輩に対して殺気も放ってしまいました! 誠に申し訳ございません!」
あぁ。
やっぱり殺されかけてたんだ。私。
でもいつか普通にこの子に殺されそう。
こんなの私の先輩じゃないであります! とか言って。
気をつけよう。
「して、自分は何を手伝えば良いでありますか」
「あ、そうだった。本題はそれよ」
別に勇者を探しに行くのであれば、私一人ですっ飛んでいけば全然問題はない。
だが、ドラゴンといい、魔物の群れといい不確定要素がどうにも多い。
ならば戦力は多いに越したことはない。何かがあってもベズリーシアがなんとかしてくれるだろうし、ベズリーシアに何かがあれば私がなんとかしてみせる。
……いやぁ、でも流石のベズリーシアもドラゴンを倒すのは無理かなぁ。
まぁ倒さなきゃいけないような状況にならないように祈るくらいね。
「勇者先輩がいたと仰っていましたが、どこにいたのでありますか。取り敢えず向かいますか?」
眠たいはずなのに、ベズリーシアの目はいまや爛々と輝いている。
テレビで中継されていたのはマジルカ近くの場所だ。そこに行けば何かが分かるはず。
だけどどう説明したものか。
「マジルカの近くに――」
「あぁ、いえ。説明を求めているわけではありません。自分はただリリス先輩についていくだけです」
怖い!
この盲目的に信仰される怖さ!
…………あぁ。
いや、でもそうじゃないのかもしれない。
確かベズリーシアも勇者に好意を寄せていると聞いた。
信じているのは、私ではなくて、勇者に対してなのかもしれない。
ベズリーシアも同じだ。
勇者に会える可能性が極わずかでもあるのならば、まっすぐ突っ走っちゃうタイプなのかもしれない。
これは厄介な恋敵を連れて行ってしまうことになるかもなぁ。
「リリス先輩、何をニヤニヤしているのでありますか」
「ん? ちょっとね」
同時にすごく心強い仲間だ。
本気になったベズリーシアを止めれるやつなんてこの世界にいるわけがない。
変でありますねぇ、と洩らしているベズリーシアの腕を握り締め表に出た。
準備が出来ているかは聞いていないが、ベズリーシアは武道家だ。その身ひとつあればなんとでもなるだろう。
「じゃ、行こっか」
呪文を唱え、私とベズリーシアは空高くに放り出される。
……恋でありますねぇ。




