乙女の秘密よぉ?
3日で1回更新でも厳しかったですね……
ユーミル=クレヴィンは人間ではない。
しかしおおよそといっていいほどその容姿は人間に近い。
ではどこが異なるか?
ユーミルはエルフと分類される種族であり、人間とは少し異なる耳の形をしている。
容姿が少し異なるだけで別の種族とされているのには理由がある。
それは内面の部分だ。
確かに外見で、人間でいう美男美女が多いという噂もされてはいるが、それは本質ではない。
本質は魔力の差異である。
魔法に長けているエルフの五感は人間とは比較にならない。
彼らから言わせて見れば、空気中の魔法を介しているから遠くのものも見えるし、感じることができるということらしい。
同じ世界でありながら、見えている世界、そして価値観が異なるためエルフは人間ではない異種として扱われている。
そしてユーミルはサンダラ、そしてリリスと同じ世界にいながら、見えているものが違っていた。
「魔物ってぇ……どういうことなのよぉ」
世界各地の魔物は、魔王が全滅した後、世界各国の軍隊によりほぼ全滅したといわれている。
それでも全ての魔物というのは難しく、至る所に出没報告はされてはいるものの、いずれも脅威とみなせるだけの数と規模ではないという話だ。
少なくとも群れとなって国を襲えるほどの脅威ではなかった。
「さっき時計塔の上から、ここから5キロくらい北で砂埃が見えた。それと一緒に魔物の匂いと人間の血の匂い」
「戦ってるってことぉ?」
「魔法が焼ける匂いもした。多分ここの兵士ちゃん達が戦ってる」
ユーミルの鼻は馬鹿にできない。
深夜、全員が寝ている時に魔物に強襲されかけた時があった。
事前にユーミルが察知していなければ、恐らく全滅していたに違いなかった。
そんなユーミルが魔物の匂いがするというのであれば、もはやそれは真実だ。少なくともサンダラはそう確信していた。
「魔物がまだいたのねぇ……」
サンダラは考える。
取りうる手段は2つ。
まず1つは、この暢気に馬鹿騒ぎをしている住民達を避難させるか。
もう1つは、マジルカ兵と魔物との戦闘に加勢するか。
これだけの人数を扇動するのは、国との協力なしで行うのは正直無理に近い。しかし加勢といっても動けるのはサンダラとユーミルの2人だけだ。
「……決まっちゃったわねぇ」
否、伝説と呼ばれている逸材が2人もいるのである。
今頃魔物の群れというのにどうして臆する必要があるだろうか。
「行くわよぉ、ユーミルぅ。準備はできてるぅ?」
「勿論。サンダラちゃんは?」
「アタイを誰だと思ってるのぉ?」
太ももを覆い隠しているローブを捲くし立てると、その内側にはびっしりと小型のナイフが張り付いていた。
そしてユーミルの背中には大型の弓が用意されている。
既に臨戦準備はできている。
だから残る問題は1つだけである。
「さっきからなにお! アンタラしっかりお酒のんでるの? あれえ? なんで弓なんて担いでるのよユーミルはぁ! あっはっは! ばっかじゃないの!? あははははは!」
サンダラは目頭を揉んだ。
確かにお酒でも飲めば、と勧めたのは自分だ。
しかしまさか魔物が現れるとは。
完全に想定をしていなかった。
もうダマス城に行って潜入工作なんていうのはやる必要がないのである。どうせリリスが酔っ払っても、部屋に押し込めておけばいいと思っていた。
「ちょっと。もしかして私を置いていこうとしてない? 絶対嫌だからね」
そう。
酔っ払ったリリスは面倒臭いのである。
そして無駄に勘がいいのである。
今も普通に外の広場であるというのに、地べたに張ってサンダラの足に絡み付いている。
……かくなる上は。
「リリスぅ? ちょっと折角だしベズリーシアを呼んでこなぁい?」
「あら! そうね! そうだよね! ベズリーシアも確かお酒飲める年齢だったよね?」
それはない。
まだ15くらいだったはずだ。
だがそれを言って水をさすような真似をサンダラはしない。
サンダラの作戦はこうだ。
面倒なリリスをベズリーシアに預けて、残った2人でマジルカの応援に向かう。
「そうねぇ。早く呼んできなさぁい?」
取り上げた杖をリリスに返し――前にサンダラは思い出す。
そういえば、跳んでいった時にリリスが杖を落としたという話を、電話を通してベズリーシアから聞いた。
「なにやってるの?」
リリスのその疑問ももっともだ。
「黙ってみてなさぁい」
サンダラは、杖とリリスの腕をロープでぐるぐる巻きにして固定させた。それをリリスはニコニコとしながら見ていた。
「さ、行って来なさぁい」
サンダラはリリスの背中を叩くと、
「おっけ! じゃあ行って来るね!」
リリスは呪文を唱え、即座に跳んで行った。
打ち上げロケットのように、一瞬で夜の闇に溶けていった。
跳んだ方向はベズリーシアの故郷であるイスカルである。
……イスカルのはずよねぇ?
「大丈夫かな」
ユーミルが空を見ながらぼやいた。
「……わからないわぁ」
それでも一応はリリスに魔術虫も取り付けてあるし、なんとでもなるだろう。
サンダラは電話を取り出した。
「もしもしぃ? ベズリーシアぁ? おきてたぁ? 今からそっちにねぇ、かわいいのんだくれさんが行くと思うから面倒見てあげてねぇ」
サンダラとユーミルはこれから魔物狩りだ。
困ったときのベズリーシア頼みだ。
「あぁ、お礼ならするわよぉ。今度また例の本をもっていってあげるわぁ。うん、それじゃあねぇ」
これで良し。
サンダラは電話をしまい、マジルカの門に向かい歩き始める。
これからは魔物との連戦だ。リリスに気を取られて和んでいる場合ではない。
気を引き締めなくては。
「サンダラちゃん、例の本って?」
ユーミルが後ろからサンダラに質問してきた。
「乙女の秘密よぉ?」
サンダラは振り返り、唇に人差し指を立てる。
その見せた笑顔は、リリスには微塵も存在しない大人の魅力に溢れていた。
どこまでも艶かしかった。




