これは食べ物じゃないでありますよ
ベズリーシア。
彼女の名前はそれだけであり、その名前も教会の神父につけて貰った。
しかし不都合がある場合に限って、ベズリーシアは名付け親の神父の名前を借りて、ミラン=ベズリーシアと名乗る。
ベズリーシアは幼少の頃、捨てられた経験がある。
本当の親は不明。
その理由も不明。
ただ分かるのは、運が良かったということだけである。
森の中に捨てられていたベズリーシアが生き残ることができたのは、心優しい神父がベズリーシアを拾ったからに他ならない。
神父には何のメリットもない。大して裕福でもない、教会を切り盛りするだけで手一杯の神父が何故赤ん坊を拾ったのか。
ベズリーシアはしかしその理由を一度も問うたことはなかった。
聞いてしまうと、今までの全てが崩壊してしまいそうな、そんな気配を感じていた。
だからベズリーシアはその疑問をずっと心の奥底にしまっていた。
そんな拾われた経験のあるベズリーシアが今は逆の立場となっている。
「おろろろろろろぉお」
イスカルの町の目の前、そこに一人の女性が地面に突っ伏し、その口から胃液を逆流させているところだった。
ついでに言うと、その腕には杖がぐるぐる巻きで固定されている。
確かに赤子と、目の前の女性とでは大きく違う。
だが自立ができず、他の誰かの助けを求めているという点では一致しているかもしれない。
昔の神父もこんな気持ちだったのかもしれない。
「リリス先輩! お迎えにあがりました」
いや、違うだろう。
「またお酒に呑まれてるようでありますな! いかんでありますよ!」
少なくとも、こんなあっけらかんな気持ちではなかったことだろう。
勿論、ベズリーシアはリリスが酒に呑まれたらかなり面倒になることを熟知している。
それこそ赤子もかくやという程の面倒レベルである。
お腹が空いたからと、ご飯を食べさせるのは当然。
地べたで眠っているところをベッドに運ぶのも必然。
眠っている間に吐瀉物を詰まらせ死にかけた事もあった。
だから迂闊に目も放せない。
そして一番最悪なのはおもらしである。
いい歳して、と思うかもしれないがかつて一度だけあったのである。
その時に赤子のおしめ換えよろしく、リリスの下着を脱がせ、拭い、そしてまた穿かせるという罰ゲームを担当したのは何を隠そう、サンダラであった。
その時に初めてリリスの下着がお子様ものだとばれてしまったのだが、それはまた別の話である。
「……私は別に酔ってないわよ」
「取り敢えず口元をお拭きするでありますよ」
ベズリーシアは手馴れたものである。用意してあったハンカチでリリスの口元を拭っていた。
そのハンカチを何故かむしゃむしゃと噛み始めているリリス。ベズリーシアはそんなリリスに対しても優しく、
「これは食べ物じゃないでありますよー」
と軽くたしなめていた。
「もう! アンタも勇者のことが好きなくせにぃ!」
「話が唐突すぎてわからんでありますよ……」
「みなさーん! ここの齢15の女の子はいつも伝説の大勇者様でオナ――」
「あーもーリリス先輩やめるでありますよ」
やれやれ、といった風でベズリーシアはリリスの鳩尾に拳をのめりこませた。
これでも武道家として天才と称されている。
どれだけ力を込めれば死に至るか。
どれだけ力を込めれば臓器が壊れるか。
どれだけ力を込めれば意識のブレーカーがおちる程の痛みを与えられるか。
それくらいは把握している。
「……ん? アンタ"も"? でありますか?」
他にも勇者を慕っている者がいるという言い方だ。
ベズリーシアは少しだけ考える。
そしてすぐに事の真相に至った。
「ということはリリス先輩も勇者先輩のことが好きってことでありますか」
その問いかけをしてみても、当のリリスは何も応えない。
ふーん。
そうでありますか。
ベズリーシアは物憂げな表情を見せつつ、ポケットに手を突っ込んだ。
そこから取り出したのは携帯電話である。
「もしもし、サンダラ先輩ですか。先ほどのお話通り、リリス先輩の回収に成功しました。……はい、もうかなり面倒でありますよ。貸しでありますからね」
どうやらサンダラ先輩達は今、リリス先輩の面倒を見れるほどの余裕がないということだ。
「何かお手伝いしましょうか?」
軽い事情はサンダラから事前に聞いていた。
どうにも魔物の群れが現れた、などと言っていたが結局本当だったのだろうか。
だとすれば自分も手助けするべきだとも考えているが。
『そうねぇ、リリスが魔法を使えるくらいに回復したらお願いするわぁ。アタイのところまで跳んでくるようにリリスにお願いしてみてぇ』
でもそれまでに解決してるかもねぇ、と電話越しにサンダラの余裕そうな笑みが伝わってきた。
サンダラだけではなく、ユーミルもいるのだから、ベズリーシアは大して心配はしていなかった。
だがそれでも何か起きてからでは遅いのである。できるだけ自分も力になりたいとは思うのだが……。
肩に背負っているこの先輩をどうにかするのが先なんだろう。
「……貧乏クジでありますなぁ」
ベズリーシアのぼやきは誰にも届かない。
ひとまずはこの先輩を横にさせてから、サンダラ先輩達の無事を神に祈ろう。
そう決めて、ベズリーシアは帰路を急ぐことにした。




