これははっきりと異常!
少し歩いて分かったことといえば、生息している魔物は全て大人しかった。
驚いたことは、常に狩場を荒らしていることで有名なジャイアントキングゴリラも呑気に歩いていたことである。
奴のテリトリーに入った瞬間どこからか現れ攻撃をしてくるのだが、ここのゴリラはそんな素振りを見せることもなかった。リリスとユーミルを視界に入れても、道端の石ころくらいにしか思っていないのかもしれない。
「おかしい」
一通り歩いて、いろいろなものを目撃したリリスの感想はそんな一言であった。
「うん、そうだね」
「分かってるの!? 異常よ! これははっきりと異常! 魔物が大人しいのよ!?」
「でもいいことじゃない?」
「うっ」
そう、魔物がいること自体は確かに異常である。それがこんな城の近くであるならばそれは尚更である。
しかしここに生息している魔物が全員敵意を持っていないのである。どの魔物もリリス達を認識しておきながら襲ってくることはなかった。
ならばこの自体をどう報告すれば良いのか?
国に魔物が隠れて潜んでいた、ということを報告すれば国は軍を整えここら一帯の魔物を掃討するだろう。
逆に今は危険な思想がないとしても、それがいつまで続くのか分かったものではない。この情報を敢えて国に対して伏せておき、この魔物達が一斉に国を襲いでもしたら、報告責任を果たさなかったリリス達に責任が出てきてしまう。
結局、敵意のない魔物に対して味方になるか、それとも人間の味方になるべきか、という選択肢である。
「ユーミルはどうするつもりなの。このことを報告するの? それとも伏せるの?」
リリスとしてはどちらにするかという判断を決めかねていた。
別に報告する必要はないし、この魔物を見なかったことにするというのは簡単だ。
だけどそれだけは嫌だった。
保留という言い方をすれば聞こえはいいが、そこに自分の意思は介在しなくなってしまう。
自分を主張しない人生だなんて、何のために生きているのか分からなくなってしまう。
少なくともリリスはそう考えていた。だからこそ魔王の討伐に参加したし、今は勇者を探し出すことを決意しているのである。
この現実を踏まえて、どう行動するかを決定したい。
そうじゃないと気持ちが悪い。
「……どうしようかな」
それはユーミルも同じはずである。
魔王を討伐するだなんて貧乏くじを率先して引きに来たくらいのバカである。ここで何も考えずに見なかったことにするなんてことを言いだすはずはなかった。
「リリスちゃんの決定に従おうかな」
だが返ってきた言葉はそれもそれで微妙なものであった。
「結局他人任せ?」
「他人なんてとんでもない。リリスちゃん任せだよ。リリスちゃんなら最高の判断をしてくれると信じているからこそだよ」
愛想笑いのような、何かを誤魔化しているような、そうでもないような笑い方をしてみせた。
相変わらずうちのパーティは私に楽をさせてくれない。
パーティーの中で一番の凡人であったにも関わらず、いつもそうだ。
私なんかを極度に頼って。そのせいで失敗したって文句のひとつも言ってこない。そんなパーティーだった。
……でも信頼されるのは悪い気はしなかった。
「のくせにさっきは私の意見なんてがっつり無視して洞窟の奥にいってなかった?」
照れ隠しか、リリスは軽口をユーミルにたたく。
「いや、それは久々に楽しいリリスちゃんが見たかったから」
……。
コイツなんなの?
信頼してるの? バカにしてるの?
「勇者を探す気はあるの?」
「あはは、ごめん。でもなんだか懐かしくてこっちも楽しくなっちゃって」
こっちは楽しくなかったっつーの。
つか普通に今生きてるけど、下手したら死んでてもおかしくなかったからね? 分かってるの?
「リリスちゃんも楽しかったでしょ?」
「っ! 誰が楽しかったよ!」
全力で怒ったし、全力で泣いたし、全力でお前のケツを蹴飛ばしたわ!
「だってリリスちゃん笑ってたもん」
「……は?」
笑ってた?
私が?
いつ?
どこのタイミングで?
「今日に限らない話でね。勇者ちゃんに無理やり巻き込まれてる時とか。口では文句を言ってたけど、誰よりも楽しそうにしていたのはリリスちゃんだったんだよね」
「アンタの勝手な見間違いか思い込みでしょ」
なんなんだコイツは。
勝手に決めつけて、勝手に盛り上がって、勝手に勘違いして。
無礼極まりない。
まぁ乙女の部屋の下着を勝手に漁っている時点でお察しだったけど。
もうここに置いていこうかな。
冷静に考えて女性の下着の物色は、ない。
……。
でも。
あの時が楽しかったというのは否定しない。
勇者が無茶をやって、サンダラが煽って、ベズリーシアが真面目に返して、ユーミルが話をややこしくして、私が止めて。
大人数で行動すると、私が到底考えもつかないことになったりする。
それは可能性を広げるという意味で素晴らしいことだと思うし、あのパーティーに加われたことでいろいろな成長をすることができたと思う。
そしてむかつくことに、目の前のコイツも私のその成長に一役買ってくれているのである。
具体的に何かをしてくれたというのは言葉にできないし、検討もつかないのだが。
だからといって、コイツだけが何の役に立っていなかったというのも断定はできない。
置いていくのはまだ先のことにしてやろう。
「……取り敢えずここら辺がどんなもんか分かったし、ここからでるわよ」
リリスの転移魔法は空さえ見えれば発動することが可能である。
もし天井のある場所で発動させてしまったら、そこに頭をぶつけるのがオチである。
「オッケー。ただあそこの城に跳ぶのはやめておこう。魔法を打ち消す結界で囲まれてたよ」
なるほど。
だから私達もその結界に阻まれて打ち消されたわけね。
「アンタならその結界を無効にできるんじゃないの」
ユーミルはエルフの一族である。
人間と異なる点に容姿の違いももちろんあるが、大きく異なるのは魔法に関する能力だろう。
魔法の発動を彼らエルフは感じるだけでなく見ることもできるし、簡単なものであれば解くこともできる。もちろん全てのエルフができるわけではない。
だが天才と呼ばれている人間の魔法使いであっても、そんな真似はできない。土台から違うのである。
「一部分だけなら。でもあのレベルの結界は国家事業レベルのものだよ。それをおいそれと解除してしまったりなんかしたら……」
国が必死に維持している魔法を解除して、やることといえばただの勇者の聞き込みである。
……問題になるのは確かだろう。
リリスは空を見上げながらため息をついた。
「結局歩いていくしかなさそうね」
折角便利な魔法を習得しているというのに、これでは宝のもちぐされである。
それにもう穴に埋まるのはこりごりであった。




