やれないんじゃなくて、やらないだけ
ヴァールベアー。
クマのくせに、木の上を基本の住処にしている。
果物がなる木に住み、あらかた食べ尽くしてしまうと別の木に移り住む。
ただの草食かと言えばそうでもない。
時折、木の近くを通りかかった獲物を補食するといった肉食獣の面も見せたりする。
その獲物は獣であったり、人間であったり、また魔物でも容赦なく襲いかかる。
問題はその襲いかかり方である。
必ず不意をつき且つ、つうこんのいちげきをお見舞いしてくるのである。
だから木の実がなっている木に近づくときは、細心の注意が必要であった。
だがそれも昔のことである。
死人も出すわ、木の実を食い尽くすわということで、害獣認定されたヴァールベアーは、魔王が討伐されてから絶滅させるリストの筆頭にあがっていた。
性質さえ知ってしまえば、大して怖い魔物ではない。賞金を掛けられ、国に通報するだけでもお金になるということで、絶滅リストに乗っている魔物の駆逐は民間の協力もあり、あらかた済んでいた。
だからリリスは失念していたのである。
まさか、こんな地で絶滅したであろうヴァールベアーに遭遇するとは。
南無三。
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ヴァールベアーが あらわれた!
ヴァールベアーは いきなり おそいかかってきた!
ヴァールベアーは なにもしていない!
リリスは にげだした!
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「……ってあれ」
てっきり自分の首もとをかっきられるものだと思っていただけに、リリスは安堵した。
木の根元から逃げ出すと、ヴァールベアーは追ってくるでもなく、ただリリスが残したサンドイッチを見ていた。
ノロノロと樹から下りてきて、そのサンドイッチが入ったバスケットを口にくわえた。また同じように木をよじ登り、葉にまみれまた見えなくなってしまった。
助かった。
サンドイッチのおかげなんだろうか?
いや、それよりも……。
「ちょっと! ユーミル! あんたもサポートするとかなんとか――」
すぐ傍にユーミルもいたはずである。
それなのに間に立つこともしないとは何事か。僧侶を守るのがアンタの仕事で、アンタを回復するのが私の仕事でしょうが!
そんな文句も口元まで出かけて、直ぐに引っ込んだ。
ユーミルはリリスに背中を向け、一頭の魔物と対峙している最中であった。
その魔物の名前をリリスは知っていた。
ガジルライダー。
狼をふたまわり程大きくした獰猛な魔物であるガジル種。その中でもすばやさに特化した亜種を小悪魔が乗り回している魔物である。
回避率がやけに高く普通の攻撃であればまず当たらない。
敵は逃げ回りながら、小悪魔は的確で高威力の魔法攻撃を仕掛けてくる。普通に戦えば厄介であり、逃げようと思っても相手の機動力の高さからうしろにまわりこまれてしまうのである。
それとユーミルは向き合っていたのである。
ガジルライダーはゆっくりとした足取りでユーミルに近づきつつあった。
「ちょ! アンタ一人でなんとかなる相手じゃないでしょうが!」
取り敢えずサポートにくわわり――、
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ガジルライダーが あらわれた!
ガジルライダーは にげだした!
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「は?」
逃げたといっても、歩いて逃げられることをなんと呼べばいいのか。
もとからユーミルのことなぞ関係なく、ただ草を食みながら闊歩しているだけに見える。
ユーミルの技量ならば、弓矢の一本でもあれば、回避の先読みをして正確に攻撃をあてることだろう。
昔は魔物を殺すことに違和感はなかった。
しかし無防備に背中を晒している小悪魔の背中を射抜くのは躊躇われたのだろう。ユーミルは構えていた弓矢を放つことなくそっと力を抜いていた。
「……ここの魔物はどうなってるんだい?」
「いや、そもそもどうして魔物がこんなにいるのよ」
この分ではまだまだ他にも魔物がいることが考えられる。しかもこんな危険で厄介な魔物達ばかり。
「取り敢えず国に報告するわよ。城の近くにこんな場所があるなんて危険すぎるわよ」
「……そうかな」
「当たり前でしょ。何のために魔物が駆逐されたと思ってるのよ」
「ならリリスちゃんはあの魔物を殺せる?」
ユーミルはそういって道を開けた。
リリスの視線を辿った先。
ただ何も考えていないんだろう。尻尾をフリフリとさせながら、ノシノシと歩いているガジルと子悪魔。
さっきは間違いなくリリスとユーミルを視界に捕らえていた。にも関わらず襲ってこない。それどころか簡単に背中すら向けているのである。
こんな体験は今までにリリスも、そしてユーミルもしたことがなかった。
それほどまでにこれは有り得ないことだ。
「……無理」
『セイントアロー』でも打ち込めば、一発で昇天させることができる。
何度もそれで魔物を屠ってきた。今後もそうやって身を守るつもりだし、それを後悔するつもりもまるでない。
それなのに。
この目の前の魔物だけは、殺した瞬間に後悔する。
リリスはその確信があった。
「そうだね、僕も無理」
ユーミルはそう言ってへらへらと笑っていた。
リリスとしては、この男にリリス自身の甘さを見透かされたようで面白くない。
「分かってる? やれないんじゃなくて、やらないだけなんだから!」
「うんうん。リリスちゃんも甘いところがあるよね」
なんだったら、コイツに『セイントアロー』を打ってやろうか。
「もうちょっと様子を見てみようか」
ユーミルはそんな気配を察知したのか分からないが、リリスから逃げるように草原を歩き始めていた。
「……まぁ今は殺さないでいてやるか」
この異質な現状を確認するのはリリスとしても賛成であった。
少し離れて、ユーミルの後ろをリリスも歩き始めた。




