いいえ結構です。はい復唱
ジェラスジェラス。
城の近くに位置しているこの街は賭け事と色事で染められている。
色事というのはあれだ。男女のあーだこーだでおしべとめしべで色々と云々かんぬん。
余談であるが、サンダラも一時期ここに住んでいたらしい。人気のでなそうな店を経営していたようだ。
そう、賭け事と色事ということで分かるとおり、この街は特に荒れている。
真昼間であるにも関わらず、酔っ払いがそこら辺に倒れているのは当たり前だし、露出の高い女が客引きをしているのも当然の光景だったりする。
「分かってる? 城まで歩いていく装備を整えるだけに寄るんだからね?」
リリス達の目的は、勇者の手がかりを得るために城まで行くことである。
しかしその城というのが、どうやら魔法を打ち消す結界とやらで囲まれているお陰で簡単に到達することができないという。
その対処として、その城近くまで跳びそこから歩きで城へ向かうというルートを辿ることにした。
装備といっても魔物の少ないこの地を通るのに大した装備は必要ない。ないのだが、何が起こるかわからないというのは身に染みて分かっている。
「ねぇ、リリスちゃん、抜きナシってどういう意味?」
ユーミルは怪しげな看板を見ながらリリスに質問する。
「知らん」
勇者達とこの街に来たときにまだユーミルはパーティに加入していなかったのである。
つまりユーミルはこの街に入るのが初めてなのだという。
キョロキョロしながら、興味津々と言わんばかりに鼻息を荒げるユーミル。
不安しかない。
「いい? 絶対にこの手を離さないこと。変な人に話しかけられても無視すること。地面しか見ないこと」
「地面……」
「話しかけられたら、いいえ結構です。はい復唱」
「……時々リリスちゃんはとんでもないことを言い出――」
「復唱は?」
早く答えなければ、そのまま魔法で殺されそうな勢いを感じた。
ユーミルは仕方なくリリスの要求通りに動くことにした。
「…………いいえ、結構です」
それでもまだユーミルのことを疑っているリリスは、厳しい視線をじっとりと残しつつ、
「よろしい」
前を振り返った。
踏み出す足は、前方で集まっている人たちを蹴散らすかのような迫力がある。事実、客引きや酔っ払いはリリスの剣幕に気圧され、その道を譲っていた。
ユーミルの前方にこのリリスという盾がある以上、誰も話しかけてこないものだと思われた。
「お兄さん、遊んでいかない?」
だが真横からの攻撃には手薄であった。
客引きの娼婦がユーミルに向けて話しかけてきた。
胸元を強調させる服に、太ももを惜しげもなく見せつける短いスカートである。
リリスはその方向に視線を向けて威嚇を行ったが、客引き女は涼しい顔で無視していた。
今はこんな場所に構ってる暇もないし、ユーミルにはお金もないのである。
「ほら、いくわよ!」
掴んでいた手を思いっきり引っ張ってみるものの、ユーミルの身体はそこに根付いて締まったかのように、びくともしなかった。
リリスの腕力はたかが知れているのである。力ずくでユーミルを動かすのは、土台無理だろう。
「どんな遊び?」
「ちょっと! ユーミルやめなさい!」
「色々と気持ちいいこと? お兄さんが知らない遊びかも? 少なくとも……そこのお子様にはできそうにもないことかしら?」
そういって客引きの娼婦はちらりとリリスを見下ろした。
リリスの身長はそれほど高い方ではない。
だから見下ろされるのは割りと自然なことである。
だが納得いかないのはその視線の下がり具合であった。
リリスがその娼婦の顔を見ても目線が合わないのである。
娼婦の視線の行き先。あぁ、それは悲しいかな、未だ発展途上であるふたつの双丘である。
形と色は美しいと自負しているリリスであるが、どうにも勢いが足りないというのは常々思っていた。そしてそれはコンプレックスでもある。
大きくならないものかと、時折一人で揉みしだいてもいるが、それもまるで効果はない。
リリスがこの世界の悪と巨乳に憎悪を抱くのに時間は掛からなかった。
「確かに可愛らしいお連れ様だけど、大人の魅力も楽しんでみたくなぁい?」
そんなリリスの気苦労を当然知らない娼婦は好き勝手に言ってのける。
へぇ?
なに? 伝説の大僧侶様を捕まえておいて、お子様扱い?
胸があれば大人で、なければお子様ってか?
春を売ってるだけの、アバズレが何偉そうなことを語ってくれてるわけ?
「リリスちゃん、なんか楽しい遊びが……」
ユーミルはリリスの笑顔を見た。
天使もかくやというほどの眩しい笑顔である。
それは確か一度、サンダラに対して見せていた。
珍しくあの日はリリスがスカートを穿いていた日であった。
慣れないスカートで、もじもじしているリリスをサンダラは酷く馬鹿にしていた。
そしてサンダラがふざけて、勇者の前でリリスのスカートをめくった時だったと記憶している。
あの笑顔を見せた直後。
死ぬ直前までズタボロにして、その怪我を全回復させ、再びボコボコにするというループを何度もしてみせた。
……確かそこからリリスちゃんもなんか壊れたというか。パーティーに馴染み始めたんだよなぁ、とユーミルはかつてを思い出し……。
ユーミルはリリスが杖を取り出したのを見落とさなかった。
「イイエ、ケッコウデス!」
洞窟の中よろしく、リリスを脇に抱えて、脱兎のごとくユーミルはその場から退散した。
「離しなさい! あのクソ女に礼儀ってモノを分からせてやらなきゃ気が済まないわ!」
「一般人に何をするつもりなんだいリリスちゃんは……」
「平気よ? 確かに痛めつけるけれども、殺すつもりはないし怪我も残さないわ?」
「それが問題なんでしょ……」
アレがサンドラだったから良かったものの、普通の人であれば精神を病むのはまず間違いない。
終わらない痛みに、途絶えない意識。例えるなら全身麻酔をせずに、メスでお腹を開かれるのと同じことだろうと思う。
「分かったから。もう他の人についていったりしないから。それでどこに向かえばいいんだい? 城に行かなきゃいけないんだろ?」
まだ何か文句を言いたげであったが、当初の目的を思い出したのだろう、そこの路地に入った先の雑貨屋さん、と渋々答えていた。
言われたとおりにその路地に入ると、見るからに古臭い店が目に入ってきた。
雑貨屋の前に立つと勝手知ったる所作で、リリスは中に入って行った。
ユーミルもその後についていったが、どう見ても店という雰囲気はしなかった。
「ほら、コレ持ってなさい。必要でしょ」
本当にここはジェラスジェラスの道具屋なのだろうか。リリスはごそごそと店の奥に勝手に入って行き、弓矢を調達してきていた。
「あ、ありがとう」
「その代わり何かあったら私を守りなさい」
「それは勿論」
それよりもユーミルが気になっていることがある。
「お店の人は?」
「いないみたいね」
「え、あぁ、うん」
店の人がいないと勝手に持ち出していいんだっけ?
ユーミルの数少ない人間界の知識をフル動因したが、そんな常識はヒットすることはなかった。
「ここってサンダラの店だからね。今は廃業してるみたいだし、勝手に持ち出していいでしょ」
味方のモノは自分のモノ。
そんな傲慢極まりない思考が薄っすらと透けて見えていた。
ユーミルは自分の家の位置をリリスに教えないようにしようと考えていた。
リリスは次に、長持ちする固形携帯食と水をゴソゴソと買っていた。
この街から城までは歩いて行くには半日程度あれば済む。
だというのに買い込んでいる量はおよそ2人分といえど、4日分はまるまる持ちそうである。
「あとこの荷物も持ちなさい」
固形食の方は問題ない。重要なのは水である。
これではかなりの重さになることが見込まれる。というか実際既にちょっとした鈍器として機能しそうなほど、そのカバンはパンパンに膨れ、その重さも洒落になっていないものである。
ユーミルは意を決し、言った。
「いいえ、結構です」
「おいコラ」




