1-6.自覚アリの実戦
「でだ……俺はなんでこんなことになっているのかな?」
時刻は夜の7時になろうとしていた。
礼二は気まずそうに今の状況に対しての説明をレイチェルに求める。
「おひ…王子様だっこ?」
「今、お姫様だっことか言おうとしたよね?」
礼二はレイチェルに抱えられて空を飛んでいた。
彼女が言うには『無重力』をイメージしながら魔力を体全体に覆っているらしく、半無重力状態にあるからこそ飛べるらしい。
魔術にはこんな力の使い方があるのか―――礼二は関心しながら現場の到着を待っていた。
実際の戦場はどんな感じだろう。
礼二は彼女に抱えられながら、真下にある街の光景を見続ける。
空はこんな暗いのに、下はこんなにも明るいのか。
郊外に当たる場所はあちこちに光が点されている雰囲気だったが、都市に近ければ近いほど光の強さに違いがあった。
礼二は浮かない顔をしながらそれを見届けていると、レイチェルが儚げに彼を見つめながら言った。
「礼二、これだけは約束して。魔獣に狙われたらすぐに逃げてほしいの。今日まで鍛えてきた魔術を使いながらでも『生きる』ことに専念して」
いつもは天真爛漫かつ気分屋な面を持つ彼女だが、今はとても真剣な表情をしている。
「あ、ああ……そのつもりで行くんだけど…」
「そう…良かった…」
礼二の返事を聞くと、彼女は安心するように微笑んだ。
そうやりとりをしていく内に、異様な空気に2人は触れたような気がした。
「ここね」
辿り着いたのは都市から離れた河川敷。近くには電車の通り道にあたる橋がある。
橋の下を蠢く黒い人影。
レイチェルは抱えていた礼二を腕から下ろすと、虚空から槍を取り出した。
「この先に魔獣がいるの?」
「この気配はそうね。どこかに隠れてて」
礼二は彼女の言う通りに岸近くにあった茂みに隠れる。
それを確認したレイチェルは、橋の下で蠢いている黒い影に近づく。
獲物を狩ることに特化した太い両腕、瞬発力に優れたチーターのような細い足、相手を威嚇するような図体の大きさ。彼女はこれを見て魔獣と確信した。
「かかってきなさい」
敵に対して挑発をしていると、魔獣は答えるように右腕を構えて突進を仕掛けてくる。
レイチェルは魔獣の体の下半分をかいくぐるように身をかがめる。
すると敵の攻撃は綺麗に空振りし、彼女に絶対的な隙を与える。金髪美女はこの瞬間を逃さなかった。
「はぁっ!」
魔獣の右胸を貫くように槍で一突き。ダメージを与えられて暴れる魔獣であったが、レイチェルは容赦なくそれを焼却した。
刹那、自分達の仲間の仇を討ち取りに行くかの如く、魔獣が次々と彼女の周りに現れた。
「グオオオオオオ!!!」
次々に肉食獣達は、レイチェルの逃げ道を防ごうと前に立ちはだかっていく。
彼女はやってくる敵の対処に手いっぱいな状況にあった。
「っ……! うっとおしい!!」
レイチェルは苛立ちながら周りの魔獣達を片付けていく。
礼二は大量の敵を1匹ずつ狩る彼女の背中を見守ることしかできなかった。
なんだよこれ…次元が違うじゃねぇか……
先程からレイチェルは魔獣の攻撃を紙一重に避けてカウンター気味に槍の一撃を与えてきている。
あとは槍に魔力を流し込むことによって必殺の一撃を生み出す。
最初は10匹近くいた魔獣もついには4匹までに減っていた。
よし…もう少しで全滅だ!
礼二は引き続き、彼女を応援していると予想外な事態が発生することに気付いた
「ちょっと待てよ……」
河川の水面から魔獣が見えてきている。そして奴らはレイチェルの元へと近づいていく。
危険な状況に気付いた礼二はレイチェルに伝えようとするも、彼女の周りにはまだ魔獣でいっぱいだった。
どうする……
レイチェルの戦いを見ていると、結構ギリギリなように見える。
なぜなら、最初に大口を叩いていた口から吐かれる息はとても乱れていたからだ。
彼女はきっと体力はあまり無いのだろう。そして戦い方を見ていると、多数を相手にして戦うタイプでは無い様に思える。
あのまま河川から湧き出る魔獣を放置してしまえば、レイチェルが襲われるのも目に見える。
礼二が黙々と考えている内に時間は刻々と進んでいく。
河川を見ると、魔獣の体が上半身見えるところまで侵攻していた。
手段は無いか……
左には河川、それ以外には何も見当たらない。
周りを見渡しながら再び考えるも、頼りになりそうな物は見当たらない。
そして、最後の可能性に考えが至った。
俺が助けるか……?
今、魔獣に対抗できる人間はレイチェルと俺だけ。
肝心の彼女は戦闘中で、不意打ちされそうな状況だ。
そして俺は魔術の行使は可能だが、戦闘経験なんて皆無。あの場に突撃でもしてしまえば戦死は免れないだろう。だから彼女は戦闘前に「狙われたら逃げろ」と言ったのだ。
増援の魔獣達はレイチェルとの距離を一歩一歩詰めていく。
「よしっ!」
レイチェルは唐突に歓喜の声を上げた。
彼女のいる方向を見てみると、周囲にいた魔獣は全滅していた。それを見計らったのか、金髪美女を狙っていた狩人は河川を強く蹴り、彼女目掛けて飛び出していく。
「嘘……!?」
レイチェルは絶望に満ちたような表情をする。
敵がもう居なくなったと思えば、自分を狙って隠れていたからだ。
彼女が襲われる瞬間まで、礼二は悩み続ける。
戦いたくない…けど、目の前でこの女が死ぬのはもっと嫌だ!
礼二は右腕を肩と水平に上げ、右手を拳銃に模った。
目は彼女を襲う魔獣に向け、頭の中で魔力の流れをイメージする。
体の中心から右腕へ。右腕から手の平の外へと出力していく。
最初に比べてかなりスムーズで、素早い動作で魔力放出のイメージをすることに成功した。
これも修行の賜物だろうか。
俺、天才!―――自画自賛している暇は無く、すぐさま魔力を打ち出すイメージへと頭の思考回路をシフトしていく。
今やろうとしていることを実際に行動すると、俺の命は危ないだろう。でも、やるしかないんだ。
胸に込み上げる恐怖を押しのけ、礼二はイメージし続ける。
そして、右手の人差し指を魔獣の頭へと狙いを定め、彼は叫んだ。
「いっけえええええぇ!!」
礼二の右手人差し指の先から球体の魔弾が放たれる。放たれた弾丸は拳銃で放たれた銃弾のように真っ直ぐ進み、レイチェルを襲おうとした魔獣の頭部にヒットする。
「グオオオオエェ!!」
断末魔を挙げながら呆気なく倒れる魔獣。その隣には金髪の魔術師がいて、彼女は彼を見て驚愕の表情を浮かべて叫んだ。
「なんで…あなたはこの世界に来るべき人間じゃないわ!」
レイチェルは自身の魔術の弟子に対して叫ぶ。
今のあなたでは戦えない、戦ったとしてもすぐに殺される。
そう考えて忠告までもしたのに、なぜこんな死にに行くようなことをするのだろうか。
レイチェルの叫びから思いを悟った礼二は、自分の中で悩み続けた答えを伝えた。
「確かに逃げたかったさ。こんなヤバイ奴らと関わるのは二度とゴメンだ! だけど…魔術を教えてくれたレイチェルを残して逃げるのは嫌なんだ! 今逃げ出したら…何か後悔しそうな気がする…」
礼二にとって魔術の師にあたる彼女との日々は、普段の生活では味わえないような楽しみがあった。
彼のスペックにしか興味の無い親は自分のことなど考えはしなかったのに、彼女は自分のことを考えてくれている。それは自分自身でなく前世のことを考えているにしても、ここまで表にして考えてくれていることを伝えてくれた人がいるだろうか。
だからこそ礼二は、『レイチェルを見捨てない』と決断したのだ。
「でも礼二…今の攻撃であなたは…」
分かっている。今の一撃で俺も―――
河川敷から沸いた魔獣達は一斉に礼二に目を向ける。
この瞬間、彼は新たな獲物として見られるようになった。
殺気を纏った視線を目の前にし、礼二の足元は震えていた。
「怖いけど…俺は戦うよ……あんた1人で戦わせはしない」
右手を広げ、手の平の外へと魔力を集中させる。
イメージは長剣。外へと出力した魔力を横に引き伸ばし、さらに片方の端へと手の平を移動させ、柄を軽くイメージして完成。出来上がった武器を右手で持ち、余った左手は魔弾を打つときの要領で構える。
「次の相手は俺だ」
礼二は人が変わったように呟き、魔弾を魔獣一匹の頭にヒットさせる。
それが狼煙となり、魔術師見習いと魔獣達との戦闘が始まった。
礼二は魔獣達との距離があることを利点にし、魔弾で数を減らしていく。
「ちっ!」
頭では上手くいくと考えても現実では上手くいくとは言えない。
彼の放つ魔弾の一撃は威力が高いものの、大きな反動によって狙いが定められずにいた。
敵の弱点にあたる頭に当てるのは困難な状況に陥っていた。
礼二と魔獣との距離が数メートルに差し掛かった頃、7匹いた敵が4匹にまで減らすことに成功していた。
しかし、これらの数を戦闘ド素人な自分にこなせるのだろうか。
不安がありながらも礼二は右手に持っていた魔力の長剣を両手に構える。
魔獣は四匹同時に、彼の前方を覆うように飛び掛る。
「やばっ!?」
条件反射で後方に回避。長剣を構えなおし、魔獣の出方を観察する。
どう動く……
こちらから動けば殺されるのは目に見えている。ならばさっきレイチェルがやっていたみたいにカウンターで決めたほうがまだ安全だ。
簡単に言えば『待ち戦法』というやつだ。
礼二は前方の4匹に対して平等に目配りをする。4匹同時に動きを見るのは困難であるが、今の彼は魔力が全体に覆っているおかげか、いつもより動体視力が良くなっているように感じる。
左端の一匹が飛び出す。魔獣の体勢は前屈みから右腕を後ろへと引き始めた。その瞬間を見過ごさなかった礼二は左へと平行に移動し、右手に持っていた長剣を下から上へと縦に振った。
「はああああぁっ!」
すると彼に襲ってきた魔獣の胴体から右腕が切り離され、河川へと飛ばされていく。
「グオオオオオォ!!!!」
痛みに耐えるように吠え始める魔獣。他の3匹はそれを気にせず礼二に襲いかかる。
まずい…さすがに3匹同時じゃ……
1匹で精一杯なのに同時に攻められるとつらい。カウンターを諦めて魔術壁を張ろうとしていると、右にいた2匹の頭を槍と魔弾が貫いた。
その瞬間を目の前で見た礼二は微笑む。右の2匹は即死と判断し、目の前の1匹に集中する。
正面の魔獣は両腕を大きく広げてクロスに斬りかかろうとしている。
彼は大振りの動きを見逃さず、敵の顔面に目掛けて長剣による突きを放つ。
剣先が顔を貫き、魔獣の体が痙攣したかのように一瞬震えた。数秒動きが止まったままだったが、獣の生命活動は終え、肩より上に上がっていた両腕はぶらりと下がった。
「やった…やった!」
初めての魔獣討伐。歓喜のあまりに涙が流れそうになったが、まだ気を抜くわけにはいかない。
肉塊となった物に見限りをつけ、礼二は左に生き残っている化け物に目を向ける。
「グルゥアアアアア!!!!!」
右腕を切り落とされた魔獣が再起し、礼二に襲いかかる。
彼は屈みながら顔に刺さっていた長剣をとっさに引き抜く。そして、それを大きく横に振った。
魔獣は残った左手にある爪で横に切り裂こうとするも、礼二が屈んでいたために空振り。
獣の胴体の横から棒状の魔力の塊が襲い掛かる。それは獣の胴体を上下2分割にして消滅していく。
「はぁ…はぁ…」
とても息苦しい。普段運動していない人が生死を賭けた戦いとか……
次いで魔力を行使するために必要な集中力やら体力も使っているから息苦しさを助長してきている。
苦しそうに肺に空気を取り入れている礼二に対し、レイチェルは賞賛の言葉を送った。
「すごいじゃない! 初戦であそこまで動けるなんて!」
息苦しくて返事もできない礼二は、ジェスチャーで無理と訴える。
「だよねー……」
レイチェルは予想していた答えを苦笑いをしながら受け止める。
少しすると、彼女は真剣な表情をし始めた。
「でも…あんなことはもうやめて……戦闘経験も無いのに7匹相手にするなんてただの馬鹿よ」
「分かってる。悩んだんだけど…こうするしか無かったんだ」
礼二の行動は敵をおちょくる行動ではなく、レイチェルを助けるために行ったことだ。
あの目立つ行動が魔獣にとっては狩りを邪魔し、うっとおしい食べ物と見られていたことだろう。
それ故に奴らの目標にされる、そういうことは彼も理解している。
「でも……ありがとう。本当に助かったわ……こんな無茶をするところは、あの人にそっくりね」
レイチェルは優しく微笑みながら『彼』を思い出しながら、礼二に感謝した。
俺と『彼』はあそこまで似ているのだろうか。
少し感じた疑問を頭の片隅に置き、湧き上がる向上欲が無くならない内に礼二は彼女に願いを言う。
「だからさ、レイチェル…俺に戦い方を教えてくれ」
礼二は決意に満ちた目で金髪美女を見つめた。
最初は戦いたくないと駄々をこねていた男の子が、急にやる気を見せ初めて彼女は驚いていた。
「戦いの為の力じゃないって言ってなかった?」
こんな質問をされるのは当たり前だ。前までの礼二は戦うことには否定的だった。自分の身だけでも守れればいいものだと。
しかし、今の彼の考え方は違っている。
「最近起きている事件って、魔獣絡みなんだろう? 今みたいに知らないうちに人が襲われていることに気付いて何も出来ないのはつらい。けど、俺には対抗できる力があるんだ」
彼女はうんうんと頷きながら彼の話を聞いている。
「この力を有効に活用させて欲しい」
少し悩んでいる様子は見えたが、レイチェルも決意したように答える。
「分かったわ。今よりもっとビシビシいかないとね!」
これを機に、礼二の修行は『魔術の基本』から『戦闘への応用』へと教育方針がシフトされた瞬間だった。




