1-5.魔法講座
レイチェルの修行開始宣言から3日が経過した。
この数日間、礼二は学校終わりに彼女と会って魔術の修行をしている。
最初の頃はめんどくさいと思っていたが、今はむしろ楽しいと思えるようになってきた。
なにせ妄想で自分の体のように扱っていた力が現実で使えるからだ。まるで夢が叶ったような感覚を感じ取っていた。
数日前に遭遇した魔獣に殺されかけて泣いていた少年とは思えない考えである。
そんな事実を塗り替えるほど、礼二にとっては今が好ましい状況なのだ。
しかし、彼はまだ気付いていない。大きな力を持つ者の苦しみを。
◇ ◇
地上を照らしていた太陽が地平線の下へと隠れようとしている。
時刻はやがて夜の6時になろうとしていた。
礼二は前と同じように駅の改札口前でレイチェルを待っている。
一昨日と昨日はあの路地裏で待ち合わせをしていたが、今日に限って都合が悪いと言って場所を変えたのである。
あそこじゃ駄目なのかな……
あんな人気の少ない場所…魔術のような隠しながら物事を進めるには好条件の場所だ。
初日に小さな爆発音を出しても誰にも気付かれる様子は無かったし。
悪党じみた考えをしていると、コンビニからレイチェルが出てくるのが見えた。
彼女は礼二を見つけると、コンビニ袋片手に手を振りながら小走りで近づいてくる。
「ごめーん、待ったー!?」
顔は満面の笑み、声色はいつもに比べて高く出しており、ブリッ子ぶっているのが彼の目から見れば明らかである。
何これデートの待ち合わせ?
これは傍から見るとカップルがデートの待ち合わせをしているように見えるのではなかろうか、と礼二は思う。
彼の考えを無意識に賛同したものは多いらしく、周囲から痛々しい視線を感じる。
「なんだアイツ、あんな美人と」
「リア充爆発しろ」
「あの人、綺麗じゃない? でも、彼は微妙だよね」
悪意の篭った視線と呟きが礼二に襲い掛かる。まるで公開処刑を受けている気分になった。
視線に晒される思春期男性の顔は冷や汗を流しながら歪んでいく。
「それじゃあ行きましょうか」
そんな人の気も知れず、金髪美人は彼の腕に自分の腕を組ませて歩き出した。
予想外な行動に礼二は照れと背筋が凍るような思いを同時に味わった。
うわー、火に油注いだー。
さらにレイチェルは胸を彼の腕に当て付けるように近づく。
結果は礼二の予想通りに―――
「うわ…腕組みやがった」
「なんであんな男にー」
「どこが気に入ったんだろ」
他人の悪意が再び彼に襲い掛かる。
あー…急に胃の調子が悪くなってきた……
駅前の広場から抜け出す10分間、礼二はずっと妬みの視線に晒され続けた。
5分後、レイチェルと礼二カップル(?)一行は人気の少ない通りに辿り着いた。
人がいないところを確認した小悪魔は、組んでいた腕を解き始める。
「あー楽しかった!」
「何が?」
彼女は空に両手をかざすように背伸びをした。
上機嫌な声を出しながら話し始める。
「さっきまでの私たち、注目の的だったでしょ?」
なに分かりきった話をしているんだろうと一度思ったのだが、レイチェルの不気味に微笑む横顔を見て確信した。
「あんた、ワザとあんな振る舞いをしてきたな」
彼女は含み笑いをしていたが、次第に笑いに耐えることができなくなって吹き出してしまった。
「あはははははっ! だって…だって…あなたったら周りの視線に怯えてるんだもの」
この悪女め……
レイチェルは腹を抱えて笑い続ける。礼二はそんな彼女を呆れながら見ていた。
なんて女だろうか。思春期真っ盛りな青少年の心を弄ぶとは……
からかいに飽きたのか、彼女は笑うのを止め、手に持っていたコンビニ袋をあさぐった。
中から取り出したのは板チョコレート。レイチェルは周りに纏う銀紙を綺麗に剥がし、チョコレートを角からほおばる。
「いいわねぇ今の時代って。甘い物も簡単に手に入るじゃないの☆」
満足気に話すレイチェルの笑顔は輝いていた。これを見せられると先程まで苛立ちはどこかへと飛んでしまう。礼二はイラつく気力も失せ、彼女に対する苛立ちは投げ捨てて共に歩き続ける。
2人は無言で新たな修行場を探し続けた。
さらに数分後、2人は商店街を越えて大きな公園に辿り着く。
「ここは……」
近くにこんなに広い場所があることを知ったのか、礼二は口を開けながら感嘆の声を漏らした。
レイチェルは彼を手招きしながら公園の中心へと歩いていく。
「『高坂公園』って名前らしいわ。私が初めて魔獣と遭遇した場所なの」
園内に遊具や砂場は無く、公園というよりは広場と呼んだほうがしっくり来る感じだった。
生まれてからずっとこの地に住んでいるのだが、礼二の記憶にはここは見たことが無い。
目的地まで辿りついたのか、レイチェルは立ち止まる。
「さて、修行でも始めましょうか」
彼女は右手を上にかざして魔術詠唱を行い始めた。
「地の者に告ぐ。神聖なる地を怪我す者を払い続けよ……隠居空間」
言葉を紡ぎ終えた後、レイチェルを中心に紺色の魔力が空間を半球を描くように侵食していく。
「すげぇ…何これ…」
「『隠居空間』。周囲に対してこちらの気配を消す結界術よ」
彼女が自慢げに話すと、礼二は感嘆の声を漏らす。
「魔術って、こんなことができるんだなぁ……」
今までは魔力を外に出して何かにぶつけるという作業のような修行だったので、術みたいな分かりやすいものを覚えるというのは実感が持ちやすい。
「でも、今日覚えてもらう術はまだ基礎のものね」
「えっ!?」
さっきの術を見て本格的に学ぶものだと思っていたが、実際は違うらしい。
魔力を使うイメージを鍛えるのが基礎だと勘違いをしていた。
レイチェルは手に持っていたレジ袋を地面に叩きつけると、小さなクレーターができるように地面がへこんだ。
「ねぇ、その袋に何仕込んでるの…?」
地面にくぼみを入れるほどの破壊力を誇るレジ袋を見た礼二は、恐る恐る袋の中身を窺っていた。
砂を大量に入れてもこんな破壊力はでんぞ。
レイチェルは袋を人指し指で上下にぶんぶんと振り回しながら答える。
「さっき食べた物のゴミしか入ってないわよ」
「は、何それ!?」
礼二は彼女の持っていた袋の中身を見てみた。
中に入っていたのは板チョコレートの包装紙と菓子パンの袋のみ。
重りとなるような危険物は入ってなかった。
礼二の頭の中は疑問符ばかりが立ち上がる。彼の心情を察したのか、レイチェルはタネ明かしをし始めた。
「これから礼二に習得してもらいたいのは『性質変異』と呼ばれる魔術。これは物質の性能を変えられることが出来る術よ、ってどうしたの…?」
急に名前で呼ばれてビクッと反応していた思春期少年を見て、彼女は心配そうに声をかけた。
彼はたどたどしく返事をする。
「いや…まさかあんたが名前で呼んでくるとは思わなかったからさ……」
照れながら話す礼二を見て、頬を少し赤らめるレイチェル。
いつも天真爛漫に振舞う彼女だが、この反応は珍しかった。
「い、いいじゃない! 互いに名前は知ってるんだし…しばらくの間は関わるでしょ! さあ、話を戻しましょう」
レイチェルは早口気味にまくりあげながら体裁を戻し始める。
「『性質変異』は物質の性能を変えられることが出来る術っていうのは説明したわよね。これには大きく分けて2種類あるのよ」
礼二は、さっきまでの戸惑いはどこに行ったのか、というほどの彼女の変わり身の速さに感心した。
「1つ目は物質の強度を高める『強化』。触れているものや自分の体を強度を高めることができるわ」
レイチェルは手に持っていた袋に魔力を込め、それを礼二に渡した。
「硬っ!?」
袋はくしゃくしゃに出来たしわを含めてダイアモンドに触れているような硬さを感じた。
彼女は礼二が持っていた硬い袋に手を触れると、元のぺらぺらな袋へと戻る。
「この術は簡単な方だけど、二つ目の『変化』は難しいわよ。ごめん、この袋は返してもらうわね」
レイチェルはレジ袋に魔力を込め、それを右に投げる。すると袋は発光してから爆発をした。
ポカーンと爆発を見届けた礼二。何があった…?
さっき確認した時は爆発物なんて無かった。ということは『変化』魔術はこういうものなのだろうか。
彼の心を読み取るようにレイチェルは説明をし始める。
「触れている物質に何らかの力を付与するのが『変化』。例えば、今みたいにレジ袋に起爆作用を追加したり、衝撃波を追加したり……」
魔術の師匠が楽しそうに語っているのを見て、礼二は頭の中で感想を漏らす。
魔術って何でもできるんだなぁ……
さすがファンタジーから生まれた万能技術などと頭の中で思っていると、それを否定される一言が金髪美女の口から漏れた。
「今までのを見て魔術が万能みたいに見えるけど、実際はそうじゃないからね。人体に強化をすることはできるけど、変化をかけるのは危険だからね」
一応使うことは可能なんだな、と1人で納得する礼二だが、危険な理由を考察してみる。
まず始めに前提することとして、魔術は万能ではないこと。
使用するためには、魔術を行使しているイメージを持ち続けること。人体に強化を施して、急に途切れたとしても大した問題は無い。身体の強度が下がるだけだから。
だがしかし、変化に至ればそう言うわけにはいかない。例えば自身の体を液状に変化させることをイメージして、途中でイメージが崩れてしまえば体は元に戻らず、そのまま死に至るのではないだろうか。
「なぁレイチェル、例えば人間に対して『変化』を使えばどうなるんだ?」
好奇心を見せるも、少し怯えた口ぶりで礼二は彼女に尋ねた。
「さっきも言ったけど危険よ。『変化』を人間に行使するというのは魔術師内で一つの禁忌なの。施された者は間違えれば人間でいられなくなるわ」
「なるほど」
人の体が別のものに変化するって知ると、とても人間として見ることが出来ないって考えるかもなぁ……
理由を聞いて納得した礼二を見て、レイチェルは話を戻した。
「術の効力について説明し終えたから、次は練習に入りましょう。まず魔力を体全体に覆ってみて」
礼二は彼女に言われるがまま、『魔力を体の全身から出力する』イメージを頭の中で構築した。
青白い魔力が彼の体全体を覆うように出現し、メラメラと揺らぎ始める。
「これで大丈夫?」
「うん、オッケー。この後には『精製』と同じように『自分の体はダイヤモンドみたいに硬い』とかイメージしてみて」
妄想は得意分野ですっと。イメージが固まるまでの時間はあまり掛からず、魔力が体全体をコーティングするように新たに覆われた。
「それじゃあ地面に思い切りパンチしてみて」
魔術行使を確認したレイチェルは彼に指示をした。
最初は戸惑ったのだが、あのコンビニ袋の破壊力を見ると大丈夫だろう、と思えるようになってくる。
礼二は決意して右手の拳を思い切り地面に叩きつけた。すると地面は彼の拳を模るようにくぼみができた。
「すげー!」
子供みたいにはしゃぐ礼二を見たレイチェルは、右手から魔術で生成した棒で彼の背中を叩き始める。
「痛い! 痛いから!」
「痛くないでしょ」
冷たい声で彼女に指摘された彼は背中をさすってみる。
「あれ…痛くない……」
自然と痛みは無く、当たった部位からは叩かれたような暖かさも無い。
「どういうこと…?」
不思議に思う礼二は自然と呟く。
彼が抱いていた疑問を解くようにレイチェルは答えた。
「あなたの体全体が『ダイヤモンド』みたいに硬くなってる証拠よ」
あのドツキが魔術が起動しているかの確認だったのか……
だが、割と簡単に魔術の起動が出来ていることに驚きだ。
「礼二って、魔術の才能があるのね…さすがあの人の現世だわ……」
レイチェルは礼二を褒め称えながら、かつての恋人を思い出していた。
そういえば彼女が話している『ダーク』という人物は何者だろう。
そう思い始めた瞬間、彼のことを話そうとする時の彼女の表情を思い出す。
聞いていいのか、聞かないほうがいいのか。
礼二が迷い始めた矢先に、獣の遠吠えが聞こえた。
「何!?」
辺りに響き渡る野生の咆哮。レイチェルは遠吠えの正体を把握していた。
「へぇ…また来たのね」
「何がだよ」
「魔獣よ。ここに来て5回目の出現ね」
レイチェルは声のした方向に顔を向けて呟く。少し考え、礼二に1つの提案をしてきた。
「ねぇ礼二、あなたが魔獣を倒してみない?」
「は?」
唐突にとんでもない事を言い出した彼女に対して、礼二は呆気に取られた表情を見せる。
なぜに俺があんな化け物と戦わなければならないのか。
魔術の修行をしているのだって、自分の身を守るためな訳だし。戦うための力じゃない。
礼二が内心で憤怒していると、レイチェルは彼の手を掴み、叫び声の聞こえる方向へと連れ出そうとしてきた。
「ちょっと待て! 俺は行くと一言も言ってないんだけど!」
「だったら私の戦い方を見て身の守り方を学びなさ~い」
生の実戦を見て覚えろと無茶区茶のことを言い出し、彼女は強引に礼二を連れ出した。
礼二は金髪魔術師の手から離れようと元いた位置へと体を引き戻そうとすると、先程強力なパンチを与えた地面のくぼみがいつの間にか消えていたことに気付く。
今のって…俺がやったのかな……
魔術師見習いは微かな疑問を残したまま、この場から強制的に離れることになった。




