5-10.ダーク
「これがルドルフと私が関わった時の話よ」
レイチェルは淡々とした声で語った。
ルドルフは魔獣を手懐ける力を持っていたこと、何より彼女同様の年月を生きていたことに驚いた。
他にも同様の人物は存在するのだろうか。
考えることはこれだけではない。あともう1つある。
「ルドルフと関わった時の話はこれで終わりな感じ? 次はダークが黒の魔力とどう向き合ったか教えて欲しい」
本題はここから。
礼二の言い出したことにレイチェルは驚きを示す。
とても抽象的な話だ。人づてで理解できるものでは無い。
「実際に使っていたわけでは無いし、よく分からないわよ」
そう言わざる負えない。
魔術自体他人に力の扱い方を教える際も感覚的なものだけしかないため難しいのに、他人の扱っていた魔力の使い方について聞かれても答えようが無い。
レイチェルは申し訳なさそうに答えた。
「まぁ、そうだよね…」
礼二は救いの手が無くなったかのように表情を曇らせた。
その時、彼女の視界から移る礼二の姿がダークと同じように感じた。先程の姿が何故かダークに似通っていたからだ。
「どうやって向き合っていたかは本人に聞かなきゃ分からないけど、彼がその力を得る経緯は知ってるわ」
「そうなの?」
自身に眠る力と向き合いたいと思う彼の気持ちに誠心誠意答えてやりたい。
何も知らずにこの運命の渦に囚われた少年に対してのちょっとした罪滅ぼしする気持ちだった。
「ダークの持っていた黒い魔力は、私と旅に出ている最中で見つけた物よ」
魔力を見つける。
そう言われて信じることができない。
本来意味する魔力は見つけて扱えるようになるものでは無い。
しかし、ダークが黒の魔力を扱えているのは、この前提を覆すことになる。
「はぁ? それもう魔力じゃなくて―――」
「計測器では魔力同様の反応を示しているけど、実際は魔力では無いわ。正しくは悪魔の力」
「あ、あくまぁ…?」
信じられない。
人間が悪魔の力を使うなんて事実は全くもって信じられなかった。
「信じられないと思うけど、彼は悪魔の力を使っていたの。それに…礼二は気付いたことは無い? その力を使ってて何か得体の知れない感覚を覚えたとか」
レイチェルに指摘され、礼二はこれまでのことを思い出す。
得体の知れない何かの囁き。自分の体を乗っ取られそうな感覚。
黒い魔力を使う時は、2つ共々礼二に襲い掛かっていた。もう呪いの類かもしれない。
「いっぱいあるな…」
「なんでそれを早く言わなかったの!?」
礼二が肯定して言葉を返したレイチェルの反応は異様に早かった。
「いや…そういうのって普通にあるのかなと…」
「あるわけ無いじゃない! 魔力ってのは自分の体にあって誰の者でも無いの。使おうとしたり触れたりしても何か変な感覚を覚えたりなんて普通はあり得ないの!」
礼二の両肩を掴みながら、レイチェルは必死に言葉を紡ぐ。
彼女から様々なスキンシップはあったが、今回のように肩を強く掴まれたことが無かったせいか少し恥ずかしかった。
「ごめん」
「んで、どういうのがあったの?」
レイチェルに問い詰められた礼二は、黒の魔力を使う際に現れた症状。その後に現れた夢など、思いつく限り全て話した。
全てを聞いた彼女は、少し考え込むように首を傾げる。一つの可能性に辿り着いた彼女は口を開く。
「それはダークが使っていた悪魔の力の残り香のようなものでしょうね」
「残り香?」
礼二はレイチェルの言っている意味が分からなかった。
ダークが扱っていた力を何故自分の体にも残っているのか。体が別々という考えでは全く思いつかなかったからだ。
「えぇ。悪魔の力―――細かく言うなら悪魔神・バモンって悪魔から受け継いだものなんだけど、それが魂まで結びつけていたのが原因なのかしら…」
困った様子から察するに、レイチェルも礼二の中にある悪魔の力については細かく知らないようだ。
真相を知っているのは当の本人であうダークのみ。
彼が死んでしまった今、礼二が扱いに苦労している悪魔の力が何故まだ使えるのか全く分からないままなのだ。
こんな得体の知れない力に頼っていて良いのだろうか。
あまりにも危険すぎる。下手すれば意思のある何かが礼二を乗っ取るかもしれない。
「扱わないようになんて考えられないと思うわよ? 前にもあったみたいだけど、それは礼二の身に危険が及んだ途端に強制的に出てくると思うから」
「結局使うことになるじゃないか!」
レイチェルは礼二の考えを読むように指摘する。
勝手に力が使われるとなると、悪魔の力とは生涯付き合っていくものになるのかもしれない。
「だからこの力は使わないじゃなくて、何とか付き合えるようにするのよ」
そんなことを言われても、悪魔の力が働いてからまともに動けたことなんて無い気がする。
最初の頃は軽く暴走したりしていたが、最近に至れば力を使った後に倒れたりしている。
今の状態で付き合いきれていると呼べるのだろうか。
「不安だなぁ…何とかなんないかな」
「何とかって…」
卑屈になる礼二に対して苦笑いを浮かべるレイチェル。
普通なら情けないと思うところであるが、礼二の場合は違う。普通とは違った危険な力を持っていると気持ちに余裕が出来なくなってくるのだ。
レイチェルは考えた。
ダークがどのようにして悪魔神・バモンの力を扱えるようになったかを教えたら、何かしらのヒントを与えることはできるのではと。
「ねぇ、礼二。ダークがどういう付き合い方をしていたかは知らないけど、バモンとの契約がどんな感じだったかは覚えてるわよ」
「えっ何それ聞かせてくれ」
礼二は食い気味に上半身をレイチェルに近付けた。
予想外な反応に驚いた彼女は少し体を後退させて口を開く。
「分かったから、前のめりにならないで」
「すまん」
あまりの喜びに普段からでは考えられない動きをしてしまった。
ダークが悪魔と契約した時の話を聞けば、自在に扱うヒントになるのかもしれない。
レイチェルの思惑通りの思考をしていた。
彼女は安堵すると語るように口を開いた。
◇ ◇
約2世紀前の世界では、今とは違って魔術の存在が陽に当たる位置にあった。
魔術という技術は先天的な要素が強く、才能に溢れた子供達が集められて現役の魔術師から魔術の教養を受けるのが一般的だった。
そんな中、後の大賢者の1人となるダーク・ヴァンテイルは幼少期の頃から魔術の才に秀でていた。
「俺より魔術を扱える人は居ませんか?」
彼の扱う魔術はどれも繊細で、熟練した魔術師でも彼の扱う魔術への対抗は難しいものとなっていた。
故にダークを相手に魔術戦を仕掛ける者は居なかった。
「誰か、誰かー」
今は実戦を用いた稽古。
立ち止まった状態で魔弾を放ち、先に1発でも当てた者が勝ちという実践形式の稽古。
放つ魔弾の構築に、防御に回った時は放たれた魔弾を弾くように防壁を立てなければならない。
まだ10代前半の子供達にとってはコントロールの難しい稽古である。
魔術の扱いが上手いダークの相手は誰も居ない。
他に魔術見習いが居たとしても、勝てる気の無い試合に臨んで仕掛けにいこうとする者も居ない。
そんな稽古が、彼にとっては窮屈で仕方がなかった。
彼としては、お互いの魔術をぶつけ合って切磋琢磨したい。強い思いで頭をフラフラにさせながら魔術の扱いを覚えているのだ。
「誰も居ないか…」
いつも通り自分の相手が誰も居ないことを確認すると、1人の少女が前に出てきた。
「私が相手になります」
出てきた少女はダークよりもか弱そうな細い四肢に、身長も彼から少し低い。図体だけでは彼よりも弱そうに見えた。
「へぇ…女が来るのか」
「女だから甘く見られるのも今の内ですよ?」
少女はダークと年齢差があまりないように思えたが、彼に比べてしっかりした言葉遣いをしている。
どこか名家の令嬢といった類だろうか。
突然現れた少女の正体をダークは警戒する。
「先生、試合の掛け声をお願いできますか?」
「あ、あぁ…それよりも君はこの試合のやり方を分かっているのかね? 見ない顔だが」
「それは問題ありません。先程まで奥で見ていたものですから」
少女は先生と呼ばれた男の心配をよそに、ダークの目の前に立った。
彼女はダークとの試合に対してやる気満々なようだ。
「そうなのか。何が起きても知らないですよ? それでは互いに見合って―――」
先生は落胆しながら彼女に言葉をかける。
少女は「何か言ったか」と言わんばかりの目を向けた途端―――
「始め!」
先生の掛け声と共にダークが少女に向けて魔弾を放った。
少女は魔弾に対して咄嗟に魔防壁を展開。返すようにダークに魔弾を放った。
不意打ちで決まったと慢心していたダークは彼女の反応に驚く。そして飛んできた魔弾を魔防壁で防御。さらに彼女へと魔弾を放った。
狙う体の部位を変えたはずなのに彼女はそれさえも反応し、新たな攻撃に移った。
お互いの攻防は拮抗していた。
魔弾を放ってはすぐさま防壁を張る。
このやり取りが十分程続き、お互いの額からは汗が垂れてきていた。
まだ魔術のキレが落ちる気配がない。どれだけ長く続くのだろうか。
周囲の取り巻き達も、2人の試合に見入っていた。
「女にしては中々やるじゃないか。でも、もうそろそろ危ないんじゃねぇの?」
「あら、私はまだ余裕あるわ。あなたこそもう限界ではなくて?」
2人は互いにギブアップを宣言させるような煽りをしあっていた。
まだ続けられるように見える2人だが、先生の目からは2人の息が少し荒くなっているように見えていた。
2人は再び防壁を展開しながら魔弾を放ち続ける。
さらに数分程続き、お互いの体力も限界に近付いてきた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
息が荒くなってきた。向かい合う2人は互いの体力状況も目に取るように分かり、もう終えて良いだろうと考え始めていたところだった。
負けず嫌いな性分なのか、少女は未だ左手を下げようともしない。
「おいおい…いつまでやる気だ?」
「あなたが降参するまでかしら」
明らかにダークと同じように息を荒あげる少女はまだ続ける様子だ。
このまま続けてしまえば、どちらかが怪我をしてしまうかもしれない。
「双方止め。引き分けだ」
まだ続ける意思を感じたのか、先生から止めに入った。
ダークは内心安堵したが、少女は納得していない様子だった。
「何故なの? 私はまだやれるわ!」
「今のまま続けてしまえばいずれかが大怪我をするかもしれません。この場を監督する者として、そのような行為を見過ごすわけにはいかないのです」
先生は全うな理由で少女を諭そうとしていた。
「仕方ないですわね。あなた、私相手にやるじゃない」
丁度止め時と感じていたのか、少女は安堵するように先生の言葉に賛同した。
自分から止めるよりは、年上の人間から止められた方が自分の威厳を損なわずに終わることが出来ると考えたからだろう。
「あんたこそな」
彼女の考えを悟ったダークは不機嫌そうに答えた。
試合は終わった。
少女が付き人を連れてこの場から立ち去ろうとした時、ダークは彼女に尋ねた。
「おい、君の名前は?」
彼の言葉に先生を含めた他門下生達は驚いた。
これまでダークが人に何らかの関心を抱くことは無かったからだ。彼が人に名前を尋ねたこと、ましてや初対面の女性に声を掛けるようには思えない。彼を知る者たちは満場一致で思っていた。
「レイチェル。レイチェル・フラッドよ。あなたは?」
「ダーク・ヴァンテイル」
2人の初対面はお互いの実力を知った時がきっかけだった。
レイチェルは魔術を扱う名家の令嬢で、ダークは当時でいう平民の出であった。身分の違う2人だが、互いに魔術を高め合える仲として以降も会っていた。
魔術を高め合いながら十数年の月日を経て、ダークとレイチェルは生まれの地から離れて魔術修練の旅に出た。
旅では様々な人と出会い、未開の洞窟で魔術の神秘やこの世とは違った世界・魔界について知ることが出来たりと心躍る旅路を進んでいた。
そんな中、ダークの存在を大きく変えた洞窟があった。
◇ ◇
「助けてください旅の方。どうか…悪魔神を抑えて下さい」
ダークとレイチェルがとある村を訪れた時、多くの村人から助けを求められた。
これまで訪れた村では旅人はただ鬱陶しいと思われるだけだったが、この村では珍しく旅人を歓迎していた。いや、ただ助けてもらいたいだけのように思えた。
「どうしたんですか? 私達でよければ何かお手伝いしますよ」
不信に感じたダークは、助けを求めた村人に事情を尋ねる。
彼の反応を見た村人は感極まったのか、彼の手を取ってブンブンと上下に振った。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「ちょっと…」
あまりの喜びように付いて行けないダークは、どう反応して良いか戸惑った。
彼の様子を察したレイチェルは、「何があったか教えてくれない?」と助け船を出してくれた。
「おぉ…申し訳ございません…ここで話すのも難でしょう。村の集会所までご案内いたします」
ダークの手を握っていた村人は申し訳なさそうに詫びた。
「あまり気にしなくて大丈夫です」
彼の言葉を聞いた村人は安堵しながら何か考えている様子だった。
「ありがとうございます。ここで話すのも難でしょう。村の集会所まで案内いたします」
村人は2人を村の集会所までの道を案内し始めた。
村の集会所に辿り着いた時、芳醇な香りのする紅茶を目の前に出された。
「こちらは村で作っている紅茶でして、何も悪いものなどは入っておりません。どうぞ、お召し上がり下さい」
案内された村人から紹介を受けた2人は村人の言葉を信じて、紅茶を口に運んだ。
「あぁ…良い香り」
「何だろうこの香り。嗅いだことが無いな」
レイチェルは最初に香りから楽しみ、ダークは注がれた液体を何もせず口に運んでいる。
互いに育った環境の違いが現れた瞬間である。
先に紅茶を飲み終えたダークは、レイチェルがいつでも話を聞ける状態であるかを確認した。彼女が紅茶をほとんど飲み終えた頃―――
「さて、話を聞こうか。この村では何が起きたんですか?」
単刀直入に話を切り出す。
気が付けば集会所には物珍しさに村人たちが集まっていた。
「うわ、いつの間に!」とレイチェルは驚き、ダークは目の前の村人の口元に集中していた。
「実は…ここ最近、私達の村で神隠しが起きているのですよ」
「神隠し?」
聞き慣れない言葉に首を傾げるダーク。
この村を訪ねる際に特殊な魔力やら異質な存在は何も感じ取れなかった。
こんな変哲も無さそうな村で異質なことが起きている事実に彼は驚いていた。
「えぇ…7回夜を超えた頃、村の子供の数が1人減ってしまうのですよ…それも9人。何処かに行ってしまったのではないかと思い、村周辺を探し回ったのですが足跡も何かを持って行った訳でも無いのです」
「何も持って行かなかった…こんな立地の悪い村で何も持って行かずに出て行くとは思えませんね。自殺行為に等しい」
ダークとレイチェルがこの村に来た時、かなり険しい位置にあったことを覚えている。勾配の激しい山道に、辺り一帯に広がる森林。
適当な準備では野垂れ死ぬことは確定だ。
親に強く言われている子供であれば、そんな愚かなことは考えないだろう。
「そうなのです。それにこの一帯では悪魔の言い伝えがありまして…」
「悪魔?」
魔術といえば傍から見ればオカルト的なものに感じられるが、ダークやレイチェルは悪魔の存在に詳しいわけでは無い。
ただ、人の住む『この世』とは違った世界から舞い降りてくる存在であるのは耳にしたことがある。この世に存在する悪魔は自身の生気の消耗を抑えようと人間に取り付く存在だ。
「はい、あの悪魔です。ここガンド地方では古来より悪魔の棲み付きやすいところらしく、遥か昔から棲み付いていると言われております。私達はまさかこの悪魔の仕業で神隠しが起きているのではないかと考えているのです」
村人の1人が力説すると、他の村人達も賛同するように首を頷いた。
ダークとレイチェルにとっては悪魔やこの地方については何も知らない。あくまで村人の話を信じるしかないのだ。疑う理由が無かった。
「分かりました。しばらく滞在して様子を見てみましょう」
「ちょっとダーク!?」
ダークは仕方ないと困った顔をしながら答えると、レイチェルは反論するように叫んだ。
彼女としては村に長居する気はないようだ。
「ここで長居する必要はあるの? 悪魔なんて私達の目的とは違って―――」
「まぁ、魔術を知るためにいろいろ調べている内に、いろんな要素が絡んでいることが判明してきただろ。念のために悪魔とやらも調べておこう」
「……お人好し」
ダークの有無を言わさない理由付けに、レイチェルは口を尖らせた。
ダークの言っていることは正しい。けど本当は納得していない。そういう類だろう。
「ありがとうございます! それでは魔術師殿が滞在する部屋を準備いたします。今しばらくこちらでお待ち下さい」
村人はそう言うと、近くに居た人に指示出しを行い始めた。
ダークとレイチェルによる悪魔探しの始まりである。
◇ ◇
村に滞在して数日後の夜。
この日が週に1度の夜と聞いていたダークとレイチェルは、夜通しで村全体を見張ることにしていた。
「うっ…寒いわねここ…」
村は高山に位置しており、気温変化が平地に比べて激しい。
故に夜の時間帯は他の場所に比べて気温が低くなってしまっている。
「魔力を巡らせて体温調整でもしてろ」
こんな時、魔術師であったことを良かったと思える。
身に秘める魔力を自在に操って身体能力の強化、体温調整も可能なのだ。
実際にやるとすれば、急な体温変動に耐えうる精神力を持つ必要もある訳だが。
「こういう時、魔力を自在に扱えるって良いのよね~」
俺も思ってたよ。
内心感じたダークは、彼女の呟きを無視して周囲を警戒した。
村では村人が全員寝静まっているからか、2人の話し声と足音しか聞こえない。
はたまた、時々吹いてくる冷たい風の音が聞こえていた。
「本当に悪魔なんて来るのかな?」
「最初にあなたが信じたんでしょ? 自分の言ったことを信じなさい」
確かにこの話を通したのはダークだ。
しかし、彼自身はあまりこの話を信じておらず、実のところ宿を無料で貸してもらえるようにと考えた結果である。
「それもそうなんだけど…」
そんなことは言える訳が無い。
夜とはいえ誰が聞き耳を立てているかは分からない。真実は音に出さない方が良いだろう。
2人して待ちくたびれていると、背後からガサゴソと何かが蠢く音が聞こえた。
[レイチェル、声は出さないで。聞こえたか?]
[えぇ聞こえたわ]
彼女は何の動作もなく目の前を見続けた。
変に動けば未確認生物に気配を察知恐れがあるからだ。
[どう動く?]
[うーん…私が視界をあちこちに放って様子を見るから、ダークは相手を捉えるように動いてちょうだい]
[分かった]
お互いに行動指針を確認すると、レイチェルは手の平から魔力の塊を生み出した。
収束された魔力は上空に浮き上がり、ついには魔力の塊は複数に分裂した。
視点共有《シェアビュー》。
魔力の塊と術者の視界をリンクさせ、視界の範囲を広げる魔術である。
レイチェルはダークよりも細かい術式を組むのが上手く、視点共有《シェアビュー》のような細かい感覚を要求する術を扱うのが得意だ。
[見えたわ。あなたから7時の方向に黒い人影らしき奴が子供と歩いてる。今まさに連れ去られようとしているみたい]
[分かった、先行して向かう。君にマーキングの術式を残しておくから、俺の居る位置から挟み撃ちをする形で抑えよう]
[えぇ]
ダークは足音を立てずに体を7時の方向へと向けた。
彼の足が宙に浮き、そして弾道ミサイルが放物線を描くように空に飛び出した。
じきに地面に降り立つと、ダークの目の前には黒い霧の纏った人が立っていた。隣には見知らぬ子供も立っている。神隠しに遭おうとしている子供のように思えた。
「そこで何をしている?」
虚空から西洋剣を取り出し、黒い霧の人と向かい合う。
黒霧の人は剣を向けたダークに何の恐れも抱かず立ち止まる。
なんなんだコイツ?
武器を向けられているにも関わらず、恐れずも警戒する素振りも無い。
無機質だ。何も考えていないようにも思える。
黒霧の人を基点として風が吹いた。
ブォンと音と共に黒霧の人と子供の姿が消えた。
「なっ…何処に行きやがった! あいつ!」
辺り一帯を探してもそれらしき人物や連れていた子供は見当たらない。
見えるのは村の中央で灯され続ける焚火と、レイチェルが放った魔力の塊の発光だけ。
[ダーク、そっちはどう?]
[すまない、逃げられた。そっちからは何か見えているか?]
念話を通じてレイチェルに確認を取られたダークは彼女の問いに答える。
黒霧の人物は何なのか。連れて行かれた子供の行方はどうなったのか。
実際の現場に遭遇しておきながら何も分からずじまいで、ダークは自身の力が足りていないことを痛感した。
◇ ◇
子供が1人居なくなったことは、翌日の早朝に村全体に知り渡った。
この知らせを受け、事情の説明を求められたダークは村人全員を集会所へと集めた。
「さて、この村の神隠しとやらについてですが、悪魔と呼んでいいか分かりませんが何らかの力が働いているのは確認できました」
結果を伝えると、村人達は「悪魔の仕業だ」とざわざわ騒ぎ始める。
「その力の感覚は覚えたので、これから昨日出会った奴を探しに行ってきます」
「そうなのですか!? それでは私達も力をお貸ししましょう!」
これから出向く旨を伝えると、村人の若者達は同行しようと言い出した。
それではマズい。異能の力を持っている者相手となると、ダークやレイチェルが居たところで守りながら戦う状態になりかねないので足手まといになりやすい。
「気持ちはありがたいですが、今回はお控えいただきたい。どんな力が働いているか分からない以上、こちらもそれなりに気を遣わなければなりません」
あまり相手を傷つけるような言葉を選択せず、できるだけ気付いてもらえるような言葉選びに気を付けた。
彼の意図を察した若者の1人が「そうだよ」と頷くと、他の若者達も理解するように同行を取り下げた。
「さて、私達は早速確認した存在を探りに行ってきます。例え今日戻らなかったとしても、自分達で探そうなんて考えないでくださいね」
「お、おう」と村人が戸惑いながらダークとレイチェルを集会所から見送った。
これで付いてくる人は居ないだろう。
彼はそう思いながら村の入口へと歩いて行く。
◇ ◇
「ダーク…本当にここで合ってるの?」
息を切らすように声を上げるレイチェルに、ダークは手を差し伸べた。
彼の手を取った彼女は崩れるように膝から倒れた。
「お、おい…大丈夫か?」
「それはこっちの台詞よ…」
歩き始めて1時間が経過していた。
村の外に出てから、ダークの感覚を頼りに外れの森を彷徨っていた。
普通の環境であれば、これくらいで彼女がバテることは無いのだが、ここは高所にあたる。
平地よりも酸素が薄く、気温が低い。
自然と体力がゴリゴリと削られてしまっているのだ。
「仕方ない。少し休もう」
ダークは周辺を見回して何処か休めそうな場所を探す。
ふと大きな岩場が目に入り、レイチェルの体を抱き上げてから向かった。
「悪いが、これで我慢してくれ」
そう言った彼を見たレイチェルはほんのりと頬を赤らめた。
口をふるふると震わせながら彼女は小さく声を上げた。
「なんで…あなたの膝で寝かされているのかしら…?」
「ゴツゴツした岩を枕にして寝たいって言うなら別にやらなくてもいいけど」
「いえ、このままで良いです」
硬い枕で寝たくないのか、レイチェルは恥ずかしそうにしながらこのままで良いことを訴えた。
彼女は口を尖らせながら頭の向きをダークの顔の方へと向けていた。
「どうした?」
「いえ、なんでも」
レイチェルはそっぽ向いた。
彼女が何を考えているかは、今のダークには全く分からなかった。
◇ ◇
「ここだな」
一休み後に動き始めて30分後、ようやく黒霧の人と同じ魔力を感じる場所に辿り着いた。
「本当なのそれ?」
目の前には自然に出来たであろう洞窟があった。
傍から見れば何の変哲もない洞窟に思えたが、近付けば近づく程魔力の高まりを強く感じていた。
「確かに近づけば近づく程何か居るって感じはするけど、それって何かの気配とかでは無いわよね?」
「まぁ行ってみなきゃ分からないだろ」
ダークは自分を信用しようとしないレイチェルを動かそうとなだめた。
彼女は溜息をつきながらしぶしぶと彼の後ろを付いて行った。
洞窟の中は青く光る鉱石で満ちている。
まるで内装が豪華に彩られた屋敷の中に居るように感じた。特殊な鉱石を掘り出すために作られた採掘場なのだろうか。
「ここは…ただの採掘場って訳では無さそうだな」
奥に進むたびに濃くなっていく魔力の感覚。
胸を抉られるような…触れればバチッと拒絶されてしまう勢いを感じた。
数分程奥を進むと、何らかの音が聞こえてきた。
「何だここ…子供達が集められている?」
「え、嘘っ!?」
2人は予想外とも言わんばかりに驚きを示す。
村人からは攫われたのは9人と聞いている。そして、この場に居る子供の数は9人。
綺麗に数が合っている。こんな偶然はあるものだろうか。
「ねぇ君達、ここにはどうやって来たんだ? どこからやってきた」
「トコワカ村。朝起きたらココに居たの」
「僕もー」
1人に聞けば2人、3人と続々と答えが飛んできた。
共通の答えは、この洞窟で朝目が覚めたことである。更にダーク達が駐在していた村の子供だと言う。これでこの子達が神隠しにあった子供であることは容易に想像ができた。
「そうか。俺らは村の人達、君らのお母さんやお父さん達に探して欲しいとお願いされてココまで探しに来ててな。それより、この洞窟の中でよく生活できたな」
子供達に訪れた理由を話したダークは1つ気が付く。
雨風を凌げるとはいえ、焚火を起こしているとは思えない場所でよくも生活ができたものだと。
それ以前に4~5歳程度の子供達に火の扱いができるのかという考えもあるが、こんなところで火も起こさず生活できていたことが驚きだ。
どうやって生きてきた? 食料は?
頭の中で想像を巡らせていると、周囲から寒気を感じた。
「なるほど…当たりだったみたいだな」
「あなたが見たのは、コイツなのね」
子供達に囲まれる中、更に奥から現れたのは昨夜にダークが見かけた黒霧の人だった。
顔は見えないが、何食わぬ雰囲気で子供達の輪の中心に奴が立っていた。
「答えろ。お前は何のために子供達を集めた? 何が目的だ」
黒霧の人は何も答えない。
体も微動だにせず行動が全く読めなかった。
「ねぇ、皆はコイツが怖くないの?」
「怖くないよ。霧の人は僕達にご飯を食べさせてくれるんだ」
黒霧の人の恐ろしさを認識させようとするレイチェルだったが、信じられない返答が来た。
ご飯を食べさせる? 何のためにご飯を食べさせているか分からないのに?
行動原理が全く分からない。
あまりにも多い不安要素にダークは恐れを抱いた。
そしてついには虚空から剣を抜き出して黒霧の人へと切っ先を向けた。
「何のために子供達をココに住ませているか分からないけど、この子達には帰る家があるんだ。村に返してもらう」
ダークが黒霧の人に発破を掛けた刹那、剣に大きな打撃が入ったような気がした。
咄嗟の状況に驚いたダークだったが、態勢を整えて剣を構える。
瞬きをした時、黒霧の人はいつの間にか剣を構えていた。
「コイツ…! いつの間に…!」
ダークが状況に気付いた時、黒霧の人は剣を彼に振り下ろそうとしていた。
太刀筋や振り下ろす速度も人間が行えるぐらいの技量。剣術に関しては秀でているようには見えなかった。
これぐらいなら…!
ダークは黒霧の人に合わせて剣を振るって交互に弾く。
互いに数回続け、黒霧は彼に向けて剣先を向ける。そして一気に距離を詰めてダークの喉元へと剣先を詰めよらせた。
「悪いけど、この程度で俺を殺せると思ったら大間違いだ」
ダークの正面から唐突に青色の壁が出現し、詰められる剣の行く先を塞いだ。
黒霧の人は微かに唸り声を上げ、自身の障害として立ちはだかるダークの処理に戸惑っていた。
「いい加減にしろ。子供達を解放してもらう」
ダークは再び黒霧の人に剣を向けて再度問う。
黒霧の人はじっとダークを見つめて出方を窺っているように思えた。
「そうしているなら邪魔はしないでね」
彼はそう言いながら子供達の元に近付く。
近づこうと動き出した瞬間、周りの子供達は彼から退くように体を遠ざけた。
「どうした? 帰るんだよ。君たちのお家に」
再び近づこうとすると、子供達は嫌がるように体を遠ざける。疑問に感じたダークは理由を考えていると―――
「この子らは、直に売りに出されるであろう子供達だ。そっとしておいてはくれぬか」
洞窟内に響き渡る重みのある声。
どこから話していると辺りを見渡すものの、口を開けている者は誰も居ない。
「どこを見ている?」
ふと後ろから声が聞こえた。
後ろを振り返ると、モザイクがかるように黒の霧に包まれた巨体がそこにはあった。
「なんだコイツ!? 全く気配を感じなかったぞ!」
巨体と対峙した瞬間、黒の霧は次第に晴れ、巨体の偶像は姿を現す。
山羊のような頭に、やけに細々とした体。
細い体ではあるが、無駄な肉が一切排除されたような肉体。
手足の爪は果物ナイフの刃わたりと同じくらいの長さで、一裂きで人の体さえも両断してしまいそうな鋭利さだった。
ダークは巨体の姿を見た瞬間こう思った。
まるで空想上に紡がれた不可視の存在・悪魔のようだと。
「我の化身が無礼をしたようで申し訳ない。我が名は悪魔神・バモン。
生命を司る魔神である」
姿を含めて悪魔神と名乗った巨体の存在感に、ダークは呆然と立ち尽くしていた。




