5-11.寂しがり屋の悪魔
目の前に立ちはだかる巨体の悪魔神・バモン。
ダークとレイチェルは体を動かそうにも、巨体から溢れ出ている金縛りのような存在感によって動かせずにいた。
「強引なやり方ですまない。だが、我々の言い分も聞いて欲しいのだ」
バモンもまたダーク達同様に動く気配はない。
話していることから察するに、彼は話を聞いてもらいたいだけのようだ。
「話ねぇ…この子らが直に売りに出されるって話?」
「うむ」
ダークは椅子の代わりになる岩を探しながらバモンの様子を見る。
目ぼしい場所を見つけるとそこに座り、上半身を彼に傾けた。
「嘘か本当かは別として、どうやって知ったんだ? この子達が売りに出されるって話」
原因を突き止めようとすると、バモンは籠るような口ぶりで答えた。
「ここら一帯には我の意識が分散していてな。その一部が村人の会話の内容を聞いていたのだよ」
「知らない内に魔神の目に晒されてるなんて何か嫌だな」
「それはすまないと思っている。しかし、我は人間と交流をしたかったのだ。許して欲しい」
先程発していた重々しい声とはうって変わって細々とした声に変っていた。
テンションの移り変わり激しいな…
「人間と交流って…あんたは人間に対して偉く親切な魔神様なんだな」
ダークは頬杖をつきながら物珍しそうにバモンを見つめた。
人間を支配とかではなく交流したい悪魔。
彼のイメージする悪魔とは全く異なった存在に戸惑いを感じていた。
「うむ。我は人間が愛おしい。我の支配する魔界の生物に比べれば理性的に稼働することができるし、人間によっても多種多様だ。1人1人が違うからこそ面白い。私はそんな人類が好きだ」
「中々な人間愛をお持ちのようで…」
生命を司る神が「人間を好き」というと食糧のような扱いかと思ったが、全くそうでは無かった。彼は魔神の立場でありながら人間のことをよく見ている。魔界という異世界から見ているにも関わらず、自分達人類よりもキッチリと見ている気がした。
「それはともかくとして、本当にこの子供達は売りに出される予定なの?」
ダークは子供達に後ろ指を指した。
彼の言葉を理解している子供達は怯えた様子で見てきた。
「デリケートな話だと言うのに容赦ないな、貴様は。残念な話だが本当だ」
どうしても言い分を押し通そうとしている気がする。疑り深いダークは、チラッとレイチェルの居る方向を見た。
彼の視線に気が付いた彼女は首を傾げて彼の言葉を待っている。
「よし、レイチェル。ちょっと村まで偵察に行ってきてくれないか?」
「えっ、なんで私!? 男のあなたが行きなさいよ」
苦労して見つけた洞窟。
疲れた体を癒した気持ちでいるであろうレイチェルは嫌そうな態度を取った。
「偵察に向いた術なんて、君が上手いだろ。俺なんて君みたいな器用な魔術は扱いきれないし。頼んだ!」
ダークは両手を前に出して懇願の意思を示す。
レイチェルは少し唸ったが、観念するように溜息をついた。
「いいわ、行くわよ! 行けば良いんでしょ」
彼女は苛立つように足音を立てながら洞窟を飛び出した。
すまん、レイチェル。変に疑り深い性格で。
「貴様は同行しなくて良いのか?」
「せっかく犯人を見つけたんだ。わざわざ離れると思うか?」
「思わないな。我を監視するつもりか」
「察しが良くて助かるよ」
ダークは位置をそのままに腕を組んでバモンを見続けた。
隣には彼の化身である黒霧の人が佇んでいた。
「ねぇ、コイツ何とかならないの?」
「コレは我の化身だ。我を守るための存在であり、先程対峙した貴様を危険視しているのだろう」
「だろうって…コイツはあんたの支配下じゃないのか…」
ダークはレイチェルが戻るまでの間、バモンとその化身、神隠しにあった子供達と共に過ごすこととなった。
◇ ◇
気が付けば夕日が地面に照らされるような時間帯まで洞窟の中に居た。
子供達の腹の虫がきゅーっと少しずつ鳴り始めた頃、ダークも同様に腹を空かせていた。
「思ったんだけど、子供達の食事ってどうしたの?」
「化身が食糧を取ってきて調理したものを提供している」
えっ何その支給制度。
というか、この化身に人間の味覚が分かるものなのか…
意外と便利な化身の存在にダークは驚く。
彼が驚いている最中、子供達の居る方向から喜ぶ声が聞こえてきた。
「ん、何だ?」
ダークは座っている場所から移動し、子供達の群れに顔を乗り出す。
そこにあったのは大きな葉っぱをプレート料理だった。献立は何かのもも肉を焼いた物に付近の森で採れたと思われる草。それら2種類は並程度の量があり、子供達の腹を満腹にするには充分な量だった。
「お、結構美味そうな感じだな」
プレートを覗いたダークの目の前に化身の手が差し出された。
奴の手の平に乗っているのは子供達に提供されている物と同じプレートだった。
要はこれを食べろというのだろうか。
「い、良いのか?」
化身は首を上下に振り、彼に意思を伝える。
「遠慮せず食べると良い。我らにとって貴様らは客人のような扱いなのだからな」
先程は敵とみなしていたはずなのに今では客人の扱いである。なんて優しい悪魔神様なのだろう。
本当に悪魔かと思う程に丁重な扱いをされている気がしてならない。
「では…遠慮なくいただきます」
最初は毒でも入っているのかと疑ったが、子供達は美味しそうに食べている。何も入っていないだろう(例え入っていたとしても体の中にある魔力を使って解毒してしまえば良いが)
ダークは手始めにもも肉から取って、ガブりとかぶりつく。
口の中に広がる肉汁に、弱い力でも食べられる程に柔らかい食感に彼は驚きを示した。
「何これ美味い」
語彙フィルターを素通りして感想を呟くと、化身は見せつけるように親指を立てた。
何だこの化身。少し可愛げがあるじゃないか。
肉から始まり草も交互に食べていく。
全て食べ終えた頃にはお腹も充分に満たされていた。
「化身ありがとう。美味かったわ」
ダークが正直に感想を述べると、化身は腰側面に両腕を当てて顎を上げた。
とても分かりやすい。化身は喜んでいるようだ。
こうしてコミュニケーションを取れば悪い奴では無いように見えるんだけどな。
ご飯を食べ、寝心地の悪そうな角ばった石が連続したベッドに寝転ぶと微かに女性の声が聞こえた。
[ダーク、聞こえる?]
聞き覚えのあるはっきりとした声。レイチェルからだった。
[なんだ、どうした?]
[あの悪魔の言っていること、本当みたいね。村の集会所に売りに出す子供のリストとかが残っていたわ]
衝撃の事実にダークは戸惑いを隠せないでいた。
自分達が育てた子供達を物として売りに出すなんてなんたることかと。同時に目の前でぐっすりと寝始めている子供達の境遇に切なさを抱いた。
[そうか…分かった。気を付けて戻ってきてくれ]
念話でレイチェルに戻るよう指示をすると、彼女から念話の反応を無くなった。
「やはり見つかったであろう?」
「あんたの言うことは本当みたいだな。なんてエスパーだ」
「エスパーだろうと何であろうが、私は悪魔神だ」
お互いに陽気に語り合い、自然と笑みが零れていた。
バモンを表す影はうっすらと靄が掛かっているように見えるが彼の顔はくしゃりと崩れているように見えた。
数時間後、レイチェルが洞窟の中に戻ってきた。
入ってきた瞬間は険しい表情であったが、奥に進んでダークの顔を見ると崩れるように倒れこむ。
「はあああああ疲れたあああああ」
大きなため息と共に唸り声を上げるレイチェル。かなり気を使ったようだ。頭の上に湯気が見えるようにショートしている。
そんな彼女の手前に葉っぱのプレートが差し出された。
「何これ?」
「食事だそうだ。案外美味かったぞ」
「うそっ! 食べたの!?」
レイチェルもダーク同様に疑心暗鬼になりながら食べ始める。
疑問で曇っている表情はすぐに明るくなり、夢中になったかのように彼女は提供された食事をもりもりと食べていく。
「何これ美味しいじゃない!」
「我の化身は誰に対しても味覚を合わせることができる。もちろん人間の味覚もな」
どうやって人間の味覚を知ったのだろう…
なんて疑問がすぐ浮かんだが、少なくともダーク達には危害を加える様子は全く無いだろう。
「レイチェルが食べ終わってから対策を考えよう」
「それが良いな」
ダークとバモンは化身より渡された水をゆっくりと飲みながら彼女が食事を終えるのを待っていた。
◇ ◇
「かくして…これであの村人達がこの子達を売りに出そうとしていることが分かったであろう。これからどうしてやろうか」
「どうするも何も、子供達は村に返す。俺らはそういう風に頼まれて来たんだ」
互いの意見は大きくくい違っている。
今にでも衝突するのは目に見えていた。
しかし、ダークの中ではバモンとは争いたくないと感じていた。
例え悪魔と崇められている魔神であっても、ここまで関わってきた感じから察するに、彼は正義の悪魔と呼べる存在なのではないだろうかと思っていた。
「貴様らはどうしても考えを改めぬのだな?」
「そう言われても何か対策はあるのか? お互いの利害が一致するようなやつ」
何処か妥協点を探そうとバモンに提案を持ちかける。
無理矢理自分の意見を押し通そうとするのはただ対立を生むだけだ。
何とかして対立を避けたかったのだ。
「ふむ…どうすれば良いものか」
「何なら村の財政を良くするようにすれば良いじゃないかしら?」
「財政を良くするとな?」
レイチェルの意見にバモンは疑問を感じた。
何の縁もない村にどうやって財政を良くするように出来るのか。
確かに問題解決の手立てにはなるかもしれないが、具体的にはどうすれば良いかなんて何も言っていない。
「えぇ。あの村に金品の援助をするのよ」
何を言っているんだこの女は。
今は旅しているとはいえ、この女は貴族の令嬢。
金銭感覚は普通よりも狂っている。それはつまり金の補給先も狂っているとも言える。
ただの村人であれば思いつきもしないことだ。
「金品の援助と言っても、金品自体はどうするつもりなんだよ」
「問題はそこなのよね。そこの悪魔、何か無いかしら?」
金品に関してはバモン頼りのようだ。
魔界の神がこの世に通ずる金品なんて持っているはずがない。
バモンが持っている訳が無いと感じていたダークは、その旨をレイチェルに伝えようとすると―――
「うむ、あるぞ」
悪魔が答えたの聞いて止めた。
あったのかよ…
予想外な回答に驚くダークは、バモンに訪ねようとすると、彼は虚空から金銀の入り乱れた山を出現させた。
「バモン、これは何処から持ってきた?」
「持ってきたのでは無い。これは元々この洞窟にあった物なのだ」
信じられなかった。
魔界からこの世に舞い降りたというのに、こんな都合の良いことがあるのだろうか。
この悪魔には何か幸運な何かを秘めているのかもしれない。
「じゃあ、これを村人に渡して子供達を売らせないようにする流れで進めるか」
「それでいこう」
3人の中で意見がまとまると、レイチェルとダークは少し離れたところで夜を明かすことにした。
「貴様はどこまで知っている?」
「どこまでって何を聞きたいんだ?」
ダークとバモン以外の人が寝静まった頃、洞窟の警備をしていた彼にバモンが問いかける。
話の意図が見えなかったダークは逆に聞き返した。
「この世と魔界との繋がりについてだ」
魔界に住む悪魔神としては、魔界を知る人間の存在に怯えを抱いているのだろうか。本来、魔界や魔術の存在は隠匿されるべき物である。それらを知る人間を見るのは初めてなのか、バモンは少し警戒しつつダークのことを知ろうとしているように見えた。
「魔界のことねぇ…」
ダークとしては魔界について知っていることなんて数が知れている。
この世とは違った世界であること。魔界には魔獣が存在すること。あくまでこの2点だけだ。
バモンにその旨を伝えると、彼は「ふむ」と声を鳴らしながら唸った。
「貴様のような魔術師であってもまだ魔界が分からぬのだな」
「仕方ないだろ。魔界がこの世の何処で繋がっているかまだ分かってないんだから。そもそも入ったことも無いし」
ダークは吐き捨てるように言うと、バモンは含み笑いをした。
なんだろうこの上から感…相手は魔神なんだけどもちょっと喧嘩を売りたくなる。
ふと苛立ちを抱いていると―――
「貴様は魔界を目指しているのか?」
バモンは尋ねる。
ダークにはそんな気はない。彼にあるのは魔術師として知識を集めることだ。
しかし、この目標を進めるためには魔界を突き進む必要があるだろう。
「そうだな…積極的に探している訳ではないけど、見つかったらいいなってぐらい。実際手がかりなんて無いし」
「ふむ、手がかりが無いのは仕方ない話だが、魔界に行こうとするのは間違って考えるではないぞ?」
「なんでだよ」
バモンは魔界に進もうとするダークに忠告した。
さっきまで魔界について聞いて興味を持たせるように見えたのに、何故行くなと制止されなければならないのだろうか。
「この世と魔界の扉が開かれてしまえば世界の均衡が崩れてしまう。それを防ぐためだ」
「均衡?」
バモンの言うことが理解できなかった。
ただの悪魔神のくせに。世界の守護者になったつもりなのか。
「そうだ。我々の居る次元には2つの世界がある。1つは我らが今いる『この世』。もう1つは幾千ものの魔獣が済む『魔界』。2つはそれぞれ陰と陽の魔力に満ちていてな。魔界とこの世を繋げるゲートが閉まっていれば安定するが、開いてしまえばその分、陰が陽の魔力に染まりゆく。そうなってしまえば世界の均衡は大きく変動してしまう可能性があるのだ」
唐突に大層な話をされたダークは、ポカンと呆気にとられたかのように口を開いていた。
彼には世界のことなんて大して考えていない。
あくまで彼自身の目標のためにただ世界を旅していただけ。
まさか魔界に旅立つために世界の均衡を崩さないといけない事実に戸惑っていた。
「どうやって魔界まで行くんだよ」
「それは我のような魔神と契約した者のみだ」
「魔神と契約? それはまた大層な」
新たな要素が加わってきた。魔神の存在は大仰なものかと思っていたが人間と契約できることに驚きを抱いていた。
「それが可能なのだ。お互いに意思疎通さえしていれば魔神の力を借りることができる。しかし、それを操るには強靭な肉体と精神力が必要であるがな」
「魔神と契約ねぇ…あんたは考えてるの?」
ここで契約の話を上げてくるのであれば、彼自身も誰かと契約したいと考えているのかもしれない。そう考えたダークはバモンに尋ねた。
「我は考えている。我自身、この世で存在を維持するためには人間の生命力が必要だからな」
「それってただ生命力を与えてくれる宿主を探しているんじゃ…」
彼の考えにおぞましさを抱いたダークはバモンから離れようと考え始める。
こいつと契約しようとしている人間はどうかしている。大きな力を得ながらも自身の生命力を衰弱させていく。
「それは間違いない。だが我の力を欲するなら貸してやろう。しかし、受け入れれば貴様に力の反動や体の成長を止めることとなる」
バモンはダークを下に見るような口振りで煽ってきた。
相手の思惑に乗るのは癪だが、こうして下に見られるのも癪だ。
どう足掻いても癪に障る。
彼の苛立ちを察したのか、バモンは自身の契約の利点をもう1つ述べた。
「我と契約した暁には、魔界の侵入が普通よりも容易になる。貴様の言っていた魔術の高みに上ることさえもかなり時間短縮になるぞ」
それは魔術の高みを更に極めやすくするための近道だった。
旅の最中、彼は感じていた。
魔術の高みに上るには人として生きるにはあまりにも短すぎるのではないかと。
更には魔術の元があると言われる魔界にも行き来できる点。
とても魅力的な利点だ。だが同時に大きな難点もある。
「体の成長を止めるというのはどういうことだ?」
「それはつまり不老になるということだ。体が傷ついても我の力によって治癒は早いが、治癒が追いつけなければ人間同様に死ぬ。しかし、あまりの速さに不老不死に近い状態とも言える」
不老不死。
ある一部の故人は長く生きることを求めたが、ダークとしてはあまり良いものとは思えなかった。
不老不死はすなわち、ずっと孤独であり続けるということだ。
自分の周りは寿命を全うして死んでいき、最終的には世界全てが自分を知らない人でいっぱいになる。
生きてきた時代を追い越し、次の時代へ、次の時代へと生きていく。
長く生きること。それはある意味死に近いことなのかもしれない。
ダークは考える。
自身の目的のため。最終的には自身が苦しむ結果に陥ってしまうことを。
そして結論が出た。この目標は自身の人生で為すべきことなのだと。
「良いぜ。悪魔神・バモン、俺は…あんたと契約するよ」
「ほぉ…それほど聞いても本当に我と契約しようと言うのか」
「あぁ。俺は…自分の目標のために人生を賭けるって決めたんだ」
お互いの利害が一致し、ダークとバモンは互いに手を取り合った。
バモンの体は次第に薄れていき、薄れた粒子はダークの体へと流れていく。
粒子が全て無くなった頃、ダークの首から胸元にかけて小さな宝玉で作られたネックレスが顕現した。
「汝の声、聴き届けた。我は悪魔神・バモン、生命を司る魔神である。契約者、ダーク・ヴァンテイルに力を授けよう」
ダークの体から強大な悪魔の力が溢れ出る。
なんて悍ましい力だろうか。先程関わっていた優しい悪魔とは正反対な力の感覚に戸惑いが生まれた。
しかしここで狼狽える訳にはいかない。
この力を抑えきれなければ魔術の高みに登れるはずがない。
ダークは意地で自身の意識を固定した。
なんて我の強い力だ…!
意識をどれだけ固定しても奈落の底へと引きずり込まれる感覚を抱く。
それでも耐える。耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて。
体感時間で10分が過ぎた頃、悪魔の力の暴走は収まった。
暴れ馬を操った後のように、ダークはぜぇぜぇと呼吸を乱していた。
「よくぞ耐えた。これで貴様は我の力に認められたことになる。
おめでとう、我が契約者ダーク・ヴァンテイル」
下手すれば自我を失ってしまいそうな戦いだった。
一瞬だけ力が溢れ出していたが、辺りには何の被害も出ていない。
静かに契約は終わった。
月光が強く照らされた日、ダークは悪魔神・バモンの契約者となり、普通の魔術師とは桁違いの力を持った大賢者へと進化した。




