5-8.情け
半端生物達が礼二たちに多勢で襲い掛かる。
礼二とレイチェルは前線に出て敵の侵攻を食い止めていた。
[2人共、広範囲魔術の準備ができた。射線から離れろ!]
[[了解!]]
後ろで控えている遠藤の指示に従い、端に寄るように移動した。
集中するように目を閉じて詠唱をしていた遠藤は、目を開け唱えていた呪文を紡ぐ。
「電撃大気!」
彼の怒号と共に、礼二とレイチェルの居たところを含めた広範囲に目に見える程に強い電流が周囲を走った。
獣の鳴き声と共に対象の体を焦がしていく電流は草原を走る虎の如く。得物を求めて焦がし、更なる得物を求めてと複数の魔獣を焦がしていった。
よし、これで一気に数を減らすことが出来た! 後は奥にいる半端生物の進化系だけ…!
次の目標に行こうと足に魔力を込め始める。
チェインを助ける時の二の舞にならないようにと細心の注意を払いながら、足から魔力を一気に放出して距離を詰めた。
彼の存在に気が付いた触手持ちの魔獣は妨害を図ろうと触手をぶんぶんと振り回す。どこに飛んでいくかが分からない。まるで暴れ馬に乗せられた気分だった。
コイツの攻撃が全く読めない…
無作為に繰り広げられる攻撃に戸惑う礼二。
いくつかは何とか回避しているが、一部は回避不可能な一撃もあったりする。それらは剣で防いだりと何らかの対処を行いながら続けて距離を詰める。
対象との距離は残り数メートル。
更に魔力を足に込め、ジェット噴射のような勢いで一気に距離を詰めていく。
「はっ!」と声を上げながら横に一閃。皮膚を裂くことはできても肉体を裂くことはできていない。
「こいつ…!」
やはりそうだった。この魔獣は半端生物の進化系にあたるものであると。
あくまで推論に過ぎないが、1つの可能性に行き当たれば他の人にも共有しておいた方が良い。
[各位に通達。触手を持っている魔獣は、半人半魔獣の進化形態かもしれません。奴らの扱いには気を付けて下さい!]
「なんだと…!?」
礼二が念話を通じて部隊全体に情報を伝えると、遠藤は声を上げる程に驚いていた。
辺り一帯は半端生物に溢れている。いつ進化するか分からないとなると、正確な敵戦力が分からないという点では非常に驚異的な存在となる。これが複数居るというのだから声を上げるのも無理はない。
[進化されれば対処がますます困難になります。動ける方は1匹1匹確実に処理をお願いします]
念話で情報共有を行うと、礼二は目の前の進化形態をどうするか考えていた。
相手の感覚は恐らく普通の魔獣と同様のものだ。
獣の如く俊敏性、反応速度。奴らはまさに獣と言わんばかりの身体能力を秘めている。
ノロイからと言って油断していればとって食われてしまうだろう。
一気に仕留める…!
目の前の新種に意識を集中させる。
飛んでくる触手は微かな動きで避けたり弾いたりしながら短い直線距離で進んでいく。
新種との距離まで残り1キロメートル。
ココだ!―――と踏み込む足に魔力を存分に注ぎ込み、更なる速さで新種に近付く。そして迫り来る触手を剣で切断した。
半端生物は断末魔の叫びと思わせる程に悲痛な声で鳴いた。
「ごめんね」
礼二は悟っていた。
新種となっている魔獣が人間を素体としていることを。
だからこそ素体となっている人間が早く楽になれるように止めを刺してやろうと感じていた。
◇ ◇
半端生物の討伐が終わって1時間が経過した。
現場に直行した特殊部隊の隊員たちは様々な驚きを抱えながらも帰りの車でぐったりとしていた。
車内は沈黙の空気に包まれる。
アイラが意識不明である点、傷を負ったチェインがぐっすりと眠っているところを見ると、とても話をして騒々しくできるはずが無かった。
「あまり考えたくないことだが、あの新種…2人はどう思う?」
遠藤が首を傾げながら礼二とレイチェルに尋ねる。
彼の聞きたいことは分かっている。しかし、これは自分だけの杞憂であって欲しい。
「どう…とは?」
現実を背けたい気持ちからか、分かっている答えを再度尋ねた。
「あの新種、下半身だけとはいえ人間に似すぎていないか?」
確定した。
自分が抱いていた不安は的中してしまったのだ。魔獣と戦い続けている遠藤の目から見てそう見えてしまったのなら、ほぼ確実だろう。
「えぇ、アレは人間を素体とした魔獣の一種かしらね」
レイチェルは悩まず答える。
何故驚かずに答えられたのだろうか。
「フラッド、何故そう答えられる?」
礼二が抱いた疑問は、遠藤が代わりに尋ねてくれた。
するとレイチェルは溜息を付きながら答えた。
「私は何年奴らと戦ってきていると思うの? だから奴らの生態なんてよく分かっているし、さっき見た姿の魔獣は見たことが無い。そこから考えられる結論は人間が素体にされているってことぐらいよ」
話を聞いた感じ、彼女の場合は消去法でそうなったらしい。
しかし、この考えは遠藤に伝える必要がある。
「遠藤さん、私もレイチェルの言う通り人間だと思います」
「神原もか。君の場合は何故そう考えた?」
レイチェル同様に理由を尋ねられる。
そう感じた理由として、礼二は記憶の中で一つだけ心当たりがあった。
「私が初めて部隊に入って対応した事件の犯人は覚えていますか?」
逆に礼二は遠藤に尋ねる。
この話をするにはとある人物のことを知らなければならない。だからこそ、この問いを出す必要があった。
「朝倉宗次郎。獣人化計画とやらを進めていた科学…まさか…!?」
「お察しの通りです。朝倉の研究が相手の手に渡っていたら人が魔獣になるのも充分あり得る話なんですよ」
「待て、何故そう言い切れる?」
礼二は平静を装いながら朝倉との戦いで起きた出来事を話した。
あの時朝倉が礼二に襲い掛かる前に薬品を首元に打ち込んでいたこと。
薬品を打ち込んだ後に、彼は魔獣に変貌を遂げたこと。
全てを遠藤に話すと、彼は納得いった表情で礼二を見つめる。
「なるほど…それならあり得る話だな」
遠藤は礼二からの話を聞くと、納得しながら彼から目を背けた。
新たな疑問や頭を抱えることが増えて受難に感じてしまっているのだろう。
「う…ん…」
再び静まり返った車内に唸り声が1つ。
それは遠藤の膝に頭を置いて眠っていたアイラだった。彼女は上半身を起こすと周りを見渡す。
「うん…ここは何処だ?」
全方位見渡すように首を振ると、自然と膝枕にしている遠藤の顔が見えるのは必然で―――
「うぇあ!」
アイラは普段の雰囲気からは全くイメージできない声を上げながら体全体を後ろに退けた。刹那、彼女の頭が地面に叩きつけられた。
「いってぇな…」
「起きたか?」
ポンコツに見えてしまう光景も普段の彼女からはイメージできない姿だ。
一瞬笑いそうになってしまったが、笑いを見せた途端に後々何処かに連れ出されるのが目に浮かんで見えた。うん、やめよう。
「すみませんでした」
アイラは眠気眼で辺りを見渡しながら遠藤に頭を下げた。
彼は安堵するように彼女の頭を撫で始める。
「何があったかと思って心配したぞ。何事も無くて良かったよ」
「ご心配をお掛けしてすみませんでした…」
遠藤に頭を撫でられるアイラはまるで子犬のようにキョトンとした目で彼を見つめていた。
あれ? 何か良い感じ…俺とレイチェルは邪魔なんじゃ…
そう思った途端、アイラは思い出したように礼二に顔を向けた。
「あ、あの…何か?」
「何か…じゃねぇよ!」
アイラの動きは速かった。
魅力ある遠藤の手から頭を離し、目にも見えない速さで礼二の着ている上着の胸倉を掴んだ。
「ちょ、ちょっと…! 礼二が何したって言うの!?」
「落ち着け軍曹。神原が何をしたというのだ」
2人から非難を受けるアイラは、奥歯を噛み締めながら顔を震わせていた。
少し悩むように…出かかった言葉をようやく吐き出すように口を開いた。
「こいつ…私が戦闘中に、眠りを誘う魔術を発動してやがったんだ!」
アイラの証言を聞いた遠藤は無言で礼二の顔を見た。
息を呑むと、遠藤は口を開いた。
「本当なのか、一等兵?」
疑われている。
魔獣からの攻撃であれば、彼女はあんな反応をしたりはしない。
ついで言えば、2人は特殊部隊の隊員として関わって信頼関係がある。
新人よりも信用できるアイラの言葉を信じるだろう。
「待って、何で礼二がそんなことを…!?」
レイチェルだけは信じている様子だった。
これも人に向けている信用度によるもの。レイチェルの目から見ても礼二は味方に傷をつけるような人間では無いと判断しているのだ。
「レイチェルごめん。アイラさんの言っていることは本当だ」
礼二は包み隠さず告白した。
遠藤は戸惑うように口を閉ざしていたが、覚悟を決めて口を開いた。
「神原一等兵、何故そのようなことをした?」
礼二は問い詰められる。
傍から見れば意味が分からないし、裏切りともとれる行為だ。
「アイラさん、少尉を殺した相手を見た途端に呼吸が荒くなったんですよ。今にも突っ込んでいきそうだったので」
「待て、それなら一言声掛けてくれよ」
「掛けたんですけど、私の声が聞こえなかったのか、息は荒あげたまま相手を見ていたんですよ。暴走した時の私と同じようになりそうだったので」
アイラは礼二の発言に異議を唱えるが、すぐさま蓋で閉ざされて反論するのを諦めた。その様子から察するに、彼女自身はあまり覚えていないように思える。
「君と同じようになりそうだった…それは黒の魔力が漏れ出している時とかか?」
「はい」
疑問を抱いた遠藤は礼二に尋ねる。
理由を理解した遠藤は考え込んだ。これまで黒の魔力の影響で暴れていた男の言うことだ。
暴れる前までの過程、呼吸、魔力の荒ぶり。何度も暴れてしまっている人間であれば傾向までよく分かっているはず。過ちを犯してしまった者のみにしか分からない状態があるのかもしれない。
「なるほど。それなら仕方ない」
「待って、何で仕方ないんですか!? 私は神原が黒の魔力で暴れている時と同じようにはなって―――」
「少なくとも一等兵は意味もなく仲間を攻撃する人間では無い。君のことを信じてやりたいが、君自身は気絶する手前のことは覚えているか?」
アイラからの反論はあったが、遠藤は疑問をぶつけて彼女に反論させないようにしていた。
彼女は少ししょぼくれた雰囲気を醸し出していたが、すぐさま顔色を変えて礼二に向き直った。
「ま、まだ何かありますか…!?」
寝起き・不名誉な言いようをされているからか、彼女の機嫌が悪いように思える。それ故に顔色は怒っている感じがしてとても怖い。一瞬だけ睨みつけられたが、すぐさま顔色を変えて普段見るような顔へと変わった。
「神原、お前を疑うようなことを言ってすまんかった。まさか私が私怨に駆られて冷静でいられなくなるとは思ってもみなかったよ」
アイラは頭を下げながら口を開いた。
彼女の言いようだと、自身が今にでも飛び出しそうな雰囲気を醸し出していたことには気が付いていないらしい。身に覚えが無いからこそ何らかの不安要素があったのだろう。
「いえ、分かっていただけて良かったです。私だって理由も無いのに仲間に攻撃をするなんてありませんよ」
礼二は要らぬ疑いを掛けてきたアイラを許すように言葉を返すと、彼女は安堵した。そして再びゆっくりと眠りについた。
「変な力が入って疲れたのだろう」
遠藤は彼女の体の状態を代弁すると、安心しきって一息ついた。
軍内部で悪いように見られてしまっている中、部隊内での争いは避けたい。彼自身としても互いの仲が悪くなるのは困る状態だったのだろう。
お互いに疲れた体を休ませながら基地へと戻っていった。
◇ ◇
基地へと戻った礼二たちは、チェインを医務室へと運んでもらった後に会議室へと向かって行った。
部屋にはクロード、残って状況を説明しているであろうミハエルの姿もあった。
「お疲れさん。現場はどんな感じだった?」
社内で隊員の被害状況を説明しているので、クロードはチェインが居ない状態について何も触れはしなかった。分かり切っている情報を再び聞くこと自体が無駄な行為だと見ているのだろう。
「現場は…新種の魔獣を確認したぐらいです」
現場に赴いた隊員の代表として遠藤が答えると、クロードは目を大きく見開いた。
「新種だと…新しい魔獣が現れたというのか?」
彼が驚くのも無理はない。最初の遭遇から新種の魔獣なんてこれまで確認されていないからだ。1つの事態を除いては。
「はい。ただ神原一等兵が言うには、新種の魔獣と遭遇する前にダンテと呼ばれる男が人間の死体に薬物を打ち込んでいたことと、彼が初めて隊員として対応した怪奇殺人事件主犯・朝倉宗次郎も薬品を打ち込んで魔獣化していたことが繋がるのでは無いかと聞いています」
「ふむ」
遠藤の報告を聞いたクロードは少し考え込むように指を顎裏に当てた。
「まさか朝倉の行ってきた研究が無能復讐者達に使われている可能性があると…?」
「恐らくは」
クロードは「ふむ」と話を聞きながら頭の中で自身の推論等を考えている様子だった。
「あぁ…アレは長く考えるパターンだなこれは」
遠藤は長い付き合いあってか、これから行うクロードの行動パターンが読めていた。
他の隊員を他の仕事に戻そうとした瞬間、クロードは口を開いた。
「皆の者、これから報告会を行いたいところだが時間は空いているかね?」
気が付けば時刻は17時を回っていた。
このまま報告会を行うとなれば、業務時間指定の18時からは超えてしまうことは確定である。
もう帰って寝たいな。
いろいろあり過ぎて疲れた。体を休めたいと考えていたところに―――
「諦めろ。今日1日でいろんな情報を得た。1日超えて頭がリセットしない内に整理したいんだろう、大佐は」
遠藤が隣に立って呟いた。
自然と礼二から溢れ出る帰りたい雰囲気を察したのだろうか。逃げ道を塞ぐように釘を刺された。
仕方ない。まだ仕事をすることにしよう。訓練だったら喜んで動いたかもしれないのに、何故こういう報告会で時間が遅くなるのは億劫に感じてしまうのだろう。
体を動かしていると嫌な気分は感じなくなるが、あまり動かさず仕事をしてしまうと動いている時に比べて物事を考えることが多くなる。自然と悪い方向に考えてしまうのかな。
礼二は何故嫌な気分になるのかを考えながら会議室へと向かって行った。
◇ ◇
クロードから報告会を始める旨を聞いてから1時間が経過した。
「資料は渡ったな? これから報告会を始める」
時刻は18時を回っていた。残業確定である。
特殊部隊の面々は事務室横の会議室に集まっていた。
手元には議事録としてバトラ・クライン家宅捜索、新種の魔獣についての2点が記載されている紙と数枚程の資料があった。
「まずは家宅捜索から。ロンド、他のメンバーが出動している間に情報はまとめておいたよな?」
「はい、それは大丈夫ですとも」
クロードに名指しされたミハエルは席を立ちながら彼の問いに答える。
ミハエルは調子を変えずに口を開く。
「今回の捜索で確認できたものは、手元にある資料に記載されています」
彼は全員に配られている資料、議事録後ろにある数枚の資料を差し出した。
1枚目には確認した物のリスト、2枚目は実際に確認した物の写真があった。
「まずは確認した物のリストから。1つはA3用紙で出力された修練の島にある兵舎の全体見取り図。2つ目はバトラ・クライン大尉の予定が記された予定表のみです」
あれ? そういえば見つかった物が少ないな。
家宅捜索で見つかった物があまりにも少ない。あれだけ探してもこれだけしか見つからなかったのだから、恐らくこれがバトラから辿れる証拠品なのだろう。
これが限界と感じるようにしたが、リディよりも階級が上にあたるバトラがリディと同様の扱いをされているのが気になった。
いや、裏切りを促されただけで、軍外部の人間からリディと同様に命令を受けて動いていたのかもしれない。
「見取り図に関してはリディ・マッケンジーに情報として渡されていたことは分かりましたが、予定表に掛かれている内容の少なさが気になりました」
気が付けば話は進み、話題はバトラの手記に掛かれていた予定表に移っていた。
「内容の少なさ…それはどういう意味だ?」
会議室奥に座るクロードはミハエルに尋ねる。
彼は少し考えると、深呼吸をして口を開いた。
「書かれている内容が少ないのですよ。バトラ大尉が裏切りの首謀者であれば、この予定表にはビッシリと今後の動きを書いているはず。ですが、この手記には自分の動きしか書かれていないのです」
自分の動きしか書かれていないとなると、恐らく少尉は相手に使われるだけの下っ端の位置に居たと考えられる。
軍でも高い階級にある彼であっても、一連の事件の首謀者から見ればただの下っ端にしか見られていないのだ。
「無能復讐者との関係性は?」
「手記内にはリディ・マッケンジーが所持していた手記同様に「無能復讐者」と記載されていました。神原が確認したダンテと呼ばれる男の関係性から見ても、クライン大尉は軍を裏切る目的で奴らと接触をしていたようです」
クロードからの問いに、家宅捜索で得た情報を元に応えていくミハエル。
彼は「以上です」と告げながら椅子に座った。この様子から察するに、家宅捜索で得た証拠から確認できた内容の報告は終えたようだ。
「次は私からだな」
そう言いながら立ち上がったのはクロード。
彼は手元にあったリモコンをホワイトボードに向けて何かのボタンを押した。するとホワイトボード上からスクリーンが降りてきた。
画像を映しながら情報共有を行っていくらしい。
スクリーンが降りてきたのを確認した彼は、ホワイトボードから約5メートル先にあるプロジェクターにリモコンでスイッチを入れてパソコンの画面を正面に投影した。
「まずはダンテが殺害したとされるリディ・マッケンジーの死亡現場の調査結果から共有しよう」
出力された画面には悲惨な現場が写されていた。
無理矢理侵入したと思わせる切り刻まれた窓。布団と共に剣で一突きされたベッド。抵抗の意思を感じられたパイプ椅子とその足。扉の手前には首の無くなった人の胴体が1つ確認できた。
何度か見舞いに行って普通な状態を目にしている礼二からしてみれば、痛々しい光景だった。
「何か騒ぎが起きたのでは無いかと思わせる光景だ。状況証拠から察するに、リディ・マッケンジーは寝込みを襲われたのではないかと考えている。しかし、彼は寸前で起きてパイプ椅子で抵抗。抵抗するも無残に切り刻まれたといったところだろう」
クロードは現場の状況を見て推論を語った。
まさにそうではないだろうか。それ以外の可能性は無いし、あのダンテが何もないところで無駄な行為を行うとは思えないからだ。
「他に犠牲者は居るのか?」
「それが幸いなことに居ないようにです。事件のあった病室以外には人が切り刻まれたところは無く、リディ・マッケンジーの首を外に持ち出す際に垂れた血痕が微かにあったぐらいでした」
ダンテという男は自分の役目以外の行動は一切しない省エネタイプの人間らしい。呆気なく病院内に侵入された手前、被害が1人で済んでいることにまだ良かったと感じた方が良いように思える。
「相手としても、あまり私達には悟られたくなかったようだな。まぁ、大尉を殺すために神原の前に姿を現した訳だが」
礼二の前に現れたのはあくまでバトラを殺すためだけである。決して無駄なことをしている訳では無いと思われる。
「そういえば修練の島の見取り図を取る時に使うデータベースって、少佐以上の階級の方しか動かせないんですよね?」
礼二はふと思い出したように口を開く。
「いや、それ以外には決められた事務員もアクセスすることが可能なはずだが」
クロードが礼二の質問に答える。
バトラ以上の階級を持った人間が裏切っている可能性を考慮したが、事務員も含まれるならば階級なんてあまり関係ないように思える。
「そこを考えれば裏切り者はまだ居るのだろうな。今ので全体から何割か削れた訳だ」
「それでも砂漠の中から指輪を見つけるくらいに大変ですよ」
「砂漠から砂場にスケールダウンしたと思えば良い」
礼二の言葉に対し、クロードは前向きにとらえようと言葉を重ねる。言われてみれば確かに探す範囲が狭まったと言えるが。
「軍曹、他に得られた情報はあるかね?」
「いえ、これ以上は」
ミハエルに続きがあるかを尋ねたクロードは、周りを見渡しながら何か考えている様子。覚悟を決めたように口を開いた。
「報告会の最後に確認しておきたいことなのだが―――」
隊員たちの間に沈黙が走る。
クロードはレイチェルの姿を目に移すと口を開いた。
「フラッド一等兵、あの日出会った老魔術師と面識があるのか?」
突拍子もない質問をレイチェルに投げかけた。
彼女以外の隊員が思考停止したかのように動きを止める中、レイチェルは少し戸惑っていた。
「何故そう思うのかしら?」
「私があの騎士と戦っている間、何か話をしているように見えてね」
決定的な瞬間を目撃したぞと言わんばかりのクロードの言い分だった。
彼女は対応をどうしようか考えていると、じきに決意するかのように深呼吸した。
「確かに面識はあるわ。彼を殺した50年前の話だけどね」
「「えっ…!」」
レイチェルがそう答えると、周りは一斉に驚きの反応を示した。
無理もない。50年前といい殺したはずといい、今存在することに信じられないワードが飛んできたからだ。
「ほぅ…殺したと思ったら実は生きていたパターンではないのかな?」
「それはあり得ないわ。ちゃんと処理される現場にもいたもの」
彼女は怒るようにクロードに訴えた。
自分が見たことを否定された気がして嫌な気分になったのだろう。しかし、実際のところ生きてレイチェルの行動を阻止したのだから信じられる訳が無い。
「そうか…君を疑っている訳ではないが、実際は奴が生き返ったように見えている。今後は敵として出現する可能性を考慮するように。報告会は以上だ」
クロードはレイチェルに言い残しながら会議室から去っていった。
レイチェルが遭遇した謎の人物との関係性が謎に包まれたまま、府に落ちない終わり方だった。




