5-7.成果
数分程走ったところにアイラは居た。
彼女は魔獣が居るであろう大広間を建物の壁から覗く形で見ていた。
「曹長、状況はどうだ?」
「絶賛生産中さ」
アイラが後ろ指差す方向には魔獣の姿があった。
先程突破した魔獣の群れとは違った群れがあり、その中から新たな魔獣が湧き出ている様子が見えた。
「何故こんなところで…」
「分からん。私も奴らがここから走ってくるのを見かけて追いかけたらココに着いたんだ」
魔獣は周囲から中心を守るように陣形を作っていた。奴ら本来の生態は、群れは作るもの陣形や隊列は作らない。
いわば本能のみで動く生物。統制の取れた魔獣の存在でさえも貴重である。
「中にはこいつらを操っている親玉が居るのかもしれない。急いだ方が良いな」
「賛成、私もそう考えていたところだ」
遠藤の推測にアイラも同じ気持ちだったようだ。しかし、彼女の今の顔はとても楽しそうである。
ただ魔獣の群れに斬り込みたい一心なのかもしれない。
「しかし、私たちで大丈夫なのでしょうか? この数ならロンドさんも呼んだ方が良い気が…」
「いや、大丈夫だ。時間も無いしそのまま進めよう。
敵の数は大して変わり無いさ」
チェインの掲げる心配要素に、遠藤は強く多い被せるように言葉を紡いだ。
心配性なチェインから見れば、遠藤の考えは怖いのだろう。
「諦めろチェイン。お前1人じゃない。私たちが居る」
遠藤に続くようにアイラもまた言葉を紡ぐ。
先程に至っても個々の力を合わせて大群の襲撃を乗り切った。同じようにやればいける。
チェインは深呼吸をすると―――
「ありがとうございます。目の前の魔獣を一斉に処理しましょう」
心に決めたように言った。
アイラと遠藤は彼の顔を見ず、お互いに頬を緩ませる。
「よし、指針は決定だな。今度は攻め方だ。
私が正面に広範囲の攻撃魔術を発動する。曹長と三等兵は正面から斬り込め。神原とフラッドは私と共に行動だ」
「「了解!」」
遠藤が一通り動きを伝えると、1人1人の役割を全うしようと配置に付いた。
一番手は遠藤。
彼は深呼吸を行うと、詠唱をし始める。
「雷よ…我が祈りに応じて暴虐せよ…電撃大気!」
正面の魔獣から広がるように他の魔獣へと電撃が走る。
電撃を受けた魔獣は体を黒く焦がせ、周囲に居た他の魔獣は電撃によって体の動きが止められていた。
「今だ!」
「はい!」
アイラとチェインが正面から突入する。
アイラは左方、チェインは右方。2人は正面の魔獣を見定めて得物を構えた。
「風化輪!」
アイラは両手に剣を持ったまま腕を伸ばし、体を捻りながら回転する。そして、そのまま魔獣の群れへと突っ込んでいった。
足に強化を施しつつ足元に風を生み出し、大きな瞬発力を手にして切り刻む魔剣術。
特殊部隊の切り込み隊長と呼ばれる彼女らしい魔剣術だ。
「魔砲掌!」
彼女に対しチェインは目の前に魔法陣を展開し、それを拳で強く叩き込む。同時に強大な質量を持った魔力の砲撃が行われた。
「はあぁぁぁぁ!!」
彼は崩壊したであろう魔獣の陣形に殴り込む形で突っ込んでいった。
魔法掌の威力で発生した砂煙によって2人の突っ込んでいった一帯の視界は悪く、どんな状態で戦っているのか分からなくなっていった。
「はぇぇ…凄いですね…」
「当たり前だ。特殊部隊の隊員として、異端に対しては強くあれるようにならないとな」
礼二が感嘆を漏らすと、遠藤は自慢気に語った。
アイラは前回一緒になったからこそ分かるが、チェインの実力自体はあまり見たことが無い。
考えてみれば彼が戦うところを見るなんて、今日が初めてかもしれない。
魔砲掌の影響で発生した砂煙は消えた。
そこには魔獣の群れの中で暴れまわる2人の姿が見えた。
「ふん、甘いよ!」
魔獣の攻撃を踊るように避けながら笑うアイラ。
彼女は魔獣の攻撃を避けながら隙を伺っている様子。隙を見れば相手の四肢を斬りつけていた。
1体1体を確実に仕留め、魔獣を切り刻んでいる瞬間をとても楽しそうにしているように見えた。
「なんだあの人…凄い楽しんでる感じなんですけど…」
「軍曹はこんな人だ。あまり気にしない方が良い」
遠藤もアイラの戦闘好きには気が付いているらしい。
戦闘は命の駆け引き。誰も好き好んでやることではない。しかし、アイラ・シューという女は笑顔で戦に突っ込んでいく。そういう女なのだ。
対してチェインも相手の懐にちょくちょく入りながら一撃で魔獣を沈めていた。
チェインの戦い方も中々勇ましい。獲物の群れに突っ込んでいくライオンのような感じだった。
初めてチェインが戦う様を見た気がするが、彼もアイラ同様に戦闘狂の一面が垣間見える。
「2人とも凄いですね…」
「あれでも我ら部隊の切り込み役の2人だからな」
正面の群れをアイラとチェインは少しずつ排除していく。
性格が対照的な2人だが、互いが動きやすいように死角の敵を排除していっている。コンビネーションも抜群だった。
凄いなぁ…なんであんな風に動けるんだろう。
礼二の動きは1人よがりな動きが多い。故に2人1組で動く場合はもう1人がかなり動きにくいんだろうなと感じていた。2人の動きはいろんな意味でも参考になる。
傷を負わないように2人の動きを見ながら正面の群れを片付けている内に、奥である光景が目に映った。
「なんだあれは…」
辺り一帯は真っ暗であったが、微かに見える光で影が照らされている。
見えたのは致死量ともいえる血を流して倒れる人の体と1つの影があった。
人影は人の体に近付き、倒れている体に対して腕を振り下ろす。すると倒れていた人の体は、途端にギザギザと形態が変化し始めた。
「軍曹、3等兵、こちらまで戻れ! 奥で何かが行われている!」
嫌な予感を感じ取った遠藤は、先行して前に出ているアイラとチェインに撤退指示を出した。
しかし、それは遅かった。
ギザギザに形態を変化させた物から鞭のようにしなる触手が生まれた。触手は魔獣の群れの中で暴れまわる2人に襲い掛かった。
「三等兵、何か来てるぞ!」
「えっ…」
チェインが振り向いた刹那、触手は彼の体を弾き飛ばしていた。
彼は放物線を描くように近くの建物まで飛ばされていった。強くバウンドしたチェインの体はうつぶせに倒された。
「三等兵!」
大きいダメージを受けたのではと心配してか、遠藤はいつの間にか叫んでいた。
特殊部隊隊員にとって魔獣との戦いは、数は多いけどもあまり苦戦しないことが多かった。だが今回は珍しく手痛いダメージを負ったことに何らかの不安を抱いている様子だった。
数秒後、チェインは飛ばされた位置でゆっくりと体を起こした。
「大丈夫です。生きてますよ」
「そうか」と胸を撫でおろした刹那、触手による攻撃が続けて彼に迫っていた。
チェインは避けるべく動こうとするが、足を震わせてあまり移動できない様子。建物に強く叩きつけられた際に何処か怪我してしまったようだ。
「助けに行かないと――」
礼二がチェインの元へと近付こうとすると、別の魔獣が彼の前に現れた。
邪魔だ―――そう考えながら目の前の魔獣を斬り捨てながら彼の元へと走る。
足元に魔力を溜めて…ジェット噴射のように…!
足裏から魔力を放出するイメージをすると、足だけが一気に前に出始めた。
体の動きに意識が追いついていけず足だけが先行して距離を詰めていく。
「うわぁああ!」と声を漏らしながらも、礼二は態勢を整える。一瞬にしてチェインの元へと着地し、迫りくる触手を斬り落とした。
「大丈夫ですか、チェインさん!」
「すみません、助かりました」と礼二に礼を言いながらゆっくりと立ち上がった。
叩きつけられた際に重傷を背負ってしまったのか、生まれて間もない小鹿のように足を震わせている。
「足、大丈夫ですか?」
チェインに尋ねると、彼は唐突に膝を地面に着けた。顔を苦痛に耐えるように歪ませ、ゆっくりと息を整えている。
「すみません、難しいようですね」
この回答から察するに、彼はこの戦闘では満足に戦いきれないようだ。
未だ魔術師として未熟な自分が彼を守りながら魔獣に抵抗できるというのだろうか。
打開策を考えようとしていると、目の前の魔獣1匹が礼二との距離を詰めに来ていた。
ちっ…何も考えさせないつもりかよ…!
詰めてきた1匹を魔弾で撃ち落として防壁を展開。
剣先を地面に立てて、詠唱を口を小さく開く。
「水よ…礫となりて我が矛となれ…」
礼二が詠唱を始めると、魔獣の群れの頭上に水分が少しずつ溜まっていくのが見えた。
それらは次第に固まっていき、最終的には何かを串刺しに出来そうな三角錐の氷の塊ができた。
「氷結晶降臨!」
術名を口にすると、三角錐の氷は魔獣の群れ目掛けて落下。魔獣は断末魔を上げながら氷角の下敷きになっていった。
「神原さん…あなた、いつの間に新しい術を…」
「レイチェルに教えてもらいました。私だって…この部隊の一員ですから役に立ちたいんです」
礼二の目は自身が使用した魔術の影響をずっと見届けている。
予想外な礼二の成長に、チェインは驚きを示していた。
彼が軍に入ったのは半年に満たない。戦い方さえも知らない彼がここまで成長している事実に驚きを隠せずにいた。
三角錐の氷が地面に落ちて冷気が消えていった頃に魔獣の居た位置に目を向けると、そこには魔獣の残骸と血だまりで一杯になっていた。
「よし、これなら―――」
「神原、左右だ!」
一息付こうと魔防壁を解除しようとすると、左右から魔獣が突進を仕掛けてきた。
一瞬の出来事で状況が理解できなかった礼二だったが、チェインから助言を受けたことで敵の攻撃に対応することができた。
下手すれば2匹の魔獣の餌になっていたのかもしれない。
「ありがとうございます。助かりました!」
「後ろ見てないで前を見て周りを警戒してください。私のことは良いので早く他のヘルプに回ってください」
チェインは座り込んだ位置を中心に魔防壁を展開する。
礼二は彼の防壁展開を「自分は大丈夫だ」と受け取り、自身が展開した防壁を解いた。
「分かりました。危なくなったら皆に助けを求めてくださいね」
彼に一言言い残すと、礼二はチェインから離れて残った魔獣の殲滅に向かった。
「アイラさん、助けに行きます」
礼二がアイラの元へと向かおうとした刹那、新たな魔獣が上から舞い降りた。
「ちっ…こいつらはどこから…」
走りを止めたところに魔獣の横から火柱が走った。
火柱の通った範囲に居た魔獣の体は一瞬にして焼き尽くされ、魔獣としての機能を停止していた。
「礼二、先に行きなさい! ここは私が食い止めるわ!」
「ありがとうレイチェル!」
彼女の厚意を受け止めた礼二は再び走り始める。
走っている最中に何体かの魔獣を見かけたが、一匹一匹排除していく。
くっそ…こいつらは何体居るんだ…
あまりの多さにうんざりしてくる。
走って数分したところにアイラの姿が見えた。
「アイラさん、よくご無事で…」
「おい何だよ…アレは…」
喜ぶ礼二とは反対に、アイラは戸惑うように呟いた。
彼女が戸惑っている理由を探ろうと、彼女の後ろから目の前の状況を確認した。
「なんだこれは…」
アイラと礼二の目線の先には、上半身が人間、下半身が魔獣の姿をした生物が立ちはだかっていた。
◇ ◇
礼二とアイラは共に半魔獣半人間の生物を呆然と眺めていた。
生物は目の前に居る餌と認識する人間を視認すると体を動かそうと体全体をもごもごと動かし始める。しかし、体内組織が上手く噛み合っていないのか、動かそうとすると関節を起点にもげた。
もげた部分は再生を繰り返した腕や足に繋がり、生物に向かっていく。そしてまたもげる。そんな繰り返しだった。
「なんだよアレは…」
「私が聞きたいくらいです…」
アイラが戸惑うのも無理はない。
半分魔獣で半分人間なんて普通はあり得ないからだ。ましてや目の前の生物は魔獣としての活動が出来ていない。魔獣の中でも出来損ないのように見えた。
[おい2人とも! 今何を見ているんだ!?]
2人の頭の中から、念話を通じて遠藤の声が鳴り響く。
礼二とアイラはどっちが報告すべきかをアイコンタクトでお互いに決めた。
[魔獣と言っていいのか分からんが、新種の生物だ。下半身は魔獣、上半身が人間って感じの奴]
[なんだと…!?]
顔が見えてなくとも、声色だけで彼の驚きようが手に取るように分かった。こんな異常な発見で誰も驚かない訳が無い。
[今はどんな状態だ?]
遠藤は平静さを取り戻して現状確認に移った。
[動こうとしているけど、足が何度ももげて動けないみたいだ]
[そうか。身の危険があるまで、奴らの排除はしないでくれ。後に回収しよう]
[了解]
遠藤の指示を受け、2人は周囲を警戒しながら新種の動きを見守った。
「ほぅ…こいつらは処理しないのか?」
唐突に響く声。
辺りを探しても人の姿は無い。
「どこからだ…?」
アイラは内心を口に漏らしながら、何処だ何処だと首を振り続ける。
こんなことをしても無駄だ。相手はこちらの反応を楽しんでいるのかもしれない。戦闘に狂った者なんて、自身が追い詰める相手の反応を見ている時が至高に感じる時だろう。
相手の手に乗っかるつもりは無い。
礼二がそう考えながら周囲を警戒していると、棒状の何かが半魔獣半人間の生物の背中を突き刺した。
「なっ…!?」
何処から来たかも分からない棒。
音叉のような中の空いた刃渡りに綺麗な柄。特殊な形状の棒であるからこそ、礼二には見覚えがあった。
フォニックブレード。
これがここにあるということは、奴がいる。
「おいてめぇ! 何殺してんだよ!」
「不要な物を殺して何が悪い」
不要な物。
そう言われて何も返す言葉が無かった。
正直なことを言えば不要だ。しかし、この新種を調べれば今後の対策になりえる。
そう言いたいところだが、対策以外の用途なんて何も見つからない。
「ま、大方貴様らはコイツを解体して調べる魂胆だろうがな」
やはり考えが読まれている。
彼は何処かで現実を悟っていて、軍が何をやろうかも分かっている。
それ故に何らかの対策を取ることも容易なのだろう。
「お前は何者だ? 私たちの味方って訳でも無さそうだが」
「隣にいる男に聞けば早い」
棒状の何かが刺さった横の位置に1人の男が舞い降りた。礼二は彼に見覚えがあった。
「ダンテ…少尉とりディさんを殺した張本人です」
我ら特殊部隊を育て上げたバトラを殺害した男。
礼二が黒の魔力を暴走させても勝てなかった相手だ。
今すぐ殺してやりたい気持ちに駆られたが、相手との実力さを思い出して踏みとどまった。
駄目だ。ただ突っ込むだけでは返り討ちにあってしまう。何かしらの策を立てなければ意味が無いのだ。
「こいつが…こいつが少尉を殺したってのか…?」
アイラの低い声が聞こえた。
普段聞いているような声とは違った雰囲気の感覚を覚えた。
「いかにも。我らの裏切り者を排除して何が悪い? 君らにとっても裏切り者であったのだろう―――」
「テンメェエエエエエエエ!!!!!」
アイラはダンテとの距離を詰めようと動き出す。
一瞬見えた彼女の顔は、憎しみや恨みに満ちたかのように顔のあちこちに皺を寄せていた。彼女の中ではバトラを殺した相手に復讐したい気持ちがあったのだろう。
止めようとした時には、ダンテとの距離はもう半分に近付いている。礼二は仕方なく彼女の後ろからダンテに近付くことにした。
「まぁそう慌てんな。お前らの相手はコイツらだ」
ダンテが指を鳴らすと、アイラと礼二の前に先程現れた新種の魔獣と同様の半端生物が降りてきた。
数は5体。出方が分からない故、どれだけ負担が掛かる相手なのか分からない。
「コイツら…!?」
新手の出現に2人は戸惑いを隠せないでいた。
魔獣は統制の取れない生物であるが、任意のタイミングで出現したり、後ろに居るダンテに攻撃を行おうとする気配が無い。
何故魔獣の動きがコントロールされているのかと考えていると、一つだけ答えが浮かんだ。
「コイツらを操っているのはお前か…ダンテ!」
礼二の目線にはダンテの右腕があった。彼の右腕にはリディと戦った時に見たブレスレットと同じ形・色のした物が見えた。
支配調教
周囲に居る動物の行動を支配することが出来る魔具。
修練の島でリディが使用していたことから、この魔具の複製品が作られていることが発覚している。まさかこんなところで目にするとは思いもよらなかった。
「く…邪魔だ!」
アイラは目の前の半端生物を斬り込もうと剣を振るった。
しかし振るわれた剣は生物の胴体を通らず、金属同士で擦り合うような音が響いた。
「硬っ…! なんだコイツ…!?」
半端生物からの返しが来ると考えたのか、アイラは距離を取った。
普通の魔獣と同じであれば、魔力の通った剣は通るはず。
通らないとなれば、何かしらのカラクリがあるのかもしれない。
「気に入ったか? コイツは他の魔獣と比べて肉体が硬くなっているようだ」
「気に入らねぇよ! なんでお前がこんな奴らを操っていやがる!?」
アイラは怒号するように声を荒げる。
マズい。今の彼女は珍しく感情が爆発しているように見える。
普段は礼二が暴走状態を止めてもらっているが、今回は自分が止める側に回らなくてはいけない。
そうしなければ彼女は難なく殺されてしまう。
「アイラさん、落ち着いて!?」
「私は落ち着いてるよ!」
駄目だ。話を聞いちゃいない。
だったら無理やりにでも―――
「はははははははははははははははは!!!」
不意にダンテは笑い出す。
彼の笑いに不気味さを感じた礼二は自然と身構えた。
「貴様ら…目の前に敵が居るというのに、仲間割れするぐらい余裕があるのか…とても面白い」
軽い挑発のようだ。彼からすれば自分たち特殊部隊の力なんて微々たるものだと感じているように思える。自身にヘイトが渡ったとしても大したことはないと算段しての対応だろう。
「うるせぇ! お前を叩きのめして基地に連行してやる!」
相手の挑発を受けてもまだアイラの調子は戻らない。
このまま相手に真っ直ぐに突っ込まれては危険だ。もう別の手段を取るしかない。
礼二は何か決意したような顔でアイラを見た。
ダンテに顔を向き続ける彼女に左手をかざし、「眠れ」と唱えた。
「う…あ…?」
礼二から半径数メートル程、ピンク色の粒子が漂う。
それはアイラの周りを漂い、彼女は突然ゆらりゆらりと体を揺らめかせた。
「神原…まさか…」
彼女は呟きながら上半身が倒れていく。
ゆっくりと倒れていく様を見届ける礼二。彼は地面に倒れるであろうアイラの体を支え、仰向けに寝かせた。
「良いのか? 動ける人間を減らして」
「冷静さを失くした獣を野放しにするよりは安心しますよ」
ダンテの呟きに礼二は答える。
「前の自分のようにさせないためか?」
「どう受け取るかは任せますよ」
ダンテの皮肉めいた言葉に、礼二は冷静に言葉を返していく。
この人の挑発に乗ってはいけない。例え戦闘能力に差があるとしても、力を大きく振るうよりはマシに戦えるはず。
礼二は剣を構え、ダンテの顔を見続ける。
「無数の飛礫となり…幾多貫く槍となれ―――」
礼二が呟くと、頭上から雲のように群がる魔弾が精製された。
魔弾の1つ1つは小さな魔力の塊であるが、魔力自体は鋼鉄のように固い材質である。高速で放たれれば機関銃で対象をハチの巣にする勢いの攻撃当てはまる。
「連槍弾!」
声を大にして唱えると、魔弾は槍へと形を変えてダンテに放たれた。
魔弾は満遍なく展開されており、ただ回避しようと行動するにも何発かは攻撃が当たるように思えた。
「そんな飛礫、無意味だ」
ダンテは無数の槍を臆せず礼二の元へと走り始める。
この物量の攻撃で突っ込んでくるのか…!?
礼二は内心戸惑うも、前方に弾幕を張るかのように無数の槍を放ち続ける。
しかし、ダンテは自身に近付く槍を弾くなり避けるなりして的確に対処していく。
「貰った!」
気が付けば礼二の元まで彼の剣が迫り、喉を貫こうとしていた。
マズい…!
やられる。そう感じた刹那、体が自然と彼の剣を払った。
一撃を与えられたと確信したダンテは一瞬だけ驚愕の表情を浮かべた。だがそれは一瞬だけ。予想以上にしぶとそうな相手と対峙して嬉しそうに頬を緩めた。
次にダンテが繰り出すのは上段からの一振り。彼の体勢が少し崩れた今なら両手で持った剣で受け流せるはず。
礼二はそれを実行した。ガラ空きになったダンテの腹にショルダータックルを仕掛ける。
「ぐっ…!」
更に予想外な一撃。
不意を突かれ続けて彼もまともに戦える様子ではないようだ。
礼二は続けて両手に持った剣で彼を貫こうと魔力を込めた一突きを繰り出す。
届け! この一撃!
タイミングはこの一度だけ。今ここで奴を殺さなければ更に被害が増えてしまう。
普段込める魔力量の倍程注ぎ込み、一気に勝負に出る。
魔力を込めた渾身の一突きによって勝負は決まったかのように思えた。
しかし、この願いは彼の持つ無慈悲な剣により防がれた。
嘘…今の状態でまだ動けたのか…!
「残念だったな。良いタイミングだったが、私相手に接近戦を持ち込もうとしたのが間違いだ」
渾身の一撃をフォニックブレードで防がれ、剣の切れ味は大幅に低下。ダンテ自身の力によって礼二の剣は薙ぎ払われた。
「ぐっ…」と声を上げながら体勢を崩された矢先、見えない速度で放たれた蹴りによってダンテとの距離を離された。
「そのまま貴様を切り刻んでやりたいのは山々だが、本来の目的を優先させねばな。頑張って生き残るが良い、黒の魔術師」
ダンテはそう言いながらこの場から去った。
「待て…待ちやがれ…」
強烈な痛みに耐えながら周りを見渡すも、彼の姿はもう無い。
居るのは最初に見た半端生物複数と、礼二を見て動かない別の魔獣が2匹。
1匹1匹が礼二を痛ぶろうと周りを囲んでいた。
「その前にコイツらから処理しないと…」
そう思った矢先、1匹の魔獣が気絶したアイラを求めて近づいているのが見えた。
ヤバい、間に合うか…!?
自分で行動不能にしておいて助けきれないのは救いようが無い。
何とかして助けなければならない。
必死に手を伸ばし、魔弾を魔獣目掛けて放つ。同時に魔獣の手もアイラの体に振るわれようとしていた。
やめろおおおおおおお!!!!
また誰かを失うのは嫌だ。もう誰も死なせたくない。
礼二の願いを叶えるかのように1人の女性がアイラの前に立ちはだかった。
レイチェルだ。
彼女は降り下ろされた魔獣の腕を槍で受け止め、それを凪ぎ払う。魔獣の体勢が崩れた瞬間を狙って槍で一突き。槍の穂先と魔獣の皮膚がぶつかり合う音が鳴り響く。
普通なら皮膚を割くぐらいの魔力を込めて振るっているせいか、予想以上に硬い皮膚に彼女は驚きを示した。
「ダーク、こいつらは何なの!? 貫けないじゃない!」
魔獣との距離を取った後、レイチェルは礼二に尋ねる。
一筋の光が目の前に差された気がした。
こんな場面で仲間に助けてもらうとは全く思ってもみなかった。
「分からない。でも、こいつらは普通の魔獣とは違う気がする」
「もう見た目から更に気持ち悪いんだけども…!」
冷静になって見ると細い人間の体に太い魔獣の下半身がくっついた姿なんて、気持ち悪い見た目となっている。もう世に出回っているゾンビゲームに出てくるクリーチャーのような姿だ。
「まぁ、魔力の密度を高めれば切れるんじゃないかな!」
「やってみるしかないわね」
レイチェルは迫る魔獣に近付き、魔力を込めて槍を突き刺した。
「貫け!」
叫びと共に突いたそれは魔獣の肉を貫き、さらに肉を抉るように振るわれる。
肉の引き裂かれる音が微かに響きながら、魔獣の血を弾き飛ばす。
成功した。
これでこの新種の外皮は普通の魔獣に比べて硬いだけであることが分かったのだ。
相手の情報を知ることが出来れば、あとは対策を組みながら戦っていくだけ。
「よし、これなら…!」
礼二はレイチェルとアイラの近くに居た魔獣に渾身の魔力を込めた一閃を与えた。
予想通りに魔獣の肉は簡単に断ち切られ、新種の魔獣たちはバランスと意識を失ってバタバタと倒されていく。
「フラッド、状況はどうなっている?」
レイチェルの後ろからやってきたのは遠藤。
同時に合流したらしいチェインの姿もあった。
「よく分からないけどアイラは意識不明で、礼二は新種の魔獣と戦っているわ」
「新種とは…神原が言っていた魔獣のことか!?」
遠藤は辺りを見渡して新種の姿を確認する。
「なんて気味の悪い姿をした奴らなのでしょうか…」
生理的に受け付けないと言わんばかりのチェイン。礼二とレイチェルだけ感じた感情だけかと思ったが、硬質的な彼から見てもそう感じるようだ。
「例え気持ち悪かろうが我らの敵だ。排除しなければならない。ハンは神原の援護に向かえ」
「了解しました」
チェインは礼二の元へと向かう。
「ハンさん!」
「新種相手にここまでよく耐えてくれました。私も加勢します」
「それは心強い…!」
礼二はチェインから離れて近くに居た魔獣との距離を詰めた。
「待て、もう少し慎重に―――」
チェインが礼二を呼び止めようとした刹那、礼二の横に伸びる何かが迫ってくるのが見えた。
「神原、右だ!」
迫りくる何かは鋭い勢いで礼二との距離を詰める。
そして彼の体を貫こうと先端を更に伸ばして槍のような形状となった。
唐突に近づく何かの存在に気付いた礼二は咄嗟に魔防壁を展開して、串刺しになるところを防いだ。しかし、刺傷を防げても突きに使われた力までは抑えきれず地面に叩きつけられた。
「礼二!」
レイチェルは叫ぶ。
彼女は顔を青ざめながら近くに居た魔獣を一突き。
「ごめんなさい、この人お願い」とアイラの護衛を近くに居た遠藤に任せ、レイチェルは礼二の元へと向かった。
恐らく彼女の目から見れば、礼二に槍のような鋭い物に貫かれたと見えたようだ。
「ちょっと大丈夫なの…!?」
彼女の見た礼二の姿は刺傷は無かったが、叩きつけられた衝撃でコンクリートの地面にヒビが入っていた。叩きつけられて打撲や骨折が無いか、レイチェルは礼二の体を触れようとすると―――
「大丈夫…まだ戦えるから…」
礼二は呟きながら立ち上がり始めた。
前に比べて痛みに耐性はできている。過去に比べて立ち向かう力が高まっていることを身に染みた。
「よし、その心意気よ」
レイチェルは彼の背中を優しく叩きながら褒め称える。
彼女の中でも礼二の成長が見られて嬉しかったのだろう。
「レイチェル、サポートお願いできる?」
彼女を背にして礼二は尋ねる。
「任せなさい」
レイチェルは彼の隣にと動きながら同意した。
横眼からでは分からなかったが、彼女の頬は微かに緩くなっているのを感じた。
[遠藤さん、アイラさんの護衛をお願いできますか!?]
礼二は力強い念を遠藤に送った。
[そんなに力まなくとも軍曹は護衛するつもりだ。好きにやってこい]
[ありがとうございます!]
何故だろう。
この人達と居ると何でもできそうな気がする。
最近は紅蓮の猟団の存在によって任務は失敗続きだったが、何故かそんな自信に満ち溢れていた。
「行こう。魔獣共を倒しに」
意気込みと共に魔獣の群れに戻ろうとすると、礼二の横に何かが飛んできた。飛んできた何かの落下地点に顔を向けると、そこにはボロボロになったチェインの姿があった。
「ハンさん!」
「何なんですか…? あいつらは…!」
彼が飛ばされた方向を見ると新種の魔獣の群れの奥にもう1体、変わった姿の魔獣の存在があった。
下半身は魔獣、上半身は人間。
今回見ている新種と同様の姿をしているが何か違う。
よく見れば、人間で言う尻の位置には長く伸びる尻尾があった。付け根は一本だが、先端とちょうど中間の位置から2つに枝分かれしている。
枝分かれした先端はそれぞれ感覚が別にあるのか、全く違う方向に向けられていた。
「こいつも…新種なのか…?」
礼二は思い出す。
先程自身がやられた素早い槍のような一撃も、この個体の仕業では無いかと。
距離は約1キロメートル。枝分かれした1本の尻尾は、何かに気付いたのか礼二達に接近してきた。
「何なんだこれは…!?」
鋭いスピードで迫りくる尻尾はまるで槍のように鋭く尖っている。刺されてしまえば銛で突かれた魚のように抜けるのは困難だろう。
後ろには重傷を負っているチェインがいる。そう簡単に避ける訳にはいかない。
礼二は剣を前に出して魔防壁を展開した。
「防ぐしかない。防ぎきれ…!」
尻尾の先端は防壁に触れるとすぐさま持ち主へと戻り、次の攻撃のチャンスをと考えているように見えた。
なんだ様子見か?
理性が無いはずの魔獣にそのような理性の持っている人が行うようなことをやってのけるとは思えない。新種の動きに疑問を抱いていると―――
「グォォォォォオオオオオ!!!!!」
枝分かれの新種が唐突に叫び出した。
叫びに呼応するように、枝分かれの新種の前に居た魔獣は、礼二を含めた魔術部隊の面々に迫っていた。
もしかして、あの新種は魔獣共の指揮官となって戦いを進めているのかもしれない。
これまでの流れから察するに、そう考えてもおかしくは無いはずだ。
礼二はこの先、どうしようかと今後の行動方針を考えていた。




