5-6.嘆き
「おいおい本当にやるのかよ?」
「大佐がやると決めたんだ。私達は意思に従うだけだろう」
コンクリート造のアパートの廊下で、ミハエルと遠藤が言い争いをしていた。
2人の声は廊下内に響き渡り、辺り一帯にはうるさく聞こえているだろう。
「2人ともやめな。曹長もらしくないよ」
聞くに堪えなかったのか、アイラが2人の間に割り込んで仲裁に入る。
ミハエルと遠藤は互いに納得のいかない顔でお互いに背を向けた。
「全く…この行動でさえ周りから反対されてるのに、騒々しく動いたら余計に騒ぎになりますよ?」
アイラは、部隊の隊長である遠藤に忠告するような口ぶりで訴えた。
これを聞いた彼は手を顔の前に当てながら溜息をついた。
「魔女裁判をしているようで嫌な気分になるな…」
珍しくも嫌な顔を表に出す遠藤。
彼だけでなく特殊部隊面々の表情は曇っていた。
なぜこうなったかといえば、それは前日に遡る。
◇ ◇
「葬式の後で悪いが、明日からバトラ・クラインの自宅を捜索してもらいたい」
「「!?」」
特殊部隊事務所内でクロードが隊員全員に次の指令を言い渡すと、辺り一帯は沈黙に包まれた。
事務員を含めた部隊の面々は、クロードの放った言葉への返しに困っている様子だった。
「隊長、何故そのようなことを?」
沈黙を破ったのは遠藤。
彼は周りの空気を読み、皆の声を代弁するように尋ねる。
クロードは表情を変えず――
「昨日は非常事態であったが、我らが追っている事件の捜査は最優先事項だ。イレギュラーが過ぎ去った今、早急に事実を判明させなければならない」と言い放った。
確かにクロードの言うことは軍人としては一理ある。
しかし、バトラ・クラインが軍の裏切り者にあたる存在であったことは、一部を除いて上層部の人間しか知らない話。葬式が行われた人間の家を捜索する流れなんてあまりにも不自然すぎる。
「大佐の仰ることは確かにアリだと思いますが、タイミングが悪いです。下手すれば私達部隊の面子も悪くなりかねません」
戦死した人間の家宅捜査なんてバチ当たりにも程がある。秘密裏に行おうとしても、何か裏があると見られて更に評判を落としかねない。
「面子なんて投げ捨てた。失敗続きで落ちるところまで落ちているんだ。最低評価より最低な評価というものは無いだろう」
遠藤は部隊の立場を考えて言い返すも、クロードは不貞腐れたような声で答える。
これ以上部隊のマイナスになることなんてあってはならない。結果に繋がることなら評判関係無しに動いてしまえ。もうヤケクソになっているように見えた。
「……」
遠藤は黙り込む。
彼の中で「確かに」と納得する部分と、部下が泥を被る仕事を振ることに悔しさで葛藤しているように見えた。
数分程黙り込むと、下に向けていた視線を途端に顔まで上げ――
「分かりました。引き受けます」
溜息を付きながら言った。
「分かれば良い。決定的な何かを掴めると良いな」
「そう…ですね」
事務所の真ん中で二人は交差する。
お互いに自分の意思を貫かせようとしている感じが出ていた。
◇ ◇
そして現在に至る。
「それにしても何も知らない奴らからの声は中々騒がしかったな」
部隊の面々によるバトラの家宅捜索は、遺品整理という名目で日本帝国軍全体に通達された。
何故通達されたのかと言えば、告別式を行ってからあまり日数が経たない中で遺品整理を行うからだ。
下手して部外者に気付かれてしまえば面倒事になりかねないのだ。
「遺品整理程度で皆騒ぎすぎじゃないかしら?」
レイチェルは無神経なことを口にした。
彼女の発言に呆れたのか、ミハエルは口を挟む。
「フラッド…例えばの話だけど、神原が死んだ数日に彼の遺品整理を行うと部屋の中を荒らされたらどう思うよ?」
「礼二は死なないわ」
「例えの話だ。た・と・え!」
何で俺が死んだ話になっているのだろう……
礼二はミハエルが自分を例えに出したことに疑問を抱く。
「神原が死んだ後すぐに遺品整理だ。この中で一番近い仲にあるフラッドはどう感じるんだって話」
「ふーん…」
レイチェルはミハエルの問いに、少し悩むように首を傾げた。
10秒程すると、彼女は「苛立つわね」と口を開いた。
「それだ。他の奴らが俺らに抱いてる感情ってのはそれだ。んで、俺らは今それをやってしまってるんだ」
彼女は「そっか」と気付いたような顔をする。
レイチェル・フラッドという女性は分からない。
長い年月を生きていて人のことを知っているかと思っていたが、地のお転婆なところあってか無神経な部分があるように感じられる。または長生き過ぎて他人への関心が薄れた結果なのかもしれない。
礼二が彼女について考えていると、レイチェルの顔の向きが礼二の方へと変わった。
「な…何だ…?」
鼻と鼻が付きそうな距離で顔を近づけてくる。
こんな美人のあどけない表情を見続けていると、コロッと落ちてしまいそうな気がする。
本能が理性に勝つ前に、礼二は顔の向きを彼女から背けた。
「礼二は死なない…わよね? 絶対に」
あまり聞かないような真剣な声色で囁かれた。
顔を背けていても分かる。きっと今の彼女は「この人には死んで欲しくない」、「ずっと生きていて欲しい」と願いを込めて切ない表情をしているのだろう。
「いや…死ぬ気は無いよ。俺だってやりたいことはあるし、まだ上手くやれてる訳でもないし無駄死にみたいなことは考えてないかな」
たじろたじろに言葉を紡ぐと、フッと顔が離れる気配を感じた。
「よし、それでよろしい」
レイチェルの居る方向に顔を向けると、彼女は頬を綻ばせていた。彼女の中では自分の中に居るダークの存在が無くならないようにと願っているように思えたが、今向けられている笑顔は礼二個人に向けられているものだと察した。
「もういいか? 続きは2人きりの時にやってくれないか?」
「!?」
忘れてはいけない。
今は少尉の部屋の前で、これから家宅捜査をするところだ。
あまり人に見られたくないことだから出来るだけ速やかにやろうという全体の方針だったが、このやりとりによって多少なりの時間をとってしまったらしい。
「す、すみません…」
辺りを見渡すとニヤニヤと口元を緩ませるアイラとミハエル。
そして当の相手であるレイチェルは、いつものように平静を保ったような顔でバトラの部屋を眺めていた。おい、事の発端はお前だぞ?
礼二とレイチェルのやり取りが終わったことを察した遠藤はドアの錠前のロックを解き、扉を開けた。
「少尉殿の墓を荒らしている気分になるが、さっさと始めるぞ」
「おぉー」
遠藤は他の隊員のやる気を促すように声を掛ける。すると皆は気怠い意志を見せるように答えた。
先陣を切るように、アイラは空元気を出しながら部屋へと入り込んだ。
「そんじゃ、お邪魔しまーす」
彼女に続き続々と隊員達はバトラの部屋の中へと入り込んでいく。
何も飾り気のない質素な玄関。以前来た時と全く変わっていなかった。
ん? あちこち掃除されている気が…
礼二が最後に来た時はどうだったかは覚えていないが、掃除されていると思わせるぐらいに埃は立っていなかった。
部隊の面々は玄関で靴を脱ぐ。目を伏せて何もやる気が感じられないチェインを殿にすると、1人1人室内に入っていった。
「ハン三等兵、扉を閉めてくれ」
「了解」
全員室内に入ったことを確認すると、チェインは音を立てないように扉を閉めた。
室内は真っ暗で、何も見えない。窓手前に付いたカーテンから漏れた光だけが視界の助けとなっていた。
「どこか、電気を付けるスイッチは無いか?」
部隊全体で全面に居る遠藤は近くにある壁を伝うように手を這わせるものの、何も見つからない様子だった。何処にあるのだろうか。
本来、兵舎部屋の構造はほとんどが同じだ。
それを分かっている遠藤は、普段自分が電気を付ける要領で手を這わせている様子だが、全く電気の付く気配が無い。恐らくバトラ自身がスイッチの配置を変えている可能性がある。
礼二が考察している内に、パッと頭上から光を浴びせられた。
「眩しいな…どこからだ?」
「何故かこんなところにあったぞ」
声は礼二の前にいるミハエルから聞こえた。
彼の居る方向に顔を向けると、電気のスイッチが礼二の部屋とは異なる場所にあったことに気が付いた。ミハエルは溜息をつきながら「何でこんなところにあるんだろ」と呟いた。
兵舎に入って間もない礼二には分からないが、他の部屋の構造と明らかに違っているらしい。
「まさか…ここも隠し部屋があるなんてことは無いよね?」
「そんなまさか…」
アイラが1つの可能性を示唆すると、ミハエルはあり得ないと言わんばかりに含み笑いをしていた。
そんな最中、部屋の中でカシャンと何かが動いたような音が響いた。
「ん、何か音が聞こえたぞ。各位、家全体を散策せよ」
「了解」
部隊の面々1人1人が辺り一帯に散らばった。
まさか。隠し部屋なんてあるわけが…
しばらくすると――
「怪しいもの見つけたぞー」
ミハエルの声が響き渡った。全員彼の居るところに集まり始めた。
「何処で見つけた?」
「押入れの中」
ミハエルは押入れの下段を指差した。
そこには如何にも宝箱の姿をした箱がぽつんと置いてあった。
「如何にも重要なもの入ってますって感じだな…」
遠藤は宝箱付近に何らかの仕掛けが無いかを確認する。安全を確信した時、彼は両手を箱の両側へと伸ばす。
「よし、開けるぞ」
慎重に…慎重に…
遠藤はゆっくりと箱の上側を開ける。
「なんだこれは?」
箱を覗いた遠藤は驚いたような声を漏らしながら体を退かせた。
他の隊員の前に現れた箱の中には1つの封筒があった。
「中も見てみるか」
アイラはスッと手を伸ばして封筒に触れる。
こういう物は触れた途端に何か起きるものだと思っていたが、この封筒に何かが仕込まれている様子は無かった。
「これは…」
「どうした。何か見つけたのか?」
箱の中身が何なのか確認できず後ろから覗いてみると、そこには3枚の紙があった。
それぞれ2つに折られてあったそれを、アイラは全て開いて見せた。
見えたのは何かの図面とスケジュール表、手紙のようだった。
「この図面は…あっ! 修練の島の全体見取り図じゃ…」
「それにこれは最近の予定を含めたスケジュール表みたいだな」
どんな感じに書かれているんだろうと紙に書かれていた内容を見る。
リディ・マッケンジーに図面を送る。病院に搬送された彼を殺す等とおおまかであるが、バトラが行おうとしていたことが記載されていた。
あの日病院に行こうとしていたのは予定通りに進めるためだったのか…
予想よりも計画的で、事前に練られていた計画であったことにショックを受けた。
感情的にざっくりとやってしまったわけでは無い。前々から軍を裏切ろうとしていたのだ。
彼が帝国に対しての働きを、彼自身の行動を全て裏切るような行為に切なさを感じた。
少尉、あなたは自身の行いを全て投げ捨てるようなことを行っています。本当にこれで良かったのでしょうか?
◇ ◇
数時間後、最初に見つけた箱以外で証拠らしき物は見つからなかった。
彼が裏切りに以前から荷担していたことが分かったが、ダンテやあの日見た老魔術師との関係性が推し量れる物は見つからなかった。
「ふむ、これで少尉殿は黒だったと言うことだ。残念だ」
遠藤は調査結果を受け止めるためなのか、自分に言い聞かせるように呟いた。
彼の呟きの後から言葉は続かなかった。
全員この現実を突きつけられるのが嫌だったのだろう。
認めたくないものからは目を背け、自分にとって良い現実を受け止める。魔術師だろうがそうでなかろうが、本質的には人間と一緒だ。
10分程同じようにだんまりしていると―――
「仕事は終わりだ。収穫したものを部署に持って帰るぞ」
遠藤が終わりを告げると、隊員達はずらずらと部屋の中から出ていく。
哀愁集うように、部屋の中は蛻の殻となった。
◇ ◇
日本帝国軍取調室。
ここでは軍で捕まえた参考人等から話を聞き出すために使われる部屋である。
特殊部隊の面々がバトラの家をかぎまわっている間、クロードは紅蓮の猟団団長・アインに事情聴取を行っていた。
「いい加減吐いてくれないものかね?」
「そう言われても知らないものには知らんとしか答えられないだろ」
机を挟む形で2人の間にバチバチと火花が咲く。
クロードに付いてきた監視兵は、アインとクロード間から漂う悍ましい殺気に怯えていた。
「そこの兵士、これだけでビビってるのか?」
アインは監視兵を嘲笑うように尋ねる。
するとクロードは間髪入れずに右手をドンッと机に叩きつけた。叩きつけたところには、彼がどれだけの力を入れたのかが分かるくらいに凹んでいた。
「うちの兵士をいびらないでくれ。また殴られたいか?」
クロードの右手からパチパチと放電する音が微かに響く。
「いや冗談じゃない。控えてくれ」
あんなパンチはもう受けたくない。
自身が捕まった時の状況がフラッシュバックされたのか、アインは冷や汗をかいた。
普段から危険な戦場を渡り歩いている彼であっても、自身が死にかけた一撃を再び浴びそうになるというのは動揺したのだろう。
「どの口が言うか」
今は劣勢な状態であるが、アインは内心クロードを殺してやりたいと思っていた。
特殊部隊と呼ばれた隊員達を最初に相手していた時は、こちらの戦力だけでも圧倒できる程だった。
しかし、この男が前線に出てから全て変わってしまった。
他の者達ではあまり手傷を負わせられることの無かった自分らの部隊でも彼1人の手によって、仲間数名が重傷を負う羽目になってしまった。
1人1人の能力は高く連携も取れる。
最高の仲間達だったのに、この男は自身の肉体と殺しに特化した魔術で壊滅に追い込んだ。
次元が違う。
礼二がアインに感じた感情と同様に、アインもクロードの戦闘能力の違いに呆気を取られていた。
全力で振り切った剣を鎖帷子があるとはいえ腕で止められるものか?
猟団内でも一番早い・目が良いと自負しているはずなのに、あの男の動きは目で追いきれなかった。
アインの実力よりもクロードの方が何段階も上回っていることは、捕まった時にはっきりと分かっていた。こんな男を激情させてしまえば死に繋がる可能性が高い。
冷静に立ち回らなければならない。
「知らないものは知らない。あんた相手に黙ってても、ただ痛い目を見るだけだろうからな」
「ふむ。確かに私の恐ろしさを目の当たりにしたわけだからな。黙るなんて余程のマゾで無い限りは無いだろう」
クロードは自身に抱かれている脅威について自慢気に語る。
相手に反抗の意思を無くすための対応だ。
しかし、アインは先程よりも全く動じる気配がない。
むしろ有利な状況に立って笑うクロードに対して、含み笑いをしている様子だった。
「何がおかしい?」
「こんな呑気なことをやっているぐらいならさ、自分達が守る町を防衛しようぜ」
アインは頬を緩ませながらクロードに忠告する。
「そうするために貴様からの情報提供を待っているのだ」
コイツは何を言っているんだ? 今この状況で忠告できるようなことなんて無いはずなのに。
クロードは疑問に思う。
何故アインはわざわざこんなことを言っているのか。
先程まで自分を恐れていたはずなのに何故急に笑う程の余裕ができる? 恐れすぎて壊れてしまったのか?
あらゆる可能性を探っていると、軍服の胸ポケットにしまっていた携帯端末が鳴りだした。
尋問の流れは出来るだけ変えたくない。通信係の者には緊急時以外には連絡しないように伝えているはず。連絡が来るということは、今が緊急時にあたるのだろう。何故こんなタイミングに。
「出たらどうだい」
アインは嬉しそうにクロードに尋ねる。
とても苛立つ。奴は何故こんなにも楽しそうにしているのだ。
「はい、私だ」
クロードはアインの言う通りに動くのが嫌なのか、不機嫌そうに電話に出た。
「なんだと…それはどういうことだ!?」
彼は予想外と言わんばかりの声を上げながら戸惑い始める。
確かに緊急事態だった。何故こんな時に…
クロードは考える。
今自分が離れてしまえば、この男は再び息を吹き返す。
最初のインパクトで与えた恐怖感を薄れさせてしまう恐れがある。
今の状況を上手く使いたい。ならば考えは一つ。
「中尉、すまないが今回の指揮は君に任せて良いだろうか?
私は目の前のひねくれ者を調教しなければならない」
受話器越しに居るであろう人物に指揮権を譲った。
彼女なら問題は無い。ずっと自分に付き添ってきた人物だ。
最善の指揮をしてくれるだろう。
「うむ、頼んだ。本当に危ない時はまた連絡をくれ」
相手との話を終えると、クロードは通話を切った。
「おや、行かないのかな?」
「お前の目論見通りに動くつもりはないさ。貴様らの目的、洗いざらい吐いて貰おうか」
クロードは楽しそうにアインを見つめる。
どのようにして彼を服従させるのか。どうすれば彼が情報を吐いてくれるのか。
頭の中でシミュレーションしているだけでも楽しい。
クロードは力強く拳を握り締める。目の前の男をどのように料理して情報を吐かせるのか、どのような手段なら情報を吐くのかと様々な考えを巡らせていた。
◇ ◇
エリゼ・ライン中尉から出動の指示を受けた特殊部隊の面々は、ミハエルを基地に残して要請地点へと向かっていた。
作戦行動前の装甲車内は精神を落ち着かせるためにアイラや遠藤が談笑を進んでしていたが、今回だけは少し違って見えた。
「あの…お二方…?」
遠藤とアイラは互いに車の両端に座り、何も話す気配が無い。
間にはチェインが座っており、彼自身も誰とも話す気力が無い様子だった。
全員の反応から察するに、バトラが軍に対して裏切りが確定した事実を受け止められずにいるように感じられた。
恐らく全員はバトラ・クラインからいろんなものを得ていたのだろう。恩人でもあり国を守る仲間でもある彼が裏切りを働いたという事実は、皆の心に大きな傷跡を付けていったのかもしれない。
そう考える礼二自身もそうだ。
あの日バトラと会ったことは衝撃であったし、彼の口から自白の言葉を聞き、ついには目の前で殺されてしまっている。
この世界で生き残れるようにしてくれた恩人の死、同時に裏切りを目の当たりにした瞬間なんて酷くショックを受けた。
しかし実際は目の前に強大な敵が居たから感傷に浸っている暇なんて無かったが、いざ戦いが終われば自然と気分が消沈していくのを感じ取れた。
バトラ・クラインという男の存在は大きい。
例え軍の上層部が良く見ていなかったとしても、特殊部隊の面々にとっては彼は父や先生のような存在だった。
大きな支えを失ってしまった今、この部隊はどうなってしまうのだろう。
礼二は部隊の今後について考え始める。
亡くなった人間のことを考え続けるのは仕方がない。
十分に感傷に浸った後、また前を向き続けなければならない。いや、そうであるべきなのだ。
だから礼二は前を向くことに決めた。
例え誰が何を言おうと挫けるつもりは無い。
前を向け。前を向くんだ。そう心に決めた。
◇ ◇
数十分後。
現場にいつ出るのだろう、今か今かと待ち続けていると唐突に車内が大きく揺れ出した。
全員身構えていなかったのか、装甲車内で一斉によろめいた。
「な、何があった!?」
真っ先に声を上げたのは遠藤。
彼は運転席に身を乗り出して状況を確認する。
「これは一体…?」
「私も分かりません。ただ、この道にはこんなデカい柱なんて無かったはずです」
遠藤と運転手は驚いたような声を上げた。
礼二も遠藤の体と運転席の隙間から覗いてみる。
装甲車の前に広がっていたのは、大きな柱が横に並べるように立っている様子だった。
「んー…向こう側に居る奴が意図的に作ったのかねぇ」
アイラはヤル気なさそうに現状を予測する。
急に見覚えの無い柱が建つ訳がない。
魔術、または似た類の何かが関係している可能性が高い。
礼二は本能的に察した。
柱に意識を集中していると、奥から人々が騒ぎだす声が聞こえた。
「なんだ今の声…?」
「ダーク、あんたも聞こえたのか」
礼二は疑問を抱くように呟くと、アイラも同様の声が聞こえた様子だった。
耳に意識を集中させて悲鳴の数を数えてみると、柱の奥には多数の人が閉じ込められているように感じられた。
「奥で何か起きていそうだな」
遠藤は目標を見定めるように正面を見ながら口を開いた。
数秒だけ考えると、彼は決心するように―――
「奥まで行ってみるか。何が起きているのか気になるな」
「そうした方がいいね」
行動方針は遠藤とアイラの2人によって決められた。
下の階級に居るチェイン、礼二、レイチェルには決定権など無い。
「要請地点から少し離れているが、ここからは様子を見ながら歩いて行こう。皆行くぞ」
「「はい」」
遠藤の先導で5人は柱の奥まで探索に出向くこととなった。
◇ ◇
「とても…奇妙な感覚を覚えるな…」
遠藤の呟きに、礼二も「同感だ」と内心頷いた。
紺色に染まった無数の柱の奥には、赤黒く染まった世界があった。
入った瞬間、少量の異物が体に入っていくような感覚を覚えた。礼二は自分達は何らかの結界の中に入り込んだのではないかと察した。
「分かっていると思うが、常時警戒体制をとれ。相手が何をしてくるかは分からんからな」
遠藤は残りの4人に指示をする。
彼以外の4人は、もう分かっていると言わんばかりに自身の得物を外界に出して構えていた。
「本当になんなのここは…?」
「よく見る人払いの結界のようなものね。結界張ってるのに何であんな大きな柱があったのかは気になるけど」
アイラが不安そうに呟くと、説明するようにレイチェルは口を開いた。
レイチェルでもこの魔術についてはよく分かっていないらしい。
彼女が分からないということは、この魔術自体は術者のオリジナルなのかもしれない。
周りに張られている魔術の正体が何にせよ、先に進まなければ何も分からない。進むしか無いのだ。
「おい、何か生臭くないか?」
先に進んでいくと、遠藤が唐突に皆に尋ねる。
「あ、何なんでしょう? 何か腐ったような臭い」
遠藤の言葉に反応するように、チェインもまた別の感想を訴えてきた。
礼二もクンクンと臭いを嗅いでみると、何かが腐った匂いを感じ取った。
この先には一体何があるんだ…
嫌な予感を感じながらも前を進む。
さらに数分ほど歩くと細道もやがては広がり、ついには周囲の状態も把握することができるようになってきた。
広まった道の周辺を改めて見ても、周囲は紺色の柱だらけ。付近の建物はどうなってしまったんだろうと思わせる程に柱で埋もれていた。
「なんだこれは…?」
先頭を歩いていた遠藤は眉間に皺を寄せる。
「何を見たのだろう」と礼二も彼の後ろから状況を確認する。
なんだよこれ…!?
目の前に広がっていたのは体の至るところが裂かれた人間の死体。
ここで惨劇があったのかと思うと心が痛ましい。ふと初めて魔獣と戦ったことを思い出した。
「うっぷ…!」
魔獣の被害によって肉塊へと変貌した人間だったものたちを見るのは慣れてしまったが、見慣れない体の断面が露わになっているところ、断面から出てくる内臓や流れ出た血の混じった臭い。
あまりにも衝撃な臭いと光景に、礼二は強烈な吐き気を感じた。
「ダーク、大丈夫?」
「あ、あぁ…」
見せ掛けでも大丈夫そうに振る舞いたかったが、今の礼二にはそんな余裕なんて無い。
やはり慣れない。人だった肉塊が入り乱れる光景を目の当たりにするのは。
魔獣による被害を少なくさせたいという願いからこの仕事に就いたが、未だ被害に遭っている人が居ると思うと心が痛くなる。自分は力になれているのだろうか。人を助けることが出来ているのだろうか。
いろいろなことを考えるようになり、顔を俯かせていると―――
「ダーク、今は任務に集中しろ」
前に居たはずのアイラに注意を受けた。
「すみません」
「考えることは悪いことではないさ。ただ、中途半端に考えててもしものことなんてのは無しにしてくれよ?」
アイラは真剣な眼差しで礼二を見つめる。
顔見知り、仲間として、生きている人間としてのお願いのように聞こえた。
言葉は冷たく聞こえるかもしれないが、彼女としては礼二を含めた特殊部隊の隊員の身が心配なのだろう。
「大丈夫です。ありがとうございます」
アイラに礼を言うと、礼二は前を歩き続けることに決めた。
「とりあえず何があったのかを見ていこう。足元には気を付けろ」
遠藤の指示で特殊部隊の面々はバラバラになった死体に近付くことになった。
辺り一帯に広がる血の海を視界に入れないようにしながら警戒し続ける。
目に入れないとは言え、血の匂いが常時鼻に突くようになっているせいか気になって仕方がない。
数分程探していると、礼二達に迫りくる風切音が1つ聞こえた。
「!?」
気配を感じて振り返ると、そこには1体の魔獣が迫っていた。
「散会しろ!」
遠藤は咄嗟に他の隊員に危険を知らせた。
1人1人が違う方向に散り、次の魔獣の接近に備えた。
「ちょっと…これは冗談じゃないわね…」
アイラの向いている方向の先には10体程の魔獣の姿。現れるにはタイミングが良すぎる。魔獣側はタイミングを見計らっていたのかもしれない。
「どちらにせよ奴等は狩らなければいけない奴等だ。気を引き締めろ!」
「「了解!」」
部隊の面々が気を引き締めた途端、1匹の魔獣が礼二に向かって迫り来る。
それに気付いた礼二は咄嗟に剣を虚空から取り出して斬りつける。1体目を処理したところに新たな魔獣が続々と姿を現していた。
「数多過ぎませんか!?」
「何なのこれ…」
珍しく慌てるチェインから貰うように、レイチェルも動揺しているようだ。改めて魔獣の数を数えてみると30体を超えている。あまりにも多すぎる。
気が付けば5人は魔獣の群れに囲まれてしまっていた。
「ちっ…キリが無い…」
魔獣が正面に埋まっているせいか自然と後ろに移動してしまう。結果、部隊の面々は互いに背中合わせで魔獣と対峙することとなってしまっていた。
「どうするよ曹長?」
「無理矢理にでも一点突破を仕掛けるしかないな…」
遠藤は呟く。
彼が呟いた途端、魔獣の2匹が彼に迫りかかった。
「ちっ、私が―――」
「いやいい」
近づく魔獣は遠藤が精製した魔防壁によって弾き飛ばされた。
飛ばされた魔獣が群れに突っ込んでいくことによって隊列が乱れ、自然と包囲網が1ヵ所だけ崩れた。
「軍曹、敵陣に斬り込め!」
「お、おう!」
突然の指示に戸惑うアイラだったが、遠藤の意図を理解してすぐさま正面を走り始める。
途中、彼女に襲い掛かる魔獣の姿があったが、それは全て遠藤の放つ魔術によって凪ぎ払われた。
魔獣の群れを突破した彼女は前を進み続ける。
「行ったか」
「副隊長! これからどうなるんですか私たち!?」
包囲網から1人居なくなり、1人当たりが相手にする魔獣の数が増える。今いる隊員の負担が更に増しているのは明らかだった。
「大丈夫だ。軍曹なら早めにやってくれる」
何故遠藤は焦っていないのか分からなかったが、彼の意図は数秒経った後に理解できた。
「ぐぅわぇああああ!!」
アイラが突撃していった方向から魔獣の鳴き声が聞こえる。
目を凝らして奥を見てみると、魔獣の群れから微かに何かが飛び散っている様子が目に映った。
「そういうことか!」
アイラだ。
4人も人の集まる場所に多数の魔獣が意識を裂かれている間に彼女は、目を向けなかった魔獣に不意打ちを仕掛けていったのだ。
正面でやり合えば防戦一方になりやすいが、不意を突けば攻戦一方にできる可能性が生まれる。防御よりも攻撃することが得意な彼女にとっては一番良い状況である。
気が付けば魔獣の大群は彼女の連撃によってどんどん数を減らされていく。ついには残していった隊員の顔まで見えるくらいに魔獣を狩っていた。
「お待たせ。あまり負担掛けさせないようにしたよ!」
アイラは1度4人の元に戻ると、目を見開きながら頬を緩ませる。
自分が一方的に攻める状況を楽しみながら味方を助けることができて喜んでいるように見えた。
「よくやった軍曹、引き続き奥の魔獣共を狩ってきてくれ」
「あいよ!」
アイラは再び魔獣の群れへと上空から攻め込んでいく。
その様はまるで遊園地に行く子供のようにはしゃいでいて、命のやり取りをしているのだと感じさせない程に楽しんでいるように見えた。
「くっ…」
遠藤、礼二、レイチェルから少し前に出て魔獣の攻めを多く受けていたチェインは、生身で避け続けることが叶わず、ついには魔防壁を展開した。
「よくやった三等兵。後は私がやる」
遠藤は疲れているチェインの前に立ち、新たな魔防壁を展開する。
そして彼は何か詠唱を口ずさんでいた。
「断罪の炎よ…我憎む対象を焦がせ、業火滅却」
正面に並ぶ魔獣の足元に魔法陣が浮き上がる。
それが魔獣全ての足元に浮き上がると、青白い炎柱が建った。
炎はすぐに止み、体丸ごと包まれた魔獣は形を失くして炭となっていた。
「うっわえげつな…」
「奴等を狩る役目の人が言うセリフかしら」
あまりにも残酷な処理のされ方に礼二は憐れみを漏らすと、レイチェルが呆れながら口を開く。
炎に包まれて炭にされてしまうなんて、どんな気持ちなのだろう。炭にされた段階で気持ちも何も無い気はする。
ふと魔獣の体が焼けた臭いが鼻につく。
気が付けば焼けた臭いは鼻を抑えたくなるくらいに濃く感じ、異臭は辺り一帯に充満していった。
[おい、皆早くこっちに来てくれ! これはマズイぞ!]
念話でアイラの声が大きく響いた。
彼女は焦るような声色で現場に居る隊員に訴える。
[どうした軍曹?]
[魔獣が…魔獣がここで生まれてる!?]
「なんだと…!?」
念話にも関わらず遠藤はうっかり声を漏らす。
礼二にはアイラの言っていることが理解できなかった。
魔獣がこの世界で生まれている?
魔獣は本来、魔界で生まれてこの世界に来ている生物だ。
この世界では生態系なんて無いし、実態等もろもろは不明である。
まさかこんなところで魔獣が生まれているなんて誰も思わない。
[軍曹はそこで待機。私たちはこれから向かう]
[了解]
遠藤は念話を通じてアイラに行動方針を伝えた。
彼は先程までの動揺を何処か隠すように体裁を整えると―――
「3人共、軍曹の居るところまで向かおう
そして、魔獣を根絶やしにする」
新たに指示を出した。
魔獣が生まれているのなら、元を根絶やしにしてしまえば魔獣達による被害は高確率で少なくなる。
母体と呼ばれる存在があるのなら、必ず駆逐してやる。
礼二は胸に誓った。失敗ばかりの自分に。
これ以上、被害は生みたくないと。




