5-4.チェインの過去
15年前。
当時6歳だったチェイン・ハンは、家に1人残された形で両親に捨てられていた。
残されて1日経った頃に保護員に助けられ、行き場の無い子供たちとして児童施設へと引き取られていた。
なんで僕はこんなところに居るんだろう。
当時のチェインは、自分の居場所に疑問を抱いていた。
何故1人で家に居たのか。何故、父と母は帰ってこなかったのか。
端から見れば、捨てられたことが想像できる状況であったが、この事実を簡単に認められる子供は居る訳が無い。
嘘であって欲しい。きっと父と母は、自分を迎えに来てくれるに違いない。
しかし、彼の両親は1年経っても来ることは無かった。
チェイン・ハンは、自身が両親に捨てられた事実を認めざる負えなくなった。
自分には親も居ない。目の前に広がる同年代の子供たちと、面倒を見てくれる保護員の人達が自分にとって家族のような存在になるのだと。
そう思い、辛くも苦しいこの状況を耐え抜こうと考えていた。
彼が捨てられて1年が経過する。
施設での生活に慣れ、周りの子供達とも仲良く過ごせるようになった頃、ようやく築けるようになってきた日常は唐突に崩れた。
◇ ◇
保護施設内の時間割として、昼寝時間が設けられていた。
この時間帯では保護されている子供達に昼寝をさせるためのものであり、チェインを含めた子供達は全員寝床に就いていた。
その日の午前中はいっぱい遊び過ぎたからか、午後の昼寝時間には子供達の寝息がすぐさま響き渡るようになっていた。
そんな中、寝息から上乗せするようにガタゴトと騒がしい音が微かに聞こえた。
「辞めてください! 子供達だけは…あっ…!」
保護員による制止の声が1発の銃声で止められた。
そして、背筋の凍る大きな音に反応するように、寝ていた子供達は続々と起き始めた。
「なぁにぃ…」
「うぅ…」
子供達は眠気眼を擦りながら上半身を起こし始める。
チェインも他の子供達と同じように起き、何が起きているのかを見届けようとしていた。
「ほぉ…ガキ共が一杯居るじゃないか。こんぐらい居ればクライアントも喜ぶだろうよ」
「おじちゃんだぁれ?」
「おじちゃんは、君達に新しい住処を案内するために来たんだよ~」
おじさんは笑顔で子供達に施設の外に出るよう促しす。
誰だろうこの人たち。さっき響いた大きい音も気になるし、目の前のおじさんたちは全く見覚えが無い。
「ちょっとあなたたち! 子供達を何処に連れて行くんです…かっ!」
状況の異変に気が付いた別の保護員がおじさんの元に向かうも、手に持っていたらしい自動小銃で撃たれてしまった。
保護員は成す術もなく膝を崩し、体全体が仰向けになるように倒れた。
「おねぇちゃん! おねえちゃん!」
子供の1人が動かなくなった保護員の元へと向かっていく。
背中や手に触れても女性は全く動くこともなく、彼女の周囲に広まっていく血を見て顔を青ざめていった。
「ねぇ、おねぇちゃんに何したの!? ルルのおねぇちゃんを…ひっ…!」
パァンと子供の頭一つ先の地点、死んでいる女性の体におじさんは鉛弾を浴びせた。
彼は自身の右手に持っていた銃器を子供達の目の前に見せた。
「皆言うこと聞かないと、こっちで寝ているおねぇちゃんと同じようになっちゃうぞー。おじさん達の話は聞いた方が良いぞ☆」
人殺しを楽しむような愉快な声。
いつでも人殺しが出来ることへの悦びを表すような笑顔だった。
自分は完全に優位に立ち、下に居る者を見下すような雰囲気。人権を何も考えない下衆さが窺えた。
当時、子供だったチェインからでも目の前の大人がどんな人間であるかは察した。
この男はヤバい。どこかがおかしい。
本能的に悟っていた。
他の子供たちも同じように察していたからか、チェイン以外の子供達もおじさんの言う通りに行動を共にした。
施設の外に停めてあった車の中に入ると、唐突に眠気がチェインを襲った。
ぐらりぐらりと消えゆく意識の中、他の子供達も自分と同様に眠りに更けていく姿が見えた。
◇ ◇
目を覚ますと、そこには内装材の無いコンクリートの天井が広がっていた。
ここは何処だろう…?
車の中に入った時から全く記憶が無い。
記憶を辿っていると、車に乗せられた瞬間に眠ってしまったことを思い出した。恐らくその間に体ごと移動させられたのだろう。
チェインは体を起こして辺りを見渡す。
同じ部屋には彼以外に4人の子供がおり、1人1人ベッドが設けられている様子だった。
施設で過ごしてきてベッドという存在を知らない子供達は、自分達がベッドの上で寝ていたことを知って喜んでいた。
「これ、ベッドだ!」
「わぁ…凄く気持ちいい!」
チェイン自身もベッドのある環境で育っていなかったから、他の子供達同様にベッドの上で寝ることに喜びを感じていた。
しかし、自分達が何故この場所に移動させられたのかが分からず、不安になる気持ちの方が強かった。
不安から逃れようと耳を塞いでいると、ガチャガチャとドアノブに手を掛ける音が聞こえた。
どこかも分からない場所で誰が来るというのだろうか。
唐突に響く金属音に、チェインを含めた子供達は騒ぐのを辞めた。
外から小さな金属がぶつかり合い、ドアの鍵が開けられる音が聞こえた。
「おい1番、こっちに来い」
そう言いながら一人の男が部屋に入ってくる。
男は特徴の無い紺色の作業服を着ていて、頭には作業服と同じ色のフードを被っていた。
注意深く見なくとも怪しい人物ではあるが、服装も相まって怪しさが増していた。
「1番ってだぁれ?」
扉の近くに居た子供が問いかける。
子供の名前なのか、何かの識別番号なのか。
『1番』という名前を付けるとは思えない。大方、認識番号として呼んでいるものだろう。
「お前達の腕輪に付いている番号のことだ。1番は誰だ?」
男は尋ねた子供に見向きもせず、真っ直ぐに見つめながら答える。
その様子が不気味に感じたチェインは、彼の姿を見ないようにと体を壁に向け続けた。
「あっ、僕だ」
1人の子供が声を挙げて周りに知らせた。
丸みの帯びた輪郭に細い目。
人の気持ちの分かる優しい子供のように見えた。
何が起きるか分からないのに、見知らぬ人にそんな情報を教えて良いのだろうか。
チェインは頭の中で迂闊な子供に罵倒する。
所詮は子供だ。リスクなんて考えない。ただ自分の欲に従うだけ。
それを言えば僕も子供な訳だけど。
男は「僕だ」と宣言した子供の元に歩み寄り、その子の腕を取った。
彼は腕をがっしりと掴みながら凝視する。
子供の言っていることが確かなことであるかを確認すると―――
「お前、おじさんと一緒に来るんだ」
「えっ、何処に連れてってくれるの?」
子供は間髪入れずに尋ねる。
なんて反応速度だろうか。自分達がよく分からない人たちに連れられたことを忘れているのだろうか。
あのキラキラした笑顔には何も疑っていない様子だった。
あまりにも無防備すぎる。怖すぎ。
男は答えるのに困ったのか、うーんと唸りながらモミアゲを搔き始める。何も考えてこなかったようだ。
「楽園だ。きっと気に入るさ」
「らくえん? 何それ?」
「楽しいところだよ。まずは一番のお前から体験させてやる」
そんな分かりやすい嘘は誰も信じるとは思えない。
今の間といい、楽園の控室とは程遠いむき出しのコンクリート部屋に叩き込まれている現状で楽園に連れて行ってくれると本当に思わせられるだろうか。
「えー、ルリも行きたーい」
それは予想外なことに1人の少女は信じてしまったようだ。
「俺も俺も」
男の返事を聞いた子供達は、先程の警戒心が無かったかのような反応をしていた。
警戒心は何処へ行った? 怪しさ丸出しのこの男を簡単に信用してしまって良いのか?
他の子供はどのように考えているか分からないが、自分にとって良い方向に考えたいという意思が働いているのだろう。それが例え嘘であったにしても。
親もおらず、不便の多い施設暮らし。
楽園という言葉に弱いのかもしれない。
1人の子供が楽園の存在を信じ、他の子供も同じように自分が1番であることを名乗り出始めた。
しかし、男は本物の1番の背中を押しながらチェインたちの居る部屋から出て行った。
「ちぇっ、あいつだけかよ。つまんないのー」
「いいなー」
無理矢理連れていかれる当の本人以外は羨ましがっている様子。
正直なところ、こんなところに来て羨ましがるという感情は全く生まれていない。
何故なら、この場所に連れて来られるにあたって何人の保護員が犠牲になっているのか気になっているからだ。
自分達を守ろうと銃殺された保護員の存在を思い出す。
頭から弾丸を受け、中身を飛び散らせた姿。子供の目から見ればトラウマものだ。
自分達を育てていた保護員が目の前で殺されて、事実から目を背けようとしているのかもしれない。
チェインは周りにいる子供達の闇を察しながら、これから自分達に何が起きるのかが分からずずっと怯え続けるほかなかった。
◇ ◇
1人の子供が部屋から連れ出されて数日が経過した。
連れ出された子以外の子供達はそのまま部屋の中におり、ずっと同じ部屋で生活をしていた。
自由が制限されている状態だが、毎日3食は付いてくる。
食事自体は粗末なものでは無く、ちゃんと栄養管理の行われているものであるように伺えた。
あの子どうしたんだろ…
部屋から連れ出された子があの日以来帰ってきていない。
何があったのだろうかと子供達が不安に感じてきた頃、食事を運ぶ時以外では開かれない扉が開いた。
「おい2番。部屋から出ろ」
1人目の子供が部屋から連れ出された時にやってきた男だ。
男の声に反応するように、部屋の中に居た子供達の顔が一斉に彼の居る方向に振り向かれた。
「おい、サトシはどうしたんだよ」
唐突に叫んだのは坊主頭で、曇りのない純粋な瞳を持った少年だった。
彼は怒りを抱えながら男の元へと向かって行った。
「ん、サトシ? 知らないな。誰だそいつ?」
「お前が連れてった奴だよ! 今どうしてるんだよ!」
男は少し首を傾げると、思い出したように目を大きく見開く。
「あぁ…1人連れてったな確か。あいつはサトシじゃない。1番だ」
「1番じゃない! サトシだ!」
必死に訴える少年に苛立ちを感じたのか、いつの間にか男のこめかみに血管が浮き出ていた。
「俺が1番だと言えばアイツは1番だ! そしてテメェは2番だ!」
男は辺りに怒り散らすと、坊主頭の少年の腕を捕まえる。
少年は抵抗するように暴れたが、頬に1発拳を与えられて気絶した。
少年に続いて騒いでいた子供達であったが、少年に対する男の態度を見て急におとなしくなった。それは無理もない。誰も痛い目を見たくないからだ。
「じゃあなお前ら。ここでおとなしく俺の帰りを待ってるんだな」
男はそう言いながら、子供達の居る部屋から出て行った。
◇ ◇
2番と呼ばれた少年は、1番と同様に数日経っても戻ってくることは無かった。
連れていかれる時に威勢が良かったはずなのに何もなく、怪しい男も食事を運びに来る時でしか部屋に入って来ない。
彼はどうなったのだろうか。
チェインは連れて行かれた少年の安否が気になって仕方が無かった。
今後自分がどうなってしまうのか。連れて行かれたとしても安全な環境で生きているのか不安なのである。
「ねぇ…あの子まで戻ってこないんだけど…私たちどうなるのかな…」
「ママァ…ママァ…」
子供達は自分達の置かれている状況に不安を抱いている様子。
最初ここに連れて来られた時との態度は真逆だ。
いずれ自分も同じ目に遭うのだろうと想像して怖がっているのかもしれない。
僕はここで何をされるのだろう…もうここから出ることはできないのかな…?
部屋の中ではチェインを含めた子供達の啜り泣く声が鳴り響く日もあれば、泣き疲れて静まり返る日があったりと騒々しさに違いがあった。
そして今日は疲れも取れて再び泣き続ける日のようだ。
今の状況下で後ろ向きな考えが無いとは言い切れないが、子供達のむせび泣く雰囲気は気分を更に負の方向に進めてしまう。現実から目を背けるようにチェインは両手で耳を塞いだ。
嫌だ。こんな生活はもう嫌だ。
今も変わらず美味しい食事が運ばれてくるが、あの日以来はあまりの不安に食事が喉を通らない。
不安に押し潰され、生きる気力も失い始めていた。
ふと、ガチャリとドアノブを動かす音が聞こえた。
扉が小さく開かれると――
「3番、ここから出ていいぞ」
そう言いながら男が部屋の中に入ってきた。
3番と呼ばれた子供は手入れを怠ってボサついた長髪で、外に出ることを嫌ったように感じられる白い肌を持った少女だった。
彼女もまた、チェインと同じように両手で耳を塞ぎながら今をやり過ごそうとしていた。
「おい3番、返事をしろ」
男から見れば、子供達の誰が3番に当たるのかが分からないようだ。
本能的にそれを察した子供達は、自分の番号を言わずにこの場をやり過ごそうとしていた。
部屋の中が沈黙に包まれる。
子供達の意思を察した男は溜息を付く。
「お前らの中から3番が見つからないとな」
男は背中に手を回し、何かを取り出す。
「お前らを殺って良いって言われてるんだよなぁ」
彼の手には拳銃が握られていた。銃口を部屋の壁に向けて引き金を引いた。
刹那、銃声と共に壁の一部が崩れる音が響く。
壁が少し砕けた音に続くように、飛び出した空薬莢が床に落ちた。
しーんと辺り一帯が静まり返る。騒いでいた子供達は発砲音に驚きながらゆっくりと銃口の先に顔を向けた。
「探せ。3番を見つけたら生かしてやる」
この言葉を聞いた子供達は一瞬だけおとなしくなったが、何をすれば良いかを理解した途端に自分の腕の裏を見せ始めた。
「俺、5番です」
「私6番」
「僕は4番…」
自分の番号を名乗っていないのは、チェインと俯いた少女の2人だけ。
3人は怯えながら2人を交互に見た。
「なぁ…お前らの番号も見せろよ…」
残酷だ。こうやって番号が炙り出されるのは、魔女裁判を受けている気分になる。
チェインの番号は7番だ。
部屋から連れ出されるのは最後になるが、できるだけ誰かを犠牲になんて考えたくはない。
どうやって乗り越えようかと考えると――
「なぁ、見せろよ! 俺らも殺されるんだぞ!」
5番と番号の付けられた少年はチェインの腕を掴み、腕の裏を自身の顔の前に向けさせた。
「い、痛いって…」
生にしがみつこうとしているのがよく分かる。
5番は今の状況をなんとこ乗り越えようと必死に解決手段を取ろうとしている。
そんな姿を避難しようとは考えていない。むしろこれが当たり前の行動である。
自分が死にそうな状況で救われる条件を提示されたら大概のことを引き受けるものだ。
5番の行動は間違いじゃない。
だが、ここまで生にしがみ付いているところを見ると、酷く愚かに感じてしまう。
「7…番…じゃあ、お前か!」
そう言いながら顔を俯かせたままでいた少女に指を指した。
少女はビクッと体を震わせ、両手で体を抱きしめるように動く。
口を紡ぎ、石のように動かまいとしている様子だった。
「おい何か言えよ! 番号を見せろよ!」
5番の少年は、3番と思わしき少女の腕を強く掴む。
少女は必死に抵抗するが、あまりにも強引な少年の力に抗えなかった。
「3番…お、おじさん! 3番居たよ!」
「よーしでかした。おじさんの手間が省けて嬉しいぞー」
男は部屋の中に入り、5番の少年の頭を撫でた。
そして3番と呼ばれる少女の腕を掴み、力づくで外に出そうとしていた。
「いやだいやだいやだ!」
少女は必死に抵抗する。
「このガキ…」そう言いながら、男は掴んだ腕を銃のグリップで殴り付けた。
「ひっ…!」
少女はあまりの痛みに悶えた。しかしそれでも抵抗は止めない。
抵抗する様子の少女に、男は何度も腕を殴り続けた。
腕は赤く腫れあがるどころか青い痣が出来る程に打ち付けられ、次には顔まで殴り始めていた。
顔を数回殴られると、少女は抵抗しなくなった。
「ジッとしていれば良いんだよ。ジッとしていれば」
男はだらんと垂れる腕を離し、少女の腰に手を添える。
体制を少し整えると、少女をひょいっと持ち上げた。
酷すぎる。なんて酷い暴力なんだろう。
チェインは何もできない自分に恨みを抱こうとした瞬間、あるところが目に入った。
待って、今のアイツは銃を何処にしまっているんだ?
男の後ろ姿を凝視すると、銃は来ているジーンズで挟むようにしまっているのが見えた。
アイツの銃を奪い取ってやれば…
今の男は銃を持っているからこそ脅威になっている。
銃を奪い取ってしまえば勝機が見えてくるというものだ。
そう考えた途端、チェインの体は動いていた。
「そういう考えは甘いねぇ」
不吉な呟きを漏らしたのは男だった。
彼は後ろから接近するチェインの体を強く蹴り、距離を大きく開けさせた。
チェインは痛みに悶えながら男の姿を捉える。
「今度やってみろ。その時は撃ち殺してやる」
あまりの痛みに意識が途切れようとしている。
朦朧とする意識の中で、3番と呼ばれた少女は部屋から連れ出され、扉の閉まる音が強く響いた。
◇ ◇
3番の少女が部屋から連れ出されて翌日。
4番の少年が部屋から連れ出された。
3番の少女も戻らないまますぐに次の子供が連れ出されている様を見ていたからか、部屋から出る際にはかなり抵抗をしていた。
しかし、3番の少女と同様に抵抗がなくなるまで殴られ、気を失いかけたところで連れていかれてしまった。
男の後ろ姿は同じように隙がある状態であったが、とても狙う気にはなれなかった。
失敗してしまえば射殺されてしまう。
成功確率の低い賭けに出てしまうのは、あまりにも危険過ぎる。
そう感じたチェインは、何もできないまま連れ出されていく瞬間をただ見守ることしか出来なかった。
◇ ◇
数週間後、他の子供達もちょくちょく連れ出されて、部屋に残ったのはチェイン1人だけとなった。
最後に連れ出される子供を見てから、出された食事も喉を通らない。
過ぎていく日々が怖かった。これまで出ていった子供達は何処へ行ってしまったのだろう。
最後にあの男が来たときは自分が連れていかれる番だ。
他の子供達が全く戻る気配が無いとなると、何をされるのかとても気になって仕方がない。
そう考えていると、扉の開く音が聞こえてきた。
男が来る気配を感じ取ることは容易なことであったが、何故か今回は何も感じ取れなかった。
「7番、出番だ」
案の定あの男が来た。
抵抗しても今までと同じように無理やりにでも連れて行こうとするだろう。
抗っても無駄なことを悟っているチェインは、素直に男の元へと歩いていく。
「ほぉ...もう抵抗しないのか」
「抵抗しても無駄じゃないか」
チェインの目は希望の光が感じなくなる程に荒んでいる。彼からはもう生きる気力さえも失っていた。
「気が付いたのか。楽しくないガキだな」
男は楽しみを取り上げられた子供のように、チェインを見下す眼差しで見た。
どうせ連れていかれるのだから、どのように思われても関係ないか。
チェインはそう思いながら、男が向けている視線を無視する。そうして男の目線は無視しながら部屋から出ていった。
部屋から出ると、人が2人並んで歩ける幅の通路が左右に広がっていた。
通路は間接照明で照らされているせいか、あまり奥が見えない。
「俺に付いてこい」
男がチェインの前を先導する形で歩き始める。
彼が前を歩くなら不意打ちを狙うことを考えたが、以前失敗している。もう対策を積んでいるだろう。
状況の打開を考えていると、いつの間にか別の部屋の扉を目の前にしていた。
男は両開き扉を少し重そうにしながら開けると、微笑みながらチェインに顔を向ける。
「ここがお前の楽園だ」
部屋の中からは通路の中とは違って直接照明で照らされてやけに明るい。
暗いところに慣れた目にとっては酷な視界となっていた。
「おい、こいつは何番目だ?」
「最後です。博士、これまでの実験、何回失敗しているかはご存知ですか?」
男は博士と呼ぶ男に呆れながら言う。
博士? ここで何かやっているのかな?
子供であるチェインでさえも分かる。博士というのは目標を達成するために様々な検証を行い、最終的には物を発明したりする人物であることを。
ここに博士と呼ばれる男の存在があるということは、この場所で何か検証が行われていたのだと考えることができる。
自分が最後…皆はここで何をしたのかな…
連れて行かれた子供達。全く戻ってこない結末に、これからの運命に恐れを抱く。
これまでの子供達はきっと…想像することは簡単だ。
「さて、何回目だっけな。これまでの実験で夢中で、君が連れてきた子供達の数も忘れてきたわい」
「おいおい…ガキの確保は大変なんだぞこっちは…」
博士は呆けた声で男に口答えすると、男は溜息を付いている。
自分達以外にも他の子供達を捕まえては何かをしていた様子だ。
今回は自分達。バクバクと心臓の鼓動が体の中から手に取って分かるように感じた。
「僕は、ここで何をするんですか?」
不安を強く感じたのか、これから自分がどうなるのかを知ろうと男に尋ねていた。
男は後頭部を掻きながらチェインに顔を向け直した。
「そうだなぁ…ちょっと体を弄るだけだ」
刹那、体が宙に浮かぶ錯覚に陥った。
しかし、背中から膝裏に何かが支えになっているような感覚を覚えた。気になって後ろを振り向くと、そこにはチェインの体を軽そうに持ち上げる男の姿があった。
「ちょ、ちょっと」とチェインが抵抗しようとすると、彼の体を容赦なく地面に叩きつけた。
背中にバチッと電撃が走るような痛みが走った。
「じっとしてろ。そうでないと、お前の足をへし折るぞ」
「ひっ…」
何の力も無い子供の前に、大人の強い力が立ちはだかるとどうなるだろうか。
今のチェインと同じように、抵抗することもできずに力で圧倒されてしまうのがオチだ。
本能的に身の危険を察したのか、言うがままに彼の言う通りじっとすることに決めた。
男がチェインの体を再び持ち上げると、歯の治療で座らせられるような椅子まで運んで行った。
そこにチェインを座らせると、両腕を胴体にピッタリさせるようにくっつけさせ、椅子の下にあったベルトで一気に巻かれていく。
巻かれていった結果、まさに蓑虫のような状態だった。
巻かれているのが布団なら楽しく思えたが、今の状態は拘束という言葉が正しいだろう。
そのせいか、あまり楽しめる気がしない。
「ここで何をやってたの…?」
恐る恐る気になったことを口にする。
チェインを運んだ男は優越に満ちた表情で口角を上げる。
「何って…決まってるじゃないか」
これから行うことを楽しむような微笑み。
これまで関わってきた中で非常に楽しそうな笑みを浮かべている。
「楽しい楽しい…人体実験だよ」
酷く気色の悪い、下衆な笑顔を浮かべていた。




