5-3.偽りの葬儀
再び黒い泥が迫り来る夢を見た。
目の前の黒い泥が大きな波となって襲い掛かる夢。
やけに現実味の帯びた夢であるせいか、泥に襲われた時の感覚が肌にベットリと染み付いている。
何故こんな夢ばかりを見るのだろう?
最近は何かに襲われる夢ばかりだ。何かの暗示のように見えるけど、何を暗示しているかなんて分からない。
黒い泥に包まれる中、礼二はゆっくりと瞼を開けた。
「はっ…!」
目の前には白い塗装で仕上げられたコンクリートの天井。
辺りを見渡せば、見覚えのある卓と姿鏡が見えた。
壁には何も張られてもいないし、真っ白な塗装がより目立って部屋を明るくしている。
なんて殺風景な空間なのだろうか。
自分の部屋であることに背を向け、部屋の中を貶す。
ここまで何も無いのは、最近行ってきた魔術や戦闘訓練で部屋のことなんて考える暇が無かったからだ。むしろ今までずっとほったらかしにしていた感さえもある。
魔力以外持ち合わせていない礼二には、帝都民を守る軍人として必要な力を積むために並以上の努力が必要だ。今でもまだ部隊の足を引っ張っているが、できるだけ早く今の状況を脱しなければならない。
今できることを必死にやり、次の戦いに生かせるようにする。
できない人間としては当然の働きである。
あー考えるのはやめだやめだ。そろそろ準備しないとな。
今日は、先日の戦闘で死亡してしまったバトラの告別式だ。
式の始まりは早い時間帯に設定されており、当たり前のことだが遅刻することは許されない。
早く学生服にでも着替えるとしよう―――そう思いながらクローゼットを開けると、そこには綺麗にアイロンがけされた学生服があった。
管理人さんがやってくれたんかな。後でお礼でも言うことにしよう。
礼二は感謝を感じながら綺麗に手入れされた学生服を身に纏う。
これを着るのも久々な気がする。
最近は仕事ばかりで軍服や戦闘服しか着ていない。
それどころか学校さえ行く暇も無い。別に行く必要は無くなった訳だけど。
学生服を着ている自分を見て思う。本当にこの道に進んで良かったのだろうかと。
軍人という道にさえ進まなければ、痛い目やしんどい目にも遭わず青春時代を謳歌していたのかもしれない。
それに、少尉やリディが死ぬことは無かったかもしれない。
しかし、2人が礼二と出会わなければ国に対して裏切り行為を行い、人類の敵として立ちはだかることになっただろう。
どちらにしても良い結果にならなかったのかもしれない。
礼二は『自分』という存在を憎んだ。
関わりの深くなった人たちは、何故こうも死んでいくのかと。
◇ ◇
午前10時。
日本帝国軍基地の敷地内西部に、隊員専用の告別式場があった。
入口には『バトラ・クライン告別式』と記載されている看板が配置されており、その横を通るように関係者が列を作っていた。
告別式…あまり慣れないな…
前に行ったのは、親が惨殺されてしまった時以来だろうか。
あの日以降、こういう式典は慣れる気が全くしない。
「ん、お前神原か?」
鬱々とした気分で列の最後尾から並んでいると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あっ、ロンド軍曹」
声の聞こえた方向に振り向くと、同じ特殊部隊に所属する茶髪の軍人、ミハエル・ロンドの姿が見えた。
彼は礼二の姿を見て、小走りで後ろに付くように移動した。
「体の方は大丈夫なのか?」
「はい、お陰様で…数日前に医務室から出ました」
「そうなのか」とミハエルは相槌を打ちながら溜息をつく。
傍から見れば不機嫌そうに見えた彼の姿に、礼二は疑問を抱いた。
「あの…ロンド軍曹? 何かあったんですか…?」
「何があったも何も…大佐の機嫌が非常に悪い。そして軍内部での俺らの風当たりが悪くなってる」
「あ、あぁ…」
任務に向かう前のクロードの雰囲気を思い出す。
もう失敗する訳にはいかないと言わんばかりの顔つき。
あの作戦には、特殊部隊の威厳が掛かっていた。
しかし、裏切り者を生かして事情聴取することもできず、更には事件の最重要参考人まで殺されてしまった。作戦は大失敗に終わっている。
これに伴い部隊を率いていたクロード・アズベイル大佐の面子は丸潰れ。あまり良い目で見られなくなってしまったのだろう。本当に申し訳なさでいっぱいである。
「あの…大佐はいつ頃から機嫌が悪くなったんですか?」
「お前が医務室に運ばれてすぐだよ」
そう聞いた礼二は、目を覚ました後に会った彼の雰囲気を思い出す。
日々の苛立ちが全く現れていない感じだったが、何とか表に出さないようにしていたのだろう。
彼の気遣いに内心感謝を抱いた。
「そうだったのですか。私たち…あまりよく思われていないんですね」
「まぁ失敗続きだからなぁ…」
礼二の相槌に、ミハエルは髪をくしゃくしゃにしながら列の中を歩む。
何も知らなかった。俺が医務室に居る間にあんなことになっていたとは…
自分が失敗したことによって、お世話になっている人に迷惑が掛かる。それはその人の足を引っ張ることであり、とても心苦しいことだ。
礼二にとってクロードは上司という枠だけではなく、命の恩人と言える存在。
そう思うと、とても胸が苦しい。
人が居なくなるどころか、関わった人たちを不幸に導いていく存在。
俺は…ここに居て良いのだろうか?
自身の不甲斐なさに打ちひしがれる感覚を覚えた。
◇ ◇
数十分後、ようやく式の受付場付近まで辿り着いた。
辺りには受付を終えた人達が、世間話をしながら式の始まりを待っているように見えた。
そこの一角に見覚えのある人影が3つあった。
「ん? あれは副長達じゃないか?」
遠藤、アイラ、チェインの3人だ。彼らは先に受付を済ませて世間話をしている様子。
受付を終えて暇をしているのか、お互いに携帯をいじりながら話している。この様子から察するに、互いに仕事以外ではあまり関わりを持ちたくないように思えた。
暇しているようだし、軽く挨拶ぐらいはしておくか。
ミハエルと一緒に3人の元へと近づき――
「皆さん、お久しぶりです」
礼二は声を掛ける。
3人は幽霊を見たかのような驚きを表情に表し、ゆっくりと頬をほころばせた。
「お、久しぶりだな神原。体の方は大丈夫なのか?」
礼二から背を向けるように立っていた遠藤は、彼の居る方向に体の向きを変える。
遠藤の顔からは、ほっと安堵したような雰囲気を漂わせる顔をしていた。よほど心配を掛けてしまっていたようだ。
「はい、大丈夫です。心配をかけてしまい申し訳ございません」
3人の前で深く会釈をする礼二。
彼が悪い方向に物事を捉えていると判断したのか――
「良いって良いって。とにかく動けるようになったのなら良いじゃないか」
包み込むように後ろから肩を抱いたアイラは、励ますように礼二に声を掛ける。
こういう時の彼女は変に勘が鋭い。
あまり周りに心配を掛けたくなかった礼二は、できるだけ平静を装うように振舞った。
「そういえばフラッドはどうした?今日は大切な式典だから遅れないように強く言っておいたはずだが」
礼二とミハエルを交互に見た遠藤は疑問を投げ掛ける。
休息を得ていた数日間、彼女がどのような行動をしていたのかは分からないが、今日のことは何か釘を刺していたようだ。
しかし、この時間帯まで姿を見ないとなると、普段通り遅刻する流れ――
「ごめんなさい。遅れたわ」
そう思った矢先、背後から女性の慌てた声が聞こえてきた。
明らかに時間ギリギリな状況に関わらず、全く悪びれた様子の無い声色。考えられる人物は1人だった。
「5分前に来るのは、さすがにギリギリすぎやしないか?」
普段と変わらない態度に、遠藤は溜息をつきながら苦言を漏らす。
礼二が隣に居ない間のレイチェルは何も変わらず迷惑を掛けていたようだ。
なんかすみません。抑えきれなくて。
「まだ5分前なのよ。十分間に合っているじゃないの」
「いやいや…時間通りにその場に居るために早い時間を伝えてるのにさぁ…間に合ってるからいいや」
「どっちだよ」と言わんばかりにレイチェルは細目でアイラの顔を見る。
あ、この人「めんどくさい」って考えてる。いや、お前の方がめんどくさいから。
「皆の者、そろそろ時間だ。葬式場に向かうとしよう」
遠藤は部隊の面々が全員揃ったのを確認すると、全員に言い聞かせるように声を上げる。
初めてこの場所に来た礼二とレイチェルは戸惑いながら、先に進みゆく隊員達の後ろを付いて行った。
ここって結構大きいところだよなぁ。
両親が死んだ時に取り行った葬式では、こんなに大きくなかったような気がする。
当時住んでいた部屋で告別式を行い、焼却場で骨を燃やす。そんな流れで進めていたはずだ。
今回に至れば参加している人数も多い。
こんな大所帯を収納する箱で言えば、これくらい大きな場所でないと取り行えないのだろう。
後から聞いた話であるが、この葬式場は帝国軍として命を散らした者に対しての最大の経緯を払うために作られた施設らしい。例え階級の低い兵士であろうが、高い地位に居る将校であろうが、ここで取り行われるとのことだ。
そういう意味で言えば、帝国軍は兵士に対しての労いはあるようだ。
帝国軍の兵士に対する対応に感心していると、葬儀参加者が次第に式場の中に集まってきていた。
基地内を歩いた時に見た偉そうな人が多く、そして宿舎で見たような顔もちらほら。バトラ・クラインという男がどれだけの人と交流を交わしてきていたかを知らしめる瞬間だった。
「人がいっぱいだ…」
「当たり前だ。クライン少尉は前線での活躍を終えてから、ずっと新人育成に力を注いできた。あの方を尊敬する人や、関わってきた人は自然と多いからな」
礼二が人の多さに戸惑いを隠せないでいると前に居た遠藤が答える。
答えた時の声は、まるで自分を自慢するような調子の良いトーンであったが、彼はすぐさま目を伏せた。
「まさか…あの方がこのような形で葬られてしまうとは、とても信じがたい」
軍に忠義を持っていたはずなのに裏切り、口封じとして抹殺される。
前線では勇猛に戦い、退いた後には後続を育てようと自身の持つ技術を新兵に叩き込んだ男とは思えない末路だ。
遠藤が微かに呟くと、部隊の面々は溜息をつきながら顔を下に伏せた。
バトラの本当の死因は作戦に関わっていた特殊部隊の面々と、作戦報告書を見た軍上層部の一部だけだ。
最後に改心したところは良かったものの、軍としては裏切り者の葬儀は行いたくない。しかし、表沙汰にしないためには通常通りに対応する必要がある。
心の無い偽りの葬儀をしている現状に悲しみを抱く。
部隊の面々は指定された席に付き、始まりの時間までじっと待っていた。
こんな状況ではあまり話をしたくない。
そう思いながら10分程時間が経つと、両開き扉の開く音が響き渡った。
扉のある方向に視線を向けると、台車で大きな棺を運ぶ人達が入ってきた。
中に何が入っているのかは、この式典の内容から察することは容易だ。
ガラガラと台車を引く人はバトラと関わりのある人なのか、表情を曇らせながら移動させていた。
「何故この人が死ななくてはならないのだ」
「何故死ななければならなかったのか」
それぞれ納得のいかない悔しさを我慢するように、口を強く閉ざして悲しみに耐える顔をしていた。
事の全てを知っている軍上層部以外の人間は皆、気持ちは同じのように思えた。
広間の奥――火葬場側の出入り口近くに棺が運ばれると、台車を引いていた人達は一斉に散る。
するとタイミングを計ったかのように神父らしき人物がゆっくりと棺の前まで歩いて行った。
「皆さま、この度はバトラ・クラインの葬儀にご参加いただきありがとうございます。今回葬儀を取りまとめる私はアドルと申します。誠心誠意、務めさせていただきます」
神父は深く会釈すると、周りの人達も合わせて会釈をし始めた。
何もしきたりを知らない礼二とレイチェルは、周りに真似るように会釈をする。
こういうマナーって何処から知ることが出来るのだろうか。
ふと疑問に思う。
インターネット環境が普通となった昨今、式典前にマナーを調べることが多いが、礼二にはそのような配慮は無かった。
大人もやっている業務に関わっているとはいえ中身は子供。自分のことで手一杯なのだ。
しかし、葬式なんて半年もしない内に2回もやっている。
それなのに慣れない。
いや、あまり慣れたくもない。慣れる程に人の死を目の当たりにしたくないし、それは両親の死だけで十分だ。これ以上誰かの死なんて見たくない。
いろいろと考えている内に、神父は何かを唱え始めて葬儀は始まっていた。
その様をぼーっと見つめながら、物思いにふけていく。
◇ ◇
後から聞いた話になるが、バトラには自身の家族を最後にして親族の居ない天涯孤独の身にあったらしい。
そのため彼の葬儀は深く関わりのあった軍人が中心となって取りまとめられている。
関わりの深い軍人として、特殊部隊隊長――クロード・アズベイルがバトラの最後の顔を見取りに壇上に上がっていた。
彼は申し訳なさそうな顔を表に出しながら供花を棺の中に入れる。無言で数秒程棺の中を見ると、目を伏せながら無表情で棺から離れていく。
そして後列の人が進んでいくと、交代するように棺の中に供花を入れていった。1人1人、バトラと関わった時の記憶をゆっくりと思い出すようにしんみりと。
ピクリとも動かない青冷めた顔を見てすぐ悲しみに襲われる者、最初は耐えながらも後々涙を流す者。
出席者それぞれがバトラの死を受け止めようと必死に見えた。
この光景を見ていると何だか心が辛い。
また人が死んでしまったのだなと再認識してしまう。再認識してしまった瞬間、葬式に参加することに嫌悪感を感じてしまう。
この仕事に就く以上、人の死からは逃れられない。
そんなことは入隊する前から納得していたはずなのに、実際目の当たりにすると自分の中に抱いていたその人の存在がザックリと掠め取られるような感覚に見舞われる。
例え覚悟したとしても、嫌なものは嫌なのだ。
悶々としていると、棺を巡っての列の動きが止まった。
「あの…この人は一体…?」
1人の老人が棺の前に向かおうとゆっくり歩いている。
礼二は隣に居たミハエルに尋ねると、彼から唖然としたような眼差しを浴びせられる。
「おいおい、元帥殿の顔も知らないのかよ…」
え…この人が元帥…? 全く知らなかった…
目を大きく見開き、ミハエルと元帥の顔を交互に見ていると――
「エドウィン・ハーセリー元帥。日本帝国軍最高司令官にあたる御方だよ」
ミハエルは再びを口を開く。
エドウィン・ハーセリー。
全く聞いた覚えの無い名前だ。
とはいえ、新人隊員の特別訓練前に激励の言葉を話していたような記憶が微かにあった。
あ、あのおじいちゃんか。
あの日はあまりの眠さに魘されていたこと、あんな事件が起きてしまったことによって元帥の存在は無かったものとしてしまっていた。
「んー…完全に元帥の存在を忘れてしまっていましたね…」
礼二は苦笑いをしながら呟く。
ミハエルは溜息を付きながら礼二の頭を叩いた。
「まぁ仕方ないか。元帥殿が姿をお見せするのも、こういう機会が多いからな。今日でしっかり覚えとけー」
「そ、そうですねー…」
軽く笑いながら薄ら目で元帥の姿を見つめる。
参ったな…人の顔を覚えるのって苦手なタイプなんだよなぁ…
そう考えていると、元帥と呼ばれている老人が口を開いた。
「諸君、今日は国に忠を尽くしてくれたバトラ・クライン大尉の葬儀に足を運んでくれてありがとう。
彼と関わっている者は多いと思うが、大尉は現役時代に前線で活躍し、数々の任務を生還して達成してきた男だ。
最近から新人教育に力を入れ、我ら帝国軍の戦力増強を図っていた縁の下の力持ちと言える程の人物だった…
私は国に忠を尽くしてくれたこの男を入隊させたことを誇りに思っている。
だからこそ、先日彼が参加していた任務で戦死してしまったことが悔やまれる…」
戦死…?
あながち間違いではない。
しかし、当時のバトラは仕事中という訳でもなく、プライベートで動いていたものだ。
どういう理由で巻き込まれてしまったのだ?
そう聞かれてしまえば答えにくいところだが、軍としても『裏切りの代償』と言う訳にはいかないのだろう。濁している様子から察するに、軍はバトラの死因を知られたくはないらしい。
「バトラ・クライン大尉に敬礼!」
軍の動きについて考えていると、元帥が出席者に敬礼をするよう促す。
彼の動きに倣い、周囲の人達は一斉に敬礼をし始めた。
すると端に座っていた若者が動き出し、棺を部屋の奥へと押しやろうとしている姿が見えた。
壁にぶつかりそうになると、進行先がシャッターのように動き出す。そして棺は更に奥の方へと進みだすと、中がメラメラと火が燃えている釜戸の中へとゆっくり入っていった。
遺体は焼却しているの?
外国な人が多いように見受けられるが、日本の火葬文化が使われてるの?
正直なところ火葬よりは土葬する方をイメージしていたのだが、場所を基準にどうするのかを決めているのかもしれない。
バトラの遺体が大きな釜戸の中で焼却されている様を見た参加者たちから、むせび泣く音が響き渡る。
部屋全体が悲しみの空気に包まれる中、礼二は体の中に大きな穴が開いた感覚を覚えた。
あぁ…やっぱり駄目だ。この空気…耐えられないや。
途中から体の内から胃液が逆流するような感覚に見舞われた。
◇ ◇
葬式が終わり、礼二は会場の外で新鮮な空気を吸っていた。
ただでさえ慣れない状況なのに、締め切った空間に長時間居ろというのはとても苦しい。
いつ吐いてもおかしくは無かったが、式典中は吐かないようにすることはできた。そこは褒めて欲しい。終わった後すぐにトイレで吐いてしまったが…
外に出る際にレイチェルに呼びかけられたが、彼女に構っている余裕は無かった。そのため礼二は1人だ。
あぁ…なんか疲れた。
恩師の葬式なのだからそのように考えてはいけないと思うが、あの雰囲気には何かくるものがある。
親しかった人が死んでしまったことで心の傷が抉られるというか…とても嫌な気分が腹の内から湧き上がるような感じだ。
それを吐き出さないように意識を保っているのも、それはそれで辛い。平常心を保っていられる人は中々な精神力だと思う。
「はぁ…」
自然と溜息ばかりがこぼれる。
細かく数えていないが、昼までで10回くらいはやっているような気がする。
今ここに少尉が居たら――
「なに溜息ばかりをついている? 子供は元気が一番だ!
もっと元気を出せい!」
そう言いながら背中を強く叩く姿が思い浮かぶ。いや、実際に居たら絶対そうしている。
このように考える程に少尉の存在は大きかったのだ。
帝国軍に入隊してから訓練ばかりで、ずっと少尉に付き合ってもらってばかりいた。
今の強さも、彼の力あってこそ。今の自分に育ててくれた彼の存在はとても大きい。
だからこそ、この世に居なくなってしまったという事実は、真実を知っている礼二としても心苦しいことだった。
「「はぁ…」」
再び溜息をつくと、同じタイミングで溜息を吐く誰かの気配を感じた。
周囲を見渡すと、黒の喪服を着たチェイン・ハンの姿があった。
普段は辺りに気を配らせている彼だが、今回に限っては同時に溜息をつく人の存在には全く気が付いていない様子だった。
「ハン…さん?」
チェインは視線を上に向けると、礼二の居る方向に顔をゆっくりと向ける。
「うぇああああっ!! 神原さん、何故ここに…!?」
「それはこっちの台詞です。ハンさんこそ、ここで何しているんですか?」
チェインは何か考えるかのように空を見た。上げた視線を再度下に向けると――
「少し…考え事です」
普段聞くことが無いような弱々しい声色で答えた。
なんだこの弱々しさ。ハンさんにしては珍しい。
普段の彼ならば、規律に厳しく、いつも態度がだらしない人に注意ばかり行っている印象だ。
いつも感じられる尖ったナイフのような強気っぷりは何処に行ってしまったのだろう。
チェインは視線を下に向けたままぼーっとしている。明らかに彼の様子はおかしい。
「やっぱり…少尉のことですか…?」
今の状況下で考えられるのは少尉のことだ。
亡くなってしまったことに加え、特殊部隊の面々はバトラが軍の裏切り者であったことを知っている。
あまり表に出していないだろうが、彼にとってバトラの存在は大きなものだったのだろうか。
「まぁ…そうですね。私にとって少尉は…命の恩人のようなものですから…」
チェインは昔を懐かしむように呟く。




