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CODE-D  作者: ryu8
5章 断罪の騎士-前編-
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5-2.再びの眠り

 ふと振り向くと、黒い泥が雪崩の如く礼二に襲い掛かった。

 飲み込まれた礼二は、水の中で溺れたかのように必死にもがくも、泥から這い上がることはできない。

 何…これ…

 これまで黒い泥に襲われる夢を見た覚えがあるが、一気に流れ込むのは初めてだ。


「む…ぐっ…」

 下唇と上唇を離そうと、何らかの力が口に掛かる。

 「俺を体内に取り込め」、「体に入って支配してやる」と言わんばかりに。

 しつこいな…

 襲い掛かった泥には礼二の体内に入り込もうとする意志を感じた。


 相手はただの液体なはず。自身を取り込む相手を選んでいるというのか。しつこいな。

 しかし液体が口を開かせる力は予想以上に強く、礼二は呆気なく泥の侵入を許してしまった。

 何これ…頭が痛い…


 泥の一部が口に含まれた瞬間、脳を震わせるような強い刺激があった。

 慣れない刺激は一瞬感じたが、その痛みは次第に引いていく。

 不快になるような痛みに感じなかったが、これを多く体の中に取り入れれば、どれだけ強い刺激になるだろうか。イメージしたが全く耐えられる自信が無い。


 少しだけ体の中に入れてしまったことを機に、礼二は泥に抗うように必死に口を閉ざし続けた。

 しつ…こい…!

 強引に口を開けさせようとする何かに対し、礼二は必死に口を閉ざそうと力を入れる。

 刹那、自分の手が血だらけになっている光景が頭に浮かんだ。

 何故こんな光景が頭に浮かんだのか。それは分からない。

 だが、これから聞こえる声によってある程度の予想が出来た。


「助けてくれ」


 何かに救いを乞う声。

 最初の声は微かに聞こえ、次は少し近くに。

 どんどん聞こえてくる距離が近くなり、ついには耳元まで聞こえるくらいにまで音源が近づいていた。

 とても気味が悪い。

 礼二は再び泥の中で両手両足をぶんぶんと動かすも、泥から脱出できる気配が全くしない。


 今度は何かに触れられる感覚を覚えた。

 腹、顔、腕など、あちこちを掴まれて身動きが取れない。

 今度は何…!

 ふと目を開けると、泥の中から上半身を飛び出した人らしき姿が多く見えた。


 何故俺らを助けなかった?

 何故私を助けなかったの?

 人の四肢、胴体なり下半身なりと礼二の前に近付いてくる。

 カタカタと蠢くそれらは、妖怪大行進かのように思えた。


 何だこれは…気持ち悪い…


 一目見て分かる。

 今、礼二の周りや迫りゆくものは全て人じゃない。

 人だった者の肉塊だ。それらが怨念を抱き、助けられた可能性のある礼二自身を追い詰めているのだ。

 そんなことが想像できていても、目の前にある体の破片は見るに堪えないくらいに無残な姿だった。


 不気味だ。不気味すぎる。

 ホラー映画の題材とされている心霊物なり悪魔物というのは、こんな悍ましいものをイメージして作られたのだろうか。

 まさにホラー映画の主人公が恐怖体験の真っ只中にいるような気分だ。

 目の前に広がる光景から目を背けようとすると――

「何故私を助けなかった?」

 死んだはずのリディの声が聞こえた。


 唐突に頭を掴まれる感覚を感じた。

 力強く掴まれた頭は、強い力によって伏せた状態から上げられた。

 目の前に見えたのは人の顔をした何かだった。

 それには元々目や口、鼻があったと思わせるような緩やかな凹凸(おうとつ)があった。

 顔は歪んでいるものの、彼の顔の特徴を微かに捉えていた。


「違う…助けなかったんじゃない…助けられなかったんだ…」

「同じだ。助けようと動いたとしても助けられなければ何も意味(・・)はない。残るはずだった命が無に帰してしまった。これがどういうことかは分かるな?」

 つまり生命の有無で言っているのだろう。

 何割できたとかではない。0か1か――ただそれだけだ。

 助けられたはずの命を助けられたなかったことが問題なのだ。そんなことは分かっている。

 頭の中で自問自答を繰り出していると、泥はいつの間にか礼二の周辺に展開されていた。


 見渡す限り泥どろドロ。ゾンビが唸り声を上げるような声が聞こえてくる。

 それらは礼二を求めるように、ゆっくりと蠢き近づいてきた。

 来るな…来るな…!


 奴らは「助けてくれ」と連呼しながら彼の元へと近づき、やがて襲い掛かる。

 ずっと力に抗ってきた口元にはとうとう力が入らず、自然と泥が体の中に侵入していく。

 小さな刺激が断続的に続いて強い刺激へ。刺激に耐えきれなくなった礼二は意識を失った。


 ◇ ◇


「はっ!」

 大きく見開いた目に映ったのは、見覚えのある白い天井だった。

 何かが上に敷かれていることに気が付いた礼二は、上半身を起こして状況を確認する。

 白を基調とした部屋の内装に、薬の入った棚が見える。医務室に運ばれたのだと察した。


 医務室か…どれだけ時間が経ったんだろ。

 時間を確認しようとするも、礼二の寝ているベッドからでは時間やカレンダーは見えない。

 どんな状態にあるか、あまり確認できないでいた。

 状況確認ができないまま、じんわりと脇下の汗がやけに衣服に滲んでいるのを感じた。

 なんでこんなところで寝ていたんだろう。 

 自分が何故ここで寝ていたのかを思い出そうと首を捻る。

 頭の中の記憶を探り出していると、ダンテと戦って負けたことを思い出した。

 そうか…あの黒の魔力を使っても勝てなかったのか…


 あの日、自分が非力だったせいでリディとバトラの2人が死んでしまった。

 2人は能力を持たない人間たちに復讐心を抱いて軍へ裏切り行為を働いていたが、礼二との関わりで改心しようとしていた。

 上手く事を運ばせることができれば、あの2人を協力者として力になってくれたのかもしれない。

 しかし、そんな考えは実現させることが出来なくなってしまった。


 2人が居なくなったことにより、礼二の心は(すさ)んでいた。

 自分に力が無かったから。最初から自身の力をコントロールできなかったからこそ今のような事態に至ってしまっている。

 あの日だってそうだ。

 黒の魔力を開放する礼二を目の前にしたダンテは、焦る様子は全くなく冷静に対処できていた。

 魔力に纏われている状態は、自然と体全体に身体強化が施されている。

 獣のようにすばしっこく動かれても難なく対処できるのは、ダンテの戦闘力あってのことだと思われる。

 肝心の黒の魔力は、不思議な模様で作られた剣で斬られて消滅させられるし、元の戦闘力は相手が格上だ。勝てる訳が無い。


 ダンテは強い。

 彼との戦闘前に2度戦っているアインと同じくらい、またはそれ以上の強さを持っているように思えた。

 圧倒的な力量差でどうしろというのか。

 礼二は、ずっとダンテとの戦いの敗因を探し続ける。

 目を手で覆い隠すように寝転がりながら、目を瞑ってイメージするように考える。


 悔しい。

 自分でも抑えきれない力を振り回しているのに簡単にあしらわれている様は、まるで動物。

 例えるなら闘牛だ。

 闘牛士が赤いマントで牛を誘導して(かわ)している状況と言えば考えやすいだろうか。

 相手は内心笑いながら戦っていただろう。

 自身の力に振り回されながら戦いに身を投げ出す愚か者の姿を。

 そう思うと恥ずかしく感じるし、相手に侮辱されていたと思うと苛立ちを感じる。


 黒の魔力を自由自在に操ることが出来ていたら、多少は変わっていたのかもしれない。

 戦闘経験では勝てないかもしれないが、魔力だけの力押しで攻め続けることができただろう。

 だが、それは魔力を扱えるようにしなければ意味がないし、そうしておかなければ次のステップに進めることもできない。

 次の目標を頭の中で考えている内に、部屋の出入り口からガチャリとドアの開く音が聞こえた。


「おや、もう起きたのか」

 礼二の様子を窺うような声と共に、クロードの姿が見えた。

 彼は礼二の様子を見て安堵を覚えながら部屋の中に入ってくる。

 そして、溜息をつきながらベッド横にあったパイプ椅子に座った。

「大佐…先日は何度もお世話になりました」

 礼二はクロードの顔を見ると、ハッと思い出したかのように礼を言う。


 たしか、倒れる前のアインとの戦闘やダンテとの戦闘では死にそうなところで彼が割り込み、2回程助けられている。

 もう命の恩人と言っても過言ではない存在となっている。

「いや、あの件は気にしなくて良い。私としてもあの存在を何とかしたかった気持ちは山々だったからな」

 相手を捕まえに武力介入しようとしたら礼二を助けることになった。偶然そういう結果になってしまったらしい。しかし、上司に戦いを引き受けて貰ったことに申し訳なさを感じる。


「そういえば、紅蓮の猟団(クリムゾンジャガー)の奴らはどうしたんですか? 確か大佐が介入してから私は戦線から抜けたので、結末がどうなったのか分かりません」

 あの時の戦いは、クロードに後を任せてからどうなったのかが分からない。

 死ぬ気で相手と戦っていたからこそ、相手がどうなったのか知りたいのだ。

「あぁ…奴らは私直々に捕まえて牢に叩きだしておいた。

 だが、一部は強く叩き(・・)過ぎたのか、別棟の医務室で寝ている」


 強く叩き過ぎた…?

 車を電柱にぶつけた音を想像するような鋭い音を何度も出しておきながら、強く叩き過ぎた程度で済ませるのか…

 高い破壊力を誇る攻撃と対峙してきた相手が少しだけ可哀想に感じた。

 本気で殺しにいく時に放つ攻撃はどれだけの威力になるかなんて計り知れない。


 まぁ…あんな音で威力の高さが分かるパンチをまともに受けてしまえばな…

 余程のことでもない限りは重傷は免れないだろう。


 礼二は、クロードの戦いぷりを思い出す。

 あの時に見た彼の戦いぶりは、パンチの強さだけでなく本体の素早さにもあった。

 すばしっこく動きながら隙を見つけて必殺の一撃を加える。

 単純であるが、強力な動きである。


「そうなったのですね…

 あ、これから事情聴取とかをやっていくんですか?」

 礼二は考えたことに蓋をし、これからの動きについて尋ねる。

 寝てから何が起きたのかが分からない。今はどんな状態になっているかの状況確認が大切だ。

「そうだ。

 君が戦った『ダンテ』と呼ばれていた人物、並びに背後に居た組織の存在を探る予定だ。後は『無能復讐者』という言葉の意味についてもな」

 クロードは頷きながら口を開く。


 無能復讐者。

 新人隊員の特別訓練で反逆行動を行ったリディ・マッケンジーの部屋から見つかった手記に掛かれていた単語である。

 言葉通りに読めば、「無能を復讐する」とも読める。

 しかし、この考えはあくまで想像であり、実際に知っている者から意味を直接聞き出す必要がある。


「あっ」

 クロードは何かを思い出したように声を上げる。

 そんな彼を、礼二は不思議そうに見ていた。

「知っていると思うが――事件現場には、軍の裏切り者(・・・・)であったリディ・マッケンジー、クライン少尉両名の遺体を発見した。詳細は報告会で話すが、君には軽く伝えておこうと思う。

 あと、2日後に少尉の告別式が行われることになった」


 「告別式」という単語が聞こえて、一瞬だけ頭の中が真っ白になった。

 そうだ。少尉はあの日、俺を(かば)って殺された。そして挙句の果てには目の前で首を斬り落とされた。

 あの日見た映像が今でも鮮明に思い出す。

 思い出したくもないのに、戒めのように頭が勝手に思い出させようとフラッシュバックさせる。

「神原、少尉の死はちゃんと受け止めろ。そして君のせいでも無いことを第一に考えよう」


 クロードは礼二の気持ちを読み取ったかのように言葉をかける。

 リディと少尉は死んでほしくなかった。

 夢と思いたい出来事だが、これが現実だ。

 ちゃんと受け止めなければならない事実(・・)だ。無かったことにしてはならない。

「そ、そうですね…」


 クロードから心配されているように感じたが、礼二は全くそう考える気が起きなかった。

 あの時は軍への裏切りから改心したバトラを信用しきって、周囲の警戒を怠っていた。

 一瞬の気の緩みが命の落としどころ。

 元々軍に忠誠を誓っていたバトラが改心して変な行動を取らないようにと、見張っている人物の存在を考えるべきだったのだ。


 あらゆる可能性を考えて、最悪な状況を想定した上で対策をしておく。

 実際は一つの可能性も考えきれずに気を緩ませていただけだ。

 これは()の責任だ。少尉を死なせてしまったのは俺のせいだ。


 自責の念を感じていると――

「あと、そこで寝ている奴には礼を言っておけ。君が倒れてからずっと近くに居たのだからな」

 クロードは溜息をつきながら、礼二の横で寝ている人物に向けて首を動かした。

 首の向いた方向にはベッドを机替わりにするかのように寝ているレイチェルの姿。なんで彼女がここに…俺が寝ている間、ずっと近くに居てくれたのだろうか。


「ということで私は戻る。

 君の体の療養は告別式の日までには終わるみたいだから、ちゃんと出席するようにな」

「は、はい」と生返事で答えるとクロードは部屋を出た。

 本当に治るのかなと考えていると、ふとあの日の彼女の戦いぷりを思い出す。


 レイチェルでもアインやダンテ相手に勝ち目が無いのか…

 彼女自身が接近戦を得意としているか定かではないが、魔術の師にあたる彼女に勝ち目が無いと自分にも勝機を見いだせないのではないかと考えてしまう。


 彼女の戦闘能力について考える。

 扱う魔術は精度が高く、状況に応じた術を扱うことが可能。

 しかし、槍を使った戦いは素人の礼二の目から見ても達人と呼べるものではない。

 そこから考えられる可能性は、彼女が中・遠距離で支援するタイプの魔術師ではないかということ。

 得意な距離の違いとなれば、本来の戦い方が出来ていないだけなのかもしれない。


 レイチェルが俺と出会う前の戦い方がどんな感じだったのか知りたい。

 彼女が後ろで戦うのが得意なのであれば、そこを踏まえた上で戦術を組むことができる。

 変に実力を隠されていると、戦う時にどう動いて欲しいかとか味方の考えが想像しづらいのだ。

 溜息をつきながら寝ているレイチェルの顔を眺める。


 綺麗だよなぁ…ほんと。

 さらりとした金色の長髪。艶やかな唇。輪郭の整った顔。

 日本でいう大和撫子とは違った西洋に居る美人モデルを見ている気分になる。

 こうして黙っていれば、見ているだけでも惚れ惚れとする。

 いや待て…なんでこの女に心打たれなきゃいけないんだよ。


 礼二は彼女の本性を思い出し、自分の本能に蓋をした。

 今や眠り姫のように無防備な彼女を見ていると、思春期男性の本能が爆発しそうで堪らなくなる。

 全くこの女は…近くに思春期の男が居るというのに…

 「警戒心が無さすぎではないか?」と思ったが、ただ心配で近くに居てくれたのだろうと考えを改めた。


「う…ん…」

 ふと、レイチェルの体がビクッと反応する。

 彼女は上半身が凝り固まっていたのか、体を慣らすように適当に動かし始めた。

 どれだけ体が固まっていたのだろうか。少し音が聞こえる程に体からパキポキと骨の鳴る音がする。

「あれ? 礼二もう起きてたの?」

「今さっきな」

 レイチェルは気が付いたように礼二に声を掛けた。彼の受け答えを見ていると、ふふっと微笑みながら「良かった」と呟く。


「レイチェル、まさかずっとここに居たとか? お前が起きる前に大佐と話してて数日寝ていたって聞いてるんだけど」

「そうよ。あなたは私にとって大事(・・)な存在だもの。そのまま放っておく訳にいかないわ」

 大事な存在。

 まさか会って半年ちょっとの人からそのような扱いを受けていたことに、礼二は内心驚く。

 そして、複雑な気分も少しあった。


 それって、俺がダークの生まれ変わりだからなのかな…


 レイチェルは以前に語った。

 自分は「ダークとは恋人関係にあった」と。

 姿形(すがたかたち)は違えど、魂の繋がりさえあれば愛しく感じる。そういうものなのだろうか。

 本人には何も聞かず、勝手な妄想で仮定していく。


 喜んで良いのか、はたまた澄ました顔でやり過ごせば良いのか。

 礼二は彼女との距離の取り方に戸惑いを抱いた。

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