4-11.根本の違い
私の娘もそう――
バトラがそう口を開くと、礼二は悲しげな目で彼を見つめていた。
そうか…少尉も同じなのか…今やあそこで眠るリディさんと同じように…
顔の向きは変えず目線だけ少し病院へと向けた。
自分は長く生きていないし、魔術師として生きているのだってそう長くは無い。
長い間魔術師として生きていると、いろんな人から嫌な目で見られているのかもしれない。
「その目で私を見るか…舐められたものだな」
「舐めてはいないです。ただ悲しいなと」
「悲しい?」
バトラは礼二の言葉に疑問を抱く。
実際に魔術師の苦しみを若すぎて知らない彼に簡単に「悲しい」などとは言って欲しくは無い。
少尉なら恐らくそう――簡単に分かった気でいるな。
そう答える可能性が高いからだ。
今のバトラは、少し苛立っているような雰囲気を醸しながら礼二の次の言葉を待っていた。
「私たちは魔術を扱って帝都に住む民間人を守る仕事に就いています。守る対象が自分たちにとって害を与える存在だからといって組織を裏切るのは間違っていると思うんです」
「能力の持たない者たちに裏切られたことのない君には分からないだろう。守るために命を張っているのが馬鹿らしく思えてくるぞ?」
帝国軍人として仕事を全うしようとする礼二の在り方に、バトラは現実味のある意義を唱えた。
確かに礼二は魔術を扱えない人からの裏切りは今のところは受けていない。
でも、彼が軍に入って戦うことを決めたのは、自分と同じような目にあって天涯孤独の身となる人を減らすためだ。
例え裏切られたとしても、この信念が残る限りは戦い続けるだろう。
「今のあなたには帝国軍人としての意識も無くなったんですね…」
「そう見てもらっても構わぬ。私は私のやり方で正しさを貫く。邪魔をするならば、例え私が育てた新人であっても容赦なく殺す」
今のバトラの目は普段見せているそれとは全く違っていた。
漂わせていた温かさは無くなり、目だけで相手を退けさせる程に。
初めて見る教官の殺気に一瞬だけ戸惑った。
しかし、今の礼二はそこで退くわけにはいかない。この人をなんとか改心してもらうよう働きかける必要がある。
言葉では何を言っても伝わらない。
もうバトラを改心させるには武力で押さえつける以外の手段が見当たらなかった。
「そうですか…
例え少尉に目の敵にされてでも、私は信念を曲げる気はありません」
「そうか、残念だ。
でも仕方ないな。君は魔獣の存在によって家族を失っている訳だからな」
バトラは能力を持たない人間たちに復讐するために戦う。
礼二は、力を持たない人たちに自分と同じ目に合わないようにさせるために戦う。
お互いに戦う理由が根本的に違う。
例え戦い方を教わる側と教える側であったとしても、お互いの目的が邪魔し合うのであれば敵対するのは必然だ。
分かっていたことだ。戦わなければいけない。
「確かに…私と少尉の戦う理由は全く違います。
だから私は、目的を達成するためにあなたを抑えます」
礼二は背後に魔弾を複数展開した。
「やる気になったか。まだ未熟者のお主らに、私を負かすことができるのか?」
礼二から漂う気配が変わったことを察したバトラはハルバードを構える。
対して、礼二は剣を正面に構えた。
「できます。1人ではできないけど2人ならできます」
そうだ。1人ではできないけど、レイチェルと上手く連携さえすれば少尉でも倒せるかもしれない。
確信は無い。だが、1人よりは2人の方が確率は上がる。
この戦いは退くわけにはいかないし、ここで彼を改心させる必要がある。
「ほぅ、言い切ったか。やれるものならやってみろ」
バトラは口元を緩ませながら礼二の元へと直進し始めた。
彼はハルバードを横にして大きく薙ごう構えていた。
それに対し礼二は、待機させていた魔弾をバトラに向けて一斉に発射する。
バトラはハルバードを正面に構えてグルグルと振り回すことで一気に弾き切った。
えぇ…あれを武器で弾いちゃうのー…
相手のあり得ない動きを見て驚きつつも、礼二は剣に力を込めた。
すると、礼二とバトラの間を割って入るように魔導砲が放たれた。
「だから…忘れるなって言ってるじゃない。脳筋!」
レイチェルだ。
電撃突を使った後に素通りした場所から狙撃を行った様子だ。
「それならもう少し自己主張したらどうだ?」
バトラはそう言いながら一部破損した土木に左手から魔力を送り込んだ。
土木は唸りを上げるように荒ぶり、レイチェルに向かっていった。
「またなの!」
上手く連携とは言ったものの、バトラは礼二とレイチェルが落ち着いて連携を取らせないように立ち回っている様子だ。
この状況をどう打開するか…
唸りを上げる土木がレイチェルを追いかける様を見ていると、バトラが一瞬にして礼二の元へと近づいていた。
やっぱり早い…!
最初に貰った一撃よりも早いような気がする。というよりは、アインが見せた素早さに近い。
あの爆発的な速度には、魔力を上手く扱った結果なのだろうか。いや、今はそれについて考えている余裕は無い。
相手の動きをちゃんと見て捌いて、できるだけ被害を少なくしろ。
バトラはハルバードをぶんぶんと振り回し、礼二の重い一撃を次々と重ねていく。
やばい。そろそろ手が痺れてきた…
先程の戦闘でもアインから同じような剣戟を受け続けていた。それに加えて今の剣戟は手に堪える。
今の状況をなんとか打開しないと剣を握るのが難しくなる。
礼二は怒涛の攻撃を受け流しながら策を考えていた。
一撃を受け流した後で素早く後方に離脱するか?
駄目だ。歩幅を変えてすぐに対処される。
力強く反撃に転じてみるか?
駄目だ。空振りしてしまえば隙を突かれて八つ裂きにされる。
大振りで上手く避けて反撃を試みるか?
いや、避けたとしても相手は反応して重い蹴りを浴びせに掛かる。
どちらにせよ、何らかの手段で対処されるのが見えていた。
考えろ。今の俺の手札には何がある?
防御。魔弾。魔剣術。黒の魔力。
黒の魔力だけは頼りたくない。あれを使った後は中々怠い。
これは使わずに勝てるようになりたい。
それなら今の自分から切れる手札は魔剣術のみだ。
相手は練習している姿を見られているが、まだ上手く扱えていないと思っているはず。
不意打ちにはちょうど良いかもしれない。
礼二は魔剣術で戦いの展開を変えることに決めた。
一閃、一閃とバトラは礼二に攻撃を与えていく。
剣戟を受けていく内にハルバードのスイングスピードに慣れてきて、魔剣術の発動のタイミングを見計らっていた。
小振り小振り小振り大振り、小振り大振りと、バトラは武器を振ることにも緩急を付けている様子だ。大振りのタイミングで仕掛けた方が確実そうだ。
小振りの一閃が連続で続いた後、大振りの一閃が迫ってきた。
今だ!
剣を中心に竜巻を発生させるイメージ。
手を通じて魔力を剣に込め、刃渡りの長さに合わせて小さな竜巻を発生させる。
礼二の剣から発した竜巻の存在に気が付いたバトラは驚いている様子だったが、大きく振り回したハルバードは止まらない。
風を纏った剣とハルバードの刃先がガキンとぶつかり合う音が辺りに響き渡る。
普通であれば力押しに剣を正面に構えることができなかったが、風が纏われているお陰で剣に掛かる力の量も少ないようだ。
ただ抑えているだけでは駄目だ。
抑えて時間を与えてしまっては、相手に更なる攻めの一手を考えさせる余裕ができてしまう。
ならば、新たに不意打ちを重ねる!
礼二は剣に纏った風の中心をどんどん小さくさせた。
グルグルと回る渦はどんどん小さくなり、ついには発生した風がぶつかり合い、最終的には大きな風圧を生み出して消滅した。
「ぐっ…!」
「ぐぉっ…!」
風の間近に居た礼二とバトラは風圧をまともに受けて距離を離されるように飛ばされた。
ちゃんと足で踏ん張らないと転びそうな程に強い風圧で、互いに体勢を崩さないようにとなんとか踏ん張っていた。
これはチャンスだ。
礼二は剣先を後方に刺すように構え、新たに風を発生させる。
また剣の中心に風が発生し、風同士がぶつかり合って風圧が発生する。
風同士がぶつかり合うタイミングで地面を強く蹴り、足にロケットを取り付けたような瞬発力で飛び出した。
この速さならイケる!
更に剣を中心に風を発生させる。
今度はバトラに向けて風を含めた一撃を与えるためだ。
「うおおおおおおお!!!」
風によって瞬発力を得て、風の力を借りた一太刀を浴びせようとする礼二がバトラに接近する。
強烈な風圧で未だ体勢を整えられずにいたバトラは、微かに礼二の姿を見定めると、驚いたような表情でハルバードの柄を正面に構えた。
一転攻勢。
礼二が振り上げた剣は、バトラの持つハルバードに接触した。
金属を削るような激しい金属音が聞こえ、バトラは風圧によって大きく吹き飛ばされた。
「ちっ…魔剣術は完成していたのか…! やるじゃないか」
バトラが礼二に努力を評価しているところに、彼の頭上から尖った魔力の塊が降ってきた。
彼がそれを避けると、横からレイチェルが槍の穂先を向けて接近してきた。
「ほぅ…君から接近戦を仕掛けてくるとは予想外だな」
「私だって…やれるわ!」
レイチェルは槍を押しては引く、押しては引くの繰り返しをしていった。
これを数回続けての横薙ぎを繰り出した。
突きはハルバードの柄で軌道をずらし、横薙ぎは柄を正面に構えて防ぎ切ったバトラは、柄の先端でレイチェルの腹を突きだそうとした。
しかし彼女はそれをひらりと避け、更に槍での突きを繰り出した。
「やるな…だが…!」
バトラは足に魔力を溜めて地面を強く踏んだ。
すると地面から新たな土木が下から出現し、レイチェルに纏わりつこうと地面を這い始める。
これで彼女の動きを止められる。
バトラはきっとそう思ったのだろう。
だが、レイチェルの動きは簡単に止められるものでは無かった。
彼女の持つ槍の穂先から炎が発現し、出現した土木を斬っていく。
土も混じった物だ。簡単に消滅させられるものでは無い。
そうも感じていたが、彼女は炎の出力を上げ、土さえも燃やす程の火力を穂先に与えた。
穂先に触れれば鉄も溶けそうな業火に焼かれて土木は消滅していく。
「君は…この実力を隠していたな?」
「なんのことかしら? この炎は辺り一帯を巻き込みそうだからあまり使いたくなかっただけよ」
よく見れば彼女を追っていた土木も、目の前で見ている業火に焼かれたような焦げ跡がある。
これ程の破壊力を隠し持っていたとは…
離れて見ている礼二と、彼女と対峙しているバトラは内心そう思った。
[礼二。私が陽動になるから、あなたは本命の攻撃を頼むわ]
唐突に脳内にレイチェルの声が響き渡る。
目の前でバトラと対峙している状態だからこそそんな余裕は無いと思ったが、予想外なタイミングで彼女から話しかけられて一瞬だけ戸惑った。
危ない…驚きが表情に出そうだった…
会話の内容から考えても、バトラを攻略するための戦略の話だ。最初からバレてしまうところだった。
[分かった。だけど、火力はレイチェルの方が上だから、俺の方が陽動になった方が良いと思うんだけど?]
[火力…私よりも、多分あなたの方が上よ。それに今の状況だったら私が陽動になった方が自然だもの]
[そっか。じゃあ、陽動よろしく]
脳内会話を終了させると、レイチェルはバトラに向かって走り出していた。
槍の穂先には電撃が纏われており、電撃突を放つ様子だった。
「やあああ!」
鋭くも電撃を纏いながらも、電磁力を利用した高速の一突き・電撃突。
バトラはそれを柄で弾いて軌道をずらす。
レイチェルは弾かれた槍をすぐさま戻し、さらに突きを繰り出していく。
彼にとってはこの瞬間が隙に見えたのか、バトラは彼女の槍の柄を左手で掴み、レイチェル諸共持ち上げた。
「ちょ、ちょっと!」
この行動は予想もできない。
バトラの中では彼女の突きはもう見切っていたのだろう。
槍による連続突きは防ぎにくいが、突く速度が相手の目に慣れてしまえば反撃を受ける可能性があるようだ。
「同じような行動を繰り返しすぎだ!」
持ち上げた槍を彼女ごと地面に叩きつけようとしたが、レイチェルは槍から手を放して回避した。
「そこで武器を離すか…良い判断だ」
「あなたって、本当に規格外ね」
レイチェルは右手に魔力を込めて光剣を精製した。
普段は槍を使っている彼女だからこそ、剣を持って攻める様なんて初めてで新鮮に感じた。
レイチェルはバトラに向かって光剣を小さく振り上げる。
彼はそれを柄で受け止めて、彼女の腹に蹴りを放った。
「くっ…」
レイチェルは蹴りをまともに受け、少しだけ距離を取った。
これを好機と見たバトラはハルバードを横に振るおうとしていた。
無防備となったレイチェルを守るべく、礼二が剣を構えて前に出た。
風を纏った剣だったら防ぎ切れる。
そう考えていたためか、剣には自然と風が纏われていた。
「私を狙わずにフラッドを助けるか。神原」
確かに彼女を助けずに直接攻撃を仕掛けてしまえば、ダメージを与えられる可能性は高かっただろう。
しかし、一撃でバトラが戦闘不能になるとは思えない。更なる攻撃をする際には彼女が必要になる。だからこそ、彼女には動ける状態を維持してもらわなければ困る。
「物は考えようですよっと!」
再び纏う風同士をぶつからせ、軽い爆発によって風圧を生み出した。
礼二は何とかその場に居ようと足に力を入れる。
一方バトラは風圧で距離を離されてしまうが、地面に足を着けている。恐らく自身に重さが加わるよう魔力をコントロールしているのだろう。
バトラは自身に掛かる風圧が弱まってきたのを確認すると、礼二たちの居る方向に走り出そうとしていた。
「させない」
後ろからレイチェルの呟き声が聞こえた。
刹那、バトラの後ろから魔力で構成された鎖が出現した。
鎖はバトラの四肢に纏わりつくように引っかかり、彼の動きを止めたのだ。
「ぬ…鬱陶しい!」
しかし、彼は体全体に魔力を巡らせて鎖を破壊する。
この隙にレイチェルは落ちていた槍を手に取り、穂先を彼に構えた。
「喰らいなさい!」
穂先には収束していく魔力。圧縮魔導砲だ。
レイチェルは魔導砲を放ち、バトラはそれに直撃した。
「やった!?」
魔導砲によって辺り一帯には粉塵が舞い、バトラの居る方向の状況確認は行いづらかった。
「今のは少し危なかったな。だが、私にはそんな魔導砲は意味をなさぬ」
バトラは生きていた。
粉塵の中から姿を現し、再びレイチェルの元へと走り始める。
「くっ、これまでか…なんてね」
バトラの踏んだ地面から魔法陣が展開される。
そして展開された魔法陣からは鎖が発現し、それは再びバトラの四肢に纏わりつこうとしていた。
「同じ手は2度も通用せん!」
横に平行移動しつつ迫りくる鎖をハルバードで叩き斬る。
鎖を全て斬った彼は再びレイチェルの元へと走り出す。
「観念しろ。私に捕縛など意味は無い!」
そう言いながらレイチェルとの距離を10メートルまで近づいた瞬間、彼の足元を初めとして至るところから鎖が出現した。
「なんだこれは…!」
一般的な捕縛は、相手の居る座標やら鎖を出現させる座標などのイメージを正確に行う必要がある。
正確なイメージなんてあまりできないものであり、一般的な魔術師であれば4、5本が限界だと言われている。
しかし、レイチェルが出現させた鎖の本数は10本。
これらの鎖を自在にコントロールできる彼女は、傍から見れば規格外の存在にあたる。
バトラの目の前に出現した鎖は全て、彼の四肢と胴体を締め付けた。
捕縛を解除するには、纏わりついた鎖に魔力が行き渡るようにコントロールし、それらを大量の魔力で押しつぶすようなイメージを行う必要がある。
これが10本ともなれば、捕縛が簡単に解除できるとはいえ一苦労だ。
「そんな小賢しい真似を…!」
バトラは何度も縛られる様に苛立ちを感じていた。
その苛立ちは一瞬で、彼は自身に纏わりつく鎖10本を数秒で解除して見せた。
「中々おとなしくなってくれないわね…」
「お互い様だ」
レイチェルは鎖に繋がれたバトラに電撃突を当てようとしていた。
自由の身となったバトラはハルバードの柄で軌道をずらすも、左脇腹を掠る程度に軽い切り傷を負った。
まさか傷を負うとは…
少し苛立ちを感じたバトラはレイチェルの槍の柄を取り、彼女の体を自身に引き寄せて左足で蹴りを浴びせた。
「がはっ…!」
レイチェルはバトラの重い蹴りを受けて宙を浮きながら飛んでいく。
だが、彼女は宙に飛びながらも置き土産と言わんばかりに魔弾を複数、彼の元へと放った。
「往生際の悪い女だ」
電撃突の電撃のせいか、体の反応が少し鈍い。
彼はやむなく魔防壁を張って防御した。
魔弾は防壁にぶつかりながら破裂し、辺り一帯に粉塵をまき散らす。
「あとは神原か」
バトラが次の目標を決めた瞬間、彼の体が唐突に揺らいだ。
「ぐっ…これが狙いか…」
◇ ◇
「上手くいったな」
礼二はバトラを間近にして呟いた。
彼の持つ剣はバトラの胴体を一突きしており、体を貫通している。
「フラッドの攻撃は全て陽動か…」
「どうなんでしょうね」
これで決まったか、などと聞かれても確実性のある答えなんて出すことができない。
バトラ・クラインという男に対して、戦闘不能に陥れられる程の攻撃を与えてきたが、あらゆる手段で防がれている。
この一撃で彼を戦闘不能に持ち込めているかなんて分かりはしない。
「どうやって私に不意打ちを与えた?」
「それは教えられません」
今のバトラは礼二を含む日本帝国軍の敵だ。
彼に今の攻撃方法を教えてしまえば、例え戦闘不能から脱した時とか、同じ手段での攻撃は難しくなる。
攻撃方法は単純だ。
さっきまで使っていた剣に風を纏う暴風斬を体の後方で放って強い瞬発力を得て、レイチェルが使っていた電撃突で刺突の速度を最大まで上げる。
高速で攻撃範囲まで近づき、高速で相手に電撃の纏った刺突を与える。たったそれだけ。
だが、これは最初に勘付かれてしまえば警戒されて攻撃を行うタイミングが計りづらくなる。レイチェルの陽動あってこその不意打ちだ。
「そうか、それでいい。敵に攻撃の仕方を教えるなど、戦術を漏らすようなことだからな」
バトラは穏やかな声色で礼二に言った。
その時の声色は先程見せたような殺気は全く感じなく、教官として教え子に諭しているような気がした。
礼二は切なそうな表情でバトラの顔を見た。
体の中から逆流した血が溢れようとしているのか、口からは少しだけ血が流れている。今の一撃は彼にとって致命的なようだ。
もう戦うことはできないだろう。
そう感じた礼二はバトラの胸に突き刺した剣を引き抜き、付いていた血を地面に飛ばした。
「少尉、投降してください。あなたの体は、もう戦えないはずです」
じっと彼の目を見つめながら言った。
バトラは先程の一撃が未だ痛むのか、肩で呼吸をしている。足は少し震えていて、ハルバードを杖代わりにしてようやく立てている様子だ。
「まだだ…私はまだ戦える…このままでは娘は無念を抱いたままだ」
礼二はバトラの言葉に違和感を覚えた。
無念? 自分の娘が魔力を持っていたことで殺されていることに無念を感じているのか…?
故人の感情なんて知らないし分からない。だが、バトラは何故娘の死を無念と語るのか。
これはあくまで彼自身の心境であり、娘や奥さんの意思は全く絡んでいない。
この裏切りは彼の復讐の第一歩となるものだ。亡くなったバトラの妻と娘は、父が日本帝国に裏切りを行っていることを喜ばしく感じるのか?
今考えていることは全て推測に過ぎない。
例えば礼二がバトラの息子であったなら、父親がこんなことをしているのはとても悲しい。
奥さんや娘だってそう。
帝国を守っていた誇り高き軍人が自分たちのせいで敵対させるような感情を生み出してしまったことを悲しんでいるのではないか?
この人は何も気付いていない。2人の意思を、抱いている可能性をちゃんと伝えなきゃ。
「無念…それは妻や娘さんが抱いたものですか? 少尉が抱いたものでしょうか?」
「違う。私は個人の恨みではなく2人の復讐のために裏切った! 私一人の感情でこんなことはせぬ!」
やはり気付いていない。
今の彼は自身が抱いている負の感情を『家族の無念』と讃えているだけだ。
そんなの…亡くなったであろう奥さんと娘さんが可哀想だ。
「御二人は…少尉の背中を見て、立ち振る舞いを見て誇りに思ってはいませんでしたか?
その様子であれば、今少尉がやっていることは彼女たちにとって幻滅する行為です。2人を悲しませないでください」
「何を言っている! 私は普通の人間と魔術師の間の溝によって殺された2人の無念を背負って生きてきた。2人に会ったことのないお主がどうやって分かろう?」
礼二の言葉にバトラは反論する。
まさに自分がやってきたことは無駄だと言われているような気がして、現実を直視したくないのだろう。だが2人の気持ちを察しれば、バトラのやっていることは望んでいないはずだ。
「全て理解したわけではありません。ですが、お二方の気持ちを察することはできます。
2人は少尉の仕事に誇りを持っていたのではないのでしょうか?
誇りとも思えるような一家の大黒柱が就いている仕事を汚すような真似なんて喜んでいるとは思えないんです」
「そう考えるか…私では考えつかなかった思いだ」
バトラは申し訳なさそうに顔を俯かせた。
彼は自身がやってきたことが2人は望んでいなかったと思うようになったのか、敵である礼二を目の前に微笑みかけた。
「投降しよう」
バトラは、ぼそりと呟いた。
能力を持たない人間たちに復讐をと投降を拒否していた彼が、自身で戦わない意思を見せてくれた。
仲間だった者と戦いたくない本心でいた礼二にとっては、とても喜ばしいことだった。
「私たちの勝ちですね。
少尉、動きづらくないですか? 肩を貸します」
礼二はバトラに近付き、肩を近づけようと動き始める。
「うむ…すまない――」
バトラは体を礼二に預けようとしていたが、急に右手で彼の体を押し出した。
急に拒否反応が出たのか…?
リディと同じ組織に繋がっているならば、敵対しているように見える行動は何かしらの手段で阻害されているのかもしれない。
そんな想像が、現実であって欲しかった。
「ぐっ…」
バトラの表情が険しくなると、彼の体から光剣が後ろから突き出された。
礼二は察した。
バトラが自分の体を押し出したのは、自身の後方から来る攻撃を礼二から遠ざけるため。
位置的に礼二の目線には攻撃した本人が見えているはずだが、何も見えはしなかった。
背中から傷を負ったバトラは、地面にうつ伏せで倒れた。
光剣はすぐに消えたが、貫かれた体の傷からは血がどくどくと流れており、放ってしまえば失血死に至る程の出血量だった。
「少尉!」
「来るんじゃない!」
礼二が彼に近付こうとすると、静止を望む声が聞こえた。
歩みを止めると、正面から近づいてくる人影があった。
「あそこまで無能な者たちを恨んでいたのに、あっさり心変わりするのだな」
病院の玄関から凛とした声が聞こえてくる。
カツンカツンと聞こえてくる足音と共に、声の主の姿が明らかになってきた。
兜を省いた銀色の西洋の鎧。銀髪セミロングの髪型で20代前半に見える風貌の男性。
右手には変わった模様の片手剣を持っていた。
「まさか貴様が出てくるとはな…」
「勘違いするな。私たちは元居た組織を裏切る貴様らは全く信用していない。
私はあくまで保険だ」
バトラと鎧を着た男は、何やら意味深な話をしている。
内容的には2人しか分からないように思えるが、バトラが予定していた仕事に関することなのだろうと察しがついた。
「お前は…」
礼二は目の前の男性を直感で敵であると感じ取った。
そのためか剣を自然と正面に構えており、臨戦態勢に入っていた。
「そこに居るのは…同類でも私たちの敵か。
名乗っておこう。私はダンテ、罪深き無能な人間どもを復讐する断罪の騎士だ」
断罪の騎士? 何それ中二病?
相手の名前を聞いた時に内心笑いかけてしまったが、ダンテと名乗る男から強烈な殺気が放たれた。
「なんだ。私の名前に文句でもあるのか?」
彼としては自身の名前に対する反応が気がかりらしい。
問題はそこじゃない。
ダンテは何をしにバトラと礼二の前に現れたのかだ。そもそも彼の言う仕事自体がなんなのかが分からない。
「それで…何をしに来たんだ?」
「裏切り者を始末しに来た」
ダンテは、微笑みながら礼二の問いに答えた。




