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CODE-D  作者: ryu8
4章 無能復讐者
54/67

4-10.異能の苦しみ

 5年前。

 特殊部隊が発足される前の日本帝国軍に所属していたバトラ・クラインは幸せの真っ只中にいた。

 1つ目は少尉に昇給。

 2つ目は一軒家を購入したこと。

 3つ目は愛娘が小学校に行くような年齢になったこと。

 自身の持つ家庭に良いことが連続して起き、彼自身も「幸せだなぁ」と感じることの多い日々であった。

 懸命に家を守り続ける優しい妻と、両親が大好きな娘。

 父親にとってはとても居心地の良い家庭であるが、当時抱えていた彼の仕事はそうさせなかった。


 そしてある日。

 彼の娘・サリアが小学校に入学してから1週間が経った。

 娘が生まれてから、やや親バカ化しているバトラは、娘がちゃんと学校に馴染めているのかが気になっていた。

「陽子、サリアは学校で上手くやれているのか?」

 ずっと気になっていたバトラは、娘が寝ているであろう時間帯に妻の陽子に聞いてみる。

 陽子は晩酌でお酒を飲もうとしている旦那のおちょこに酒を酌むと、首を傾げながら口を開く。

「うーん…どうなんでしょう? サリアは学校のことはあまり話しませんから…」


 2人の娘・サリアは、熱血溢れるバトラと違って、妻の陽子と似て穏やかな性格だった。

 彼として一番危惧していたことは、小学校に入っていじめにあっていないかであった。

 おとなしい娘が何かに巻き込まれてからかわれる様になり、小さいグループによる一方的な嫌がらせからいじめへと発展しなければ良いなと微かに考えていた。

「そうか。うちの娘に限って、そんなことは無いと思うがな」


 バトラは妻の前であまり考えていないことを言った。

 本当は心配だ。

 だが、妻が心配している訳なのだから、自分も心配してしまえば彼女を不安がらせる可能性があるからだ。一家の大黒柱であるバトラも不安な様子を見せる訳にはいかない。

「そう? 娘のことになるといつも目の色変えている人が…全くそういう風には見えないわね」

 さすが妻。

 バトラが考えていることなどお見通しのようだ。

 図星を突かれたバトラは、内心驚きながら――

「君の気のせいだろ」

 平静を保とうとした。


「そうしとくわ」

 陽子は微笑みながら夫の顔を見つめる。

 傍から見れば美女と野獣の夫妻と、間から生まれた子供一人の家族。

 仕事は忙しいけども、家で待っている妻と娘と触れ合っているだけで幸せだった。


 だが、こんな一般的な幸せは長く続かなかった。


 ◇ ◇


 当時のバトラは任務で長期間家に帰れなくなることになり、任務の時間まで休暇に入っていた。

 長い間は家族の温かみに触れることができない。だからこそ今の内に蓄えておきたくて、ゆっくりと家の中で家族と共に過ごしていた。

「ど、どうしたのサリア!? この傷は…!」

 彼がリビングでゆったりとしていると、唐突に玄関の方から陽子の声が響いた。

 普段穏やかな彼女であるが、この時に限って叫んでいた。

「どうしたどうしたー。サリアに何かあったのか?」

 バトラも様子を確かめようと玄関に向かう。


 玄関を見てみると、陽子はサリアを前にして屈み込んでいた。

 陽子の上からサイアの様子を見てみると、サリアの腕には何か傷跡が付いていた。

「ぬ、何だこれは?」

 バトラも傷跡を見ながらサリアに尋ねていた。

 愛娘が何か傷でも負っている様子なら、普段大きく構えているバトラでも慌ててしまう。

 彼が驚くことなのだから、陽子が驚いてしまうのも無理はない。


「これは…うん、転んだの」

 サリアは目の前にいる2人から目を逸らすように顔をあさっての方向に向けながら言った。

 2人の目から見て、娘は嘘を言っていることが明らかだった。

 だが、娘が言っていることを嘘と指摘しまえば、この子はどう思うだろう。

 自分のことを信じていない。嘘つきだと思われていると感じられてしまうだろう。


「そっか…転んじゃったのね…肩の痛みはもう無い? 薬付けて上げるから来なさい」

 子供の目線から見て、そんな酷なことはできなかった。

 陽子は、サリアの言っていることを信じているように見せかけながら応急処置を行おうとした。

「うん…」

 サリアは陽子の言うことを聞いて彼女のもとへと向かって行く。

 その時の彼女の目は少し悲しげで、目線はずっと下を向けたままだった。


 応急処置を行おうとリビングに向かう妻と娘の後姿を見ながらバトラは思う。

 まさか、いじめが発生しているのでは無いだろうか。

 あの傷は、いじめられて何かされた上で負傷した傷なのかもしれない。

 たとえそう考えたとしても、バトラも陽子同様にサリアに尋ねることはできなかった。


 ◇ ◇


 サリアの腕の傷を見てから翌週。

 今度の彼女は、腕だけでなく足にも大怪我を負っていた。

 足は以前見た腕よりも酷く、少し足首の皮が剥けている様子だった。

「おいおい何があったんだサリア!?」

 トイレに行こうと玄関前を通ったバトラは、家に入ろうとしていたサリアと遭遇して気が付いた。

「バトラどうしたの? こんな大きい声出して――って、えぇ!

 どうしたのサリア!?」


 バトラの声を聴いた陽子は、彼に続く形でリビングから出てきた。

 肩から左腕に掛けて大きな擦り傷を負っている娘の姿を見て、血相を変えて娘の元へと向かって行った。

「あぁ…うぅん…転んだの」

 サリアは以前同様に「転んだ」と答える。

 彼女の顔は少し俯いている様子で、両手が少し震えていた。

 陽子とバトラの目からは、明らかに嘘を付いているように見えた。


「そう…じゃあママが――」

「サリア、誰にやられた?」

 陽子は穏やかな口調で以前と同じ対応を行おうとしていたが、同時にバトラはサリアに尋ねる。

 その時のバトラの目は、いつも娘の前で見せている穏やかな雰囲気は無く、傍から見れば怒っているようにも見えた。

「パ、パパ?」


 あまり見ない父の様子に、サリアは全身を少し振るわせながらバトラを見ていた。

 バトラ・クラインの仕事は軍人だ。

 軍人として敵対する者を殺す必要だってあるし、時には尋問なり相手に気持ちで負ける訳にはいかない時だってある。

 相手に舐められないようにするためには、ポーカーフェイスを装うことが簡単であり、彼にとっては自然に作れる表情だ。

 しかし、家の中ではあまりポーカーフェイスや怒っている顔を見せていなかったため、家での顔しか知らない娘にとっては別人格の父親を見たような気分になるのだ。


「サリア、パパが聞いていることに答えなさい。誰にやられたのだ?」

 バトラは表情を変えずに、再度サリアに尋ねる。

 彼女は一瞬だけビクッと反応したが、だんだん慣れてきたのか、先程まであった体全身の震えがいつの間にか収まっていた。

「……」

 サイアは無言のまま、父親の問いに答えず沈黙した。


 数秒後、残っている力を絞り出すような印象で口を開いた。

「…うぅん…私一人で転んだの」

 答えは変わらなかった。

 ちゃんと聞けば答えてくれるものかと思っていた。

 しかし、娘にとって、この問いは答えたくないものであるようだ。

「サリア、ちゃんと答えなさい。君に一体何があったのだ? パパに教えてくれ」


 明らかに嘘を付いているような回答を繰り返すサリアに、バトラは再び問う。

 だがサリアは全く答えようとする気配が無い。

 むしろバトラの目と自身の目を背けようと顔を伏せたままだ。

「転んだの。大丈夫…だから…」

 しばらくすると、彼女は絞り出すような声でバトラの問いに答えた。

 なんて分かりやすさだろう。

 我が娘は親を心配させまいと真実を全く告げようとはしない。


 さらにもう一度訪ねようかと思ったが、ここまで「大丈夫」と訴えるサリアの意思を背くわけにはいかない。

「そうか…サリアが大丈夫なら、パパは安心だ」

 バトラは表向きだけでも納得することに決めた。

 その時のバトラを見る陽子の目は、少し切なげに見えた。


 ◇ ◇


 サリアが傷を負ったのを見てから数日後、バトラは予定通り、一週間近く任務で日本帝国から離れた。

 娘が現在どんな状態に遭っているのか。これが分からないまま妻一人を置いて行っても良いのか。

 疑問から大きな悩みへと変わり、彼を任務に行かせないようにしようと思考回路が駆け巡る。


 だがしかし、これは仕事だ。

 プライベートで何があろうと、仕事はちゃんとしなければならない。

 この任務にはバトラがメンバー内に居る前提のものであり、彼自身が抜ける訳にはいかなかった。

 妻には申し訳ない気持ちではあったが、彼は「仕事だ」と割り切って任務に臨むことにしていた。


 任務が終わって日本帝国に戻ってきた時、彼にある一報として携帯電話にメールが届いた。

「なん…だと…陽子とサリアが…」

 書かれていた内容は、妻と娘が自宅で何者かに殺されていた旨を記された内容。

 帝国軍基地の飛行場でメールを見たバトラは、血相を変えて走り出した。

 「そんな冗談は止せ」と一言、メールを送った彼の上司に異議を唱えるところであるが、そんなことよりも家族のことが心配だ。

 あんなことがあった後だ。こんなメールを送られてしまえば心配になるに決まってる。


 バトラは基地の前でタクシーを拾い、数キロメートル先の住宅街にある自宅へと向かった。

 何も起きていないでくれ…2人とも無事平和に過ごしていてくれ…

 任務後で疲れているであろう体も、2人の安否確認を行うためか全く疲れを感じない。

 少しずつ運賃が上がっていく中、バトラはずっと2人の安全を祈っていた。


「お客さん、ここでいいかい?」

 タクシーの止まった所は、住宅街に入る前にある地域内の掲示板だ。

 これ以上奥に行くなら運転手にいろいろと指示をしなければ進行することができない。

「うむ、ありがとう。釣りは要らん」

 お釣りを貰う手間さえも惜しい。

 今すぐ家に向かおうと、バトラは手持ちにあった1万円を運転手の手に置いて車から出て行った。


 現在地は住宅地の入り口にあたる掲示板前。

 後は自前の足で一気に中へと入っていく。

 数分後、彼の自宅前へに辿り着いた。

「なんだこれは…?」

 家の外見はあまり変化は無いが、玄関前に「KEEP OUT」と書かれたテープが貼られている。

 敷地の端に建てられた石壁近くには警察らしき車があった。

 誰か来ているのか?

 車の中を覗き込んでみるが、誰も居ないようだ。


「よし…」

 車の中に居た人物は、恐らく家の中に居るのかもしれない。

 そう考えたバトラは、テープをくぐって玄関に手を掛けた。

 大きなドッキリであって欲しい。いや、むしろそうであって欲しい。

 自分に知らされた情報が本当であることを信じ切れず、現実逃避をする形で思考回路が働く。

 バトラは自宅の扉を開け、家の中に入っていった。


 誰も居ないのか…?

 家の中に入っても誰かが迎え入れる様子も無く、誰一人も姿を見せない。

 不気味に感じながら、バトラは奥へと進んでいく。

 玄関から廊下に入り、リビングに顔を出すと、テレビの前で体を屈ませている人の後ろ姿があった。

「そこで何をしている?」

 恐れる必要は無い。

 襲われる様子なら自前の力で叩き伏せてしまえば良いし、最悪魔術を使う。


 バトラが声を掛けた人物は、彼の声で動きを止め、首をこちらに向こうとゆっくり回した。

 テレビの前で屈んでいた人物はバトラの顔を見て驚き――

「失礼。まさか、あなたがバトラ・クラインさんでしょうか?」

 唐突に質問を繰り出してきた。

「いかにも。私がこの家の主であるが」

 目の前の男性は黒いスーツにネクタイを巻いている様子で、警察の一人のように思えた。

 だが、相手を見た目だけで判断してはならない。この話でどんな人物かを見極めなければ。


「そうでしたか。クラインさん、あなたのご家族にお悔やみ申し上げます」

 黒いスーツを纏った男性は、バトラに軽い会釈をしながら言った。

 待て。彼は何を言った?

 お悔やみ申し上げます? まさか…

 目の前の男性に遺族に掛けられる言葉を聞き、彼は現実逃避をしようとしていた。

「家族にお悔やみ申すとは…一体どういうことを言っている? 私の家族は――」

「少尉、君の家族はもう亡くなっている」

 「まだ生きている」と言おうとした瞬間、バトラの後ろから息を切らすように声を出す男性が居た。


 何故そうやって現実(・・)を見せようとする?

 憤怒を抱きながら声の聞こえた方向に顔を向けると、そこには当時の上司にあたるクロード・アズベイルの存在があった。

「大佐…あなたが何故ここに…?」

 バトラは驚きながら上司を見つめる。

 クロードは全力疾走でここまで来たのか、息を整えるのに時間が掛かっているようだ。

「任務完了の報告も無しに…お前が血相を変えて基地から飛び出した、と聞いてな。まさかと思って慌てて飛び出してきた」

「何故ここが…」

「考えられるのはココ(・・)しか無かったからだ」


 家族が死んだ旨を伝えるメールを送った自分だからこそ分かることだ。

 バトラ・クラインという男は、元より真面目な人間だ。

 余程の理由が無い限りは、自分の役割を投げたりはしない。

 クロードはそう睨んだ上で彼の家に単身で向かったのだ。


「そう…だったのですか…」

 上司の必死さを見て、これが現実なのだと思い知らされた。

 家族が死んだと一報が来て、ただ文字だけの情報を信じられる訳が無い。

 守るべき大切な人たちだ。亡くなったなどという情報は簡単には信じたくない。

 しかし、ここまで足を運ぶことは無いだろうと思った上司が、息を切らしてまで言うことだ。一応信じておくことにしよう。

 バトラはそう思いながら口を開いた。

「では大佐、妻と娘の遺体はどちらに?」

「案内しよう。その前に基地へ戻るぞ。

 そっちの警官さん、邪魔して悪かったな。捜査を続けてくれ」

「は、はぁ…お疲れ様です」

 家の中で捜査をしていたらしい警官を後にして、バトラとクロードは日本帝国軍基地へと向かった。


 ◇ ◇


 基地には十数分で辿り着いた。

 バトラはクロードの後に付いて行くと、自然とクロードが仕事をしている執務室に辿り着いた。

「中佐、妻と娘の遺体はココにあるという訳ではないでしょうな?」

「そんなわけは無い。まずはこれからだ」

 クロードはそう言いながらバトラにボードを手渡した。

 ボードには「報告書」と書いている紙が添えられており、バトラからは何を意味しているのか理解ができなかった。


「中佐、これは――」

「任務遂行したことについての書類だ。現実を直視したくない気持ちは分かるが、まずはこれから書いてくれ。話はそれからだ」

 クロードの一言で、バトラは任務完了の報告もせずに家に向かっていたことを思い出す。

 妻と娘の遺体は今や軍の敷地内にあるらしい。

 すぐにでも遺体の存在を確認しておきたいが、軍側の言うことを聞いておかないと見せる訳にはいかないといったところだろう。

 バトラは不本意ながらペンを手に取り、報告書に文字を描き始めた。


 書類を通してボードをトントンと突く音は彼の苛立ちを表すように激しく響き、クロードは切ない目で彼を見つめていた。

「これで良いか?」

「うむ。問題ない」

 バトラは書類を数十秒で書き上げ、すぐさまクロードに手渡す。

 適当に書いているものかと思ったが、案外ちゃんと書かれていて、最低限のことでも書き揃えておこうという意思が見えた。


「早く妻と娘の遺体を見せてくれ」

「分かった。付いてきてくれ」

 バトラの意思をきいたクロードは執務室のドアに近づいて手を掛けた。

 扉を開けて部屋から出ると、ゆっくりとバトラに顔を向けた。

「いいのか? 現実を直視することになるが」

「構わない。実際は家に居ない訳だし、2人がどこにいるかを知りたい」

 バトラの目は、先程と違って強い意志を持っているように見えた。

 ようやく現実を見る気が起きたのだろう。

「そうか…じゃあ私からは何も言うことは無い」

 クロードは、バトラの心境の変化に驚いていた。

 先程まで「信じられない」と家に向かって行った男の言うセリフには感じなかったからだ。

 そういう点を見れば、彼自身は現実を見ようとする気が起きたのかもしれない。

 クロードは、そう答えるバトラの意思に応えるように、何も隠さず移動をし始めた。


 数秒後、日本帝国軍基地の地下に辿り着く。

 こんなところに地下があったのかと思うと、日本帝国軍にはまだ隠された施設があるのではないかと思うようになってきた。

「ここに君の妻と娘さんの遺体がある」

「何故ここにあるのだ?」

「2人の死亡には何らかの違和感を感じてだな。念のため、ここに遺体を置いておくことにした」

 バトラはクロードの言っていることが理解できなかった。

 軍の地下に霊安室があることも怪しいし、家族の遺体がこんなところにあることも怪しい。

「…それはいい。2人の遺体を見せてくれ」

「あぁ」

 クロードは霊安室の中央にある操作パネルのボタンを押し、遺体の収められているであろうボックスを引き出した。

 ボックスに被せられている蓋を取り、遺体の姿を見ようとしていた。


「あっ…」

 見えたのは、妻・陽子が安らかに眠っている顔。

 隣のボックスには、娘・サリアの顔があった。彼女も妻同様に眠った顔のままだ。

 仕事帰りによく見ていた顔だから安心するはずなのに、全く安心はしない。

 つーっと頬には微かに温かみが生まれた。

 微かに湿り、ずっと触れられているような感触。

 バトラは自分が今、涙を流していることに気が付いた。


 普段の彼からは想像できない目から溢れる体温の感じる滴が下に落ちていく。

 そんな彼を見ても、クロードは茶化すような気配は感じなかった。

 何故2人が死ななければならなかったのだろう。

 クロードから聞いた話であれば、2人は殺害された可能性があるという。

 誰が罪もないこの2人を殺したというのか?


 陽子とサリアの遺体を見て、バトラはもくもくと黒い感情が生まれた。

 見つけ出して絶対に殺してやる。

 私に対して攻撃を行うのなら別に問題ない。

 しかし、関係している家族に危害を加えるというのは、バトラにとっては一番苛立つ行為だ。


 絶対に許さない。

 実行犯に復讐心を抱いた。

 今目の前にでも居れば、得物のハルバードで一刀両断してしまいたいほどに苛立っていた。

 バトラは無念を抱きながら、陽子とサリアの遺体が入ったボックスを閉じた。

「もういいのか?」

「はい、もう大丈夫です。折り合いはつきました」

 2人は霊安室を後にし、地上の基地へと戻っていった。


 バトラが2人の遺体を見てから数日後、陽子とサリアが殺害された背景についての報告を受けた。

 事件が起きた要因は、サリアが魔術師としての能力が芽生えたこと。

 小学校で偶然発現したらしく、サリアは同年代の子たちから存在を疎まれていた。

 結果、彼女はいじめに遭うようになり、「魔術師が近所に現れた」という情報が辺りに知れ渡る。最終的には「魔女狩り」と称した殺害が行われたようだ。

 妻の陽子はサリアを守るために殺害され、その後サリア自身も殺害された。

 これが警察を通じて軍に伝えられた情報だ。

 そしてこの情報は魔術の存在を隠蔽しなければいけないという決まりと、世間を騒がせたくないという理由により、軍上層部によって拡散されることは無かった。


 この話を聞いたバトラは憤怒した。

 何故魔術を使えるからという理由で、あの子が辛い目に遭わなければならないのか。

 それを言い出せば、自分だって魔術を活用しながら帝国軍人としてお前たちを守っている。

 守られている人間の家族を、魔術を扱える者だからと言って殺してよいものなのか。

 そんなの間違っている。

 そもそも魔術を使えるからと言って、扱いこなさなければ自分も危うい技術だ。

 慣れていない子供が何らかの脅威を生み出すとは思えない。


 憎しみと憤怒の渦に揉まれる中、バトラは一つの考えに行きついた。

 人間(・・)を守る意味なんてあるだろうか。

 本来人間なんて他人は全て敵同士になりうる存在だ。

 最終的に自分の身は自分で守る必要がある。

 人間が怯えるこの力で守り続けるというのも、あまりにも都合がよすぎる。


 バトラが密かに感じたこの疑問。

 微かに生まれた亀裂が更に広がり、心に深い闇を背負わせた。

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