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CODE-D  作者: ryu8
4章 無能復讐者
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4-9.最後の演習

 バトラは病院の玄関を背にし、礼二とレイチェル2人を対峙する形でハルバードを構えていた。

 バトラとレイチェルの間には険悪な雰囲気が漂い、礼二がただ一人この状況に戸惑っている。

「神原、未だ心が決めきれぬか」

 一瞬、「やるしかない!」と(たか)を括ったつもりだったが、彼の中では礼二の内心は読まれているらしい。相手からでも分かるくらいに今の自分は浮かない顔をしているのだろう。

「礼二、いい加減あの男が味方である考えは無くしなさい。どんな時代でも敵になった人間は、敵対する者に情け容赦が無いの。今のあの大男だって、戦いとなればあなたを容赦なく殺しに掛かるわ」


 レイチェルから言われた言葉が礼二の胸に突き刺さる。

 そんなことは分かっている。

 バトラとの初めての演習の際に、最初に言われた言葉だ。

 戦いにおいては基本ルールなんて存在はしない。

 殺し合い。命のやり取りなのだ。

 相手だって自身の目的を達成するために進路を邪魔するものを殺しに掛かろうとする。自分だって自分自身を守ろうと自衛行動に移る。

 結果、中途半端な動きをしないためにも、「相手を殺す」意図を見せるような動きを取り入れる。


 相手は自分の戦闘技能を上げようと訓練に付き合ってくれた教官だ。

 自分よりも圧倒的に強いことは目に見えている。

 だが、相手が強いからと言って簡単に死ぬつもりはない。礼二にだって、ちゃんとした信念を持っているからこそこの部隊に居る。死ぬわけにはいかない。


 礼二は目の前で武器を構えているバトラの姿を目に焼き付けながら、一度深呼吸をした。

 バトラが敵であることを知り、平静さを取り戻しての呼吸であったせいか、頭の中でオーバーヒートしそうになっていた熱が一気に抜けたような感じがした。

 今の状況を例えるなら、相手のサーブを待っているテニス選手のような気分だ。

 最初の攻撃がどこから来るのか、どのタイミングで来るのか。相手の体、目線、手や足を見ながら次の行動を予測し、最良の手で捌きながら攻めに転じる。


 頭の中にあった余念を全て投げ捨てて、この命のやり取りに集中しろ。一瞬の隙でも与えてしまえば殺されてしまう。

 礼二は目を細め、バトラの体を視界の中心に捉えた。

 一人なら難しいけど、今やレイチェルが隣に居る。先程のアインとの戦いよりも上手く動けていたら、バトラ相手でも勝機は見つかるかもしれない。

 礼二はそう確信しながらバトラをじっと見つめ続ける。


[レイチェル、交互に前衛後衛と動き回って少尉を撹乱して、上手く連携をしながら攻撃していこう]

[分かってる。ただ気を付けて。相手はさっきの傭兵同様に戦闘経験が豊富な相手よ。連携が崩れても上手く一人で対処できるようにはしておいて]

[あぁ、分かってる]

 礼二とレイチェルは互いに脳内で話をしながらバトラの様子を2人して見ていた。

 すると、バトラの口元が少し緩んだ。


「ようやく心が決まったか神原。私を屍として踏んで歩いていけ。これは貴様にとって大事な通過点となるだろう」

 唐突によく分からないことを口走り始めた。

 大事な通過点? つまりは「自分の存在を糧にして成長していけ」と言いたいのだろうか。

 自分はこれから教え子達と殺し合うというのに、何を呑気なことを言っているのだろう。礼二は、自分を育ててくれた教官が自身の身を投げ出すような発言を聞いて内心憤怒した。


 「戦いたくない」と思っていた自分が馬鹿みたいだ。


 内心抱いていた思いが顔に表れ、にが虫を噛んだような顔になる。

 刹那、礼二とレイチェルの眼前にバトラが現れた。

[なっ…!]

[早すぎっ!]

 このバトラの行動は礼二だけじゃなくレイチェルも反応が遅れてしまっていたようだ。

 態勢を立てようとしている2人に対し、バトラはハルバードを横に振るおうと体を動かしている。


 くっ…最低限、剣を前に構えないと…

 ただ持ってくるだけじゃない。あの重い一撃をちゃんと受け止めるために両手で力強く握らなきゃ。

 「間に合え」と心に祈りながら、剣を握る力を強く保ちながら前に構えようとする。

 そしてハルバードの接近タイミングで剣を前に持ってくることができた。


 よし…!

 剣とハルバードが強い接触をした時、礼二は体ごと大きく吹き飛ばされた。

 なんて力だよ…!

 バトラも先程戦っていたアイン同様に一撃が重かった。

 あの図体だ。全く力が無かったら拍子抜けだが、やはり一撃が重い時は受け止めるのが辛くなる。


 礼二は吹き飛ばされて数秒間、対空状態にあった。

 受け身を取ろうと態勢をコントロールして上手く地面に足を着ける。

 アスファルトと靴が盛大に擦れる音を辺りに響き渡らせながら礼二は態勢を整えた。ふと隣に目を向けると、レイチェルも礼二と同じ態勢で立っていた。

 彼女の眼前に広がるアスファルトには何かと摩擦して焦げたような跡があり、彼女も礼二同様にバトラによって吹き飛ばされていた様子だった。


「ほれほれ。貴様らの力はこれ程かあああ!」

 バトラは再び2人の眼前に現れる。

 あんな図体のでかい人があそこまで素早く動けるのは全くもって予想外だ。

 訓練での模擬戦では一切使っておらず、礼二とレイチェルの攻めに対してカウンターを送る程度の動きしかしていなかった。

 いや、むしろ2人で攻撃を仕掛けてくるわけだから、そこまで動く必要は無かったのかもしれない。


 礼二は予想以上に素早く動くバトラの存在に驚愕していた。

 あの巨体であそこまで素早く動けるとは…

 そう考えていると、バトラは再びハルバードを横に振るおうとしていた。

 最初と同じ攻撃だ。これなら対処することは可能だ。

 同じ行動をすると想像できれば、ある程度対処することは可能だ。


 これがカウンターするチャンスかもしれない。

 そう考えた礼二は、横に振るわれるハルバードをしゃがんで避け、剣を下から振り上げようとする。

 取った!

 一撃を与えたと確信していたが、バトラは横に大きく振るったハルバードの柄を深く握り直し、自身に迫りくる刃の進行を食い止めた。

「えっ…!」

 予想外な行動。

 あんな大振りであれば攻撃は入ったと思ってしまう。しかし、バトラはそれを武器の持ち方を変えただけで防いで見せた。

 彼はただ力が強くて早いだけでなく、小手先も器用な方らしい。

 何これ万能すぎない?


 クロードといい、バトラといい、ウチの部隊の上官たちは何故こうも万能なのだろうか。

 様々な任務に関わる上で自然と必要になってくるのだろう。そんな考えは一旦置いといて。


 礼二の反撃は、バトラの細かい武器使いによって防がれた。

 鍔迫り合いとなれば、力の強いバトラが圧倒的に有利だ。それは出来るだけ避けたいところである。しかし、これは一人であればの話だ。今はレイチェルも居て2対1の状態にあたる。

 むしろ鍔迫り合いとなれば、その間までのバトラは無防備となる。


「ぐっ…」

 鍔迫り合いでバトラの動きを止めることができるとはいえ、大きな力で押さえつけられていると、とても腕が痛くなる。

 だが、これはレイチェルが攻撃を仕掛けるチャンスを与えることになる。

 礼二は横目でレイチェルを見ようとすると、いつの間にか彼女は居なくなっていた。

 相手の目の見えない位置から攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。

 そう思った途端、レイチェルはバトラの背後から落ちながら槍を振り下ろしていた。


 礼二はバトラにレイチェルの動きを悟られないように真顔で「取った」と思いながら彼と鍔迫り合いをしていると、唐突にバトラは姿を消した。

 礼二は目を見開いて驚き、レイチェルの振り下ろした槍は空を切りながら今起きている状態に驚きを示していた。

「どこに行った?」

「分からない。けど、私が上から攻撃を仕掛けようとした時はちゃんと居たわよ」

 2人は唐突に消えたバトラの強襲に備えながら辺りを見渡し続けた。


 しかし、あちこち見渡してもバトラの姿は見えない。

 あんな図体のでかい大男の隠れられそうな位置など限られてくるが、背後から微かに殺気を感じ取った。

「後ろだ!」

 礼二は大声でレイチェルに伝え、後ろを振り向きながら剣を正面に構えた。

 ふと見えたのはハルバードを横に振るおうとするバトラの姿。彼から放たれる一閃をレイチェルの正面で防ぎ、あまりの一撃の重さにレイチェルごと少し後ろに飛ばされた。


「…つぅ…礼二、大丈夫?」

「大丈夫だ。悪いな」

 レイチェルに両肩を抑えられ、少し情けない気持ちになる。

 だが、戦闘経験の差や体格の違い故、この状態になってしまうのも仕方ない。

「レイチェル、魔術で少し牽制を混ぜて攻めてみよう」

「分かったわ」


 2人してバトラへの攻め方を打ち合わせすると、別れるようにレイチェルは礼二とバトラから距離を取り始める。

 この様子を見ていたバトラは彼女には何もせず、ただ礼二を見ていた。

 おいおい…レイチェルの存在は無視かよ。まさか、俺から殺しにかかるってわけじゃないよね?

 相手としては、最初は戦闘経験の少なさを踏まえて早めに倒せる礼二を先にといったところだろうか。

 この戦いにルールなんて存在はしない。「弱い」と見た者から仕留めて数を減らす。戦いの常套(じょうとう)手段だ。


「大方、2人で私を欺きながら攻撃を仕掛けていこうという魂胆だろう。だから今はフラッドのことは追わないでおく。それまではお主と戦っておこう」

 バトラはそう言うと、ジグザグに進みながら礼二の元へと接近をし始める。

 あんなでかい得物を持っているというのに、足が遅くなる気配が全く無い。あれがバトラ・クラインという男が鍛えぬいた体故の動きなのだろう。


 バトラとの距離が残り20メートルに差し掛かった。

 彼は未だジグザグに走りながら礼二との距離を詰めてきており、相手の位置を目で把握するのがやっとだ。

 めんどくさい動きをするなぁ…

 左右に動き回られると、何処を見て良いのかが分からなくなる。

 左右に魔弾を展開しようにも、集中している間に正面から斬りこまれるし、ただ正面に武器を構えるだけでは左右のどちらかから斬られてしまうかもしれない。

 どちらにせよ、防御が手薄になってしまうのは確実だ。


 もうめんどくさい。

 左右に魔防壁をある程度の魔力を注いで展開。

 正面は剣を構えてすぐ防御行動を取れるようにしておこう。

 剣をギュッと握り締めてバトラの襲撃に備える。

 目線を左右に動かすのは面倒だから、もう正面だけに集中。後は向いている方向の視界から何とか追っていくしかない。


 左右に動くバトラの姿を視界内に収めつつ剣を構える。

 そして、バトラはハルバードを右斜めに振り下ろそうとするように見えたが、微かに腕を動かして左斜めに振り下ろした。

 フェイント…!

 あんな武器を使っておきながら、こんな器用なこともできるのか…

 全長の長い武器を器用に扱うのは難しいと思っていたが、バトラはあっさりとこなしている。

 これは彼がどれだけこの武器を使って戦い慣れていることの証でもあった。


 あまり準備もできずにハルバードによる重い一撃を受けた礼二は、膝を地面に付けながらバトラとの鍔迫り合いに応じることになってしまった。

 体勢を立て直さないと…

 今の礼二は片膝を地面に付けて迫りくる刃の進行を防いでいる。

 この体勢ではあまり力を入れることができない。ただでさえバトラの一撃を受け止めるだけでも精一杯なのに、力を十分に出せないとなると、時機に防御を崩されてしまう。


 危機を感じ始めた頃、辺り一帯に魔力が漂っているのを感じ取った。

 これは…レイチェルの…?

 漂う魔力はバトラの後方に集まり、自然と鎖の形になっていく。

 そうか。捕縛(バインド)を仕掛けて確実に攻撃を当てるように仕向けるのか!

 もう少しで相手の攻撃から解放される。

 この思いだけで何とかバトラの重い一撃を食い止め続けることができる。


 数秒後、バトラの背後に漂っていた魔力は完全に鎖の形となり、彼に纏わりついた。

「ぬ?」

 彼は自身が縛られていることも気付かずに、じっと礼二を見つめている。

 鎖の一部は彼の腕にも纏わりつき、次第には一気に後ろへ引き上げた。

「ぐっ…! 捕縛(バインド)か」

 自分が現在置かれている状況に気が付いたバトラは、少し焦りの色を見せた。

 彼としては、レイチェルが捕縛(バインド)を仕掛けてくるなんて想像外だったのだろう。


「あなたの相手は礼二だけ(・・)じゃないわよ?」

 レイチェルは不機嫌に思わせる声色で言いながら槍の穂先をバトラに向けていた。

 穂先には小さな魔弾に魔力が収束している様が見えた。

「内に宿りし魔力よ…一点に収束し対象を破壊せよ。圧縮魔導砲ブラスティングバスター!」

 固まりに固まった高密度の魔力の塊が、捕縛(バインド)によって体を縛られたバトラの元へと向かって行く。


 取った!

 そう思えた。だが、他の特殊部隊隊員から歴戦の兵士と言われた実力は伊達ではなかった。

「これぐらいで私を追い詰めたつもりか…甘いわ」

 捨て台詞のような言葉を吐き捨てたバトラは、レイチェルの槍から放たれた高密度の魔弾と接触した。

 辺り一帯は広大なエネルギーによって強い風圧が生まれ、礼二とレイチェルに襲い掛かる。

 これだけの威力だ。倒せたに違いない。


 刹那、鋭い魔力の刃が正面から見えたような気がした。

 これは一体…

 そう思ったのも束の間、レイチェルが礼二の前に飛び出して魔防壁を展開した。

()っつ…ぼっとしない!」

「えっ…あれで終わったんじゃ――」

「あれを見て終わったなんて言えるの? 相当な化け物(・・・)よ、あの大男」

 どういうことだ?

 あの一撃でバトラは終わったかのように思えた。

 しかし、目を凝らしてみると、微かに見える鋼の輝き。

 煙のシルエットから見て、彼の持っているハルバードのように思えた。


「待て待て…なんであの状態から生きてるのさ…」

「お主らとは鍛え方が違うのだよ。鍛え方が」

 バトラは微笑みながら煙の中から姿を現した。

 高密度の魔弾の副産物として発生した砂埃で汚れているが、それ以外は全く傷が見えない。傍から見て無傷のように思えた。


 あの圧縮魔導砲を直撃したのに、何故無傷で居られるのか。

 とても不思議でならなかった。

[一瞬だけど、あいつは魔弾に直撃しそうなタイミングで魔防壁を展開していたわ。それと同時に捕縛も力づくで解除したっぽい。なんて馬鹿力なの…]

 礼二の疑問は、全てレイチェルの冷静な解説によって解消された。

 しかし、彼女の苛立ちようから察するに、バトラの行ったことは普通ではできないことであるように思える。

 レイチェルの目から見ても、彼の存在は普通(・・)の魔術師としては規格外なのだろう。


「私を捕縛するなど――」

 バトラは地面にヒビを入れる程強く足を踏み入れ、一気に2人との距離を詰めようと動き始める。

「10年早いわ!」

 レイチェルと礼二は、バトラのハルバードの攻撃範囲から離れるように後退しながら散開し、距離を取った。

 ぶおん、とハルバードを空を切る音が聞こえ、彼は得物を持った手と逆の手を地面に叩きつけた。

「唸れ。我が意思の元に荒れ狂え――グランドテイル!」


 バトラが叩きつけた拳の下から茶色い何かがアスファルトを突き破って地上に出てくる。

 それは荒ぶりながら礼二とレイチェルの元に向かい、鋭い突起を生み出しては体を突き破ろうとする。

「何だこれ!?」

「魔力で土や木を操っているのね。ここまで激しい動きを出来るのは相当な使い手だわ」

 驚く礼二に補足を伝える形でレイチェルは口を開いた。

 魔力はこんな使い方もできるのか…

 魔術の発動とはいえ、純粋な魔力で作ったものにしか意味が無いと思っていた。

 まさか現存している物に何らかの効果を与えることができるとは…


 頭の中で魔力の使い方に関心していると、この原理は剣に魔力を込めて切れ味や強度を高めることと同じであることに気が付いた。

 応用さえすればこんなこともできるのか。


 そう考えている暇はない。

 今は目の前に迫りくる土木の塊をどうするかを考えるんだ。

 礼二とレイチェルは避け方を同じように考えたのか、空に浮いて回避を試みた。

 地面から続々と生えてくる土木の塊は宙に浮く2人を追うように成長していく。逃げるように礼二とレイチェルは更に空高く上がろうとするも、土木は2人に追いつこうと成長を止めない。


「おいおい追い過ぎだろ」

「中々しつこいわね。本人の性根が写っているのかしら」

 レイチェルは変わらずバトラへの辛口なコメントを出す。

 彼女の口ぶりから察するに、バトラが敵対することに対して違和感は感じていない様子だ。

 そういう風に考えられる神経が、礼二にとっては羨ましかった。


 土木は急激に成長し、礼二の眼前に辿り着く。

 一定の速度で成長していたのに慣れていた礼二は反応が遅れ、左手に土木の塊が絡みついた。

「ちっ、やば…」

 都合が悪いと言わんばかりに嫌な表情をすると、咄嗟の判断で絡みついてきた塊に剣を振るった。

 バッサリと斬れるものかと思ったが、土木の塊はやけに硬く、剣の刃先が塊に刺さった。


 か、硬っ!

 相手はただこの塊で動きを止めるとは思えない。本命の一撃を後から加えに来るはず。

 早く絡んできた塊を斬り落とさないと重い一撃が待っている。

 礼二は剣に魔力を込め、切れ味と強度を強化した剣を、魔力で強化した腕で振り下ろした。スパンと塊は斬れ、彼は自由の身となった。


 あれ? クライン少尉が居ない…

 塊を斬り落とした直後、礼二はバトラの位置を確認するも、彼は何処にもいない。

 何処に行ったのだろうと考えながら成長してきた塊の真下を見てみると、そこには斜面に置かれているツタを上る形で走るバトラの姿があった。

「そういうことか…」

 大方、土木の塊で動きを縛って、自慢のハルバードで必殺の一撃でも与えるつもりだったのだろう。やろうとしていることは簡単に見えるが、彼の持っているハルバードの大きさや重さを想像しても計り知れない威力になる。


 バトラが20メートル近くの距離に差しつかった頃、彼は唐突に礼二の元に現れた。

 ちょ、ちょっとどういう速度で動いてるんだよ…

 この速度での移動は見た覚えがある。

 バトラが初めて接近してハルバードで斬りかかった時も使っていたし、アインも同じような移動手段を使っていた。

 あんな速度での移動は、人間技で出来る訳が無い。だが、魔術を併用してなら上手くいくかもしれない。


 礼二の眼前に現れたバトラは、ハルバードを下から振り上げた。

 礼二はそれを剣で防ぐが、あまりの力の大きさに軽く吹き飛ばされてしまった。

「ぐっ…」

 今の彼の体は無重力に居るようなイメージ化にある。強い力を叩き込まれてしまえば自然と力の向く方向へと吹き飛ばされていく。

 そしてバトラは追撃をと言わんばかりに土木の塊から飛び出し、ハルバードを振り下ろした。

 礼二はそれも剣で防ぐも、彼と武器が落ちる速度を含めた力は予想以上に大きく、一気に下に叩き落された。


「がはっ!」

 背中から地面に思い切り叩きつけられ、自然と声を漏らす礼二。

 バトラは更に上からハルバードによる重い一撃を与えようと空から降りてきた。

「させないわ!」

 2人の間に割って入るようにレイチェルが、電気を纏った槍を正面に構えて突進を仕掛ける。

 バトラが落ちてくるタイミングと合わせることは成功するものの、槍による刺突は柄によって軌道をずらされ、彼女はそのまま素通りしてしまう。


「その程度の奇襲など私には通用せぬわ」

 バトラは魔力で自身に纏わりつく重力を無に変え、その場で宙に浮いたままレイチェルの姿を見送っていた。

 2人のやり取りは何が起きているのかが分からなかった。

 レイチェルがただ外したのか、バトラが意図的に外すように仕向けたのか、礼二の目線からでは何も見えない。

 だが、彼の動きが止まったことにより、礼二には態勢を整える時間ができた。


 よし、今が攻撃のチャンスだ。

 礼二は正面に陣を精製し、目の前には魔力を集中させた。

 そして背後には魔弾が円を描くように展開し、右手に持った剣先をバトラに向けた。

発射(ファイア)!」

 陣からは高密度の魔導砲。

 背後からはバトラに向かって行くように魔弾が発射された。


 魔導砲、ならびに魔弾は全てバトラに命中。

 手痛いダメージを与えたかのように思えたが、そう上手くはいかなかった。


「この程度で私が傷つけられると思ったか?」

「マジかよ…アレまだ動くの?」

 正面に見えたのは、土木の塊だったものの一部が塵のように朽ち果てた姿だった。

 恐らく土木の塊の一部がバトラの正面に立ちはだかり、ほとんどのダメージを軽減してしまったようだ。


 あーもうこれどうするのさ…

 攻撃力は最高レベル。防御も今のような流れが多くなるだろうと見て最高レベル。

 正直なところ、礼二とレイチェルでは撃退できる自信が無い。

 そう考えていると、ふと「不審者を見た際には連絡を行う」という指示の内容を思い出した。

 そうだ。早く今の状況を誰かに教えなきゃ。

 礼二は耳に繋がっているトランシーバーに声をあててみた。


「こちらDark(ダーク)、五條病院にてバトラ・クライン少尉の裏切りにより交戦中。Lilith(リリス)と共に交戦しているが、2人では抑えきれない」

 煙漂う中に存在するバトラの姿を見ながら、トランシーバー越しにいるであろう仲間に報告をしていると――

「残念だが、ここら一帯は通信ができないようにジャミング波を流している。助けを呼ぼうが無駄だ」

 煙の中から抜けるようにバトラが宙を浮きながら礼二に向かって進んでいく。


 通信できないように…まいった。これでは助けも呼ぶこともできない。

 礼二とレイチェルだけで、この状況を打開しなければならない。

「神原、そろそろ君も一人で戦えるように自立する時なのだ。例え教官の立ち位置にあった私であったとしても、この戦いには勝たねばならぬぞ?」

 バトラは礼二に問いかけるように言った。

 何故だか、今の彼には明確な殺気が感じられない。

 今の礼二が未熟故なのかもしれないが、礼二自身を成長(・・)させるために彼が戦っているように思えてならなかった。


「じゃあ…何故俺らは戦わなければならないんですか!? 少尉は私と戦いたくないのではないんですか?」

 彼が戦う理由が全く見えない。

 軍に裏切りを行おうとしているのは先程の態度から見て察することができる。

 だが、何故軍を裏切ろうと思ったのか。

 礼二はバトラの考えていることの真意について知りたくてたまらなかった。

 相手が無言で戦おうとするなら遠慮なく攻撃を行うことができるが、自分を導くような問いかけをされながらだと、相手に抱いていたこれまでの感情が沸き上がる。

 相手に攻撃する敵意が見えないと、攻撃の手が鈍る。教えて欲しい。頼むから。


 バトラは口を閉ざしながら、宙から地面に降り始めた。

 2人の間に沈黙が走りながらバトラは地面に足を着け、礼二との距離は詰めずに地面を見つめた。

 裏切る理由を話すか話さざるか、どちらにしようかどうかを考えているのかもしれない。

 すると彼はゆっくりと近づき、30メートル程で足を止めた。

「神原、お前は魔術師と普通の人間たちが仲良く共存していけると思うか?」


 唐突な質問だった。

 魔術師と人間の共存なんて考えたこともなかった。

「魔術師と普通の人間たちの共存って、どういうことですか?」

 魔術は本来、この世の中で秘匿されるべき力と技術だ。

 これを扱う魔術師は世の中からはあまり知られていない存在にあたる。

 魔術師と普通の人間が共存しているのが周知されることなんて、あってはならないのだ。

 魔術師であり、かつ現在の立ち位置について知っているであろうバトラが急にこんなことを言い出すのは驚きだった。


「言葉通りだ。君は魔術師の存在については魔術の師であるフラッドから大体のことは聞いているであろう。私がこれから言うのは、一般的に言われる魔術師の存在の裏についてだ」

 またしても何が言いたいのかが分からない。

 一般的に言われている魔術師の存在?

 そもそも魔術師の存在なんて秘匿されている訳だから一般的なものではないはずだ。

 少尉は、「自分たちの目線での一般的な話」をしようとしているのだろうか。

 礼二はバトラの言わんとしていることを想像していた。


「魔術師の存在というのは、本来何の能力も持たない普通の人間たちには知られてはならないもの。しかし、私たちが持っている魔力は、突然に目覚めることが多い」

 礼二が考え事をしながらだんまりとしていると、バトラは急に口を開き始めた。

 魔力は突然に目覚めるもの。

 何それ聞いたことが無い。何かしらの遺伝があるものかと思っていた。

 一つの疑問が生まれた礼二は、バトラに問いかける。


「突然に目覚めることが多いって…魔力は元々私たち人間が持っているものなんですか…?」

 突然に目覚めるものと聞けば、魔力は元々体の中で眠っていて、何かのきっかけで扱えるようになると言っているように感じる。

 この仮説が本当であれば、全人類に魔力が備わっていることになる。

 これは一つの大発見だ。

 きっかけさえ掴めれば、世界は魔術によって更に技術の進歩ができるということなのだ。


「うむ。魔力は元々、私たち人間に備えられた力だ」

 礼二の仮説は正しかった。

 この情報が世界に知れ渡れば魔術師を一気に増やすことができるのかもしれない。

 自分たちのような少ない魔術師でどんどん襲い掛かる魔獣の討伐も、人が増えることによって多少なり負担が減らせるだろう。

「そんな…じゃあ、これを他の人に教えましょうよ。これで世界が豊かになるかもしれ――」

「貴様はアホか?」


 夢物語を話そうとすると、バトラは先程までの穏やかな表情から、これから誰かを殺すような見るのも悍ましい表情へと変貌した。

「少…尉…?」

 普段見ている彼からはイメージしない表情を表に出されて、礼二はどう反応して良いのかが分からなかった。以前の彼には何があったのだろうか。


「例え全員に話したところで、世界の人口全員が魔力を目覚めさせることはできない。あくまで突然目覚めるもので、最終的には魔力を扱える者と扱えない者で分類されるようになるぞ」

「でも、魔力が扱えるようになれば、世界全体はさらに良くなると思うんですよ。魔術とか魔法みたいな夢のような力、誰だって憧れ――」

「むしろ逆だ。魔術での殺し合いが発生し、現存する兵器よりも更に人を大量虐殺できる兵器が生まれるかもしれぬ。

 さらには魔力を扱える者が、扱えない者を低い身分とするのかもしれぬのだぞ? 私はそんな世界を望んではいない」


 魔術。それは人を助け、希望を与えるもの。

 これまで見てきたファンタジー物語では、主人公の扱う魔術や魔法のような類は人のためになるものだと思っていた。

 しかし、現実はそうじゃない。

 実際に全人類が魔術を得てしまえば良い方向に扱う者もいるだろうが、悪い方向に扱う者も居るかもしれない。

 現に最近まで礼二たちが戦っていた紅蓮の猟団(クリムゾンジャガー)に至っても、帝都民の安全を脅かすことを行っている。論より証拠だ。


「神原、貴様が魔術に憧れていたからこそ聞くが、『憧れ』というのは良いものなのか?」

 礼二は何故かバトラから質問を受けることになっていた。

 何かに憧れることは悪いことではない。

 憧れというのは理想であり、自分もそうなりたいと強く願うことだ。

 自分にとっては目標ができたようなもので、目標があれば人生を強く生きることができる。憧れを持つのは悪いことではない。

「憧れは、目標的なものな感じがして良いものだと思うんですけど」


「じゃあ君は、例え手に入らない(・・・・・・)ものでも、ずっと憧れ続けられるのか?」

 

 礼二は、バトラの言いたいことをなんとなく察した。


 あっ、これ良いな。かっこいい、自分もこうなってみたい。こうなれるように頑張ろう。


 軽い憧れであれば、人はまだ前向きに感じられるだろう。

 しかし、憧れているものがどれだけ頑張っても手に入らないものであればどうなるだろうか。

 抱いていたあこがれは、最終的に悍ましいものへと変貌する。


「近くの人間が魔力を扱えると分かれば、最初は憧れの存在に変わるだろう。だが、時間が経てば相手に妬みを抱くようになり、更には魔力を扱えない人間たちが揃いも揃って扱える者たちを陥れる」

 だんまりとする礼二を見据えながら、バトラは続きを話す。

 憧れは最初だけ。憧れを目指し、努力して努力して足掻いてそれでも手に入らなかったら妬みへと心変わりする。

 そして妬みは憧れを陥れるように行動し、最終的には憎しみへと変わる。自分に持っていないものを羨ましがって、自分を優位に保とうとするために相手を陥れようとする。

 例えるなら、学力テストで1位を取りたくても、ずっと1位で居続ける人がいて苛立ちを抱くような感情だ。


「そして魔力の扱える者たちは弾圧されるようになれ、最終的には地位を低くして奴隷のように扱う結果になるかもしれぬ」

 バトラの話す内容はあくまで想像上での話。

 だが、妬みまでの流れを考えれば、そうなってしまう可能性も十分あり得る話なのだ。

「このことはもう、今の段階で起きている。だからこそ、全世界に魔術の存在を知らしめてしまえば、大きな妬みが魔術師全体に行き渡ってしまうのだ。私の娘もそう――」


「娘って…」

 バトラからは娘は妻と共に殺されたと話を聞いている。

 礼二は自身の中で、バトラが裏切り行為に至った理由をなんとなく察した。

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