4-6.再戦
礼二は先日使えるようになった魔剣術の練度を上げていくため、何度も同じ動きを続けてきた。
レイチェルやクロード、バトラから無茶し過ぎと言われたことを繰り返さないためにも、適度に休みを設けながらずっと剣に魔力を込めながら振り続ける。
そうして努力を続けていること約1週間。事態は再び動き始めた。
◇ ◇
「よし、ようやく扱えるようになってきた」
魔術を剣に込めて放つ一振り・魔剣術。
原理だけ言えば簡単に見えるものだが、体に慣らすとなれば話は別だ。
体に慣らすべく一週間近く振り続けて、ようやく自分の物にすることができた。
後はどうやって戦いに混ぜていくかだ。
そこら辺も慣れになってくるが、ある程度想定はしておいた方が良いだろう。
「これで戦いに混ぜていけるわね」
「あぁ! 決め技ができたようなもんだぜ!」
魔剣術の訓練にはアイラに見て貰っていたが、あの夜からレイチェルが見ることになった。
技は剣術寄りなのではと思うところであるが、魔術が主に精通しているからということでレイチェルが見続けた方が良いというアイラと2人で決めたことなのだろう。
礼二は小学生に戻ったような喜びを表に出していた。
隣にいたレイチェルは、フフっと面白いものを見たような微笑みを浮かべた。
「ん、何笑ってんだよ」
「いえ、礼二がこういう振る舞いをするのは久しぶりだなーって思って」
「そうか? いつも通りだけど」
自分がいつも通りと言っても、他の人の目からではそう見えていなかったのだろう。
自然と疲れが表に出てしまっていたかもしれない。少し気を付けよう。
「まぁまぁ、あなたはいつも気張りすぎている感じはしたから…」
ここ最近気が付いたことなのだが、レイチェルは割と礼二のことを見ている。
先日だって自分でも気が付かなかった目の下の隈や、体を巡る魔力が少し乱れていることも言われている。何だろう、彼女は秘書に向いているかもしれない。
レイチェルの観察力に感心していると、帝都の住宅街から爆発音が突然聞こえてきた。
音の聞こえた方から警察が出動したことを知らせるサイレンや、騒動に戸惑う帝都民の声がどんどん大きくなっていった。
「何かあったのかな」
「これは出動掛かりそうね」
礼二は何かあったのかと戸惑っていたが、レイチェルは少し他人気味に感じる。
もう少し帝都民に興味を持てよ…
彼女の態度に溜息をついていると――
[緊急事態。緊急事態。帝都の南区にて何らかの爆破が発生しました。出撃する隊員は速やかに出撃棟に集合してください]
基地内から出動命令としてオペレーターの声が響き渡った。
「本当に出動する事態になったな…行くぞ、レイチェル」
「えぇ」
礼二とレイチェルは、軍内放送に従って出撃棟へと向かって行った。
◇ ◇
帝国軍基地内の出撃棟では、軍から隊員が出撃する際に必要な移動車両、装備が整えられていた。
出撃する隊員だけでなく、武装車両や武器の管理・整備をする人たちが慌ただしく動いていた。
そんな中、礼二とレイチェルは共に出撃するであろう特殊部隊の面々を探していた。
「おーい2人ともー。こっちだ」
唐突に声が2人を呼ぶ声。
聞こえた方向へ顔を向けると、そこにはミハエルの姿があった。
「あ、ミハエルさん」
2人は彼のところへと足を運ぶと、出撃棟から出てくるクロードの姿が見えた。
「皆、集まってるな。今回も紅蓮の猟団の手によるものだと考えられる」
部隊の面々に声を掛ける時のクロードの目は、とてもやる気に満ち溢れていた。
無理もない。
最初の襲撃で敵の捕獲に失敗し、調査も大して進んでいない。
最近は軍に対する世論もかなり厳しい状況下にあり、首謀者にあたる団体を取り逃すことはできない。何としても
「全員出動して奴らを捕まえる算段で行こう。心してかかれ」
「サー、イエッサー!」
部隊の面々に声を掛ける時のクロードの目は、とてもやる気に満ちていた。
前回の作戦は失敗。
最近は軍に対する世論もかなり厳しい状況下にあり、首謀者にあたる団体を取り逃がすことはできないからだ。
「よし、これより紅蓮の猟団の捕縛戦を開始する。隊員各位、出撃の準備をせよ!」
彼の声に従うように、部隊の面々は出撃棟の中へと入っていった。
◇ ◇
「ふぅ…」
出撃用の装甲車内で溜息一つ。
礼二は高まる高揚感を抑えようと、胸に手を立てて精神を抑えていた。
いつになっても戦いの前の緊張や高揚感は抜けない。
魔剣術を覚えたいという一心はあったとしても、戦いはいつでも怖い。
生と死の狭間に揺れる命のやり取り。誰かの命を奪い、奪われる殺し合い。
魔術は人を助けるために使う力だ。
それを人を殺したり、陥れたりするための力ではない。
だからこそ、そのように力を使うことに抵抗があるのだ。今震えているのは、自分が考えている魔術の使い方が間違っていることに気が付いているからだ。
「礼二、大丈夫なの?」
震える礼二の姿に心配したのか、レイチェルが横から問いかける。
これから戦いに出るというのだ。
何回か経験しているはずなのに未だ恐れを抱いているというのは少し格好が悪い。
「まぁ大方、またアイツ等と戦うのが怖いんでしょ。前回はコテンパンにされてる訳だし」
大体合ってる。
自分が相手を負かすことは難しいと考えているが、命のやり取りをする戦いに参加することが怖いのは確かである。
アイラの一言で、レイチェルの礼二を見る目が変わった。
その目は儚げで、何か申し訳ない気持ち抱いているような雰囲気を醸し出していた。
「まぁまぁ…そんな重く考えるようなことじゃないですよ。ただ、何でこの街はこんなに襲われるんだろうなーと」
できるだけ周りに心配させまいと軽い嘘を重ねる。
あまり付き合いの長くない特殊部隊の面々から見れば、礼二の言う通りに考えていたが、レイチェルだけは疑っているような視線で彼を見ていた。
◇ ◇
礼二たち特殊部隊を乗せた装甲車が現場に辿り着く。
帝都南区に辿り着くと、帝都民が焼けゆく住宅街を眺めていた。
最初は『爆破された』と聞いていたが、爆発された流れで並びゆく住宅が焼けている様子だった。
「うわぁ…凄い焼けてるな…」
装甲車から出た礼二は、感嘆の声を上げていた。
爆破してから火災が発生するにしても、あそこまで燃えるのは予想外だったからだ。
「消防隊が働いてくれているけど、あまり効果は無いみたいだね」
出動している消防車の数は見えている限りで約10台。
消防隊は手を抜かずに全力で消火活動にあたっているが、火災は全く収まる気配がない。
「うだうだ言っていないで、働きますよー」
予想以上に大きくなっている火災に呆気を取られている部隊の面々の目を覚ますように、チェインはやる気なさそうに言う。
装甲車は火災現場近くまで走った。
現場近くまで辿り着くと、装甲車内に居る特殊部隊の面々は外に出始めた。
礼二たちの乗っていた車両より先導していた車両の後ろからクロードが現れ――
「状況は最初よりも悪くなっているはずだ。火災現場に突入して要救助者の確保、並びに紅蓮の猟団との遭遇した際には撃退してくれ。手段は問わない」
自分の部下たちに行動指針を確認事項として挙げていた。
火災現場での救助者の確保というのは、消防隊が確認できないところの手助けといったところだろうか。
「大佐、撃退すると仰られておりますが、どこまでの負傷は問題ありませんでしょうか?」
「できれば殺さないでほしい。今回の作戦は撃退することが目的なのだが、殺傷するのもアリだ」
「承知いたしました」
遠藤が紅蓮の猟団の扱いについて確認を行った。
捕縛というのであれば生かすこと前提であるが、今回は相手が相手なので手加減のしようが無いと判断したのだろう。
遠藤は、自分の下に付いている部隊の面々の様子に目配せする。自身の体をほぐしたり等と、いつでも行けるような状態であることを確認した。
「私と中尉は装甲車の通信室で様子を見ながら指揮をする。諸君、命を大切にしながら任務にあたってくれ。
では…状況開始!」
「サー、イエッサー!」
クロードの声がきっかけとなり、紅蓮の猟団捕縛作戦は始まりを告げた。
◇ ◇
現場を歩み始めて30分が経過した。
歩く先には火災の色が長く続き、巻き込まれてもなお生き続ける生存者が時折見える。
見つける度に後ろを歩いていた消防隊員たちに救助者たちの搬送を引き継ぎ、さらに奥へと進んでいく。
「お、またアンタ等か」
どこかで聞いた中性的な声が聞こえてくる。
辺り一面は煙に覆われており、あまり遠い距離を見渡すことはできない。
風が吹いて煙が晴れた瞬間、声の主は姿を現す。
「お前は…」
灼熱のような赤い髪に、マントに隠れて薄っすらと見える女性とも思わせる輪郭。
紅蓮の猟団の団長・アインだ。
アインが姿を現したことをきっかけに、金髪の子供の風貌をしたクリスと、妹のアンリも現れた。
「あー! あの時のお兄ちゃんだー」
「また邪魔されないように3枚おろしにしてあげないとね」
目の前には紅蓮の猟団の構成員3人がいる。
恐らく背後には前の狙撃手や、まだ姿を現していない魔術師の存在があるだろう。
そこを警戒しながら立ち回らなければならない。
「今度はちゃんと楽しませてくれるんだよね。軍人さん?」
一瞬にしてクリスが遠藤の懐に入り込み、右手に持ったコンバットナイフを横に振るおうと動いていた。
やはり早い。
小柄な分、よりすばしっこく見える。目で追うには苦労しそうだ。
遠藤は咄嗟に反応して持っていた杖で防御に転じようとした瞬間、彼の目の前から2本の刃が現れた。
「おいおい…私を忘れないで貰えるかな?」
戦闘狂・アイラ。
先程までの彼女とは打って変わって、目はギラギラ光っており、肉食獣のような輝きを放っていた。
◇ ◇
「おいおい動きが遅ぇぞー。ヒャッハッハッハ!」
「クッソ…早すぎる…」
アインが礼二に向けて剣をぶんぶんと振り回す。
一振り一振りが急所にあたる部位を的確に傷つけようとしており、殺意が見え見えだった。
相手が急所を狙っているのが分かるからこそ防御できるんだけど、ずっとこのまま抑えられん…何か対策を考えないと…
状況としては、特殊部隊の人員が6名、紅蓮の猟団の人員は6人。
人数的には互角な状態であるが、相手一人ひとりの戦闘力の平均に圧倒的な違いが表れていた。
特に、運悪くアインと対立する形となった礼二は、彼に何も手を出せずにいた。
彼と共にレイチェルもアインの相手にあたっているが、上手くコンビネーションアタックを図ったところで一撃も通りはしない。
「きゃっ」
礼二が抑えている中で不意打ちを狙おうとしたレイチェルがアインに攻撃を弾かれる。力強く弾き返された彼女は、爆破で落ちて立ったと思われる鉄骨に背中をぶつけた。
「リリス!」
「他気にせずに俺と楽しもうぜぇええ」
アインは容赦なく礼二に剣を振り下ろす。
強烈な殺意を向けられた礼二は、鉄骨に吹き飛ばされたレイチェルのことを気にする暇もなく、剣で抑えていた。
うっとうしい…!
苛立ちを感じながらアインの攻撃を防ぎ続ける。
あの日と変わらず間髪の無い攻撃。ずっと防ぎ続けるだけでは相手にやられたい放題だ。
俺は変わった。
今の攻撃を防御しかできないような状態ではない。
アインが連続して剣による攻撃をする時は、反撃する隙が全くと言っていいほど見つからない。
どう攻撃しようかと考えるところだが、もう頭の中で攻めに転じるシナリオはできている。後は実行するのみだ。
アインはブンボンと剣を縦や横にと振るい続ける。
彼の剣戟は一閃一閃が強力なものであるが、これらの攻撃は全て相手が受け止める前提で振るっているように見えた。
ならば受け止めるように見せかけて受け流してしまえば良い。
そう考えた瞬間、アインの剣が大振りで降り下ろしそうな軌道を見せた。
礼二はそれを正面で受けとめて右に流す。
「ちっ!」
アインは礼二がやろうとしたことを見抜いたのか、楽しむように緩んでいた顔をしかめた。
相手の攻撃を受け流し、礼二は体をくるりと回転させながら左から右へと剣を横に振るった。
「取った!」と歓喜しているのも束の間。アインは剣を降り下ろしたまま刀の柄でそれを受けとめた。
そんなのアリかよ…
あまりにも予想外な攻撃の防ぎ方に戸惑いの色を表す。
相手の意表を突いたことを察したアインは、礼二の腹目掛けて蹴りを叩き込もうと足を伸ばす。
避けようと相手との距離を取ると、同時に相手から離れ行く刃にアインが刀の刃を力強く叩き込んだ。
ぐっ…!
荒々しいというに相応しい強引な力に大きく距離を離されてしまう。
なんて力だ…やっぱり一撃一撃が重い…
今の状況は、まさに先日の戦闘と似ている。
相手からは主に力で押され、技量で傷を負わされていく。圧倒的な戦闘能力の差で、どんどん死に追い込まれていくような気がしてとても恐ろしい。
だが、あの日と同じ展開にしては、ここ最近行ってきた訓練の意味が無い。
アインは態勢を整えられないでいる礼二との距離を一気に詰めてきた。
気が付けば距離は5メートル。
彼は刀を横に大きく振るおうとしていた。礼二はそれを剣で受け止め、アインはさらに下から刀を振り上げようと動き始める。礼二はそれを距離を離して避ける。
「逃がさん。紅蓮炎砲!」
礼二に向かって左手を翳したアインの手のひらから赤く輝く魔力の塊が現れた。
そして塊から炎が礼二に向かって放たれた。
ほ、炎!?
魔術で炎を出すことなんて見たことが無い。
魔力を通して風や電気を操る様を見たことはあるが、最初から炎の纏われた術を見るのは初めてだ。
礼二は信じられないものを見たような目で、アインに睨みつける。
彼は本気だ。
考えてみれば、あの時は明らかに手加減をして殺そうとはしていなかった。
しかし、今回は遊びは終わりだと言わんばかりに、こちらが動きづらいよう動かしているように見える。誘導の仕方が上手い。さすが長い間戦場を駆け回った傭兵と言ったところか。
礼二は迫りくる炎を魔防壁で防ぐ。
雪崩のようになだれてくる炎を続けて防壁で防ぎ切ると、正面に居たはずのアインの存在が消えていた。
どこに行った…?
辺りを見渡す。今ここで獲物を仕留めようとしている相手の考えであれば、次の攻撃を仕掛けようと近くで構えているはずだ。
後ろを振り向こうと体の向きを変えると――
いつの間に…!
背後からアインが刀で斬りつけようとしている瞬間に遭遇した。
「ぐっ…」
剣で防ごうとするが間に合わない。
やむを得ず魔防壁を展開して防御に入る。
刀の斬撃は防ぎ切った。しかし、刀を振るう際に使われた力によって体ごと後ろへ動かされる。
「よく防いだ。今度はこれでどうだぁ!」
アインの持つ刀から炎が巻き上がる。
この刀剣に巻き上がる炎には見覚えがある。魔力を用いて攻撃範囲を拡張し、高温で焼きながら対象を斬りつける『焔剣滅殺』だ。
炎は荒々しく一本の刀剣へと姿を変えようとしている。
刹那、アインと礼二の間を割り切るように、高密度の魔力の塊が通り過ぎた。
「あんたの相手は彼だけじゃないわ」
魔力の塊の来た方向に顔を向けると、そこには槍の穂先をこちらに向けたレイチェルの姿があった。
「圧縮魔導砲!」
槍から圧縮された魔力が放出される。
一度触れてしまえば高温の火傷を負ってしまいそうな程の熱量で構成されていて、魔力が通り過ぎた後は酷い蒸し暑さを感じた。
「ちっ…しつこい女は嫌われるぞ」
「乱暴な男も嫌われるわよ」
アインとレイチェルの2人は互いに嫌味を言い合う。
彼はレイチェルの元に一瞬にして近付き、刀を大きく横に振るう。迫り来る刀を彼女は槍で防ぐが、力負けして大きく吹き飛ばされてしまう。
「雑魚が! 人が殺り合っている間に割り込んでくるんじゃねぇ!」
アインは自身の関わる戦いに入ってきた介入者に言い放つ。
邪魔者がいなくなったことを確認すると、再び礼二の元へと距離を詰めてくる。
待て、早すぎだろ。
レイチェルがアインとの戦いに介入して、彼に場外へと吹き飛ばされるまでの間、約10秒。
この一連の流れがギャグのように思えてくる。
刹那、アインの刀が上から迫ってくるのを感じた。
礼二は剣を頭上に構えて迫りくる刃を防ぐ。
「やっぱ反応速度は良いな。ウチに欲しいくらいだ」
「悪いけど、アンタらの活動は良く思ってなくてね。絶対行ってやるか!」
「それは残念だ」
アインがそう呟くと、唐突に頭上から高熱を感じた。
ふと眼だけで上を向けてみると、頭上には炎を纏った魔弾らしきものが10数個程宙に浮いていた。
「俺の思い通りにならない奴は皆燃えてしまえばいい」
続けて呟くと、炎を纏った魔弾らしきものは礼二目掛けて降り注がれる。
危機を察していた礼二は、すぐさま距離を取りながら背後に魔弾を展開し始める。
「遅い」
しかし、この選択肢は悪かった。
アインは魔弾が着弾して立っている煙の中を構わず進み、一瞬にして礼二の目の前に移動していた。
マズい…このままでは…
あまりの素早さに反応が遅れてしまった。
さらにアインの刀を振るスピードはさらに増し、例え相手が攻撃しようとしているのを認識したとしても体を動かすことができない。
魔防壁で防御? いや、それはただの一時しのぎにしかならない。力で押されて再び攻め込まれるのがオチだ。
防壁は一応展開しておき、相手の攻撃に構える。
迫り行く刀から目を離さず待ち続けていたが、唐突に刃の進行が止まった。
「えっ…」
「何だ!?」
戸惑いの色を顔に表す礼二に対し、アインも自身が陥っている状況を理解できないでいた。
ふと彼の後方を見ると、両腕辺りには魔力の光を帯びた鎖が縛られている。
鎖…まさか…!
礼二は相手を縛る鎖の存在に希望を抱いた。
この魔力を帯びた鎖には彼も見覚えのある輝きを放っていたからだ。
「ちっ…糞女ぁ!」
苛立ちの籠った叫び。
性別も分かっている様子から、アインも鎖を生み出した主が誰であるのかを気が付いている様子だった。
「だから…私の存在を忘れてもらっては困るわ…」
未だ立ち籠る煙の中から聞き覚えのある声が聞こえてくる。
彼女は煙の外へと移動が済むと、槍をアインに構えて距離を徐々に詰め始める。
煙から出てきた人物はレイチェルだった。
彼女はアインから場外まで飛ばされてしまうも、魔術『捕縛陣』を密かに仕掛けていたのだ。
「…まずはお前からだ」
アインの目は明らかに殺意が込められているように感じる。
彼はレイチェルの居る方向に体を向け、再び距離を詰めようとしたが、別で付けられていた鎖が彼の動きを封じていた。
「鬱陶しいな」
鎖は地面を重点にしてアインを縛り付けているように見えた。
自分の状況を再認識した彼は、体に赤い魔力を纏い、何か仕掛けようとしている感じがした。
「ちょっと…何でもアリってレベルじゃないわよ…」
赤い魔力はアインを縛る鎖に纏わりつき、少しずつ溶かしているように見える。鎖が弱まったところを狙った彼は体全体に力を入れ、鎖を引きちぎった。
確か同じような行動は、礼二が仕掛けた時にレイチェルにやられた覚えがある。
あの後に聞いた話だと、相手を魔力で縛るには術に掛けた魔力量よりも多い魔力量を行使すれば力づくで割ることが可能であると聞かされている。
彼女の驚きようから察するに、捕縛陣を発動する際に使用した魔力量は普段よりも多かったのだろう。
これを少し力を入れるだけでも破ることができるというのは、馬鹿みたいに全体的な魔力量が多いのだろうと見ることができる。
それにしてもアインという男の魔力量はどれだけあるのだろう。攻撃を仕掛けてくる時も魔力で身体強化をしつつ魔剣術を併用して力押しで攻めている様子だ。
あれだけ攻めても全く体力が切れない様子だと、多大な魔力量を秘めていることを表している。
「そんなショボいことをしてないで、純粋に斬り合おうじゃないか…
女ァアアアア! 槍を構えろ!」
アインはレイチェルに目線を向け、剣を構える。
先ほどまでの表情と打って変わって、彼女の前に飛び込む瞬間には一瞬にして顔にかなりの皺を寄せていた。
「はぁああああああ!!!!」
地面に蹴りを入れる際、足に留めたと思われる魔力が弾けるような波動を感じる。
目では視認しづらい程のスピードでレイチェルの元へと距離を詰めるアイン。
レイチェルはやけくそに自身の正面全体に魔防壁を展開し始めた。
ガキン、と強い衝撃を受けたような音が辺りに響き渡り、レイチェルとの距離は大きく離された。
早すぎる…
目で負えない程の速度で突進されてしまえば、あれだけ吹き飛ばされてしまうのも納得できる。
鋭い突進に力任せと言わんばかりの力強い一太刀。
あんな攻撃を防御したとしても、次の行動までにワンテンポ遅れてしまう。
アインはそれを狙ったかのように、何とか立ち上がろうとしているレイチェルに再度突進していく。
また同じような攻撃を受けてしまえば彼女は手痛い一撃を受けてしまう可能性がある。
何とかしたい。だが、この距離では相手に近づくのは間に合わない。
しかし、何もしないよりは次の一手を止めるように動いた方が良い。
そう考えた礼二は、アインとレイチェルの元へと走り出した。
アインと彼女との距離は残り5メートル。もう今すぐにでも斬りかかれそうな距離だ。
アインが刀を振り下ろそうとする瞬間、何かが割って入ったように見えた。
「おい、何邪魔してんだよ」
「私も混ぜてくんないかな?」
アインとレイチェルの間に割って入ったのはアイラだった。
彼女は大きく振るわれた彼の一太刀を吹き飛ばされずに2本の剣で受け止めていた。
「ほぅ…この2人に比べて力はあるようだな」
「鍛え方が違うんでね!」
アイラはアインの攻撃を受け止めた後、2本の剣で振り払うように彼を退けた。
「あんたとは殺り合いたいが、もう他のメンバーに予約されているようだぜ?」
「それはどういう――」
刹那、アイラの後ろから何かが彼女の体を貫通した。
アイラは自身の体を貫く存在が唐突に出てきたことに驚きを隠せないでいる。彼女はそのまま地面にひれ伏した。
「どう…して…」
礼二は彼女の体を貫いた何かが飛んできた方向に顔を向ける。
するとそこには、狙撃銃をアイラに構えた一人の女性が立っていた。
あいつは…
あの銃には何故か見覚えがある。それにあの遠距離からの狙撃は一人しかいない。
最初に紅蓮の猟団の面々と戦った時に魔弾で連続狙撃してきた魔術師だ。
一人で牽制を交えつつ、正確に相手を狙おうとする狙撃。
あの狙撃手は女性だったのか…
そんな反応をしながらも、礼二は辺りを見渡した。
レイチェルは数十メートル離れた位置で倒れている。
アイラは彼女との間に割って入る位置で、狙撃手の女性から攻撃を受けて倒れている。
チェインと遠藤はクリスとアンリの兄妹と交戦中。
ミハエルはマントを羽織った男と、交戦が始まってからずっと魔弾を交し合っている。
そして礼二は今、全く歯が立たないアイン相手にかなりの苦戦を強いられている。
最悪だ。
あの日、あのまま戦いが続いていたらこんな結果になっていたのだろうか。
自分の力が足りなくて申し訳なく感じる。
魔剣術を覚えたところで、使うタイミングさえ見つからなければ、宝の持ち腐れのようなものだ。
ん、待て。タイミング…
礼二は相手から魔剣術が扱えないという扱いに至っているのではないかと考えに至る。相手が自分のことを魔剣術扱えない人間であると思っている間であれば、一矢報いることができるかもしれない。
一つの希望が出来た。
手痛い一撃を与えてしまえば、多少なりとも動きを鈍らせることができるかもしれない。
ならば今度はいつ狙うかを考えよう。
そう考えようとした刹那、狙撃手のいた方向から倒れているアイラ目掛けて高密度の魔弾を飛ばしている様子が見えた。
あいつ…止めを刺しに行くつもりだ。
考えている余裕は無い。体の赴くままに飛び出すしかない。
しかし、弾速と自身の速さを比較しても、魔弾が着弾する方が早い。
魔防壁を遠距離から展開しても、あの密度の高い魔弾を防ぎ切れる自信は無い。
だったら――
礼二は持っている剣の剣先を自身の体の後方に構えた。
魔力を剣の刃渡りに行き渡らせ、中心から竜巻を作るイメージで風を精製する。
「風よ…」
剣を中心に風が纏わり、ごうごうと風が吹き荒れる。自身の中で覚悟を決め、剣に溜めた竜巻を暴発させるように魔力をコントロールさせた。
「荒れふぶけ!」
何かが爆発したような音が辺りに響き渡る。
礼二は暴発した竜巻から生まれた風の力によって、一瞬にしてアイラの元へ吹き飛ばされる。
やっべ、威力強すぎた。
本来、魔剣術は相手に向けて扱うものだ。威力の調整なんてしていられない。
予想以上に威力を高めにしてしまったせいか、風力が強すぎて飛び過ぎている。
狙撃手の持つ狙撃銃から高密度の魔弾が発射される。
速い速度でアイラの元へと向かっていくそれは、渦を巻くように鋭さを出している。
そして彼女の元に向かい行く礼二。
彼は何とか地面に踏ん張りを付け、魔弾の着弾に間に合わせる。
抑えきれるか分かんないけど…!
左手を魔弾の飛んでくる方向に差し出し、魔防壁を展開する。
防壁に着弾した魔弾は簡単には消えず、削り取るように防壁に接触し続けた。
なんて弾だよ…
あんなのに直撃してしまえば、軽い当たりでも重傷化してしまうのは目に見えている。
今だって防壁を削りとろうと魔弾はゴリゴリと削り続ける。
どうするか…もう弾の軌道をずらしてやり過ごすしかない。
礼二は右手に持っていた剣を強く握り、魔力を集中させた。
剣の強度を上げて無理矢理弾く。もうそれしか手段は無い。
そう考えて行動を始めようとした刹那、背後にはアインの存在があった。
「仲間を守ることに集中しすぎなんだよ」
礼二が正面を向けている方向は、狙撃手と向かい合う形で向いている。
つまり、アイラと対峙していたアインからは背を向けた状態となる。
仲間の放った魔弾の対処に追われている礼二の状態を好機と思い、背後から接近を仕掛けたのだ。
アインの持つ長刀が礼二の首目掛けて横に振るわれる。
万事休す!
正面には鋭い高密度の魔弾を防ぎ、背後からはまともに防御をしても吹き飛ばされる程の力で振るわれる刀の一閃。
左手で防いだとしても軽傷では済まないはずだ。
終わった。そう考えた刹那――
アインと礼二の間を割り込むように一閃の雷が轟音と共に落ちてきた。
落ちた雷の威力は凄まじく、落ちた地面には小さなクレーターが出来ている。
未だ残る雷の残り香。パチパチと走る音の中で、微かに金属同士が擦れ合う音が聞こえてくる。
「何だなんだ? あんたらは選手交代ってのがやけに多くないかぁ?」
「君らが予想以上に強かったみたいで、部下に任せたままなのは心が痛くてね。私自ら出てきたのさ」
聞き覚えのあるクールと思わせて内に情熱を秘めていそうな声。
中学生の礼二の身長を軽々と超えた背丈のある男性だ。
「Dark、Lilith、Force3は下がれ。私が2人の相手をしよう」
雷と共に唐突に現れたのは我ら特殊部隊の隊長、クロード・アズベイルだった。




