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CODE-D  作者: ryu8
4章 無能復讐者
47/67

4-3.展開

 礼二が訓練に復帰した日の午後。

 特殊部隊の面々は会議室に集まっていた。

 目の前にあるホワイトボードに書かれているのは「帝都襲撃事件」の単語1つだけ。

 これから行われるのは、数日前から行われた帝都各地を対象にした襲撃事件の調査結果の共有会だ。

 各自でまとめた結果を元に部隊全員の意見をまとめ、後の調査展開を決めていく。

 つまり、現在判明している事実を全員でまとめ、今後の動きを固めていく、というものだ。


 礼二が会議室の中に入った時、中ではレイチェル以外のメンバー全員が室内で軽い雑談をしていた。

「お、神原。こっち来いよ」

 礼二が部屋の中に入ったのを見たミハエルは、手招きをして彼を呼ぶ。手招きされた場所は、チェインが座っている席の右隣だった。

 手招きされた場所に座ると――

「体の調子はどうだ? もういいのか?」

 体調を気遣われた。


 相手としても模擬戦中に模擬戦相手の意識が飛んでしまうことは予想外の出来事だろう。

 恐らくミハエルは意識を飛ばした礼二の体がどうなったのか心配していたのかもしれない。

「えぇ大丈夫ですよ。充分休めたので今は何ともないです」

「良かったー。間違ってもう動けないものかと思ってたからな」

「ん、神原は訓練中に倒れたりでもしたのか?」

 礼二とミハエルの会話を聞いた前方の机から左手に座っていた遠藤が訪ねてくる。

 特殊部隊内の実行部隊の隊長としては、隊員の身に何かがあったのかが気になるのだろう。しかし、模擬戦中に意識を飛ばしてしまったという事実は、礼二にとってとても恥ずかしい。


「えぇ、倒れましたよ」

 隠したい事実であるが、ミハエルは礼二の羞恥心を気にせず遠藤に話した。

 うーん、こう言われると恥ずかしい。

 今回の模擬戦では、礼二以外の面々はできるだけ力を抑えめにして戦っていたらしい。

 そんな条件下であっさりと伸びてしまうとか、とても情けない。近くに穴があれば隠れたい気分だった。

 まぁ、隠れたい穴があったところで、遠藤、アイラ、ミハエル、レイチェル、チェインといった特殊部隊の面々に囲まれているから逃げることはできないわけだが。


 礼二が恥ずかしい思いをしている最中、タイミングを見計らったようにクロードが部屋の中に入ってきた。

「さて、全員集まってるな。これから共有会を始めるぞ」

 彼の一言により、室内にいる隊員間の空気が変わった。

 緩やかに感じた空気は一瞬にして緊迫とした空気に変わり、ざわついていた空間に沈黙ができあがった。

「今回集まってもらったのは事前に共有した通り、帝都各地で起きている襲撃について調査した結果を報告していく。誰か、分かった情報はあるか?」


 クロードは特殊部隊の面々に声を掛けるが、周りからは何も反応がない。

 シーンと静まり返った会議室の空気を壊すように、遠藤が挙手しながら――

「大佐、申し訳ないのですが…事件現場を探し回っても、新たな証拠の発見には至りませんでした」

「見つからなかった。ちゃんと探し切ったのか?」

「はい。事件現場から分かることは建物を大体どのような手段を用いて破壊したことしか分からず、これ以外の証拠は見つかりませんでした」

 遠藤は申し訳なさそうにしながら頭を下げた。

 彼の行動を見たチェインは席を立ち、同様に頭を下げる。他のメンバーは遠藤とクロードの間を見るように視線を合わせ、全く動こうとはしていなかった。


「そうか。事件現場には証拠は出なかったが、一つの可能性は生まれた」

 クロードの言葉に会議室内にいるメンバーは目を大きく見開いた。

 彼は一息付くと、続けるように口を開いた。

「3回目の帝都襲撃から、真紅の猟団(クリムゾンジャガー)のメンバーが関わってきていることが分かった。ならば、この一連の事件は奴らに関連していることが予想することができる」

 クロードは自身の持論を述べた。

 しかし、真紅の猟団(クリムゾンジャガー)が事件現場に居たというのは、あくまで状況証拠にすぎない。直接証拠が無ければ、彼らが犯人とは言い難い。


「それは早計では無いでしょうか?

 真紅の猟団(クリムゾンジャガー)の面々は、あくまで事件現場に居ただけです。ただそれだけで犯人扱いするというのも――」

「だったら、君はこの事件をどういう風に調べるつもりだ?

 我らが見つけ切れていないかもしれないが、相手は痕跡を残さずに事件を起こしているから証拠は見つからない。これら事件の犯人に繋がる手がかりは全く無いんだぞ。ならば、仮に犯人を奴らと見た上で視野も変わる」

 チェインはクロードの持論に反論したが、付け入る隙間もなく言い伏せられてしまった。

 彼としては状況証拠のみで判断を定めたくは無いのだろう。誰かを犯人とするなら決定的な直接証拠が欲しいと考えているかもしれない。


「それに奴らは…我らが事件の解決に介入した際に戦闘行為にまで走っている。この時点で公務執行妨害で捕らえることが可能だ。結局は奴らを捕まえるなり始末する必要がある」

 クロードの言う通り、現状は直接証拠なんて何も無い。

 あくまで真紅の猟団(クリムゾンジャガー)のメンバーが居たという事実だけだ。

 犯人の手がかりが無い以上、今は奴らを手がかりとして扱うほかない。

「そうですね…結局は彼らを追いかける必要がありますね」

「そういうことだ」


 チェインは納得しながら着席した。

 彼としては真紅の猟団(クリムゾンジャガー)を状況証拠として犯人と見るのは納得がいかなかったぐらいで、結局追いかける必要があることに気が付いてどうでもよくなったのだろう。

「んで、その真紅の猟団(クリムゾンジャガー)についてであるが、何か調べたか?」

「こちらについては調べております。

 私の持つ情報網内に引っかかっている情報によれば、構成員はアインと呼ばれる青年を初めとして所属しており、どのメンバーも桁外れな戦闘力を誇っているとのことです」

「そうか。奴らの構成員はどのようになっているかは分かるか?」

「申し訳ございません。先日、我らが遭遇した者しか確認ができておりません」


 先日の戦闘において確認した真紅の猟団(クリムゾンジャガー)のメンバーは、この5人しか確認されていない。

 リーダー的存在にある中性的な顔立ちの少年で、刀剣使いのアイン。

 中性的な顔立ちかつ自己中心的な子供のように見受けられたコンバットナイフ使いのクリス。

 クリスの妹にあたり、兄同様にコンバットナイフ使いでゴスロリ衣装を纏ったアンリ。

 2丁の拳銃を武器とし、魔弾の扱いに長けているように見えたマントの男。

 遠距離で牽制しつつ狙撃も行おうとしていた狙撃手。

 一人ひとりの戦闘能力や連携能力は高く、全く手に負えなかった。確認したメンバー以外にもまだ居るというのであれば、次の戦闘では対応に苦労するだろう。


「分かった。報告ありがとう」

 遠藤の報告を受けたクロードは、腕を組みながらホワイトボード前にあった台にもたれかかった。組んでいた左腕を頬杖を突く要領と同じ動作を行って顎を支え、目線は真っ直ぐに向けられている。

「あの…大佐殿、私らからの調査報告は以上となります。これで解散しても問題はございませんでしょうか?」

「ん…あぁ! 問題ない。各自、自分の業務に取り組んでほしい」

 自分がぼーっとしていたことに気が付かず、彼は驚くように部下に指示を出す。

 彼の指示通り、特殊部隊のメンバーは椅子から立ち上がり、会議室からどんどん人が抜けていく。


 この事件、解決するのだろうか。

 礼二はそう感じながら、自身に与えられた業務に戻った。


 ◇ ◇


 帝都各地で起きている襲撃事件についての調査結果を共有した日の夜。

 礼二は屋外の訓練スペースで黙々と剣の素振りをしていた。

 ブン、ブン、と等間隔にリズムを刻むように模擬刀が(くう)を切る。リズムと刀に掛ける力は全く変えず、均等に素振りをしていた。

 やけに気を使って素振りをしているからか、模擬刀に力が入らないように腕の筋肉に力が強く入ってしまっていた。


「さすがに疲れてきたな…」

 武器に力が入らないようにと、素振りをする際に掛かる力を全て腕で受け止めている。

 正直なところ意味が無い。体に余分な力が入らないように素振りを行っているはずなのに、武器に力が入らないように別の箇所に力を入れてしまうのは素振りの意味が無い。

 素振りをし始めて約1時間。いつの間にか模擬刀を振った回数は900回を超えていた。


「お、やっておるな」

 横から渋くも勇ましい声が聞こえてきた。

 声の聞こえた方向へ顔を向けると、そこにはバトラがいた。彼はゆっくりと歩いて礼二の元へと近づいていく。

「おいおい…腕に力が入り過ぎておる。このまま素振りを続けておれば、変な癖が付いてしまうぞ」

 バトラは素振りを続ける礼二の腕を掴み、模擬刀を振るのを止めさせた。

 戦闘の指導者にこう言われて止まらない訳にはいかない。礼二は仕方なく腕を動かすのを止め、両手に持った模擬刀を下に下げた。


「し、少尉? 何故こんな時間に…?」

「そういう貴様こそ、何故こんな時間まで訓練をしておるのだ」

 バトラにそう言われ、左腕に付けていた時計を見てみると、気付けば時刻は21時を回っていた。礼二は「もうこんな時間か」と呟きながら、バトラに目を向けた。

「こんな時間までやっていると、翌日に影響でるぞ?」

「そうですね…ここまで動いていると、何か影響は出そうですね」

 礼二はそう言いながら剣の素振りを止め、持っていた剣を魔力で開けた異空間へと持っていった。


「ふぅ…」

 素振りをしている間は気が付かなかったが、止めた途端に急激に疲れが襲い掛かってくる。

 さすがに復活して一日で、こんな量の自主トレーニングは体に応えたのだろう。

 深呼吸すると同時に肩が下がるのを見たバトラは口を開く。


「何故こんな時間までやっておるのだ?」

「休んでいる間にたるんでしまった体の感覚を取り戻そうとしているんですよ」

 礼二の答えに、バトラは頷きながら腕を組んでいた。

 休みの間はずっと体を動かしておらず、今日の訓練では動いていないことの弊害が顕著に出ていた。

 今朝の模擬戦であんなザマを見せる結果であったからこそ、今の内に体を慣らしておく必要性がある。

 バトラは嬉しいのか嬉しくないかよく分からない複雑な表情で口を開いた。

「自主練習は構わないが、長時間やるだけでは意味は無いぞ?」


 確かにただ長時間体を動かし続けるだけでは、余計な動きも慣らしてしまう可能性も生まれる。

 もしそのような結果を生んでしまえば、これまで掛けてきた時間が無駄にしかならない。

 そう考えた礼二の腕からは、力が少しずつ無くなっていた。剣先を虚空の彼方に戻し、精神を落ち着かせるべく深呼吸をした。

「ほう、聞き耳を立てる余裕はあるようだな」

「えぇ…時間を無駄にしそうな感じがしたので」

「うむ、それが利口だ。しかし、何故こうも焦る必要があるのだ? 貴様はまだ若いし、現役を引退するまでの時間は多く残っておる。焦る理由など――」

「それでは駄目なんです。私がしっかりしなければ帝都の被害が広がるばっかりなんです!」


 礼二は、バトラの言葉を遮るように訴えた。

 確かに、特殊部隊内では圧倒的に若い礼二は焦る必要なんて無いだろう。

 時間はいっぱいある。しかし、ゆっくりしている時間なんてあまり無いのだ。


 あの時、礼二は黒い魔力の力を吐き出しても勝つことはできなかった。

 あれは相手の魔力が特別大きいという訳でもなく、何か特別な体質もあるわけでは無かった。むしろ元は平凡であるように思えた。

 魔力量だけの戦いであれば、黒い魔力を開放した礼二が相手よりも優れているはず。この優位的な状況で負けてしまった理由は、魔力の扱い方、戦い方で劣っていたことにある。

 だからこそ、今の内に自分の体や魔力の使い方を馴染ませる必要があるのだ。


 バトラはだんまりと礼二を見つめたまま口を閉ざしていた。

「…神原、少し話がある。私の部屋まで来てくれないか?」

 唐突な誘い。

 バトラは冗談で言っている様子もなく、真剣な眼差しで彼を見つめている。

 この練習に何か文句でも抱いているように感じられた。

「大丈夫です」

 「ここで聞きます」と一言聞くだけで良かったと思ったが、これは上官からの誘いだ。それにバトラ自身は無駄なことをわざわざするような人には見えない。何か大切なことを話そうとしているのだろう。


「よし、では付いてこい」

 バトラに付いてくるよう促された礼二は、彼の指示に従って後ろに付いて行った。


 ◇ ◇


 バトラの部屋は、礼二が住んでいる兵舎A棟の隣にあるB棟にあった。

 兵舎なんて自分の住んでいる建物しか見ておらず、B棟なんて初めて見た。

「へぇ…兵舎ってAとB棟の二種類があったんですねぇ」

「数か月住んでいて、そんなことも知らなかったのか…」

 彼は身近にあまり興味を抱いていなかった様子の礼二に呆れを抱いていた。

 自分の住処近くで何があるかを見ておくものでは無いのかと考えていたからだ。


 B棟の建物の中に入り、右にある通路へと通された。右手には軍の基地が見え、左手には各部屋の扉が見えた。

 そして、通路をずっと進んで奥の部屋まで通された。

「ここが少尉の部屋ですか?」

「そうだ。そのまま入って良いぞ」

 バトラは礼二の問いに答えながらドアの鍵を開け、「早く入れ」と言わんばかりの手招きで彼を招いていた。

 礼二はバトラの手招きに応じ、部屋の中へと入っていく。

「お邪魔します」

 玄関の下には靴置き場があり、靴を脱いだところから左手にはキッチンがある。

 正面の通路の先には、6畳半のリビング、この間取りの中にベッドが供えられていた。見たところ、彼が住んでいる部屋は礼二が住んでいる部屋と大して変わっていないように感じられた。


「案外…普通なんですね」

「案外とは何だ。君の上官とは言えど、私も軍に属する兵士だ。大して特別扱いはされていないさ」

「いや…階級の高めな人は多く給料を貰って、ある程度良いところに住んでいるのかなと思ってまして」

 礼二も軍役に入って、ちゃんと給料が入っている。

 給料内には役職手当のようなものが入り、階級の高い軍人は良い場所で生活しているイメージがあった。現に礼二の居る兵舎だって家賃は必要無く、必要なのは毎月求められている施設の維持費のみである。


「私はただココに居たいから、兵舎住まいなのだ。やろうと思えば一軒屋買うぐらいの貯蓄もあるし、高級マンションの一室を借り続けることもできるぞ」

「なるほど。それは失礼しました」

 バトラとしては、この兵舎に何か思い出があるらしい。

 さらに質問を重ねようかと思ったが、これ以上聞くのは野暮な気がしたので辞めることにした。


 そう思いながら辺りを見渡す。

 リビング内は備え付けのベッドやテレビ以外では、礼二の(すね)辺りぐらいある高さの収納ボックスと戸棚があった。全て中に収納されているからか、あまり散らかっている様子は感じられなかった。

 見渡していると、ふと一つの写真立てが目に入った。

 写真にはバトラと一人の女性、そして一人の少女が写っていた。


「ん、これは私の家族だ。妻と娘」

 写真を見ている礼二の疑問を察したのか、バトラは写真に写っている女性と少女の正体について言った。

 へぇー…少尉に家族居たんだ…

 バトラ・クラインという男とは訓練でしか関わりを持っていないからか、厳しい訓練をさせるように仕向ける教官のようにしか感じていない。

 毎回厳しい訓練を受けていたレイチェルからは「女にはモテない」と言われるぐらいであり、プライベートでもこんな感じなのだろうかと思っていたが、そうでもないようだ。


 写真に写っている女性は美しく、少女は可愛らしく、夫婦を見るだけで美女と野獣、その間に生まれた子供を連想させそうなイメージが思い浮かんだ。

「貴様、何か失礼なことを考えていないだろうな?」

「い、いえ…奥様が綺麗で、娘さんは可愛いなーと…」

 何故そこまで分かった。

 恐らく、これまで写真を見てきた人も礼二と同じような反応をしていたのかもしれない。同じ反応を多く見ていれば、自然と反応した相手の考えていることの想像は容易だ。


「おぉおおおおおそうだろう? 私の自慢の妻と娘だ! 35年生きているが、妻と結婚できて可愛い子供も生まれて一番の自慢だ」

 バトラは普段見せている顔とは全く異なった朗らかな表情で笑っていた。

 いつも彼を見ている人からでは想像も付かない――意表を突かれる程に優しい顔をしていた。

 やっぱこの人でも、家族相手だとこんな顔もするんだな。

 礼二は少しだけ得した気分に浸っていた。人があまり見せないような顔を見るのは、レアな感じがして嬉しい。


 しかし、なぜ自慢とも呼べる妻と娘は彼の近くに居ないのだろう。自慢であれば、自分の近くに置いておきたいと考えるものだ。

 礼二がバトラの言うことに違和感を感じていると――

「どうした。私の顔に何かついているのか?」

 彼から尋ねられた。

 自分の言っている発現に何か違和感を感じられたと見ているのだろうか。

「いえ、そうではないんですよ。ご家族はどうしているのかなーと。ご家族がいらっしゃるなら、一緒に暮らすのだって――」


「2人は死んだよ。私が任務に出ている間に殺されたみたいでな」


 礼二の質問を遮るように、バトラは家族の現在について話した。

 あぁ…なんてことをしてしまったんだろう…

 軍人は基地にある兵舎でなくとも、何処かで部屋を借りたり家を買ったりして別の場所で住むことも可能だが、彼はここにいる。

 それはつまり、家族とは悪い中にある等、一緒に居られなくなった事態になってしまっていると想像することができたはずだ。

 礼二だって家族を失って兵舎に住んでいる。少し考えれば分かることだった。


 2人の間に沈黙が走る。

 バトラは礼二の目を見つめているが、礼二自身は少し気まずい雰囲気を醸し出しながら何と言葉を発すれば良いのか考えていた。

「あ…えっと…すいませんでした」

「何を謝る? 妻と子供が殺されたのは5年前の話だ。他の人間に突っ込まれたところで傷つくぐらい弱い男ではないわい」


 彼は戸惑う礼二を安心させようと優しい声音で話しかけた。

 それはまるで家族に対して言葉を呟くように。

 バトラ自身も礼二の家族はもう居ないことを知っている。だからこそ、礼二が感じている過ちに気が付いている。

 家族を失った者同士、どのような言葉を浴びせれば傷つくとよく分かっている。自身の目標を達するために訓練を一生懸命に取り組む少年だからこそ、生真面目に自分自身を痛めつけることも。


「何も知らずとはいえ、私は少尉が気に掛けていることを突いてしまいました。その点については悔やむべきところです」

「私はもう良いと言っている。これ以上気にするのは、余計に相手に気を使わせるようなことだぞ」

 礼二は申し訳ない気持ちを表に出しながら顔を俯けた。

 当人はそう言っていても、相手を傷つけてしまったのは事実だ。

 自分自身、こういうことには気が付く人間だと思っていたから、間違ったことに苛立ちを感じているのだ。


「…まぁいい。気にしたければ気にしておれ。話を戻そう」

 本題はバトラの家族の話ではない。彼から「話がある」と言われて、ここに来たのだ。

 礼二はバトラの部屋に呼ばれた理由を思い出し、ハッと何か気が付いたような反応を示した。

 そうだった…少尉に話がある言われていたっけか…

 そう考えると、バトラは話を切り替えようと口を開いた。

「神原よ。君は何をそう焦っているのだ?」


 話を切り替えての開口一番が、外で聞いた質問だった。

 また答えなきゃいかないのかと気怠さを感じた礼二は、めんどくさそうにしながら口を開く。

「これ、外でも話しましたよね? 紅蓮の猟団との戦いで私は奴らを止めることはできなかった。奴らに追いつくためにはもっと強くならなきゃいけないんです」

「魔術師として動き始めて半年も経っていない若造に、私らが何かを期待していると思っているのか?」

 唐突にこの人は何を言っているのだろう。

 「何故強くならないといけないのか」から「君に期待していることがあると思っているのか」と話の流れを変えられ、礼二の頭の中では意味が分からなくなっていた。


「待ってください。何故部隊の人たちが私に何かを期待している云々の話になるんですか?」

「それは、お主が気付いていない間に何かしらの劣等感を抱いているように見えたからだ」

 劣等感。

 そんなものは特殊部隊に入ってきてから毎日感じている。

 小学校卒業してからあまり経っていないの年齢でありながら軍人という肩書きは周りから称賛されるが、実際は力の無い者が急に権力を持ったみたいなようなものだ。


 子供と大人の違いから生まれる体格と体力差。

 そんなものが生まれないことなどあり得るのだろうか。

 年齢による体格差であればまだマシであるが、戦闘での経験値の違いもある。

 全てにおいて、礼二は他の隊員に比べて劣っているのだ。

「劣等感を感じない訳無いじゃないですか。私は他の人に比べて何もかも劣っているんですから」


 これは礼二自身も気が付いている。

 訓練の時から体力の有無や力に劣等感を感じ、戦闘時となれば魔力の使い方や戦い方がよく分からず劣等感を感じることが多々あった。

 魔術を扱う同じ特殊部隊のメンバーなのに、ここまで扱いきれないことに苛立ちを感じる程だ。

「だろうな」

 バトラは最初から礼二の答えが分かったような口振りで彼の言葉を受け流した。

 なんでこんなことを聞き出したのだろうか?


「何故今更このようなことを聞くんですか? 気付いているなら、別にそんなことを聞かずとも――」

「私はな。お主は元々力を付けようと焦っているように感じていた。

 だが、最近は焦りが顕著に出てきて、とても危なっかしいのだ」

 バトラは礼二の言葉を遮りながら自身の意見を言った。

 そして一息付くと――

「今のお主は…紅蓮の猟団と戦わせれば死なせる可能性があるとも見ている。大佐には作戦から外してもらうよう進言も考えているのだ」


 衝撃的な一言だった。

 これは礼二がこの世に生きるための原動力であり、彼唯一の存在意義を無くしかねない一言だった。

 バトラから告げられた言葉の意味を受け止められないでいる礼二は、目を見開いたままずっと彼を見つめていた。


 これはどんな冗談だろうか。

 俺から魔術師としてここに居る人たちを守る仕事を取り上げてしまえば何が残るというのだろう。

 家族や家も無い。通っていた中学校は辞めて軍の基地で学びながら訓練漬けの毎日を送っていたせいか、友達との交流も無い。何も無くなってしまう。

「ま、待ってください。私は死にません!」

「そう言いながら死んでいった者を、私はいっぱい見てきている。そんな言葉は信用ならん」


 彼は礼二がこの仕事に抱いている思いをどんなに強く抱いていたとしても、この言葉を発していただろう。

 しかし、ここで引き下がる訳にはいかない。

 今の自分から帝国民を守る使命を取り上げてしまえば、何を糧に生きていけば良いだろう。生きがいを失くすようなことがあってはならない。

「私にはこれしか無いんです。何もかも魔獣によって失くした私にとって…この仕事は、他の人たちに私と同じような目に合わせないようにすることができるんです。戦わせてください…」


 戦わせてください。

 バトラの目から見れば、戦いに参加したがる礼二の姿はどう映ってしまっているのだろう。

 今の日本帝国内には、礼二のような年齢で戦いに出る者は彼を除いて存在しない。本来であれば平和に過ごしたいと願って戦いを望まないはずだ。

 それでも「戦いたい」と訴える礼二は、一般的に異常(・・)と称されるだろう。

 だが、元々妄想(・・)の中で戦い続けていた彼にとっては、今の状況は願ってもいないものなのだろう。たとえ、理想と現実が乖離(かいり)しているものであったとしても。


 バトラはどこか狂った少年を見ながらだんまりと口を閉ざした。

 彼を誤った方向へと導いてしまえば、後に取り返しの付かないことが起きてしまう。そう感じて彼は送るべき言葉を選んでいるように思えた。


「神原…お主は一人で帝国民の平和を脅かそうとする者の対処に当たる気か?」

 そんなことはできる訳が無い。

 礼二の体は一つであり、複数の現場で事件が起きてしまえば片方は他の人に任せるしかない。

 バトラは何を言っているのだろう。

「そんなことできる訳ないじゃないですか。私一人で回れる現場に限界はありますし、その時の状況によっても――」

「いや、そうじゃない。お主一人で事件現場を回れと言っているのではなく、お主一人で敵と戦っているつもりかと聞いているのだ」


 一人で戦っているつもりはない。

 前の戦闘だって特殊部隊の他の面々と一緒に戦ってきた。

 しかし、一緒に戦ったとしても勝つことはできなかった。相手の力が強大だからこそだ。

「そんなわけ――」

「そんな訳ないと言いたいところだろうが、お主自身が強くなろうと焦っているのが何よりの証拠だ。いい加減自覚しろ」

 自分が言おうとしたことを潰され、礼二はボーっとした目でバトラを見つめる。


 なぜ彼は自分でも気が付かなかったことを見抜けているのだろうか。

 出会って数か月。大した月日は経っていないというのに。

「なぜそんなことまで分かるんですか?」

「お主の動きを見ていれば分かる。一つ一つの動きが勝利に貪欲だ。攻撃も焦っているような気がしてとても危なっかしい」


 いつの間にかここまで見られていたのか。

 礼二はバトラの持つ観察眼に驚いていた。

 彼はクロード同様に歴戦の軍人だと聞いている。今は前線から退いているが、新人・現隊員育成で人を見ているからか、人を見る目が更に肥えてきているのだろう。

 しかし、礼二が抱えている問題を可視化したところで、何も問題解決の糸口は見えていない。


 じゃあ、俺はどうすれば良いんだ?


 焦って強くならなくても良い。

 ただそう言われても、次の襲撃が来た際には更に被害が増してしまうかもしれない。

 そんなことがあって良いとは言い切れない。

 頭の中で悶々と考えていると、不意に頭の上にほんのりと人の体温が感じられた。


「お主は軍に入ったばかりの新人だ。ましてや魔術を扱い始めて日も浅い…

 魔術の扱い方や戦い方が上手くできないのは当たり前だ。これまで解決してきた事件など、運の要素が高すぎるのだ…

 もう少し力を持っている者を頼れ」


 一人で抱えるな。誰かに相談するなり、仲間を頼れ。

 そう言われている気がした。

 彼は柔らかい声音で言っていたが、少しだけ心が痛かった。

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