4-2.模擬戦
バトラの姿が急に消え、礼二とレイチェルは2人して周囲を確認した。
彼はどこに行った。どこへ消えた?
今は敵同士である礼二とレイチェルは同じように感じたのか、目の前の敵に目を向けず辺りを見渡していた。
刹那、礼二の正面から高速で飛んでくる魔弾が目に映った。
自己防衛本能なのか、礼二は目の前に魔防壁を展開して直撃を防いだ。
直撃を防いだのは良いものの、放たれた魔弾の威力が高いせいか、反動で少し飛ばされてしまう。
礼二に向けられた魔弾が着弾した音で我に返ったレイチェルは、一瞬にして彼との距離を取った。
あーやってしまった。
レイチェルが一気に距離を取った時に気が付いたことだが、ミハエルに一番接近しやすいのは模擬戦が始まる時の位置だ。
最初からあったチャンスを無下にしてしまったことが悔やまれる。
むしろあの位置にいたら、ミハエルからしては格好の的だ。
魔弾による威力で吹き飛び、ようやく地面に足が着いた頃、ミハエルは次弾を発射しようと魔力を小さく高密度に固めていた。
やばい…!
高密度な小さい魔弾が彼に襲い掛かる。少し反応の遅れた礼二は目を大きく見開いた。
すると、彼の目の前にほんのり黒く変色した透明な壁が出現する。接近してきた魔弾は出現した壁に着弾し、礼二の元に届かなかった。
「ちっ、聞いてねぇぞ!」
ミハエルの中では、あの一撃で礼二を仕留め切れていたはずなのだろう。
そう考えてしまうのは無理もない。
魔術を発動する際に使用する魔力を外に出す時は、『手から魔力を外に出す』というイメージを固める必要がある。
先程の礼二は足を地面に着けようとした瞬間であり、着地する際には足が地に着くようにちゃんとバランスを整えるところだ。
着地する瞬間に魔防壁を張るなんてこと、魔術を触り初めの彼ができるとは思えなかったからだ。
必中と見ていたタイミングで仕留め切れなかったミハエルは激昂する。
「ちょっと。一発で決めるんじゃないの?」
「一発で決めようと思ったさ。密度を高めた奴を放ったけどちゃんと防ぎやがるし、隙を狙った一発さえも防ぎ切った。あいつ、防御に使う魔力の制御は上手いな」
「それは私仕込みだもの」
礼二が魔術を使い始めたきっかけはレイチェルが始まりだ。
その頃は魔獣退治がメインだった訳で、彼と出会って以降、ずっと戦場に顔を出している。
戦いに巻き込まれて死なないようにと最初に覚えさせたのが、魔術を使っての防御術。戦闘経験の浅い彼にとっては、相手の攻撃を避けるのは容易ではないため、防御は全て魔術頼りにせざるおえなかった。
自然と魔術での防御手段の頻度が多くなり、彼の中でのイメージも容易にできるようになったのだろう。
これがレイチェルの中での考察だ。
神原礼二という魔術師は確実に成長している。
チュートリアルのような魔獣退治。
軍に入ってから更に魔力制御や戦闘技術の訓練を受け、共に行かされた修練の島での訓練で体力も向上している。
体力の向上は、明確なイメージを行い続けるためには重要なことだ。激しい動きをしながらの魔力制御も臆することなくやってのけている。
彼女の中での彼は、ようやく基本的なことができたのか程度の実力者となっていた。
「そうかい。師匠としては嬉しい成長具合だな」
ミハエルの肯定的な答えに、レイチェルは微笑む。
自分が育てた弟子の成長具合を褒められて喜ばない師はいない。自分が手塩に掛けて育ててきたわけだから、育てた甲斐があったというものだ。
「ぼーっとすんな馬鹿! ガンガン行くぞ」
「すいません、行きます!」
アイラに罵倒されながら彼女と共にミハエルに接近する。
最初の動きはミハエルを撃退すること。レイチェルの妨害はあると思うが、狙いの優先順位は彼だ。
できるだけ無視する形で攻めに行く。
「接近戦で方を付けにいくきかよ! フラッド、前を頼む」
「了解」
アイラは槍を振り回しながら目下に綺麗な横線を引いた。
そこを基準にして魔防壁が展開され、さらに薄っすらと見える壁が重なって展開されていく。
「壁なんて!」
飛び越えれば良い、なんて考えながらアイラは飛び上がる。しかし、彼女は見えない何かにぶつかった。
「ちょっと待て。これも魔防壁か…?」
彼女がぶつかった位置を凝視してみると、薄っすらと青みがかった壁の存在があった。
え、ここも壁なの?
基本的な魔防壁の展開は、術者の正面をカバーするように行われる。
理由としては、展開する防壁の面積が広ければ広いほど制御が難しくなってくるからだ。
今、礼二とアイラの目の前に展開されている魔防壁は、レイチェルの身長をプラスする形で20メートル近くあると思われる。ここまで高い防壁を展開するとは誰が思うだろうか。
高く飛んだアイラが重力に従って落ちてくる。
彼女が着地するであろう場所に、ミハエルは杖の先を構えて魔力を収束させていた。
防壁の中で魔弾を発射しようというのだろうか。あの中から発射したところで、展開している防壁に弾かれてしまうのが目に見えている。しかし、彼の目は全く迷いなどなかった。
発射する魔弾が弾かれることが無いと言わんばかりの自信。
恐らく彼はレイチェルから彼女が精製する魔防壁の性質を聞いているはず。聞いているならば、発射して相手に当てられる理由があるはずだ。
嫌な予感がした礼二は、すぐさまアイラの着地地点の前へと移動する。
あの魔防壁は、恐らくミハエルの魔力は防がない。またはレイチェルが射線にあたる空間だけ一時的に防壁を解除するかもしれない。
2点の内いずれかであれば、ミハエルの攻撃はアイラに通ってしまう。
礼二が動き出した瞬間、ミハエルはアイラの着地予想地点に高密度の魔弾を発射した。
他の人が放つような魔弾とは打って変わって、彼の放った魔弾は一回り大きく、弾頭を中心に鋭い回転をしている。あんなものを直撃してしまえばひとたまりもない。
あんなものを直撃しなくて良かったと内心安堵する。
だが今度は、それがアイラに向けられている。なんとか防がなければ…
高密度の魔弾の移動速度は予想以上に早い。
礼二がアイラの前に出るよりも、魔弾が彼女を貫く方が早いだろう。
そう考えた礼二は、足元に魔力を貯めて空を飛ぶように強く地面を蹴った。
蹴った瞬間、体に掛かる重力を魔力制御で取り除き、落下するアイラの元へ直線距離で向かっていく。
「そう来るか…! フラッド、君も狙ってくれ」
アイラの元へと向かう礼二に、ミハエルは杖の先を向けて次に発射する魔弾の密度を高めていく。
「分かったわ」
ミハエルの指示に従ってレイチェルも槍の穂先を2人に向けて魔力を収束させていた。
2人して空に舞う相手2人を狙っている。
空を舞うように魔力制御を行うのは、現役の魔術師でも難しいと言われている。
故に2人から見ては、空を飛んだままでいる相手2人は無防備のようなものなのだ。
「2人重なったな。打て!」
「発射!」
礼二がアイラと接触した瞬間、レイチェルとミハエルは2人目掛けて魔弾と魔導砲を放つ。
砲撃と魔弾が一つになり、強力な魔力の塊として礼二とアイラに襲い掛かる。
「クッソ!」
アイラを抱きかかえるように接触した礼二は、レイチェルの展開した魔防壁に足を着け、力強く蹴り込んだ。無重力状態にある彼の体はあまり吹き飛ばされるように飛んでいくが、重力の影響下にある彼女の体は重しがあるかのようにあまり飛ばない。
だが、相手2人の攻撃の軌道から避けるには十分な行動だった。
「あれも避けんのかよ…」
「んー…これは身体能力が上がったからこそ出来ることなんでしょうねぇ…」
彼の魔術の師であるレイチェルの目から見ても、今の動きは予想外だったらしい。やはり彼にとって足りないものは身体能力だけだったのかもしれない。
「フラッド、防壁を展開したまま2人に砲撃を続けてくれ。弾幕を張って近づきづらくさせて相手のミスを狙う」
「了解」
レイチェルはミハエルの指示に従うように、更に礼二とアイラに槍の穂先を向け続ける。
◇ ◇
「なんとか避けたけど、第2波来るよねぇ」
アイラを抱えた礼二は、地上で槍を構えるレイチェルと、杖を向け続けるミハエルの姿を見て呟く。
今の礼二とアイラは宙に浮いてて、ちゃんとした抵抗ができないため恰好の的だ。
体を無重力にしている今なら移動することは可能だが、今のところそれは安定しない。動きを誤れば、相手との距離を空けてしまうことになり、不利な距離で戦わなければならないのだ。
「2人とも得物構えている様子だと、撃ってくるよね。神原、あんたの腕から私を下してくれないか?」
「えっ…」
気付けば彼女を助け出してから、ずっと抱きかかえたままだった。あまり表に出していないが、少し恥ずかしいのだろう。
礼二はアイラの言う通り、彼女の体を腕から下した。
すると彼女は2本の剣を逆手持ちに切り替え、剣先を後ろに構える。
「風よ…荒れ狂え!」
刹那、2本の剣1本1本を中心に小さな竜巻が発生した。
発生した竜巻の風圧あってか、彼女は礼二の居る位置から大きく離れるように移動した。
礼二の正面に出現している魔防壁は、見たところ彼の前に現れた1か所だけ。
アイラは素早く移動して違う方向から攻めようと考えているのだ。
彼女が視界から居なくなろうとしていることに気が付いたレイチェルは攻撃を止め、ミハエルの居る場所へと移動しながら魔防壁の精製を急いだ。
しかし、竜巻の風圧によって加速したアイラのスピードには追いつけない。発砲される銃弾とも言わんばかりの突進速度でアイラはミハエルに接近を試みる。レイチェルは彼女とミハエルの前に割って入り、彼への攻撃を防いだ。
「ほうほう、今のをよく防いだね」
「伊達に魔獣との闘いを何度もやっていないからね」
上から攻めたアイラは、2本目の剣で更に攻撃を加えながら2人を飛び越えていく。地面に着地した瞬間、一気に距離を詰めて攻撃を仕掛ける。
「くっ…鬱陶しいわね…」
「鬱陶しく張り付くのが私の仕事でね。嫌なら弾き飛ばしてみな」
アイラは再びレイチェルに剣戟を与え、さらに幾多の剣戟を加えていく。
レイチェルは防戦一方。彼女をサポートするかのように、ミハエルもアイラを集中的に狙うことにした。
ミハエルさんまでアイラさんを狙ってる。
ミハエルの顔の向きから、礼二のことは無視している可能性が生まれる。
今や完全フリーとなった礼二は、2人のいずれからに不意打ちを狙える状態にあたる。
どのような不意打ちを狙うのが効果的だろうか。
そう考えた瞬間、一つの手が頭に浮かんだ。
アイラさんが地上から攻撃している訳だから、自分は空から攻めよう。
行動指針は決まった。後は実行に移すだけ。
礼二は自身の背後に魔弾を十数個ほど展開した。
展開のイメージが凝り固まった時、3人の集まる位置へと高速で移動する。
移動する間に背後に展開した魔弾を全て放つ。
「発射!」
放たれた魔弾はレイチェルとミハエル目掛けて進行していく。
礼二の放った魔弾に気が付いた3人はすぐさま散開。魔弾は誰も居ないところに着弾していき、地面が破壊された。そして辺りの視界は砂埃で悪くなっていった。
砂埃から脱出した影が一つ、よく見るとミハエルであることが分かった。
ここからなら…!
礼二はミハエル目掛けて一気に距離を詰める。
相手にはまだ気付かれていない。
このまま力任せに剣を押し込んでいけば勝てる!
そう考えた礼二は剣を上段に構え、着地した瞬間に合わせて剣を振り下ろすタイミングを計った。
ミハエルとの距離、目測10メートル。相手はまだ気が付いていない。
そのまま相手に斬りかかれると確信した刹那――
「がっ…」
腹部に強い衝撃が走る。
ただ痛いだけじゃない。腹を突かれて抉られるような気持ち悪い感覚。礼二は不快な感覚を覚えながら地面に叩きつけられた。
続けて強い衝撃が入り、体に強い負荷が掛かる。
視界にはうっすらとミハエルの顔が眼前にあった。
状況から察するに、飛行して接近してきた礼二を杖で一突きしてそのまま地面に叩き落したのだろう。
地面に叩きつけられた礼二は、ミハエルから杖を向けられた。
目の前には触れれば強い衝撃を放ちそうな高密度の魔力の塊。至近距離で当ててしまおうという魂胆だ。たとえ防壁を展開したとしても、至近距離で受けた衝撃は直に伝わってくる。
どうやって逃げる?
すぐに体を側転させて体勢を立て直せば何とか逃げ出せるかもしれない。
だが、正面にはミハエルの杖を向けられ、右にはレイチェルの槍が向けられている。
さすがに2人にマークされている中で逃げられる訳が無い。
これで終わるのか…!
念のため防壁を展開し、相手の攻撃に備える。
刹那、アイラがミハエルに斬りかかるのが見えた。
「させるか!」
彼女の姿に気が付いたレイチェルは、防壁をミハエルの前に展開して剣による一閃を防ぐ。しかし、アイラの攻撃はこれで止まりはしなかった。
「まだまだ!」
右手に持っていた剣を展開された防壁で防御させ、左手に持っていた剣をレイチェル目掛けて振るった。予想外だったのか、レイチェルは持っていた槍で攻撃を防ぐ。
これが彼女の間違いだった。
槍が自身から外れたことを確認した礼二はすぐさま動き出し、眼前にあった杖から逃げるように距離を取った。
「遅い!」
距離を取ったのは良いが、ミハエルは容赦なく礼二に高密度の魔弾を放った。
防ぎ切れるか…
ミハエルとの距離はあまり無い。
故に防壁で直撃を防いだにしても、強い衝撃は体に響くだろう。その点は覚悟しなくてはならない。
彼の持つ杖から魔弾が放たれる。
距離は約5メートル。
魔弾の弾速がかなり速いせいか、『魔弾が発射した』と認識する前に展開した魔防壁に接触した。
直接的なダメージを防ぎ、ぶつかった時の衝撃は強く伝わってくる。
魔弾を防壁で受ける際に本能で腕を盾のように扱ったせいか、正面は見えない。腕を視界からどかせた矢先、ミハエルが礼二目掛けて杖を向けているのが見えた。
また撃ってくる気か…!
魔防壁で受け止めたとしても威力までは抑えられない。一度受け止めてしまえば、自分の行動が一手遅れてしまう。
だからこそ、ミハエルから放たれる魔弾は避ける必要があるのだ。
彼の持つ杖から2弾目が発射される。
今度は違う。相手の杖が向いている方向から体を逸らせば良い。
そう思いながら体を動かし、魔弾の直撃を避ける。
そして礼二はミハエルに剣を向けながら突進する。
するとミハエルは予想外にも避けずに剣を体で受け止めた。
えっ…
これは実戦をイメージした模擬戦。
しかし、模擬戦というからには、相手を殺すような行動があってはならない。目の前のミハエルの体は、礼二の持つ剣で胴体を一突きされている
なぜこうなった…
目の前が真っ暗になる。
まさか自分が仲間を刃物で突き刺してしまうことへの驚きで頭がいっぱいになっていた。
「神原、上だ!」
唐突にアイラの声が聞こえ、顔を上に上げようとするとレイチェルが槍を地面に突き刺すように落ちてきた。
レイチェルの存在に気付いた礼二は、すぐさま立っていた位置からずれた位置へと移動する。彼女はそのまま地面に槍を刺し、槍先を地面と掠らせながら大きく振るった。
礼二は剣を下に構え、レイチェルから繰り出される槍の振り上げを抑えた。
「私の幻術、どうだった?」
幻術?
礼二は初めて聞いた言葉に困惑した。
彼女は「どうだった?」と聞いている辺り、先程まで自分が掛かっていたのだろう。
であれば、考えられることは一つしかない。
「なかなか趣味が悪いな」
信じていた人物から趣味の悪いことをされて少し苛立ちを感じながら、礼二は剣を彼女に押し付ける。
2人が睨みあっている中、彼の後ろからバチィンと何かが弾けたような音が聞こえた。
「なに…!?」
「くっ…これも失敗なのね」
礼二はチラリと後ろの状況を確認してみると、そこにはアイラが何かを斬った後のような体勢を取っている。そして、辺りには霧状となった魔力が辺りに散らばっていた。
何があったんだ…?
後ろの状況が気になる礼二であったが、正面には槍で自分に襲い掛かろうとするレイチェルが1人。そのせいあってか、じっくりと見ている余裕は無かった。
「なに余所見してんの!」
掛け声と共に、レイチェルは槍を一旦引かせる。その後、右腕の力だけで大きく横に薙いだ。
礼二は不満足な体勢ながらも、剣1本だけで受け止める。
お、重い…
相手の攻撃を受け止めるには不完全な体勢であったとしても、力強く振るわれた攻撃を止めるのは容易じゃない。
彼女から放たれた槍による横薙ぎは、アイラとの距離が結構離れてしまった。結果、ミハエルとレイチェルの2人にアイラが挟まる結果となってしまった。
この状況を見越したレイチェルは、手に持っていた槍の先で地面に線を引き始める。
「防御陣」
唐突に彼女が線を引いたところから、ほんのり青みのある透明な壁が下から出現した。礼二はこの壁によって前進を阻まれ、頭を大きくぶつけた。
マズい…このままでは…
アイラはレイチェルとミハエルの間に挟まれ、交互に相手を見ている。彼女がレイチェルのいる方向に目を向けた瞬間、ミハエルが動き出す。
彼は杖をアイラの頭に向け、魔弾を発生させて打ち出した。この瞬間を横目で確認したアイラは、体を後ろに仰け反らせて避ける。
彼女の動きを見たレイチェルは、彼女に向けて槍で突き刺そうとする。
だが、槍の行く先はアイラの元ではなく、金属音の高鳴りと共に虚空の空へと剣で弾き返された。
「今の避けるの!?」
「まだ甘いよ」
アイラは仰け反った体をそのまま後ろへ後転し、すぐさまミハエルの元へと向かった。
「ちょっ、姉さん相手はキツイって…!」
彼はそう呟きながら彼女との距離を取ろうと、後ろを気にしながら走り出す。アイラに無視されたレイチェルは、彼女を追うように走り出した。
レイチェルが離れたことによってか、礼二の前に立てられた青く透明な壁は色味がどんどん薄くなり、次第に透明になっていった。何かが弱まっていることを想像した礼二は剣を大きく振り下ろすと、ガラスが割れたような音を立てながら壁は崩壊していった。
「よし…!」
自身の前に立ちはだかっていた壁の存在が無くなったことに気が付いた礼二は、すぐさまレイチェルの元へと向かった。
彼女との距離が数メートルと近づいたところに礼二は高く飛び上がり、右手から生み出した2本の光剣をレイチェルの前に刺さるように投げる。刺さった光剣は互いに呼応するように線が引かれた。
すると、線の上にほんのり黒く染まった透明な壁が出現した。
「くっ…礼二…!」
壁の存在に気付いたレイチェルは、後ろから追ってきた礼二のいる方向へと振り向いた。
「ごめんね。さすがに2対1の状態にするわけにいかないからさ」
礼二が作り出した透明な壁を背に立つレイチェルに向けて言い放つ。
レイチェルは微笑みながら、左手から光剣を3本取りだし、礼二に投げつけた。
投げられた光剣は彼の頭、胸、腹辺りを狙うように一直線に進んでいくが、礼二は手に持っていた剣で全て弾き返す。
「ちょっと…殺す気か!」
光剣を弾いた後にレイチェルに物申すと、彼女の姿が見えない。
不審に思った彼が辺りを見渡すと、数十センチメートル程の間合いにレイチェルの姿があった。彼女は一瞬にして礼二の元に近づき、槍で突き刺すように押し出す。
危険だと判断した礼二は、自然と正面に魔防壁を展開していた。防壁は展開されど、槍を押し込む際に入っている力により、大きく吹き飛ばされる。
「おいおい…またかよ…」
レイチェルの持つ槍の先は鋭く尖がっている。
魔力で槍の先を尖がらせないようにするのであれば話は別だが、力強く押し込んでしまえば尖がっていなくとも何かを貫く力は持ちえるのだ。
彼女であれば、槍を相手に対して力強く押し込むことは『貫く』ことを目的とした行動。怪我の有無関係無しに殺す気で攻めているように見えた。
レイチェルは吹き飛ばされて大きく距離を取ることとなった礼二を前にして、仁王立ちでドンと槍の石突を地面に付けた。
「例え模擬戦とは言えど、私は全力で取り掛からせてもらうわ。だから礼二、あなたも本気で来なさい」
戦線布告を受けた礼二は、彼女に目を向けた。
目の前にいる対象を敵とみなすような冷たい視線。今のレイチェルの目を見ていると、これまで戦ってきた相手に向けてきた目を自分に向けているような気がした。
彼女の目を見ると、本気でやらないわけには行かないような気がした。
そう感じた礼二は、持っていた剣を両手で正面に刃先を向けるように構える。礼二の構えを見たレイチェルは、にやりと微笑むように槍を構えなおした。
互いの間に一瞬の沈黙が流れる。これまで大きく動いてきた甲斐あってか、2人とも汗を多く掻いていた。
汗の滴が一滴、地面に滴り落ち、ほんの一ヶ所だけ地面を濡らす。
その瞬間、レイチェルは正面に飛び出した。
一瞬にして距離を詰められ、槍を横に大きく振るおうとしているのが見えた。
次の攻撃が読めた礼二は、すぐさま後ろへ引いて距離を取り、剣を下から振り上げようとする。互いの剣と槍が接触し、ぶつかった時の金属音が辺りに響き渡った。
礼二とレイチェルはお互いに攻撃を与えようと、武器をぶんぶんと振り回していた。
基本は武器で弾き、弾ききれない分は少ない動作で回避行動を行う。
お互いに攻撃の手は辞めず、引く気は全く感じられなかった。
埒があかないな…
礼二とアイラの目的は、最初にミハエルを仕留めること。
彼女1人でも大丈夫だとは思うが、相手を仕留めるためには、もう少し時間が必要になる。
時間が必要となれば、いつどんなリスクに晒されるかが分からないのだ。
礼二は機会を見計らい、素早く後ろに引いた。
その後、左手を正面にかざして魔防壁を展開する。彼の動きに反応してレイチェルが槍の穂先を向けて突撃しようとするが、黒く染まった壁に激突した。
「ちっ…」
自身の行動を一瞬だけ防がれた彼女は、少しだけ顔を歪ませる。そして突こうとした穂先を壁から離し、槍から魔力の気配を感じられた。
「はぁ!」
魔力の込められた槍で大きく横降りを行うと、展開していた魔防壁は縦に真っ二つになり、崩壊していった。崩壊した先には礼二の姿は無く、彼女は辺りを見渡した。
全体を見ても誰も居ないことに気が付いたレイチェルは念のために上を見てみると、そこには大きく空を舞う礼二の姿があった。
太陽の逆光のせいで影が強く見えるが、彼は光剣を4本地面に貼り付けた。
「捕縛陣!」
礼二がそう叫ぶと光剣は更に光り出し、光剣のある位置を点とし、それらを全て繋げるように図形を成形させた。
そして地面から光の鎖が出現し、鎖はレイチェルの四肢にまとわりつき始める。
「ぐっ…」
レイチェルは自身の四肢に鎖がまとわりついたことに苛立ちを感じ始めた。
「ふぅ…これで動けないだろう…」
あとは魔術の維持に必要と言われている魔力を残しながら、ミハエルを仕留めに行くだけだ。
礼二がアイラに追われているであろうミハエルのところに行こうとすると、何かがはちきれるような音が聞こえた。
「でも…私から学んだ術で抑えようとするなんて、100年早いわよ?」
音の聞こえる方向へ首を振り向けると、そこには周りに砕け散った鎖を散りばめたレイチェルの姿があった。
鎖を引っ掛けた時に彼女は何も力を入れている様子は無かったはずなのに、どうやって外したのか。
礼二は少し考えようとしたが、レイチェルはそれを許しはしなかった。
彼女は辺りに魔弾を展開し始めた。数は30程あり、レイチェルの後方から見て満遍なく散りばめられていた。
「てぇっ!」
彼女の掛け声と共に、多く展開していた魔弾が一斉に礼二に向けて動き出す。
危ないと判断した礼二は、左に走り始め、魔弾の射線から離れるように動き始める。
ダン、ダン、ダンと聞こえる音が少なくなってきた頃、彼はレイチェルの元へと一気に距離を詰めようと飛び掛る。
礼二の上段振りに対し、レイチェルは魔防壁を展開して防御した。
一時の勢いを失い彼は地面に足を付けた瞬間、彼女の左足から鋭い蹴りが炸裂した。
「ぎっ!」
彼女に思い切り蹴られ、礼二は少しだけ距離を取らされる。
蹴りを貰ったせいでレイチェルから視線を外してしまった礼二は再び彼女に向けると、いつの間にか距離を詰められ、槍による突きを繰り出そうとしていた。礼二は反応し切れず腹部から受けた。
「ぐっ…!」
本来であれば腹から槍で串刺しにされていたところだろうが、彼女の配慮で穂先に切れ味を無くしていたのではないかと思われた。だが切れ味を無くしているとはいえ、レイチェルの込めた力はそのまま腹部に伝わってしまっていた。
礼二の腹部に強い痛みが走る。
「いってぇ…」
防御する間もなく与えられた強い一撃。
思い切り腹に拳を受けたような感覚に見舞われた。礼二は腹に強い衝撃を受けたせいか、嗚咽感を感じる。
「そのまま寝てなさい」
礼二は下に向けていた顔を上に上げようとすると、レイチェルが彼の脳天目掛けて槍を振り下ろそうとしていた。
俺はまだまだだな…
もうやられてしまう。そう悟った瞬間――
「させるか!」
横からアイラが2本の剣の先をレイチェルに向けて突進してくる様子が見えた。
彼女はレイチェルの横腹から正面衝突し、レイチェルと一緒に転がっていった。
危ない…助かった…それにしても、今回この人には助けられてばっかりだ。
礼二はアイラに内心感謝しつつ立ち上がろうとすると、彼女が飛び出した数メートル先に、杖を槍のように構えたミハエルの姿が見えた。
くっ…相手がこう来るなら…
ミハエルは杖の先端を円球場に魔力を集中させ、礼二目掛けて発射した。
礼二はこの一撃を回避し、自身の足に魔力を溜め、思い切り地面を蹴るイメージで一気に彼との距離を詰めた。そして手に持っていた剣で斬りかかろうとすると、奇怪な音が聞こえた。
動けない…
手足が何かに固定されている。
気になって体の動かない箇所を見てみると、礼二の手首と足首には枷のような物が付けられていた。
う、うっそ…
彼の動きが止まった瞬間が命取りだった。
礼二の目の前にはミハエルの杖が向けられ、目の前には魔力が高密度に収束している様が見えた。
これからミハエルが行う攻撃は本能で察した。魔導砲だ。
杖の先から放たれた魔導砲をまともに受けた礼二は、衝撃に耐えきれず後ろへと吹き飛ばされていった。
「ふぅ…砲撃手相手に直線から突っ込んでくる馬鹿がいるか? 普通」
ミハエルは呆れたように仰向けに倒れている礼二に呟く。
砲撃を行う際に威力は少し緩めているものだから、まだ意識があるように思えたが、礼二はそのまま伸びてしまっていた。
「ぬ、神原は大丈夫なのか?」
「死んではいません。魔導砲を直撃して伸びているように思えます」
礼二の前からバトラが現れた。
彼はすぐさま礼二の顔の瞼を少しめくり、意識状態を確認した。
「ふむ、落ちてるな」
確認したバトラは礼二の体を担ぎ、模擬戦の影響が届かない訓練場内で生成されている魔防壁の外側へと移動させた。
◇ ◇
「う、う~ん…」
体をくすぐるような痛みによって礼二は意識は覚醒する。
うっすらと瞼を空けると、自分の顔を照らしているのは太陽の光ではなく、室内の蛍光灯の光であった。
ここはどこだろう。
先程まで屋外に居たはずだ。だが、今屋内にいるのは何故だろう。
そう考え始めたところで、礼二は自身が模擬戦中に倒れたことを思い出した。
「起きたか」
礼二の意識が戻ったのが初めて知ったような口振りが聞こえた。声の聞こえた方向へ視線を受けると、そこにはバトラがいた。
「あの…ここは一体…?」
彼は礼二が寝ていたベッドの横まで無言で歩く。
バトラは戸惑う礼二の姿を見て、溜息をつきながら――
「医務室だ。お前はロンド軍曹の放った魔導砲をまともに喰らってのびていたところだ」
そう言いながら近くにあった椅子に座った。
魔導砲を食らって…
ということは、今ここで眠ることになったのって、ミハエルさんの一撃を受けて耐えきれなかったからなのか…?
バトラから今に至るまでの経緯を大まかに聞いた礼二は、ようやく状況を理解した。
あぁ…なんでこんな簡単にのびてしまっていたんだろう
まさか非殺傷の一撃を貰ってずっとのびていたとは思わず、とても情けない気持ちになっていた。
「それで、他のメンバーはどうしてるんですか?」
「他の者達は、引き続き訓練を行ってもらっている。だが、今のお前に続きの訓練を受けさせる訳にはいかない。この状態では訓練に付いていけるとは到底考えられないからな」
訓練に付いてこれると考えられないから、訓練を受けさせない?
それはどういうことだ。最終的に付いていけるようにするのが今の訓練なはずだ。
受けさせずに付いていけるようになるなど、むしろそっちの方がありえない。
礼二は続きの訓練を受けさせないように考えているバトラの考えに否定的な考えを抱いた。
「それはどういうことですか!?」
「言葉通りの意味だ。力の無い奴にそんな労力を与えることはできん」
ここまで戦闘能力が下がっている訳だから、元に戻すため必死に訓練を受ける必要にあると思われる。
「どうにかしますから、訓練に参加させてください」
「駄目だ」
最初の一回目から何度も「訓練に参加させてください」と言っても、バトラは首を横に振ることは無かった。
彼は何故ここまで自分に訓練を受けさせてくれないだろうか。
「クライン少尉は、どうしても私を訓練に参加させない気のようですね…」
「うむ、申し訳ないが」
礼二はとても切ない気持ちになっていた。
ただでさえ前の戦いで力不足であることを思い知らされたのに、この数日間で能力が下がっている。
それを補おうと訓練をしようとしているのに教官から止められている。
自分自身の力が弱いことに頭を悩ませていた。
どうにかしなければならない。
礼二の中では、この考えが頭の中で一杯になっていた。
まずは基礎体力を前の状態に戻すこと。次に新たな肉体改造。
そして、相手の魔術に対抗できるように、上手く動かせるようにデモンストレーションを行い続ける。
今の自分にはこれぐらいのことしか出来ないが、何も出来ないよりは断然良い。
礼二はそう思うと、特訓を行うことを決意した。




