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CODE-D  作者: ryu8
4章 無能復讐者
45/67

4-1.3日後…

「うわあああああ!!!」

 部屋の中全体に響き渡る程の大きい悲鳴を上げると共に、神原礼二はベッドから上半身を起こした。


 今のは一体なんだったのか…

 自分を覆い囲った黒く淀んだ泥。

 目を開けるまでは泥を纏っていたのに、今は布団が纏われている。夢だというのだろうか。

 礼二は先程見た夢の中に出現した泥の存在に恐れを抱いていた。


 本当に夢であるなら、泥が自分の肌に触れたとしても冷たい感覚は全く感じないはず。

 しかし、あの泥からは人の体温が無くなったような冷たさがあった。

 ただの勘違いなのかもしれないが、泥のひんやりとした感覚は今でも残っている。嫌にリアルだった。


 礼二は、自身に起きた出来事に驚きを表すように目を大きく見開き、肩を上下に動かしながら深呼吸をした。深呼吸を繰り返し続けていると、精神が落ち着いてきたのか、バクバクと動いていた心臓の鼓動が緩やかになっていった。


 夢で見た光景は現実に起きていること、または起きることの比喩表現だと言われている。

 何かを食べている様子であれば何かが足りない状態、何かに追われている様子であれば精神的に不安定な状態、空を飛んでいる様子であれば自由を求める、高いところを目指したい欲求や性的欲求に関係すると言われている。

 では、あの夢は何を比喩して現れたものだろう。


 黒い泥が周りにあって、急に包まれる。

 実は自分の近くに絶望への鍵を握るモノがあり、急にそれが飛び出てくるということだろうか。

 そんな馬鹿な。人生絶望するの早すぎだろ。

 軽く自嘲気味に笑った礼二は、今の自分の状況を顧みた。


 平凡な日常生活を過ごしてきて急に現れた美女からキスをされる。

 そして魔力の存在に気付く。意味も分からず急に自身の恋人の現世が自分だと言われる。

 彼女が関わっていた事件に自分が巻き込まれて両親が死亡。天蓋孤独の身になったと思えば、魔術を扱う軍隊の一員として迎え入れられる。

 あぁ…今思えば、もう平穏な生活には戻れない。

 そういう意味では絶望するところなのかもしれない。


 見た夢に対して疑問を抱いていると、唐突に携帯の着信音が鳴った。

 「誰だろう」と思い、端末の画面を表示させると、『レイチェル』と表示が出ていた。

「もしもし」

 礼二は画面に表示されていた受話器のアイコンを横にフリックし、端末を耳にあてた。

「あ、繋がった。礼二、今日から復活でしょ? 一緒に行かない?」


 今日から復活。

 というのも、礼二は最近まで大きく魔力を消費して疲労困憊の状態に陥っていた。

 そのためあってか、日本帝国軍の特殊部隊を率いるクロード・アズベイル直々に、2日程安静にするよう命じられていたのだ。必然的に軍内の訓練は休む必要がある。

 今日は2日間安静にした後の朝。

 いつも一緒に訓練へ行っているから、いつも通り行くのかどうかを確かめているように思える。


「あぁ、今日から訓練再開だよ。一緒に行こう」

「分かった。8時頃に食堂にね」

 レイチェルはそう言いながら電話を切る。

 礼二が訓練に復活すると聞いた辺りから彼女の声は、少しだけ明るくなったように感じられた。

 彼女は礼二が安静にしている間は少し顔を出していたが、そこまで明るい声色で話している様子では無かった。体調が良くなったと知った瞬間に声が明るくなる辺り、レイチェルが抱く自分自身への印象はさらに深いところへ移動したのだと礼二は思った。


 さて、準備しなきゃな。

 未だ眠気を感じる意識を叩き起こすために、顔を両手で挟むようにパシンとはたく。

 礼二は口角をほんの少しだけ上げてベッドから立ち上がった。


 ◇ ◇


 レイチェルと約束をしてから1時間後、時刻は7時50分。

 礼二は寮内にある食堂前で、少し顔を俯けながら彼女を待っていた。

 なんでこんなに心が落ち着かないんだろう。

 この寮に入ってから食事を取る場所はいつもここなのに、何故か今日に限っては落ち着かない。

 落ち着きの無さについて考えながら、ふと顔を上げてみると、偶然彼の前を通った人と視線が合った。


 刹那、礼二は自身の心に落ち着きの無さを感じ取った。

 そういえば俺って、最近までは皆と少しズレた時間帯に食べに行ってたんだっけ。

 クロードから訓練に出るのを禁止された時から数日間、礼二は同時に他の軍人の生活に支障をきたさないように行動するよう同時に指示を受けていた。


 これが1つ、『他の軍人と食事を取る時間をズラすこと』。

 何故そうするのかと言うと、一緒に食事を取ったとして、他の軍人に何らかの影響を与えないようにするためらしい。

 この理由を聞いた礼二は、「どんな影響を与えるのか」とクロードに尋ねると、

「学内の食堂とかで友人数名のグループで食事を取っていたとしよう。全員が食べ終わって授業だーとか言っているのに、1人だけ授業が無いと言われたら、周りの空気はどうなる?」

 「察しろ」と言わんばかりのことを言われて突き返されたことを思い出した。


 自分はこれから訓練なのに、お前は部屋で休むのか?

 そう思われないようにするためあっての考えだろう。

 クロードの配慮について考えていると、女子寮に繋がる通路からレイチェルの姿が見えた。

「あ、礼二だ! 久しぶり!」

「おう」

 レイチェルは右手を上げて手を振りながら礼二のもとまで走ってくる。

 傍から見ればデートの待ち合わせに見えるような光景だが、周りにいる軍人たちは2人の様子を見ようとはしなかった。


 恐らく2人が軍に入隊してから、日常茶飯事な光景だと見られているのだろう。

「行きましょう」

 礼二のもとに辿り着いたレイチェルは、彼の腕を掴んで食堂の奥まで連れて行く。

 ん、なんだろうこの感じ…


 何故か懐かしい感じがした。

 レイチェルに手を引かれながら頭の中で妄想してみる。

 数秒程考えてみると、今の状態は子供が友達の手を引いて遊びに行くような光景が浮かんだ。


「ねーねーれいじー。こっちこっちー」

「まって、ちょっとまってよー」

 駄目だ、恥ずかしすぎる。

 礼二の考えを他所に、レイチェルは彼の腕を掴んだまま全く離そうとはしない。

 ただでさえ軍内では礼二とレイチェルが交際関係にあると軽い噂までが立っているというのに、噂が確信へと変わってしまう。

 そのような関係では無いのだから、勘違いさせるような行動をしてはいけない。


 そう思った矢先に、いつの間にか周りの人たちは2人に目を向けていた。

 またコイツ等か。仲良いなー。

 目に映った人たちの心の声がそのように聞こえてきてままならない。

 礼二は根拠もない心の声を避けるように顔を下に向けながら、レイチェルの行く先を共に歩いて行った。


 ◇ ◇


 10月初旬、夏の暑さは完全に消え去ったと思わせるくらいの肌寒さがここにあった。

 冬ほど寒いという訳では無いが、夏の暑さが感じられる頃よりはまだ涼しい。

「ここってこんなに寒かったっけか…」

「いいえ、最近からこんな感じよ」

 寒がっている様子の礼二に対し、レイチェルは寒そうな素振りを見せていない。

 礼二から来る不思議そうに眺める視線に気付いた彼女は、にこりと彼に向けて微笑んだ。


 なんでこの女は、こんなにも余裕な表情で居られるんだ?

 普段から高飛車なイメージを持つ彼女から見下されていると、いつにも増して苛立ちを感じる。

「レイチェル、なんでお前は平気なんだ?」

 優位に立っていると自負したような表情で見続ける彼女に対し、礼二は尋ねてみることにした。


「それは単純に、この寒さに慣れたからかしら」

「どういうことだよ。それ」

 レイチェルは少し上から目線で答える。

 何故上から目線で言われるのか…

 最近まで夏の暑さが残っているかのような暑さだったのに、どうやって寒さに慣れたのだろう。夏は暑い暑い言っていたのに。


「礼二が3日前に倒れてから、急に肌寒くなってきたのよね。それなら、3日も外で過せば慣れてくるでしょ」

「あぁ…どうりで」

 この寒さは3日前からだったのか。

 そういえば3日前からは、ほとんど外に出歩いていなかったな。だから体は、この寒さに慣れていなかったのか。

 この3日間の礼二は、軍の基地本棟にある医務室と兵舍間の外か、兵舍内で過ごしていた。それもあってか、礼二の体はこれから来るであろう寒さへの耐性はできていなかったのだ。


「お、神原じゃん。久しぶり」

 後ろから、大学生が変なテンションで喋りそうな口調で話しかけられた。

 声の聞こえた方向へ顔を向けてみると、そこには茶髪でロングヘアーな男性が手を振りながら笑顔を向けていた。

「あ、ミハエルさん。お久しぶりです」


 おう、と言いながら礼二の頭をスパァンと叩くミハエル・ロンドは彼の隣へと移動する。

「体は大丈夫なのかよ」

「えぇ、もう大丈夫ですよ。魔力も回復したみたいで、体がうずうずしてます」

「散歩を我慢してきた犬みたいだな」

 礼二はミハエルに元気であることを伝えると、彼は少し引きつった笑みを浮かべる。

 ただ単純に元気であることを伝えたかったはずだが、何故引きつった顔で笑っているのだろう?


「あ、神原じゃーん!久しぶり!」

 新たに礼二の存在を懐かしむ声が聞こえた。すると、ドンと背中に鈍器をぶつけられたような衝撃が彼に襲い掛かる。

「ちょっと…痛いじゃないですか!」

「これくらい、スキンシップとして受けとれや」

 後ろから声を浴びせながら、礼二の前に現れたのはアイラ・シューだ。


 彼女は気の荒い姉御のように感じる性格をしているが、ただ人の嫌がるようなことはしない。

 大方、長い間休んでいた礼二が戻りやすくするためのスキンシップを図ったといったところだろう。

 さりげない彼女の気遣いが礼二の心に響く。

 何度も叩かれている内に、「自分の居場所はここだったのか」と思えるようになってくる。


「ちょっと礼二…あなた、何で笑っているの…?」

 レイチェルは顔を引きつらせながら礼二を見ていた。

 それは無理もない。今の礼二を傍から見れば、叩かれて笑顔を浮かべているただの変態のようにしか見えない。

「えっと…その顔やめてくれない? 今レイチェルが考えていることが手に取るように分かってとても辛いから!」

 実際のところ、そのように考えている訳ではない。

 久々に特殊部隊の面々と出会い、こうして話し合えている時が嬉しいのだ。決して叩かれて(・・・・)喜んでいる訳ではない。


 礼二が朝からアイラとミハエルとの関わりを楽しんでいるところに、正面だけつばの広い緑色の帽子を深く被った大柄な男が前に現れた。

 男は大柄でありながらも、お腹に無駄な肉は付いておらず、綺麗な筋肉で整っているように見える。

「貴様ら整列しろ。これより本日の訓練を行う。ん、貴様は神原か? 久しぶりだな」

 目の前にいる敵を脅かしそうな程に堂々とした声。

 礼二は、この声の正体を知っていた。

「お久しぶりです、クライン少尉」


 今、礼二たちの目の前にいる大男の名前はバトラ・クライン。

 日本帝国軍所属の特殊部隊の少尉にあたる男性である。

 彼は持ち前の肉体と、身体強化術を上手く用いた戦いによって大きな戦果を上げた人物であると軍内部での評判である。

現在は特殊部隊に所属する隊員たちの戦闘能力の育成ということで、所属している状態となる。


「クライン少尉…! おはようございます」

 アイラは彼を見た瞬間、辺りに響き渡る程の大声で挨拶をする。彼女につられて礼二とレイチェル、ミハエルも大声で挨拶をしていた。

「おう、おはよう」

 バトラは堂々とした声で、目の前にいる4人に挨拶をする。

 彼は何かに気付いたのか、礼二の姿をじっと見つめた。


「あの、クライン少尉…私に何か付いてますか…?」

 礼二を見つめる彼の顔との距離がなかなか近い。

 年齢差が二回り以上ある少年とおじさんのツーショット。ここに腐った貴婦人が居るのであれば、発狂するのでは無いかと考えそうなぐらいのシチュエーションだった。


「ん、神原じゃないか。先の戦闘で負傷して療養中だったと聞いたぞ。大丈夫なのか?」

 バトラは、自分が見ている少年の存在が礼二であることを確認する。

 ん…今までここに居たのが俺だということに気が付いていなかったのか?

 ここ最近、点滴で栄養を取っていたわけだから、体が痩せ細っている。体格が彼の中での『神原礼二』という存在に当てはまらなかったのだろう。


「お久しぶりです。3日間は訓練に出れませんでしたが、今日から復帰いたしました」

「そうか! よし、今日からビシバシ鍛えてやるぞ!」

 「お久しぶりです」と声を掛けた瞬間、バトラは目の前にいる人物が礼二であることを察したようだった。彼は少し戸惑いながら満面の笑みを浮かべる。

「はい、よろしくお願いします!」

 礼二が前向きな返事をすると、バトラは自分に良いことがあったかのように喜びながら礼二の背中を叩いた。

 アイラさんと同じように力加減が無いな…でも、こうやって誰かに心配されていたことを知り、ほっと安堵する。


 最初にバトラと出会った頃は、訓練なんて面倒なものと考えており、これを強要されてあまり良い気はしなかった。

 だが、訓練を受けていると戦う能力はどんどん高まっていき、魔術を扱った傭兵を相手にしても生きて帰ることができたことが何よりも嬉しかった。

 今思えば、あの時の戦闘は生きていることが奇跡に近しい。


 運なのか、はたまた相手の気まぐれか。

 どちらにせよ、先日戦った傭兵を撃退できなかったことがとても悔しい。

 先日の戦いから礼二が目を覚ました時、傭兵達は逃げ出して未だ姿を現していないという。

 相手の目的は不明慮であり、まだ帝都内に潜み、目的のために何らかの行動に出るのかもしれない。その際には相手を撃退できるぐらいに力を付けておかなければならない。

 礼二はそう思いながら、屋外訓練スペースの中へと歩み進めた。


 ◇ ◇


「はぁ…はぁ…」

 訓練場の片隅で、息を切らして必死に呼吸する礼二が居た。

 外の空気は冷たく、いつもに比べて乾燥している気がする。深呼吸をする度に喉の奥の水分が渇いて酷く気持ちが悪い。

 なんでこんなに体力が落ちちゃってるのかなー…

 彼の視線の先には、まだ訓練を続けているミハエル、アイラ、レイチェルの姿があった。


 今日行ったウォーミングアップは倒れる前と大して変わらない量であったが、いつにも増して疲れを感じる。

 この気怠い感覚。明らかに体力が落ちてしまっている。

 自身の体に起きている現状に気が付いた礼二は、しょんぼりと項垂(うなだ)れていた。


「そう思い詰めるな。3日も体を動かしていないのでは、そこまで体力は続くまい」

 項垂れる彼を慰めるような声が正面から聞こえてくる。俯けた顔を正面に向けると、そこには両手を腰に添えて仁王立ちをしたバトラが居た。

 バトラは予想外にも体が動かないと嘆く礼二を慰めようとして声を掛けているように思える。

「あ、クライン少尉お疲れ様です。そうは言っても3日動かないだけで、こんなにも変わることに驚いているんですよ」

 礼二は自身に掛けられた慰めに対して、少し自信無さげに答える。


 例え3日間動けないにしても、ここまで運動能力は下がるものなのだろうか。

 下がるのであれば、他の人も同じように下がっているはずだし、世の中で活躍しているプロのスポーツ選手なんかは休み無しで競技のために動く必要がある。

 実際のところ、スポーツ選手が休みの日はどのように過しているかは分からないが、数日経ったぐらいでここまで能力を落とすことは無いだろう。

 そう考えると、今の段階で能力が落ちている俺はどうなるだろう。

 悪い方向に思考回路は偏っていく。礼二は自身の運動能力の低さを恨んだ。


「それは仕方の無いことだ。戦い方や武器、動き方を統一することはできるが、人個人の能力までは統一することはできん。他から『化物』と呼ばれているわし等からすれば、身体能力の個人差があるところは人間味があると捉えるべきだと思うがの」

 動きや道具は統一できるけど、能力は統一できない。

 それは「人間には個性があり、統一することができない」と言っているようにも見えた。


「そうですか…そうだと良いんですけどね…」

 今のバトラは礼二を慰めようと次々と言葉を重ねる。

 彼は彼なりに励まそうとしているのだろう。

 バトラから醸し出される雰囲気に、礼二はありがたみを感じていた。

「まぁ、今日から体を激しく動かす訳だから、リハビリするようなイメージで体を動かしていけばいいんだ。無理はしない程度にな」

「はい」


 バトラから激励の声を聞いた礼二は、気合を入れながら立ち上がる。

 久しぶりの訓練だ。今ここで怠さに負けてしまう訳にはいかない。

 礼二が立ち上がろうとしていると、バトラは3人の様子を見ながら――

「3人とも、これから模擬戦を行う。直ちに準備しろー!」

 模擬戦? なんでまたこんな時に…

 今日は礼二が復帰して初めての訓練である。彼自身も大して動けないはずなのだから、今模擬戦をしても、動きはぎこちないだろう。


 ぼーっと模擬戦への思いを抱いていると――

「サー、イエッサー!」

 礼二以外の3人が力強く返事をしていた。

 返事をした3人とバトラは、戸惑う礼二に目配せをしながらニヤリと微笑んだ。

「え…クライン少尉?」

「大丈夫だ。戦いになれば自然と体も動くだろう」

 何この戦闘狂的な思考回路。何を根拠に言っているのか分からない。

 礼二は半信半疑になりながら、彼の指示に従うことになった。


 ◇ ◇


 屋外訓練場の中心には、ミハエル、アイラ、レイチェル、礼二の4人が集まっていた。

 彼らの前にはバトラが立っており、模擬戦についての説明を今から行おうとしている様子だった。

「これから行ってもらおうと考えているのは2人1組でペアを組んでもらい、片方のペア両名が戦闘不能になるまで戦ってもらう」

 単なる2対2の戦闘。

 要は、目の前にいる2人を叩きのめせ、というのが今回の目的だ。


 肝心なのは誰が相手になるのか、というところであるが、礼二が考え始めると――

「今回は神原一等兵とシュー軍曹、フラッド一等兵とロンド軍曹でチームを組んでもらおう」

 相手となるのはレイチェルとミハエル、ペアとなるのはアイラらしい。

 確か前に調査を行う時も彼女と一緒に動いていたような…何かしら縁があるのかもしれない。

 そう考えながらアイラの戦い方について思い出し始める。


 彼女は2本の剣を用いての接近戦を得意としている。

 身体能力と目が良いらしく、真紅の猟兵(クリムゾンジャガー)のクリスとアンリ相手でも1人で対応できる程だった。

 恐らく部隊内のメンバーの中で近距離戦の能力は高いだろう。


 そして相手はミハエルとレイチェル。

 ミハエルは魔導杖を使った魔砲術が得意分野らしい。

 真紅の猟兵(クリムゾンジャガー)戦時、相手の狙撃手から放たれた魔弾の大半を打ち消しており、そんな芸当ができる程にエイム力は高いだろう。

 彼の仕事をさせないようにするには、アイラをぶつけて接近戦に持ち込ませた方が良策と考える。

 レイチェルは槍術と魔術で遠・近距離をバランス良く戦えるタイプだが、彼女の戦い方は付き合いの長さでカバーは可能だ。彼女の思うツボにならないような立ち回りを心がけながら戦えば良い。


 礼二は今回のパートナーとなるアイラと、相手になる2人の魔術師についての情報を頭の中で纏め上げた。

 ざっくりとしたイメージで戦ってしまえば突発的な出来事に上手く対応できないということは少なくなるだろう。

2組に分かれてペア同士で話しているところを見たバトラは、訓練前準備の手順が上手くいっていることを確認し――

「お互い別れたところで、5分だけ話し合う時間をやろう。その後に訓練開始だ」

「了解!」

 次の手順を話した。


 5分だけの話し合い時間。

 お互い、相手に対してどのような攻め方を行うかの相談を行っとけ、そういう意志があってのものだろう。

 礼二はどう動くかを相談しようとアイラの居る方向に視線を向けると、彼女は手の甲をこちらに向けて人差し指をクイクイと動かしていた。彼は不思議そうに彼女の元へと向かっていく。

「おい神原、あんたは私と組むことになったけど、どんな感じに動いていこうか?」

 彼女は自分の声が周りに拡散しないように、手をメガホンと見立てるように口元に添えた。


「うーん、そう言われてもシューさんは接近戦が得意じゃないですか? シューさん前で私後ろってことで決まってませんかね」

 何決まっていることを言っているんだろう、と言わんばかりに礼二は頭を掻きながら彼女に言った。

 しかし、アイラは呆れるように溜息を付いた。

「あのなぁ…大人数なら前衛とか後衛とか隊列を決めた方が良いような気はするけどさ、私らは2人だぞ。そこら辺は気にしなくても問題は無い。あと、私のことはシューではなく、アイラと呼べ」

 彼女は少し前かがみになりながら、自身の顔と礼二の顔との距離を近づける。相手は彼のことを男性と見ていないからこそできているためか、仲間とはいえとても近い。


 今の彼女の体勢や位置関係はともかくとして、言っていることは一理ある。

 このタッグ戦では、わざわざ前衛と後衛で戦陣を組む必要は無い。2人であるからこそ柔軟に動けるのでは無いだろうか。

「じゃあ、2人とも前衛で動くという事ですか?」

「うーん…まぁ、それぐらいだろう。幸い神原は両方行けるみたいだから、攻撃の手が止むことは無いだろうな。

 あと、戦闘の際に最初に狙うのはミハエルだ。あいつは遠距離が得意な距離だから、素早く距離を詰めて一気に叩く」


 アイラの狙いは、高確率で後衛に回るであろうミハエル。

 確かに魔砲戦が得意であり、接近戦をあまり行わない彼を2人で集中的に狙って早期脱落させる。そしてレイチェルが一人になったところを2人で一斉攻撃。

 この流れで勝機が見えるはず。

「了解です。まずはロンドさんから脱落させましょう」


 礼二が自身の作戦に対して同意したことを確認したアイラは、ニヤリと微笑んだ。

 その時の彼女の顔は、何か悪だくみをしているような雰囲気を醸し出している。以前に戦闘狂と例えるに相応しい姿を見ていると、彼女はここから戦いを楽しんでいるのだなと感じた。


「さて、やりますか」

「おう、勝ちに行くぞ」

 互いに考えを統一させ、少し離れた位置で話し合っているレイチェルとミハエルの姿を見る。

 彼女たちはどのような戦術で戦いに臨むのか。

 アイラに感化されたのか、いつの間にか礼二もこれから行われる戦いに楽しみを抱いていた。


 各組でミーティングを初めて5分後。

 礼二とアイラ、ミハエルとレイチェル、お互いにペアと隣り合わせに位置しており、各組が挟むような位置にバトラがいた。

 その様はまるで、何らかのスポーツで試合前に行われる開始の挨拶を行っている光景に見えた。


「4人とも、準備はいいか?」

 バトラに問われ、お互いペア同士で話していた4人は一瞬にして無言になる。

 先程までの空気と打って変わって、辺りには緊迫とした空気が流れている。

 隣にいたアイラでさえも浮かべていた暗黒微笑を表に出さず、鉄面皮と化している。

 これはあくまで模擬戦。実戦をイメージした戦いな訳だから、笑顔でいる訳にはいかない。

 模擬戦を行うメンバーは皆、真剣なのだ。


 しかし、これからミハエルとレイチェルを相手にして戦えることに高揚感が湧いてくる。

 例え仲間との模擬戦であるにしても、自分がどこまで強くなったのかはとても気になることだ。

「ルールを再確認しよう。勝利条件は敵対する2人を戦闘不能にしたペアの勝ち。戦闘不能、並びに降伏をしている相手への攻撃、並びに殺傷力の高い攻撃の禁止。

 以上がこの模擬戦のルールだ」

 バトラが模擬戦のルールを説明すると、参加するメンバー全員は自身の獲物を構えた。


「全員、武器は構えたな? それでは模擬戦を開始する」

 参加メンバー全員、自身の中のスイッチを戦闘モードに切り替えたように目の色を変える。今にでも相手を食ってかかるような目で。

 最初に相手はどのように動く? 相手が動いた後はどのように動く?

 ある程度作戦は立てているが、大体はアドリブのようなものだ。

 何が起きるか分からない以上、緊張感はさらに増していく。


「よーい…始め!」

 バトラがそう叫ぶと、彼は一瞬にして今居た場所から姿を消した。

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