3-10.悪魔、解禁
今の礼二の姿は、まるで全身に刺青を施したようになっていた。
未だ彼の中から膨大な黒い魔力が解放され、周囲で戦闘を行っていた魔術師たちの注目の目となっていた。
「おぞましいな…」
「あれは…?」
二丁拳銃のマントを羽織った人物は足を止め、礼二に目をやる。
部下の状況を心配した遠藤も、相手が追ってこない隙に礼二に視線を向けた。
「はぁ……はぁ………」
とても苦しい。
脳内には「殺せ」と人を殺すよう洗脳を掛けるように呟き続ける声が響き渡り、胸は奥にある心臓を鷲掴みにされて押しつぶされそうなくらいに痛い。
あの時はこんなにも苦しくなかったのに、何故今はこんなに頭や胸が締め付けられるのだろう。
強烈な痛みが伴う反面、大きな魔力が体の中から溢れ出すお陰か、苦しさはいつの間にか感じられなくなっていた。
「どうした? こんなでかい魔力、隠さずに出しておいて欲しかったな」
黒く禍々しい魔力を放つ礼二に対して、アインは余裕をかましている様子だった。
この男…全く恐れる気配が無い…今にでも魔力に意識を取られそうなのに……
自分の小さい意識が黒い魔の手によってもぎ取られそうな感覚だ。魔力は時間が経つ毎に礼二を蝕んでいく。
この力に負ける訳にはいかないんだ…アイツを倒さないと…
レイチェルだけじゃなく、この都市の人たちが…!
「はああああああぁ!!!!」
「負けたくない」想いが彼の体を奮い立たせ、自身を覆っていた黒い魔力の漏れを振り切った。
礼二の底力を見たアインは数秒だけ呆けていたが、やがて笑顔へと変わっていった。
「いいねぇ! 来いよ! 俺を殺すために立ち上がったんだろぉおお!! 血と汗の飛び散る殺し合いを楽しもうぜぇえええ!!!!」
まるで戦闘狂だ。強い相手を求めて戦い、今の礼二は彼を奮い立たせる何かに触れてしまったらしい。
アインは彼の姿に喜び終えた後、笑いながら距離を詰めた。
正面に敵の姿を捉えた礼二は、右手の平から魔力を精製し、棒状の何かへと変化させる。細長い棒のような物から剣の姿へと形を変え、迫り来るアインの剣を受け止めた。
「ぐっ…!」
やはり一撃は重い。だが、黒い魔力を使用する前に比べて重さは軽く感じていた。
そのお陰か、残っていた力を反撃に転ずることが出来るようになった。
「へあああああぁ!!」
押し込まれた力を弾き返す。アインの体勢が崩れた瞬間、礼二は黒い光剣を縦に振るう。
するとアインは片方の足を後ろに動かし、体勢をすぐさま整えて剣筋を避ける。その後に彼は右手に持っていた剣を斜め下から払うように振った。
光剣が下段に構えられている状況下で、この一撃の防御は難しい。しかし、礼二は左腕を体の前に構えて防いだ。
「おいおいマジか…お前は金属合金かよ……」
剣を弾かれたアインは、得体の知れないものとなった礼二の元から距離を取った。
体勢を立て直すために距離を取ったと判断した礼二は、すぐさま彼との距離を詰め、再び剣で上段から斬りかかった。
「調子に乗るなっ!?」
アインは振り下ろされる礼二の剣による一筋を防ぐ。互いに操る刃の押し付け合いとなり、全く動けない状態となっていた。
「なんだよ、その魔力は? それ使い出してから力が上がってねぇか? あぁん?」
彼は黒い魔力を使い始めてからの礼二の力の強さに興味を抱いていた。先程まで圧倒していた筈の相手と互角にする程の力…力や戦闘を追い求めるアインにとっては強い好奇心を抱くには十分だった。
「よこせよ…俺によこせぇえええ!!!」
狂ったように雄たけびを上げながら刃を礼二に押し付ける。危険を感じ取った彼は、アインに押し付けられている刃を無理矢理下に受け流して距離を取った。
ヤバイ…この人危険すぎる……
力で押さえきれるかと思えたが、予想外に力を出してきている。
朝倉宗治朗と戦った時に発揮された黒い魔力を使用していてもまだ押されている。なんて力だろうか。
「逃げんなよ…俺をもっと楽しませてくれぇええ!!!」
アインは周囲に魔力を纏いながら礼二との距離を詰め始める。礼二はそれを正面で受け止めると、地面を抉りながら後ろへと押されていく。
「ぐっ…!」
押されている内に、後ろへ踏む足場が無くなってきていた。
マズイな……
予想外に相手の力がありすぎる。全く太刀打ちが出来ないというわけでは無いが、黒い魔力を用いても対抗できるのがやっとである現状に驚きが隠せない。
ビルから落ちるまで残り数歩となった礼二は、アインの押しに対抗しながら次の攻め手を考えていた。
「ほらぁっ、攻撃してみろよ!」
押し込むような攻撃の後にアインは、剣を横に振るい続けた。1回、2回、3回と続いて一撃の重さが増していく。
礼二は乱暴な剣筋に恐れを抱きながらも冷静に隙を窺っていた。
ぶんぶんと振り回して大振りになった瞬間、彼は腹辺りに蹴りを入れようとする。アインは避けきれずに正面から受け、数メートル程の距離を取ることに成功した。
近づくのはマズイ…
アインからの遠距離攻撃は無く、驚異的な近接戦闘力によって圧倒されている印象だ。
ならば距離を取りつつ戦った方が良い。
礼二はそう思いながら、これから繰り出す魔術のイメージを練っていた。
自分の後ろから無数の魔弾が相手に襲い掛かるイメージ。
「弾丸悪夢!」
礼二がそう呟くと、彼の頭上から魔弾が出現する。
魔力の塊は隙間無く出現し、空中に静止したまま停滞していた。
アインが礼二に蹴られてから体勢を立て直した頃に、無数の魔弾はアイン目掛けて放たれた。
機関銃から放たれる弾丸が着弾するような音が辺りに響き渡る。
アインのいた場所の前の足場では、無数の魔弾の衝撃に耐え切れずに崩壊した。
や、やりすぎたかな……
思い切って多く魔弾を相手に当てるついでに建物まで巻き込んでしまったが、相手を倒すための必要経費だ。
ついで言えば、魔術師が暴れ回っている周辺では、もう残っている人はいないらしいから問題ないと思われる。
残る心配はビルの状況。
あれだけの魔力を叩き込めば崩壊するのも無理はない。
アインの周辺は、足場が崩れたことによって発生した粉塵によって状況が分からなくなっていた。
「相手は生きているのか」と目を凝らして見ていると、大きな魔力が自身の元へと接近していることに気が付いた。
まだ生きてやがったのか……
大きな魔力の気配の正体はアインだった。
彼は礼二を目の前にし、剣先を向けて接近を試みている様子だ。
うっそ…!?
あの膨大な量の魔弾の雨に撃たれてもまだ無事だったのか……
直撃前に魔防壁を展開した可能性はあるが、あれだけの物量を全て防ぎきったのだろうかと疑問に感じた。
相手がどのようにして無事であったかを考えている間に、アインとの距離が残り数十センチメートル程になっていた。
速い……
一瞬にしてアインが礼二の目の前に出現する。彼は剣を下から振り上げようとした。
「ちっ…!?」
一閃を剣で防ぐと礼二の体は大きく浮き上がる。ぶわっと体は宙へと舞った。
宙へ飛んだ彼を見つめたアインは、礼二を追うように飛び上がる。
自身に近づく気配を感じ取った彼は周囲を見渡した。
正面からは姿が無く、後ろから魔力の気配を感じる。
礼二は体を捻って後ろを振り向く。そこにはアインの姿があり、剣を振るおうとしていた。
「させるかっ!?」
相手の攻撃を剣で防御する。すると力に押し付けられたのか、そのまま地面へと叩きつけられた。
礼二の体はビルの足場に直撃し、勢いを殺しきれずに転がっていく。転がっていった先には足場も無く、重力に従ってビルの真下へと落下コースへ一直線となっていた。
落ちていくまで転がると思われたが、吹き飛ばされた勢いはやがて消えた。
「いってぇ……」
礼二は痛みに耐えるように奥歯を噛み締めながら立ち上がる。顔を上げて前を向いた先には、休む間も与えないようにアインが再び彼の前へと接近しようとしていた。
無理して離れる必要は無い。自分から離れずとも接近戦を拒否続ける!
礼二は防御し続けて相手が自分との距離を開けるよう仕向ける考えで動きをパッとイメージした。
「ぼーっとしてる暇はねぇぞ、オラァ!」
乱暴に振るわれる銀色に輝く1つの剣。
防ぎれる自信の無い礼二はやむを得ず魔防壁によって防御を図る。
辺りに響き渡る剣と防壁がぶつかり合う音。
荒ぶるように剣を振るい続けるアインの動きを彼は見続ける。
刹那、アインが剣を振り下ろした瞬間、礼二は魔防壁を正面に展開したまま体当たりを仕掛けた。
予想外な攻撃に相手は不意を突かれ、予想外に前へ押しのけることが出来た。
「防壁を展開しながら突っ込むとか…ゴリ押しときたか」
「そうでもしないと、あんたには勝てないからね!」
体当たりからアインを押しのけ、そのままビルの屋上中心へと運んでいく。
アインは楽しそうにしながら左手の拳に魔力を込めて魔防壁にぶつけた。
すると防壁は崩れ、それによって支えられていた礼二の体は彼の元へと寄り添うように倒れていく。
「マジかよ…」
防壁が壊れた瞬間、彼は逃さないように礼二の首を左手で掴む。
未だ成長しきっていない体の首を潰すように力を入れていく。
「あ…が……」
喉を強く締め付けられて声が出ない。同時に息もできない。
自身の首を絞め続ける手をどかそうと両手動かすも、全く離れる気配が無い。
「ガキ、俺を相手にしてここまでやれたのは褒めてやる。だが、これが決定的な力の差だ」
アインは首を絞める礼二に対して見下すように言った。
ここで死ぬのか……
体に行き渡る酸素が足りなくなってくるのが体感できる。
そのためか体に力が入らなくなっており、首を押さえる手をどうにかしようと動いていた腕はだらんと垂れ下がっていた。
頭に行く酸素が足りないのか、次の行動が思い付かない。
このままでは死んでしまう。
そう思った矢先、アインの後ろから魔弾が飛んできた。
「!?」
魔力の存在に気付いた彼は礼二の首から手を放し、ひらりと避ける。
首を押さえる手が支えから離れて体がドスンと落ちる。
宙に支えられていたような感覚から重力に襲われる感覚へと変わり、体重も相まってか強く叩きつけられる。
痛ってぇ…
地面に落ちて痛いところではあるが、あの魔弾が横槍に来なければそのまま窒息死になっていただろう。
礼二は魔弾の射手を探そうと辺りを見渡すと、アインの体越しに槍を構えるレイチェルの存在があった。彼女は先程まで、あの戦闘狂に強く蹴飛ばされて起きる様子は無かったはず。
体へのダメージはまだ残っているのか、足はまだ震えている。
しかし彼女の目はまだ死んでおらず、戦う意志があるように思えた。
「へぇ…まだやられ足りないのか? だったら……殺してやる」
アインはレイチェルのしぶとさに苛立ちながら楽しむように微笑む。
これから目の前にいる金髪美女を切り刻むような妄想をしているように思えた。
彼は彼女を睨みつけるように見つめる。目を細めると、一瞬にしてレイチェルの元へと向かった。
「くっ……」
レイチェルはアインを捉え切れていない様子で、驚くように目を見開いた。
するとアインは右手に持っていた剣を下から上へと振り上げる。目の前にいたレイチェルの胸辺りに一閃が入り切り傷が生まれ、彼女の血液が辺りに飛び散った。
「う…そ……」
金髪美女は予想外な状況に驚きながら地面に膝を付ける。
胸の辺りから血の色が服を侵食し始めながら彼女の体はうつ伏せに倒れた。
体の下からは血が広がっていき、レイチェルは動く気配が無かった。
「お…おい…冗談だろ……」
礼二はアインの目の前で倒れたレイチェルを見ながら呟いた。
彼女の体から広がる血の海を目にし、心の内にある恐怖、憎悪等が礼二の中を渦巻いた。
レイチェル…お前も俺の前で死ぬのか……
初めて魔獣と遭遇した時や特別訓練で、魔獣の襲撃を受けた人たちの死に様が一瞬だけ頭に浮かんだ。
人間の体はいとも容易く壊れやすい。
切れ味の良い刃物で切断すれば肉は切れるし、上手くすれば狙った部位を切断できる。
体内にある血液を大量に出してしまえば、体の機能が動かなくなってそのまま死ぬ。
強く押し付ければ、意外と簡単に骨にヒビは入るし、もっと強く押してしまえば体は潰れる。
その上、損傷してしまえば致命傷になる箇所もある。なんて弱い生き物なのだろうか。
これは元々人間に当たる魔術師も同じように壊れやすい体をしているのに何故差別されているんだろう。
何故俺達は彼らと戦っているんだろう。同じ人間、同じ魔術師であるというのに何故争っているんだろうか。
礼二は戦う理由について内心問い始める。
そう考えていると、うつ伏せで倒れるレイチェルの体にアインは剣を突き刺そうとしていた。
やめろ。
後ろ姿であるからあまり確認できないが、両手を大きく上に上げ、剣を逆手に持って突き立てる。
やめろ。
アインは両手を少し挙げ始める。今からでも止めを刺そうというような雰囲気だった。
やめろおおおおおおお!!!!!
心の内に秘める叫びと共に、礼二の中から膨大な量の黒い魔力が散布されていく。
魔力は波のように広がり、やがて上に舞い上がりながら綺麗に散っていく。
自身の後ろで強力な魔力の気配を感知したアインは、視線をレイチェルから礼二の居る方向へと移し、彼女の止めを刺すことを止めた。
彼が礼二の居る方向へ振り向いた瞬間、長く伸びた黒い魔力の塊がアインを薙ぎ払おうとしていた。
自身への攻撃を確認したアインはこの攻撃を屈んで避け、レイチェルと礼二から距離を取った。
「おぅ…怖いねぇ……」
口先では相手を煽っているように聞こえるが、彼の額からは汗が滴っている。
表面上では余裕に見せていて、内面では礼二の力に恐れているような節が感じられた。
アインの体に触れようとした長く伸びた魔力の塊は、役割を終えた犬のように礼二の元へと戻っていった。
「これ以上、あなたの好きなようにはさせない」
礼二の目は普段見せているような輝きは無かった。それはまるで、復讐に取り付かれた鬼のように、目の前にいる敵を狩るために生まれた機械のように感じられた。
「今のお前、中々いい目をしている…敵を殺す目だ」
アインは自身に平静さを保たせるために口を動かす。
しかし、今の礼二から見れば相手の様子を見ていられるほどの余裕が無かった。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。
脳内に響き渡る声がとても煩わしい。黒い魔力が彼を洗脳するかのように動いているように感じた。
うるさい…お前らは出て行け。
礼二は脳内に囁き続ける声の主に対して念じた。しかし、この念は全く届かず、声はずっと響き続けた。
響く囁きに惑わされている間にアインは、目の前まで接近していた。
この人は全く恐れる気配が無いな……
今の自分の状況を見て何も思わないのだろうか。
例えそう思ったにしても、相手から見て自分は邪魔者であるから戦わなければならない。そう考えてみると、アインの立場からして「退く」という選択肢は無いに等しい。
「くっ……」
礼二は唐突に現れた敵の存在に反応することができず、苦し紛れに剣を縦に構える。
間近に来たところでアインは横に移動して左手を構え、手元から強い魔力の波動を放った。
「えっ……」
不意を付かれた礼二は、波動によって少し飛ばされる。さほど強いもので無かったお陰か、地に足が付いたままだった。
今のは何だ……?
致命傷を避けるために体の前に構えた両腕をどけると、目の前には剣を上段に構えたアインがいた。
彼の持つ剣には目に見える程の量の魔力が纏わり始め、朱色へと変色し始める。
何か嫌な予感がした。
剣を上段に構える。それはすなわち、力を入れて何らかの行動を取るように思えた。
「建物もろごと焼き払ってやるよ」
アインは手っ取り早く戦闘を終わらせようと、大技を仕掛けようとしている。どんな技なのかは分からないが、剣を上段に構えている点を見ると、刃に纏っている朱色の魔力を下に叩きつけようとしているように見えた。
「焔剣滅殺!」
彼はそう叫びながら剣を振り下ろそうとする。
狙いは礼二ではなくレイチェル。
礼二は彼女を守ろうと、すぐさま金髪美女の元へと向かった。
「させるかああああ!!!」
一瞬にして彼女の元に辿り着いた礼二は手に持っていた剣の腹で防御するように構え、アインの放った魔術を食い止めようとする。
「ぎ…熱いし何て力だ……」
大概受けてきた魔力から精製されたもの(魔弾等)は何かと接触した瞬間に消えているはずだが、この魔力に限っては消える気配が無かった。むしろ、生きているようにレイチェルに刃を通そうと力強く応戦してくる。
どういうことだ…これは……
只の魔術とは違うような気がした。
今放たれた魔術がどんなものかを探ろうとアインの方へと目を向けると、そこには大きな魔力に纏われた剣を未だ離す様子のない彼の姿が見えた。
この姿を見た礼二は、受け止めている筈の魔力が消えない理由について何となくの察しが付いた。
これは只の魔術じゃない。
魔力を使用した剣術の一種では無いだろうか。
イメージは大きな剣。
今アインの放った焔剣滅殺と呼ばれる術は、剣に魔力を集中してぶつけるだけでは無い。魔力を一点に集中させた後に魔力の塊を引き伸ばして実体にしているように感じられた。
普通の魔術では無いことを悟った礼二は、迫り来る焔の刃をどうしようかと考えていた。
重い一撃を放つ相手からの攻撃だ。簡単に弾き返せるとは思えない。
弾き返すことが困難ならば、軌道をずらせばいい。
そう考えた礼二は、レイチェルに向けられた刃を左に受け流す。
流された刃はビルの屋上から下の階層まで行き渡った。
何だ…これは……!
焔を纏った刃が下の階層まで行き渡ると、斬られた部分だけガクッと足場がずれた。
礼二は自身の左側で何が起きているかが理解できず、その場所を凝視している。
「おいおい…マジかよ……」
最初は何も起きていないように感じられた。しかし、それは見せかけであり、ガタンとビル端の角辺りがごっそりと削られるように斬り落とされていった。
礼二は相手の出した魔力を込めた剣術に恐れを抱いた。
魔力を込めれば、あそこまでの切れ味を作り出すことが可能なのかと……
「おい、どうした? これぐらいでビビってんじゃないだろうな?」
礼二が隣で抉れたところを見ていると、アインが煽りを入れてくる。
彼が相手に対して行う煽りは、チンピラが弱者を見つけて苛めながら遊んでいるような気がして苛々してくる。だが、今の礼二には苛立つ余裕も無かった。
「あーあ、何も返せなくなったか」
礼二の耳には彼の言葉は届かない。放心状態にあるのか、体が動く気配はしなかった。
アインはダルそうにしながら礼二の元へと歩き始める。
目の前にいる相手の戦意が喪失しているように感じられたのか、あまり警戒している様子は無い。
礼二との距離は残り10メートル。
アインは彼に剣先を向けて突進を仕掛ける。礼二は顔を俯けたまま何も動く気配が無い。
残りの距離が残り5メートルと来たところで、彼は横に動き始めた。
「まだ生きてやがったか! そうじゃないとな!」
戦闘狂は、相手にまだ闘志があることに喜んだ。
目の前にいる黒い魔力を纏う相手は未だ見ぬ危険な雰囲気を醸しだす敵だ。恐らく、珍しい敵と戦えることを素直に楽しんでいるように思えた。
横に移動してアインから放たれる突きを避けた礼二は、剣に魔力を込めて大きく振るう。彼は一瞬にして剣を目の前に出して防御するが、力が大きかったためか遠く弾き飛ばされた。
「力は大きいな。だが、それぐらいで俺は…」
剣を防いだことを確認したアインは礼二に向けて視線を向け直すと、彼の持つ剣から蛇のような形をした魔力の塊が戦闘狂へと襲い掛かる。
「うおっと!」
アインは迫り来る蛇から避わそうと距離を取る。蛇は捉えた得物を執拗に襲うように彼を追い続ける。
「中々しつこいな…」
魔力の蛇はアインの足元や首筋を狙おうと直進してくた。
彼は手に持っていた剣に魔力を込めて蛇にぶつけた。すると蛇は自身の形を失い、魔力の欠片として霧散していく。
「それだけ…では無さそうだな…」
魔力の蛇が霧散した中から礼二は、アインの懐に接近を試みる。
彼は近づく敵に対し剣を前に構えて、攻撃をやり過ごそうとする。しかし、礼二は一瞬にしてアインの目の前から消失した。
◇ ◇
攻撃しようと剣を構えた礼二が唐突に、アインの前から姿を消した。
「ん?」
辺りを見渡しても礼二の姿は見えない。
彼は目を瞑って相手の気配を感知することにした。
辺りに散りばめられている魔力、相手の動きによって変わる空気の流れ、息づかい、音。
それらを感知する為に精神を外へと集中し、敵の気配を感知することを試みる。
そこか……
隠そうとしているのか、強大であるはずの魔力が微弱ながらも上から感じられる。
黒い魔力を持った少年は上から攻めてくることが予測づけられた。
アインは目を開けると、足元に見える一つの影に気付いてすぐさま後ろへ退いた。
「面白い動きをするようになったじゃないか」
あの少年はアインの脳天を狙って剣を振るおうとしていたようだった。
自分が戦っている相手が格上だと知って戦う気力は失せているようにアインは感じていた。
先程までは戦うような意志を見せていても、今では気が変わって別の戦法を取ろうとしているかもしれない。
そう思っていたが、わざわざ自分の距離まで接近する。
危険な距離で攻めに来る少年の戦い方に、心の中で賛美を送っていた。
「いい加減、喋ったらどうだ? そんな魔力を纏っている状態で自分の意志を示さないと知らずに操り人形になっちまうぞ?」
アインは目の前で顔を下に向けている少年に対して言った。
しかし、彼は何も聞いていなかったのか全く反応が無い。
アインの言う通り、目の前にいる彼は黒い魔力に支配されかけているように見えた。
「手遅れかな……」
アインは黒い魔力を纏っている礼二を哀れみの目で見た。
それは彼が自分の力で戦っているようには見えず、借り物の力で戦っているように思えたからだ。
アインの上を取った礼二は、そのまま脳天目掛けて剣を振り下ろす。
彼は礼二との距離を取るように少し離れるが、剣と地が接した瞬間、魔力の波が彼に襲い掛かった。
「けっ…!」
彼は咄嗟の反応で正面に魔防壁を展開する。
衝撃波は防壁によって防ぐことは出来たが、礼二はそのまま直進してアインに斬りかかった。
彼は襲いかかる刃を食い止め、後ろから魔弾を放ちながら距離を取った。
礼二はそれを正面に防壁を展開して食い止め、更なる接近を図る。
そのままアインに向けて再び剣を振るった。
彼は迫り来る刃を剣で防ぎ、正面に防壁を展開しながら後ろへ退いた。
「急に元気になりやがったか! もっと楽しもうぜ!」
アインはテンションを上げながら無言の礼二に言った。
「アイン、もう任務は完了した。上がるぞ」
彼のボルテージが再び上がり始めた頃、彼の名を呼ぶマントを羽織った人物が1人空より現れた。
新たな敵の存在に気付いた礼二は、その人物へと目を向ける。
「へぇ…これは力に囚われているな……なんて可哀想な少年だ」
彼は自身を見つめる少年に対して哀れみの視線を向ける。
それはまるで、今の礼二には意識がはっきりしていないと言わんばかりの言葉だった。
◇ ◇
何だ…もう1人来たのか?
薄っすらと見える景色の中で、アインらしき人物の上にもう1人、空中に漂う何かが見える。
今の礼二の視界は薄っすらとしており、どこに何があるのかはあまり分からない状態にあった。
分かることとしては、聞こえているアインとマントの人物が会話している内容から、「2人は仲間関係にあるのでは無いか」と考えることしか出来なかった。
殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ。
脳内を囁き続ける微かな呟き。
礼二の精神は、この囁きによって消耗しきっている状態だった。今の彼には正気を保てる精神力は無い。出来ることは目の前にいる敵を排除していくだけ。
アインと仲間らしきもう1人は、礼二との戦闘を離脱しようとしたのか、魔弾による弾幕を張ろうとしていた。
逃がさない。
相手から醸し出される逃げの雰囲気を感じ取った礼二は、迫り来る魔弾の嵐に臆せず突っ込んでいく。
バシン、バシンと魔力で強化された体に魔弾が直撃する。
「敵を倒したい」と思う感情の昂ぶりや黒い魔力に少し支配されているせいか、全く痛みを感じない。
「はぁああああああ!!!!!」
遠くなっていくアインの姿を捉え、足に魔力を多く溜め込んで飛び出す。
礼二の足が地面から離れると、彼の体は大砲から打ち出された砲弾の如く、逃げゆく2人へと向かっていった。
「しつこいな…」
「アイン、あれぐらいは軽くあしらっとけ」
「あいよ」
アインは隣にいたマントの人物の前へと出る。
剣に魔力を込めて正面に構えると、目を閉じて集中し始める。彼の剣には赤い粉塵のような魔力の塊が纏い、やがて刃全体を覆うようになった。
アインは剣を一度下段に構え、急速に接近してくる礼二に対して接近を図った。
2人の距離はだんだん近づいた瞬間―――
「爆裂刃!」
戦闘狂は術の名前らしき単語を口にしながら礼二に剣を振るう。
同時に礼二も無言で剣を振るった。
「ぎっ……」
黒い魔力を纏った少年は、アインの重い一撃によって力で押し切られる。
まだだ…まだやってやる…!
礼二はアインの元へと再度攻撃を仕掛けようとすると、彼の持つ剣から輝きが生まれた。
「何だ!?」
予想外に光りだした剣に戸惑いだす彼は、薄ら半目で剣を観察していると、そこには少量の赤い粉塵のような物が付いていた。
何だこれ……
不思議に思い始めた頃、それは更に輝きを増して起爆した。
黒い魔力を纏っているとはいえ、至近距離の爆発。
それは大きな威力となり彼の体に衝撃が渡る。
「ダーク!」
誰かが自分を呼んでいるような声が聞こえた。
そして、アインとマントを羽織った人物との距離が離れていく。
待てよ…なんで離れていくんだ…?
体には力が入らない。体に与えられたダメージのせいで、礼二は自身が落ちていることにも気付かなかった。
お前らを逃がす…わ…け……
薄れゆく意識の中で、礼二はただひたすら目の前の2人を見ることしか出来ないでいた。




