1-3.惨劇への恐れ
舞台は火災真っ只中の村。
曇り空に向けて煙が上がりゆく中、魔獣に囲まれながら戦い続ける魔術師ダーク・ヴァンテイルがいた。
彼は包囲されている中の一点だけを見つめて走り出す。彼を包む包囲網を崩さないよう魔獣は自らの体を防壁として扱い、魔術師の行く手を阻む。
ダークが魔獣の元へと辿り着くと、それを手に持った刀で上下に両断した。
2分割された肉塊は支えを失って地面に崩れ落ちていく。
魔術師はその様を目にも留めずに走り続ける。
さらに魔獣が彼の行く手を遮り始める。
最初は1匹だったのに対し、次は3匹で対抗してきた。3匹で正面を覆い隠すように突撃するかと思えば、ジェットストリームアタックを仕掛けるように体を重ねて突撃を仕掛けてきた。彼は刀の刃先を重なった3体に向ける。
体内にある魔力を刀へ流し、刃全体を青い光で覆わせた。
ダークは連なる魔獣達の正面から、魔力に覆われた刃を突き刺した。
肉食獣達はズブズブと鋭い切れ味の突きを浴び、やがて団子みたいな状態になった。
魔術師は目の前の3匹を仕留めたのを確認すると、後ろから増援で駆けつけてきた2匹の魔獣が突進仕掛けてくるのを察知した。
脅威から逃れるため、団子の串のように突き刺さっている刀を引き抜かずにその場から離れる。
間一髪で突進を避けた青年は虚空から光剣を出現させ、それを通り過ぎた魔獣目掛けて放る。
魔力で作られた剣は2体共に肩に1本ずつ刺さり、強く発光しながら起爆した。
剣が刺さっていた魔獣は一瞬にして肉塊へと変貌させた。
ふぅ、と一息を付く間も無く新たな増援が礼二を目標にしてやってくる。
はは…どうにもなんねぇな…
限りなく来る敵に溜め息が漏れる。こいつらはいつまで来るのだろう、と飽き飽きしていた頃にもう1方向からも来ることに気づく。
片方は刀で左右に両断し、もう片方はやむを得ず防御壁で対応する。突進の衝撃に耐えられなかったのか、ダークは無様に弾き飛ばされ、地面に強く叩きつけられる。強いショックで体が思うように動かない。そろそろ限界なのか……
魔獣と戦い続けてやや2時間。ダークの体力は限界に近く、どんどんやってくる敵の数にうんざりしてきた頃だった。
このままじゃ…一方的にやられそうだ。
ダークは自分が生きてきた日々を思い出す。生まれた日、子供の頃、旅を始めた頃、魔術を学び始めたことなど多くのことを思い返す。その中には、彼の恋人であるレイチェルが時折見せる笑顔もあった。
俺の人生って…割と充実してるじゃないか。
はっきり言ってしまえば、魔術の修行ばかりで人生を大いに楽しめた実感は沸かなかった。でも、夢中になれること(魔術)と自分自身を理解してくれる存在がいることを思い出してしみじみ感じていた。
今ここで魔獣を殺さずに逃げたら未来はどうなるだろうか……
ダークは頭の中に浮かんだもう1つの選択肢を選んだ時の未来を想像する。
確かに自分は生き残る。しかし、目の前の魔獣は世界中へと放牧され、対処を知らない者達をどんどん死へと誘い続けるだろう。
ならば今ここで仕留めなければ人類存亡の危機に繋がるかもしれない。
そう考える中、ダークは決意した。自身の中にある魔神を召喚することに。
首にかけたネックレスを手に握り締めて言葉を紡ぐ。
「我、汝に命ずる。現世に顕現せよ『魔神招来』」
ネックレスが黒く輝きだし、光は手に包まれながらも勢いは無くならない。
刹那、空から太くて黒い光がダークの周りを包み込み、上半身だけの巨人が出現する。黒く禍々しいオーラをまとい、姿形はまるで悪魔のようだった。これこそが彼の契約する魔神・バモンなのだ。
別名『強欲な悪魔神』と呼ばれ、触れる生命は全て奪い取り自分の物として扱うことができるとされている。
バモンは周囲にいる魔獣に対して右腕を一振り。触れた魔獣達の肉体の生命力を奪い取り砂へと変えていく。手の届かないものに対しては強奪した力を使ってブレスとして活用する。2つの動作だけで周囲の魔獣達は消えてしまった。
自分は傷だらけになりながらも対処していたのにこの力の違いはなんだ、とダークは思う。
仕事を終えたバモンは一目散に現世から消失する。
終わったんだ―――そう思った頃に体全体にひどい疲労感と魔力の枯渇を感じ取れた。『魔神招来』は自身の体に収める魔神を現世に呼び起こし、契約者の願いを叶える召喚術の一種である。ただこれを使えば魔神の力に体が耐えられずは死に至ると言われている。
「これで…もう…」
ダークはその場で倒れる。
自身の生きた道、見てきた風景などを全て思い出しながら、魔神の光に包まれてこの世から散った。
◇ ◇ ◇
「いてっ!?」
礼二は頭に大きな衝撃を感じて目が覚めた。いつの間にかベッドから落ちている様を見て、自分は寝転げ落ちたのだと把握する。
彼は上半身を起こし、痛みをじんわりと感じながらけのびをする。目覚まし時計を見てみるとまだ朝の4時を差しており、予定の起床時間から3時間早起きをしてしまっていた。
部屋の窓からは朝日はまだ差し込んでおらず周りは暗いままだ。
変な時間に起きたなぁ……
眠気眼をこすりながら、上半身を起こしたままボーっとする。
睡眠が足りねぇぞ、と礼二の体が求めているようなので、寝直そうとベッドに潜り込んで目を閉じた。しかし、先ほど見た夢が頭の中に残り続け、礼二の睡眠を阻害する。
気にしすぎだろうか……
さっき見た夢…語るには昨日あった出来事から話さないと意味が分からない。
昨日の夜、礼二は魔獣と呼ばれる異界の化け物に襲われた。
逃げ道も絶たれて死を覚悟したが、突然現れた黒コートを纏った美人魔術師(?)・レイチェルと名乗る女性に助けられる。
その時に彼女からキスをされ、彼は元々持っていたらしい魔術の才に目覚めた。
覚醒した後の礼二は、手馴れた手付きで周りの魔獣を斬り殺したとレイチェルから伝えられている。
これが昨日あった大まかな一連の流れ。
礼二が気にしているのは、魔術が目覚めるきっかけとなったキスの瞬間に見た映像が、先程見た夢の内容と全く同じなのだ。この話を他人が聞けば、脳内で印象に残っているからこそ見たんだろう、と言うかもしれないが、あの映像と夢の内容があそこまで似ているのは何かがおかしい。
昨日は本当に大変だったなぁ……
疑問点は多い。自分の前世が『ダーク』と呼ばれる魔術師であること、魔獣、魔術、レイチェルの素性と本当の目的。気になることだらけだ。
あなたの前世は……私の恋人よ。
昨日の夜、レイチェルは言った。
仮にそうだとしたら彼女は何歳なのだろうか。あんな若々しい見た目で四十代越えなんて考えたくない。それともマイナーな歴史が大好きな歴女なのか? なんてハイスペックな歴女なんだ……
下らないことを考えながら寝巻きから学校制服に着替え始める。身支度を整えて洗面所で顔を洗い、台所で朝食の準備をし始める。目玉焼きを作ろうと冷蔵庫に手を伸ばし、貼られていたカレンダーの存在に気付く。
今日は土曜日か……
平日だと勘違いしていたみたいだ。今来ている制服を長く着ていたら、シャツにしわが付いて新たな手入れが必要になるから早く着替えなければ……
朝食の準備を後回しに部屋着に着替えようと二階の自室に向かっていると、母親が寝室から出てくる瞬間に遭遇した。
「あら、朝早いのね。二度寝せずに勉強しなさいよ」
朝から勉強かよ……
昨夜は学校から家に帰ってきたのが夜の9時。
玄関で待ち構えていた母親に帰宅早々、説教を受けてしまった。
理由は遅く帰ってきたことにではなく、勉強をする時間が少なくなってしまったこと。
礼二の母親はキャリア志向が強いためか、中学2年始めにはもう高校受験に向けての勉強が始まっている。彼はいつも母の指示により、夜からは勉強の時間を取るように言われているのだ。
しかし、昨夜は時間が無くて勉強をする時間が大幅に削られてしまい、「今日1日は勉強しろ」と言われる始末である。
なんで勉強を1日しないぐらいで、こんなことになるかな……
友人の倉橋に聞いてみれば、彼の親はそこまで勉強を強要する人では無いらしい。自分の親だけなのかな。人間はみんな生まれたときから平等だとか言われるけど、親は選択できないから平等じゃないよね。
礼二はくだらないことを考えながら、母親の逆鱗に触れぬように勉強を始めることにした。
◇ ◇ ◇
「あー…もう疲れた…やってらんない」
カーテンからは橙色の光が差し込む。
礼二は最後に見たカーテンから差し込む光との色違いに気付き、目の前にあった時計に目をやった。
「もうこんな時間か」
気付けば時計の針は5時を示している。光の色からしてもう夕方頃だろうか。
ぐぅ、と腹の虫が目覚める時間帯のようだ。
うわ……そういえば昼飯食ってなかったっけな…
親の意志に支配されたかのように勉強をしていたせいか、昼食時をすっかり忘れてしまっていたようだ。
昼飯ぐらい呼びに来てくれたっていいだろうに……
礼二が親に対しての不満を心の中で考えていると、同意するように腹の虫も反応してくる。
「お前もそう思うか」
自身のお腹に対して同情の眼差しを向ける。
礼二は気分転換と空腹を満たす為に外食をすることに決め、タンスからジーンズ、クローゼットからラフスタイルのシャツを取り出して着替え始めた。
「うーん…何食おう」
家から歩いて20分ぐらいの距離にあるショッピングモールに辿り着いた。
モール内にはハンバーガーとかのジャンクフードショップ、定食屋、おしゃれな喫茶店、ファミレスといったいろんな飲食店があった。選択肢の多さに喜ぶところではあるが、今手元にあるお金ではあまり意味の無いことを知らせていた。
「400円か……」
ジャンクフードを食すには十分な金額であったが、それ以外の場所で食べるには心許ない懐だった。
仕方なく礼二はジャンクフードショップに足を運ぶことにする。
店内に入って適当にハンバーガーやらドリンクを頼み、座れそうな席を探す。休日の夕方であることもかいあってか、テーブル席は満杯だ。
しかし、カウンター席は割りと空いていたのでそちらに陣取ることにする。
礼二はトレーに置かれたハンバーガーを手にし、包み紙を開いて口を大きく開けて頬張った。
朝食以来の食事。若者好みに設定された濃い味付けが空腹な胃袋を刺激する。
ふぁああ! ハンバーガーうめぇえええ!!
飢えから開放された人のように、口にするハンバーガーの美味さを頭の中で叫んだ。
空腹時に食べる飯は美味いと聞くが、まさに今のような状況だと思う。
先人の言葉を確かめるように、礼二は約半日ぶりの食べ物の味を噛み締めた。
「あー食った食ったー」
ジャンキーな味を堪能した礼二は、ショッピングモール内をさまよう。
いろんなブランドの揃った服屋に靴屋、書店やら映画館、様々な目的を持った人たちによって各所とも人でいっぱいだった。
礼二は人の雑踏に巻き込まれながら、昨日あった出来事について考える。
『魔獣』と呼ばれる異世界の生物、魔術、自分の前世、『レイチェル』と名乗る金髪の魔術師。そして、俺の意識が無いうちに魔術で魔獣退治を行ったこと。
いつから魔術なんて使えるようになったのだろう。
俺が魔獣退治をした、というのはにわかに信じがたい話だが、なぜか信じきれるような気がしていた。
そうでないと気を失って目覚めた時の手の違和感が説明付かない。それに……
俺の前世って何者なんだろう。
レイチェルは俺の前世にあたる人の恋人だったという。嘘な気もするが、本当に知っているのだとしたら、なぜ魔術が急に扱えるようになったのかも分かるのかもしれない。
確かに俺だって妄想なら魔術を使ったことあるけど、本当であれば才能があろうが何らかの訓練を受けて扱えるのではないだろうか―――これが持論だ。訓練もせずに使える魔術ってあんまりピンとこない。
次会った時に聞いてみよう。彼女とまた会いそうな予感がする、そんな気がした。
◇ ◇
夕日が地平線の下に隠れ、空は紺色へと変わり、気付けば夜になっていた。
礼二はショッピングモールの入り口に辿り着いた。
いつもなら多くの人が賑わっているはずだが今日に限って人は少なかった。ビルの間を心地よい風が吹くと共になぜか異臭をした。
なんだろう、この感じは。ここだけは異空間のように感じる。
周囲の密かな変化に思考していると、突然回りから魔方陣のような物が地面に現れ、魔獣が現れた。
「きゃあああああ」
近くにいた女性は高らかに悲鳴を上げ、異常に気付いた周囲の人々は逃げ始める。襲撃者は逃げ惑う獲物を狩るように人々を襲い始める。
えっ!? どういうこと!?
礼二は人々が襲われていく様を眺めることしかできなくなっていた。1人、2人、3人へと逃亡者は減っていく。
自分も逃げようと足を動かそうとするが、恐怖に怯えて動かない。
なんだよこれ…またなのか……
この惨状を見つめていると、昨夜の出来事を思い出す。
夢だよね? 夢なら覚めてくれ!
礼二は悲壮と絶望の詰まった空想から逃避すべく、現実の自分に救いを求めた。
1匹、礼二に向かって突進してくる。彼は咄嗟に体を守ろうと右腕を構えると、目の前に魔法陣が描かれた壁が出現した。魔獣は陣の形をした壁に衝突して弾き返される。障壁を通じて間接的にぶつかった礼二は、威力を殺しきれずに吹き飛ばされてしまう。
「つっ!?」
言葉にならない声を上げながら痛みに耐える礼二。痛みが伝わるということは、今いるここが現実であることの証明だ。
なんだ、今の……!?
何が起きたのかが分からない。今のは魔術なのか?
動揺する礼二を他所に、新たな魔獣が接近してくる。また襲われると感じた彼は腕を盾にするがその必要はなく――
「何ぼさっとしてるの!」
突撃する魔獣の横から槍を突き刺すレイチェルがいた。
彼女の腕から槍にかけて魔力が注がれ、魔獣は炎上する。
「何って…こんなのに襲われたら怖くて動けなくなるだろ!」
「あなたは魔術師でしょ!? だったら弱い人を守らなきゃ!」
礼二は怯えた声で反論するも、金髪美女は容赦なく切り捨てた。「あなたは魔術の才がある」と言われていても使い方はまだ分からない。
彼はまだ反論を続ける。
「俺は魔術師じゃねぇ! ただの一般市民だ」
「軟弱者…自分に秘めている力を使いこなすチャンスだと思わないかしら?」
レイチェルは見下したように礼二を非難する。
二人の視線の間にはバチバチと火花が散り、今にでも取っ組み合いしそうな雰囲気にあった。
「「うわっ!」」
割り込むように、二人の間に飛び込む魔獣。魔術師と軟弱者は同じ方向に飛んで回避する。
「…あなた、魔術は使えるの!?」
レイチェルは大声で礼二に尋ねてみる。
「使えるか! 魔術を知ったのは昨日だぞ!」
その質問に対し、彼は怒ったように答える。
当たり前だ。現実では普通に生きていた男が、急に魔術が使えるとかどこの妄想物語だろう。
「じゃあ、今日は逃げてなさい」
「サンキュー、生きていたらまた会おう」
レイチェルは溜息をつき、礼二に撤退指示を下した。
彼はすぐさま逃亡モードへと切り替え、その場からの撤退を試みる。
しかし、それは魔獣によって遮られた。
嘘だろおおおおおおおおお。
内心パニックになる礼二。走りを止めて状況を整理する。
魔獣は二匹。上手く一匹をかいくぐったとしても、もう一匹に狩られてしまう可能性が高い。
ならば他に逃げ道は無いだろうか。
礼二は周りを見渡そうと他の方向へと目を向けると、立ちはだかっていた獣の一匹が彼に襲いかかる。
あぁ…駄目だ、死んだ。
一瞬、時間の進みが遅くなったような気がした。
あれ? 昨日もこんな感じあったよな。
そういえば昨日もそんな感じだった記憶がする。前ならば美女が助けに来てくれたはずなんだけど―――
顔の向きをそのままに目線を右に向けると、レイチェルが槍を使って魔獣と戦っている姿が見える。
ああ…これは助からないな……
さすがに今回も助けてもらえることは無いようだ。
最後の希望を無くし、死への恐怖を和らげようと目を瞑ろうとする。
上瞼が完全に下にまでくっつこうとした瞬間、頭の中に映像が流れ込んだ。
襲い掛かる魔獣の突進を紙一重に避け、魔力で作られた長剣で胴体を斬りつけるイメージ。
なんでこんな映像が流れてくるんだろう、と礼二が考え始めた時、世界の針は元のスピードで動き出す。
魔獣が右腕を振り上げて彼の体を上下に分断しようとする。礼二はそれをしゃがみこんで避ける。
そして頭の中で『長剣』をイメージ。彼の右手に魔力が集中し、青々しく光る長剣(魔力の塊)が精製される。
「うわあああああああああ!!!!」
礼二は長剣を思い切り振り上げ、魔獣の体は左右に分断される。
体の断面から飛び散る血飛沫。彼の顔や衣服に思い切りかかってしまう。
「あ…あぁ……」
放心状態の礼二。
右腕はぶらんと力が抜け、持っていた長剣(魔力の塊)は宝石のように砕け散った。
戦意喪失している彼を見つけて、さらに横から魔獣が襲い掛かる。
「shoot!」
ネイティブな英語発音と共に、魔弾が礼二の横を通り過ぎた。魔力の弾は人喰らいの獣の額を撃ち抜く。
安全を確認したレイチェルは生気の感じられない彼の元へと向かった。
「ちょっと…大丈夫なの!?」
「……」
彼女から心配そうに声を掛けられた礼二は、安心したのか膝を地面につけた。
「ははっ……」
不気味に笑う思春期男性。
それは嬉しい訳でも面白い訳でもなく、絶望のあまり笑っているしか出来ない人を見ているようだった。
「あなたの言う通り、俺は魔術が使えるんだな……」
ただの事実確認。レイチェルは申し訳無さそうに呟く。
「そうよ…あなたは元々魔術の才はあった。私が完全に使えるようにしたのよ」
「本物かぁ……」
礼二は自信の手を凝視する。彼は少し嬉しそうに呟いた。
「これが現実なんだね」
辺りは人間と魔獣の死体が散らばり、血の海と化していた。
自分の妄想でしか使えなかった魔術が、まさか現実でも使えると誰が思うだろうか。
「妄想が現実であればいいのに」と願っていたのが本当に叶ったんだ―――そう感じる礼二であった。
◇ ◇ ◇
夜10時、ショッピングモール前の広場。
広場の中心から半径700メートルの区域は、立ち入り禁止と表示されているテープで遮られており、外からあまり見えないような状態にあった。
中には5人の男性。うち3人は地面に付いた血痕を調べ、残りの2人は辺り全体の見回りをしていた。現場にいる人は警察の鑑識官のよう青い制服を身に纏っている。
「隊長どの、こちらの血痕は魔獣の物だと思われます」
「そうか、ありがとう」
隊長と呼ばれた男は報告をくれた調査官に一言の感謝し、見渡りを続けていた。
彼の名はクロード・アズベイル。日本帝国軍特殊部隊の総括に当たる男性である。
数時間前、このショッピングモール前の広場にて太い腕を持つ化け物が出現したという情報を帝国軍特殊部隊はキャッチしていた。
現場に辿り着いたのは数10分前。一般警察が現場調査をし終えた後で、あちらの得た情報は一通り共有されている。しかし、クロードはこの事件が魔術関係のものだと悟り、特殊部隊による現場の再調査を行うことになったのだ。魔術を専門としているこの部隊ならば分かることはあるだろう。
「隊長!」
「どうした?」
クロードに声を掛ける1人の青年。部隊に配属されて1ヶ月の新人、寿栄治という。
彼はカメラをいじりながらクロードに体を寄せる。
「これを見ていただけますか?」
差し出されたカメラの映像。そこには魔獣が人を襲う瞬間を映していた。
クロードは大またでしゃがみ込み、映像を覗き込む。
「趣味の悪いものが映ってるなぁ…誰が撮ったんだ?」
「事件発生時、近くにいた青年が偶然カメラで撮ったようです」
こんな狂気じみた現場をよく撮ろうと思ったものだ、とクロードは首を傾げる。
まずこんな修羅場に居合わせたら逃げたくなるのが普通だろう。
「んで、何を見せたいんだ? 私にこれを見せて」
映像の内容は、ただ魔獣が市民を虐殺していくものだった。
音声として流れているのは人の悲鳴と断末魔。
「違います。この後を見てください」
「ん、違うのか? 君はてっきりコレクションとして映像を押収したと思ったのだが…スプラッター好きだし」
「それは映画の話です!」
クロードのブラックジョークに戸惑う調査員を他所に、彼は映像を見続ける。
画面に映っていたのは一人の少年が魔獣に襲われそうなところだった。
少年は襲い掛かる獣を光の何かで両断した。
「!?」
クロードは驚愕の表情を浮かべる。武器も持たない一般人が獣を殺せる訳が無いと思っているからだ。
隊長はずっとカメラの映像に映る少年の姿を凝視し続ける。
なぜ少年は戦える力を持っているのか―――そう思いながら。




