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CODE-D  作者: ryu8
3章 帝都動乱
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3-4.進みゆく調査

 帝国軍基地敷地近くにある病院の1つ『五条病院』。

 ここは、院長にあたる五条正宗が設立した病院である。

 裏切り事件の犯人、リディ・マッケンジーはここで患者として入院している状態にあった。 

「俺はいつまでこうしてなきゃいけないんだろうな……」

 リディは白い天井を呆然と見つめていた。

 動きたくても動けない状況で何かをする訳でも無く、ただぼーっと見つめていた。

 見つめ始めて数秒経つと、壁を見るように首を動かす。

 辺りは白い壁ばかり。まるで自分だけ別の世界にいるような感覚だ。呆然とあちこちを見ていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。

「どうぞ」

 リディは少し苛立つように、ドアの向こうにいるであろうノックの主に対して答えた。彼の声に答えるようにガラガラと音を立てながら、ノックの主は部屋の中へと入ってくる。

「リディさん荒れてますね~」

 少し人を小馬鹿にするような口調で話しながら入ってきたのは神原礼二だった。そして彼の後ろから付いてくるように、もう1人の東洋日系人が入ってきた。

「礼二か。今日は何しに来たんだ? あと、後ろにいるやつは誰?」

 リディは実家のような安心感を抱きながら礼二に尋ねた。普段ならば礼二は、レイチェルと一緒に来ているはずなのだが、彼が別の人間を連れてくることはリディの命の恩人にあたるジェイクと一緒に来て以来、他の誰かを連れてくることは無かったからだ。

「あー…彼は私が所属している部隊の仲間です」

「初めまして、チェイン・ハン三等兵です」


 礼二は隣にいる坊主頭の東洋日系人について大まかに話すと、男は自身の名前を話し始めた。

 等身は礼二ほどの高さで、やや幼さが残っている。近所の空き地で遊ぶ丸坊主の子供をイメージするような風貌をしている。

「部隊の仲間…ってことは、軍の関係者か」

「そうですよ。リディさんの事情聴取で来ました」

「そうか。聴取に来るまで、わりと遅かったな」

 リディは目に映った礼二とチェインの姿を見ないように、視線を逸らしながらしんみりと呟いた。

 本来は重要人物の容態がまともであり、かつ話せる状態であれば聴取を行うべきである。しかし、今回は礼二の要望でクロードの力を借り、リディ・マッケンジーの事情聴取を行わないようにして欲しいと頼んでいたのだ。

「まぁ、そこらへんはいろいろ手を使ってですね……」

 礼二は彼から視線を外すように目を逸らした。リディは不思議そうに礼二を見つめていたが、事情を察して言及しないことにした。

 事実を知ったとして、彼の性格からすると何かと気を使ってしまうかもしれないからだ。

「神原さん、早く本題に移りましょう」

「そうですね。ではリディさん、事情聴取に応じてくださいね」

「分かったよ」

 リディは仕方ないと思いながら事情聴取に応じることにした。


「9月14日、日本帝国軍特別訓練にて裏切り事件実行犯のリディ・マッケンジーの事情聴取を行います。私達の質問とあなたの受け答えは全てこの録音機に録音されています。ここで話したことは言っていない等と言えなくなってしまうのでご注意を」

「あぁ」

 事情聴取はリディが寝ているベッドの斜め横にチェインが座り、目前にあるベッド備え付けのテーブルに録音機が置いて行われた。

 ベッドを60度くらいの角度に設定して背中を預けるようにリディはもたれかかり、チェインは近くにあったパイプ椅子に座っている。彼らを見守るように、礼二はベッド前にあったソファーに座っていた。

「では、最初の質問。あなたはどういう経緯で帝国軍に入隊を希望されたのでしょうか?」

「日本帝国民を守るためです」

「嘘は付かないでください。その気持ちが本物なら、あんな事件は起こさない」

「ちぇ…冗談だってのに」

 チェインは彼の態度に苛ついたのか、凍りついた眼差しでリディを見つめる。冗談の通じる様子が無いチェインに対してリディは舌打ちをした。

 この2人、相性悪いな……

 最初に会った頃のリディは生真面目なイメージが強かったが、裏切り事件を実行してからそういったイメージは薄れてきている。

 なんとなくな適当なイメージが大半を占めており、何事もしっかり決めて几帳面に動くチェインにとっては、相手にしていて不快に感じる人物だと思われる。

 今回の事情聴取について聴取を行う人物がチェインと聞いて、今のリディ相手に何事もなく情報を聞き出すことはできるのだろうか。

 礼二はそう思いながら2人を見守っていた。


「仕切り直して再び聞きます。リディ・マッケンジー、あなたが帝国軍に入隊した経緯は?」

「命令だよ。俺の上にいる人達から、帝国国民を守るあんたらを崩して来いって内容だ」

 チェインが再び質問し直すと、リディは諦めたように入隊した経緯を話し始める。

 命令…本当に彼の後ろには何らかの組織があるような感じがした。

「上にいる人達とは、どういう人物なのでしょうか?」

「忘れた」

「忘れた!? あなたはどんな人たちから命令を受けたとか分からずに実行したんですか!?」

「いやいや、そう言われても分からないんだって。これは本当だ!」

 命令を受けた人間のことを覚えていない。

 知らないのであれば、顔を見ずに依頼を受けることもありえるが、覚えていないのであれば、顔を見ていて忘れたということなのだろうか。

 どちらにせよ、今の彼は依頼主については何も覚えていないのは間違いないだろう。

 礼二はリディの状況を推測する。

 この推測が当たっているならば、リディがふざけた回答をしたと思っているチェインの気を静める必要がある。

 目の前には、視線で火花をチラつかせる2人の姿があった。

「チェインさん、そこを気にしても仕方ないので別のことも聞きましょう」

「何言っているんだ神原。君はこの男の味方か?」

「私は2人の味方です。要は早く聞けることを多く聞いておきましょって話です。1つのことに拘っていたら何も進まないです」

 礼二はリディの態度に苛立ちを見せているチェインに対して言った。すると彼は冷静になったのか、深呼吸をし始める。

 チェインは落ち着きを取り戻して再び口を開き始める。

「そうですね、少し熱くなってました。では、質問を変えます」

 礼二とリディは、ほっと胸を撫で下ろした。あのまま一区切りもなく話が進めば、ずっと話が進まないままとなっていただろう。

 チェインは自身が冷静になったことを確認し、口を開き始める。

「事件当時、あなたは調教支配(ダミネイキング)を利用して魔獣を操っていたみたいですが、それはどこから手に入ったものなのでしょうか?」

「確か…依頼された時から貰ってたよ」

 リディは目を上に逸らしながら答えた。これを聞いたチェインは、リディが上司の顔を知らないと言っていたことを思い出して再び問う。


「貰ったというのはどのような手段でしょうか? 郵送、手渡し、またはそれ以外の手段でしょうか?」

「うーん…手渡しだったような覚えがあるけど、その時に見た相手の顔が靄がかってるんだよ」

 チェインはリディの言葉を聞いて一瞬手が止まったが、少し目を瞑ってじっとする。数秒程すると、彼は目を開けて再び手を動かした。

 何を考えていたんだろう…

 彼の考えていることを気にしていると、リディの手が震えているのが見えた。小刻みに震え、何かの禁断症状で落ち着きが無いようにも感じられた。

 まさか…怖がっている? または緊張…?

「そうですか」

 礼二がリディの態度を気にしていると、チェインは何も触れずに話を進め始める。

 今の受け答えでチェインはリディに突っ込みを入れると思っていたが、彼は全く入れる様子が無かった。例え突っ込みを入れたとしても、先程と同じように覚えていないと反応される可能性があったからだろうか。

 自分自身の中でリディは、本当に背後にいた人物について覚えていないと考えているが、チェインも同じように考えたのだろうか。

「次の質問。兵舎にあるあなたの部屋の地下にて手記が見つかりました」

 チェインはそう言いながら手元にあったファイルの中から、手記の中で確認できた『無能復讐者』と書かれたページのコピーを取り出す。

 それをテーブルの上に置き、リディに見せ付けた。


「大体は軍内部の情報や計画についてのメモだったのですが、一点気になる単語がありましてね。これについて何か分かりませんか?」

 手記のコピーを見つめた後、リディに目配せをする。

 チェインは証拠品の提示と質問の仕方が綺麗に決まったと感じているのか、少し頬が緩んでいる。

 だが、質問を投げかけられたリディは何も言わず体を震わせていた。

「どうしました? これは覚えているけど全く話せない内容なんですか? 調査には重要な情報かも知れないのです。お教えいただけますか?」

「すまない、それをどかしてくれ」

 まるで道化師が相手を嘲笑うかのように振舞うチェインに、リディは低い声で目の前にある紙をどかすようにお願いをした。

「おいおい、さすがにこれは話せるんじゃないのか? 君のメモ書きだろ?」

 彼の反応を怪しく感じたのか、チェインは再度尋ねる。大切な情報を目の前で嘘を付いているように見えて言及できない点で苛立っており、今も同じようなことが起きてさらに苛立ちが増しているように見える。

「だから、それに書かれているのは……あ…あぁ…」

 リディは手記のコピーから目を逸らしながら話そうとすると、急に頭を抱え始めた。強い頭痛が発生しているのか、彼は両手を頭に抱えながら体を丸め始めた。

「ああああ!!! 頭が痛ぇ…何だこれは…頭が……頭が……」

「お、おい! どうしたマッケンジー!」

「チェインさん、ナースコールを!」

「わ、分かった!」

 チェインは焦りながらもベッド近くにあったナースコールのボタンを押し、ベッド上で暴れ始めるリディの体を抑え続けながら看護師の到着を待った。

 何なんだ今のは…?

 礼二はリディの身に起きたことについて疑問を抱き始める。

 何らかの魔術を掛けられているのか、はたまたは薬を盛られているのか、何かされていることは確かだ。

「マッケンジーさんに何かありましたか!?」

 1分も経たない内に看護師が病室に入ってきた。チェインは彼女らを確認すると、リディが今の状態に至るまでの経緯を話す。状況を理解した看護師は手馴れたようにチェインと礼二の2人をベッドから離れさせた。

「マッケンジーさんの容態に急変があったのかね?」

 彼女らに続いて不精髭のおじさんが病室に入ってくる。白衣を纏っている様子から見て、この病院の医者であるようだ。

 大事になってきたな……

 そう思っていた矢先、不精髭の医者の口が開く。

「君ら、これから処置をするから部屋を出てもらえないだろうか?」

「了解しました」

 医者の言葉を聞いたチェインは反論なく応じた。

 礼二の腕を掴み、一緒に病室を出ようと動き始める。

「ちょ、ちょっと…!」

「いいから、僕の言うことを聞いてくれ」

 うろたえる礼二を静めるようにチェインは耳元に囁く。強情になっても仕方ないと考えた礼二は仕方なく、チェインや医者の言うことに従って病室から出る事にした。


 ◇ ◇


 リディの発作から30分が経過した。

 礼二とチェインは駆けつけた看護師と医者にリディを任せ、部屋の前にあるベンチで治療の終わりを待っていた。

「何だったんだ今のは…?」

「分かりませんよ。ただ、あの質問をしてからリディさんの様子はおかしくなりましたね」

「あの質問?」

 チェインは自身が行った質問について、何か危険なワードが入っていないか分からない様子だった。

 礼二は原因がなんとなく想像していたためか、何も気付かない彼に対して呆れながら口を開いた。

「地下室で見つかった手記についての質問を投げた時ですよ。今思えば、その時の彼の手は震えていたし」

「それって、隠していることがバレそうだったとかじゃないんですか?」

「多分、頭痛で倒れる前兆だったと思いますよ」

「そうですか……」

 チェインは彼の状態に気付けなかったことに対して、自分自身に呆れるように右手を顔に付けた。

 事件の真相を早く突き止めたい意志が視野を狭くしていたのだと自身に語っているのかもしれない。


 2人で彼の体調を考慮しなかったことについて反省していると、リディのいる病室から不精髭の医者が出てきた。

「五条先生、リディさんの容態はどうなりましたか!?」

「今は鎮痛剤打って寝ているだけだよ。しばらくは起きられないかもしれない」

 彼の名は五条正宗。リディが入院している五条病院の院長であり、主治医でもある。

 五条は白衣のポケットに手を入れ、天井の照明を見つめながら礼二達に話した。

「彼に何が起きているんですか?」

「機密保護に引っかかったみたいなんだよね。ま、詳細は僕の部屋で話そうか」

 チェインがリディの状態を確認すると、五条は2人に背を向けて「付いて来い」と言うように指を動かす。礼二とチェインは誘導されるように彼の後ろを付いて行った。


 五条の部屋へは、4階ほどある病院の最上層に位置していた。

 最初にエレベーターまで案内され、エレベーターから出たところでは受付嬢が来客に備えていた。

 見目麗しい女性で、五条の部屋に訪れた客を虜にするような魔力を秘めているように見える。

「五条先生お疲れ様です。こちらの方々は?」

「あぁ、僕の来客だよ。坂本さんにコーヒーをお出しするようにお願いして」

「かしこまりました」

 五条は手馴れたように受付嬢に指示を出す。院長ともなると、ここまで自然に出来るものなのかと礼二は感心していた。

 呆然と五条を見つめる礼二を確認したチェインは彼に囁く。

「神原どうした?」

「いえ、テキパキしてるなーと……」

「おいお前…五条先生に失礼だろ…!」

 礼二は自分が五条に対して失礼なことを考えていたことに気付いておらず、チェインの指摘によって初めて気付いた。

 聞かれて…ないといいな……

「ふ…ははははは……!」

 彼が聞いていないことを祈っていると、目の前にいた五条が急に笑い出す。

 「なんだろう」と思い、首を傾げると彼は口を開き始めた。

「聞こえてるよ。確かに僕は見た目からしてノロマでトロそうに見えるかもしれないけど、本当はテキパキと働けるんだよ。人を見た目で判断してはいけません」

 五条は礼二の失言に対しては怒らず、諭すように注意した。自身の言いたいことを言い終えると、人差し指を口の前に添え、艶やかに注意するお姉さんのような仕草をした。

「は、はぁ……」

 仕草に疑問は抱いたが、言っていることは正しいので礼二はどう反応すれば良いかが分からなかった。

 なぜそんな動きしたんだろ……

「あまり気にするな。五条先生はお茶目って話だからな」

 チェインが礼二の考えを察したのか、耳元で囁いてくる。

 茶目っ気って何だ? お茶目とこの仕草は関係ないような気がする……

 内心でツッコミを入れていると、前から五条の声が聞こえてきた。

「さて、僕の部屋に入ろうか」

 礼二は『五条正宗』という人物に謎を抱きながら、彼の部屋へチェインと共に入っていった。


「ようこそ、僕の部屋へ」

 五条が働く執務室には医療関係の賞状が飾られてあった。それ以外にも村で沢山の子供達に囲まれて笑顔でいる彼の写真も確認できた。

 戦争に巻き込まれた子供達かな……

 写真に写る子供達は全員どこかに包帯を巻いており、何かしらの傷を負っていたことを物語っていた。

「飾ってある写真が気になるのかな?」

 礼二が写真に目を向けているのに気付いたのか、五条は彼が写真に視線を注ぐ理由を尋ねた。

「えぇ…まぁ…子供達が幸せそうだなーっと思いまして」

 本心で思ったことを包み隠さず話す。五条は礼二の何も疑わない顔を見てふんわりと微笑んだ。

 何微笑んでいるんだろう、この人は。

 彼がなぜ微笑んだのかが理解できない。五条は礼二が思っていることを察するように再び口を開く。

「不思議そうにしなさんなって。君みたいな純粋な子が軍人として生きるとは…と思っていてね」

 純粋。

 それは何を意味して言っている言葉だろうか。

 これまで自分自身のことを純粋であると思ったことは無い。むしろ、現実を知り始めて英雄と呼ばれる人たちがどれだけ辛い思いを抱きながら戦っていることを知った。

 純粋とはかけ離れているはずだが、何故そう言われるのかが理解できなかった。

「おやおや、君は自分に混沌めいたものが混じっていると感じるのかな? 安心したまえ。君には何も混じってはいない」

 五条は礼二に向かって意味深な言葉をさらに投げかける。礼二は何故そう言われるのかと疑問を抱いて首を傾げた。


「あの…五条先生、そろそろ本題をお話いただけますでしょうか」

 礼二のことばかり話す五条に対して、チェインはしびれを切らして本題を話すように促した。自身の語りに酔っていた彼は驚き、我に戻ってソファーに腰を下ろした。

「すまない。こういう風に迷える若者の心を読み取るのが趣味でね」

「そんな趣味はドブにでも捨ててください」

 五条は自分に茶目っ気があることをアピールするが、チェインは容赦なく切り捨てた。彼は容赦の無い罵倒を受けたにも関わらず、表情を何一つ変える様子は無かった。

「仕方ないなぁ…本題に入りますかぁ……」

 五条のやる気の無い声を聞いて、礼二の隣でギリッと奥歯を強く噛み締める音が聞こえたような気がした。

 嫌な予感がして視線を横に向けると、チェインの顎がぷるぷると震えているのが見える。

 うわぁ…これは苛立ってますねぇ……

 あまり苛立っている様を表に見せないほうが良い様な気がするが、彼はもう我慢の限界の様子だった。

 それに気付いた五条はぶるっと体を震わせた。

「すみません、真面目にやらせていただきます」

「お願いします」

 まともに説明するようになったお茶目な医師の声を聞いて、彼は業務的に低い声で答える。

 協力者にこんな感じの態度で良いのかな……

 礼二は怯えながらチェインと五条のやり取りを見守っていた。


「さて、マッケンジーくんの今の状態について話そうか」

 五条はようやく本題に入り始めた。

 礼二とチェインは「やっとか」と言わんばかりに体を前のめりにして彼の言葉を待ち望んだ。

「単刀直入に言えば、今の彼は一部の記憶が封印されている状態だ。あることに関しての記憶を思い出そうとしても黒いもやがかかって詳細は思い出せず、思い出そうとするたびに強烈な痛みを発するよう設計している魔術だろうね」

 五条は頭に指を差しながら説明を行った。

「記憶に関係する魔術ですか…そもそも、人の記憶に関与する魔術は存在するのでしょうか?」

 魔術の存在に疑問を抱いた礼二はいつの間にか尋ねていた。

 魔術は自分自身か周囲に何らかの影響を与えるものと思っていたのだが、他人にも何らかの影響を与えるものなのか。

 礼二はこの疑問が気になって仕方なくなっていた。

「存在するよ。まぁ、使う人があまり居ないだけで」

「君は知らなかったのか?」

 まるでそのような魔術の存在が当然かのような雰囲気にあった。意味も分からず礼二は戸惑い始める。

「え、どういうことです?」

「この様子だと神原くんは何も知らないようだ。まぁいいか、教えてやろう」

「すいません」

 礼二の様子を察した五条は、彼にリディが掛けられている魔術の詳細について教えてやることにした。

「まずは魔術の種類について教えてやろう。神原くんは、魔術の何処まで知っている?」

「そうですね…精製(クラフト)状態変化(ネイチャー)捕縛(バインド)とか、相手に何らかの影響を与え続けるのは初めて聞きました」

 魔術について尋ねられ、知っていることを全て話す。五条は礼二が持っている魔術に対する知識量を確認して少し考え、納得したように口を開き始めた。

「そうか。今の君の知識では、魔術を他人に残し続けることは知らないのだな」

「はい、初めて聞きました」

「うむ、正直でよろしい」

 礼二の正直な回答に五条は感心した。

 人に何かを聞くことが恥ずかしいと言う人がいるこの世の中。

 恥を忍んで「分からない」と答える目の前の少年に好感を抱いている様子だった。

「では教えてやろう。

 確かに魔術は君の言った3種類もあるが、他の種類もあったりする。マッケンジー君が掛かっている魔術は『付加(エンチャント)』と呼ばれている魔術の1つだ。」


「えんちゃんと?」

 付加(エンチャント)

 イメージで言うならば、何らかの特殊効果を付加するということだろうか。

 初めて聞いた魔術に首を傾げる礼二を他所に、五条はさらに話を続けた。

付加(エンチャント)とは、自分以外の対象に何らかの付加効果を与える魔術だ。簡単に言ってしまえば、状態変化(ネイチャー)が自分の魔術や身体に掛けるものであるが、付加(エンチャント)は自分以外の対象に掛けるものの違いだ」

 相手に何らかの付加効果を与える。

 それならば魔力は大体、自身の強化や外に放って使い切り感覚で消失させていたはずだが、相手に魔力で付加効果を与えて効果は長く続くのだろうか。

 礼二は新たな疑問を抱いていると、再び五条の口が開き始める。

付加(エンチャント)は基本的に一時的に強化を与えたりなど時間経過で効果は切れていくが、今の彼が掛かっているのは効果が切れないタイプだな」

「効果が切れない? 魔力が残ったままなんですか?」

 魔力の途切れない魔術などあり得ない。今の説明が正しければ、付加(エンチャント)し続けている

なら魔術を発動してから魔力が消費し続けるはずだ。

 途切れないのであれば、信じられない話だが魔力が残り続けている可能性がある。

「いや、魔力は消費しているが、付加(エンチャント)し続けるために対象者の魔力が少しずつ使用されているのだよ」

 五条がさらりと恐ろしいことを口にしたことを確認した礼二は背筋が凍った。

 それは彼だけでなく、隣に居たチェインも「信じられない」と言わんばかりの顔になっていた。

「マッケンジーに掛かっている魔術と言うものはそんな恐ろしいものだったのですか!?」

 黙って聞いていたチェインは驚きのあまり、五条に向かって叫んでいた。大声を掛けられた彼は怯える様子も無く、平然とソファーに足を組んで座っている。

「全くだよ。これに気付いた時は私も君達と同じ気持ちになったさ。付加(エンチャント)し続ける魔術。それの持続のために吸われ続ける魔力。これを掛けた奴はとんでもない術を開発しやがったって思ったさ」

 五条は顔を下に向けながら術の存在について語った。

 2人の反応から見るに、付加(エンチャント)の存在は知っていたが、今目の前にしている魔術の仕組みが規格外のもののようだ。


「これでは魔術が切れるのを待つのは無理ですね…あの術の解除方法などは分かりますか?」

「はっきり言って分からん。だが、術を掛けた本人が解除するか、そいつの魔力反応が無くなれば解除されるだろう」

 それはつまり、自分たちの手ではどうにもならないということである。

 術を掛けた本人が解除することはあり得ないだろうし、手段としては術者の魔力反応を無くす事。すなわち亡き者にするしか無くなってくる。

「じゃあ、マッケンジーへの深い事情聴取は……」

「厳しいね。相手は重要な単語やら自分の名前をキーワードとして術を掛けている可能性が高い。聞けるとしても大した情報は無いだろう」

「クソッ!」

 リディの状態を見て事情聴取での情報収集が厳しいことを知ったチェインは、普段のイメージから予想付かない言葉を吐いた。

 魔術が関わっているのに『裏切り事件』の調査が本部の軍隊を中心に行われるようになったこと、唯一の重要参考人なのに聞きたくても情報を聞き出せないこと、これらの要素がチェインの苛立ちを助長させていた。

 隣にいる彼に対し礼二は、がっくりと溜息を付きながら力を抜いていた。


 ◇ ◇


「お、戻ってきた。何か分かったか?」

 特殊部隊棟のデスクルームに入ると、丁度部屋から出ようとしたのか、遠藤が目の前にいた。

 礼二の隣にいるチェインは落ち込むように項垂れている。彼の声を聞いた途端、顔を上げて口を開き始めた。

「何も分かりませんでした」

 礼二がリディの事情聴取についての報告を行おうとすると、先にチェインが不機嫌そうに報告を行った。普段、上司に対してこのような態度を取ることの無かった彼の様子を見て、周りの隊員達に戸惑いが生まれる。

「そうか…事情聴取ありがとう」

「いえ、何も出来なかったので」

 立ち止まっていたチェインは自身を労う遠藤に目を向けず、そのまま歩き始めた。

 予想外な行動に遠藤は驚き、体を振り向かせて彼を見る。

「ハン三等兵が曹長に冷たいぞ……」

 特殊部隊の隊員たちを支える事務員達の呟き声が聞こえる。

 彼の性格であれば上官を冷たく素通りすることは無いのだが、今回は例外の様子。「今日はチェイン・ハンの例外祭りだ」と囁く声が聞こえてくる。

 爆発事故の調査の際に発揮した地獄耳で聞こえているはずだが、チェインは気にせず自分のデスクへと移動していった。

 すると、ミハエルが早歩きで礼二の元に近づいてくる。

「おい、チェインのやつ何があったんだよ?」

「詳細は報告会で分かります……」

 彼に尋ねられた礼二は苦い顔を見せないように答えた。

 これから行われる『裏切り事件』の調査進行状況を確認するための報告会。

 どうせ1人1人聞かれるだろうし、本人も今の状態について何も言ってほしく無いだろうし、皆には調査報告を聞いてから察して欲しい。

 リディの事情聴取の帰りは、彼の機嫌が非情に悪くてとても居心地が悪かった。もうこんな気分を味わらせるは辞めてくれ。

 そう思いながら礼二は、指定された自分のデスクへと歩いていった。

「礼二、大丈夫? 何だか疲れているように見えるけど…」


 隣の席に座っていたレイチェルに声を掛けられる。彼女から見て何かあったのだと思わせるほどに「自分は疲れていたのか」と感じた。

「大丈夫。今はかなりマシになってきたから」

 変に勘ぐられるのは面倒なので適当に返す。怪しく思われているだろうが、レイチェルは「そう」と言いながら事務作業に戻った。

「思ったんだけど、レイチェルってパソコン使えたんだ」

 今、彼女が行っている作業は軍のデータベースから『裏切り事件』の調査報告書を見ているような感じだった。

 昔から生きてきてパソコンという代物を全く触ったことが無いはずなのに、自然と馴れたようにマウスを動かしている。

 礼二のイメージとしては、マウスをディスプレイの画面の上になぞらせて動かすものかと思ったのだが、それを行う素振りを見せない。

「それは私が教えたんだよ」

 頭に抱いた疑問を答えるように横から声が聞こえてきた。聞こえた方向に視線を向けると、栗色短髪の女性が目に映った。

「アイラさんがですか? ありがとうございます」

「どういたしまして。でも、これは覚えてもらわないと話しにならないからね……」

「教えてくれて感謝するわ、アイラ。それと礼二、何故あなたがお礼を言っているのかしら?」

 レイチェルはアイラに笑顔でお礼を言い、礼二に対しては表情を変えぬまま理由を尋ねる。

「いや、それは…ほら、俺とレイチェルって友人でしょ? 友人がお世話になったら礼とか言ったりしない?」

「そう? ならいいけど」

 言える訳がない。彼女は現代社会を生きることならず、日常生活を時間通りに過すことも難しい、ましてや浮世離れしたところがあるからか、礼二が彼女の保護者のような扱いになっているとは言える訳がない。

 これは彼女以外には周知の事実であり、他の隊員達からは彼女の世話を任せられるほどだ。

 レイチェルは礼二の優しい嘘に疑問を抱くように首を傾けた。少し怪しんでいる様子であったが、疑うのを諦めて作業に戻り始めた。

 礼二はほっと一息つけながら荷物を置き、コーヒーを入れに流し台へと向かおうとする。

「皆集まったか? これから調査報告会を行うぞ」

 クロードがデスクルームに入りながら、部屋の中にいる人たちに声を掛けていく。

 時刻は14時。

 礼二は『調査報告会』の時間が近かったことをうっかり忘れていた。

「さっさと始めるぞ。資料や情報をまとめて報告を頼む」

 クロードに急かされた礼二はコーヒーを飲みたい気持ちを抑えて、共に事情聴取を行ったチェインの元へと向かった。


 部屋の天井に取り付けられているプロジェクターを使用するためか、部屋全体の照明が暗い。

 デスクルームの正面中央に、ミーティングルームで見たようなホワイトボード前に大きなスクリーンが現れていた。

「これより第2回、『裏切り事件』の調査報告会を行う。各自割り当てられたところの調査結果を報告してもらう」

 クロードはスクリーンの前に立ち、報告会の始まりを告げた。先に打ち合わせを行ったのか、最初にアイラが立ち始める。

「はい、アイラ・シュー軍曹であります。私は裏切り事件の実行計画に使用された修練の島の全体図、訓練生寮の見取り図の取り扱いについて確認をいたしました。

 これらのような地図関係のデータは、全て軍内部のデータベースと紙媒体の原本が各軍の敷地内にあるようです」

「ほう…軍内部に居れば割と手に入りやすいのか。あと、軍内部のデータベースと言ったが、これはどのくらいの権限を持っている者が確認できる? あとは原本」

「はい、これらは全て少佐以上の階級に在る方にのみアクセス権限があるようです。他には、こういったデータを管理する事務職員など。原本につきましては、軍の機密情報保管庫に丁重に保管されているようです」

 アイラの調査報告から確認できることは、地図関係のデータはある程度の階級に位置すること。

 リディの階級は少佐にも満たしていない。その点を見ると、彼以外に軍隊への裏切り者いることが想像できる。

「そうか、ありがとう。次の報告を頼む」

 クロードはアイラの話したことについて目を瞑りながら少し考えると、納得したような顔をして次の報告を促した。


 アイラは椅子に座ると、遠藤が席を立ち始めた。

「はい、遠藤俊介曹長であります。私は『裏切り事件』に使用されていた薬と『調教支配(ダミネイキング)』の調査を行っておりました。

 まず薬の調査結果としましては、使用者の魔力生産効率を上げ、体に残っている魔力を絞り出すものであることを確認いたしました。

 また、調教支配につきましては、世界で1つしかない本物の複製品であり、本物と違って3時間しか使えない物であることを確信しました」

「ほぅ…確認だが、マッケンジーが使用した薬について、体に残っている魔力を絞り出す、と言っていたが、搾り出すとはどういうことだ?」

 遠藤の報告を聞いたクロードは疑問点を質問する。

 体に残っている魔力を搾り出す。

 言葉通り、体内にある魔力を全て搾り出すという意味なのだろうか。

 遠藤は右手を前に構えて数秒ほど考えて再び口を開いた。

「そうですね…簡単に言えば、体から無理矢理魔力を生成させている、と言ったところでしょうか。本来であれば休息やエネルギー補給で魔力生成は出来るものですが、この薬によって効果の掛かっている時間は体の働きによる魔力生成が可能になっているようですね」

「なるほど、理解した。次の報告を頼む」


 遠藤の調査報告を理解したクロードはチェインへと視線を向けた。上司の意図を察した彼は、深呼吸して立ち上がって口を開いた。

「チェイン・ハン三等兵であります。私は『裏切り事件』の犯人、リディ・マッケンジーに事情聴取を担当いたしました。『調教支配(ダミネイキング)』がいつ頃に彼の手元に届いたのかなどを確認することはできたのですが、背景にいると思われる黒幕については確認できませんでした」

 チェインは抱いている感情を悟られないように無表情で報告を行う。内容に対して疑問を抱いたクロードは1つの問いを彼に尋ねようと口を開き始める。

「報告ありがとう。黒幕についての確認はできなかったと話したが、なぜ確認が出来なかったのだ? 最初から彼1人の単独犯だったのか、それとも沈黙している様子だったのかを知りたい」

「失礼しました。言葉が足りませんでした。確認できなかった理由としては、マッケンジーに記憶を制限する付加(エンチャント)が半無制限で掛かっているらしく、黒幕について思い出そうとすると対象者には大きな痛みを与えているようです」

「なるほど。ではなぜ、この結果を最初に報告しなかった? これは黒幕について重要な情報の1つだぞ」

「すみません、失念していました」

「次から気をつけるように」

 付加(エンチャント)の存在について、聞かれていなければ報告しなかった点をチェインはクロードから叱りを受けた。

 彼の表情は未だ無表情であったが、内心に抱いている感情はとても悲しんでいるように感じる。

「これで報告することは無いか?」

「ありません。分かったことはこれだけです」

「そうか…ありがとう」

 クロードはチェインの心情を受け取ったのか、先ほどの重い声色から少し和らいだような声色で彼の働きを労った。

「これで調査報告は終了とする。引き続き頑張ってくれ」

「「了解」」

 最後の報告も終え、クロードは報告会に終わりを宣言した。終わったことを確認した隊員全員は各自に割り振られていた業務に戻り始めようとした。


[魔獣の出現報告です。帝都南区にて爆発と共に魔獣の存在が確認したと報告アリ。討伐部隊の方々は現地へ直行をお願いします]


 唐突に棟内アナウンスが部屋の中に響き渡る。礼二を含む隊員全員は、ホワイトボード上にあるスピーカーに目を向けていた。

「帝都内に何らかの異常が発生したらしいな。遠藤、出動メンバーを決めて現地に向かわせてくれ」

「了解です」

 クロードは棟内アナウンスで共有された件についての対応を遠藤に投げた。すると、彼は後ろでに手を振りながら部屋を出て行く。

 あんたが指示しろよ……

 一瞬そう思った頃に、遠藤が指示を出し始めていた。

「神原一等兵、シュー軍曹、ロンド軍曹が現地に向かってくれ。残ったメンバーは引き続き調査にあたる」

「了解した。ミハエルと神原、さっさと準備して向かうよ!」

 彼の指示に反応したアイラは、礼二とミハエルを先導するように2人に指示を出した。

 爆発と一緒に魔獣か…何か関係があるのかな……

 礼二は同時に起きた異常について何か違和感を感じていた。なぜ最近起きた爆発がまた起きて、ついでに魔獣も出現しているのか。

 偶然なのか、はたまたは仕組まれた必然か。頭の片隅に置きながら出動準備に走った。

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