2-12.エピローグ ~現実を知る者~
元々2週間あった特別訓練は、唐突に現れた魔獣の施設襲撃により中止となった。
礼二を含む訓練生たちは迫り来る魔獣の撃退をすることとなり、戦闘で30人いた訓練生は20名へと減少したまま本部への帰還となる。
この出来事は外部に漏れないようにと軍内部で処理を行ったらしいが、何者かが各報道局にその時の映像付きで添付してしまったらしい。
そのせいで「特別訓練中に謎の生物襲撃」という名目で全国ネットに流されてしまった。これを見た日本帝国の国民は軍隊に対し、国を守る力についての疑心が生まれてしまった。
訓練中の襲撃で亡くなった訓練生の遺族からもかなりのパッシングを受けている状態となってしまい、帝国軍の事務員は対応に追われる日々だという。
この事件は後に「死へ誘う訓練」と呼ばれ、世間が軍隊に抱く印象と訓練参加者たちの心に深い傷を負わせた。訓練から帰ってもしばらくの間、兵舎の中で寝込む者も未だ多い。
そして、訓練中に軍隊へ裏切りの意志を見せたリディ・マッケンジーは、礼二との戦闘中に飲んだ薬の副作用によって体が衰弱していた。
修練の島から帰ってきた時に出迎えに来てくれていたクロードに事情を説明すると、謀反の重要参考人としてリディを丁重に扱うこととなった。当時の彼の状態では話をまともに聞ける様子ではないため、療養するために病院に入院させることになった。今は体の状態も回復して療養中となる。
一方、礼二とレイチェルは特別訓練を終えても訓練は続き、他の隊員のサポートとして少しずつ各事件の調査にあたるようになった。
また、帰ってきた後に受けるバトラの訓練はスムーズに進むようになり、彼曰く「特別訓練に参加させて良かった」と話している。
そして、2人は周に一日の割合でリディが入院している病院に出向き、彼の見舞いに行っている。
いつもリディは「来なくていい」と言うが、嬉しいのか顔が少し緩んでいるためまんざらでも無い様子だと礼二とレイチェルは見ている。
リディが入院して一ヵ月半、今日も2人は彼の様子を見るために病室に行っていた。
「でさ、ミハエルって人がさ」
礼二は笑いながらリディとの雑談を楽しんでいた。最初は鬱陶しいと思っていた彼であったが、繰り返し訪れる度に笑顔になる回数は増えている。
一方のレイチェルはリンゴの皮を剥いて果実を2人に振舞っていた。
「私は花瓶の水を替えてくるわね」
彼女は水道のある場所へと向かおうと部屋を出る。リディと礼二は彼女が出て行く様を見守った。
少しばかり話しすぎたせいか、礼二は彼に話すネタが無くなってしまい沈黙が走る。
「そうだ、今日はリディさんに会わせたい人がいてさ。大丈夫ですか?」
「どうしたんだよ急に…僕に会わせたいって誰だよ」
唐突な提案にリディは笑いながら了承した。「見知らぬ他人と会う気は無い」と追い返されそうな予感がしたが何事も無かった。
予想外な反応に礼二は驚き、落ち着きを戻す為に深呼吸をした。
「おいおい…何で君が緊張してんだよ。誰に会わされるか分からない僕が緊張するべきだろう」
リディは穏やかな表情をしながら彼に言った。
そして、礼二は決意したように椅子から立ち上がる。
「それじゃ…呼びに行ってきますね!」
部屋の扉を少し開け、リディと会わせるべき人に「入ってもいいですよ」と合図を送る。
相手も彼と会うことに緊張している様子ではあったが、礼二は「大丈夫です」と励ました。
「おいどうした…まだ来ないのか?」
礼二が扉の方へと行ってから何も変化が無くて心配になったのか、リディはどうなったのか様子を窺った。
「あー…もうそろそろ入るよ」
礼二は扉から離れてリディの元へと戻っていった。すると、扉からノックが聞こえてきた。
「どうぞ」
リディはノックを行った主に対して答える。彼の声を聞いて、扉の開いた音がして1人の男が入ってくる。
「やぁ初めまして、リディ・マッケンジー君」
「お前は…クロード・アズベイル…なぜそこにいる…?」
入ってきた人物に対してリディは先ほどまでの声色と違った声で尋ねた。憎悪剥き出しにしている彼に怖気ずクロードは余裕な表情を浮かべながら飄々としている。
「ほぉ…私の名前も調べていたか」
「当たり前だ。魔術師であんたを知らない人はいないはずだ」
「おやおや…私はいつの間にかここまで有名になっていたか」
「とぼけやがって……」
クロードはリディを煽るように話す。2人の間には火花が散り始めているように見える。
待て、大佐とリディを喧嘩させるために来たわけじゃないんだけど……
礼二はクロードの予想外な行動を止めにかかる。
「まぁまぁまぁ、ちょっと待って。大佐、リディさんと喧嘩するためにここに来たんじゃないですよね?」
「ははははは……それは分かっている。この男が私を見て憎らしそうに見るものだから…ついやってしまってな」
クロードは半笑いになりながら言った。
この人はふざけてなのか、本気でやっているのかが本当に分からない。そういう意味では全く掴めない人だ。早く本題に移りたい。
「んで…礼二、君は私をこの男と会わせたかったのか?」
リディはぶっきらぼうな顔で礼二に尋ねる。少し信頼を寄せた者から人をからかいまくる失礼な奴と会わせてどうするつもりだろう。彼はそう考えているように感じられた。
「あー…ごめんなさい。この人ではなく、これからこの部屋に入ってくる人ね」
礼二はクロードに指を差しながら言った。
当のクロードは自分の後ろを確認したりなど、あたかも自分ではないことを動作で主張した。
「あのー…入っちゃってくださいー」
礼二は部屋の扉前にいるであろうある人物に言った。その人は決心が付いたように意を決して部屋に入り込んだ。
「ん…誰だ……?」
先ほど入ってきた人物は身長はリディと同じくらいで白肌に顎鬚が生えていて、見た目は欧米人男性のように見える。
男はリディを呆然と見つめ、言葉を失っている様子だった。
「君が…リディ君なのかい…?」
「ん、何を言ってんだ? 私は本物のリディ・マッケンジーだ」
「そうか、君が10年前のあの子か…」
男性は目の前にいる人物をリディだと認識した途端にボロボロと涙をこぼした。
唐突に鳴き始める男に彼は困惑する。
「おい、何泣いてんだおっさん! おい礼二、このおっさんは何で泣いてんだよ。意味わかんねぇよ」
「彼は10年前にリディさんを助けてくれたジェイク・バルトさんです」
「えっ…?」
リディは礼二に助けを求めたが、彼の言葉を聞いて驚く。
10年前、リディがショッピングモール内の爆破テロで瀕死の状態にあった彼を助けた人といえば1人しかいない。
リディと涙を流す男性は互いに目を見つめて呆然としている。
「マジかよ…あんたが僕を助けてくれたのか…?」
「あぁ…まさか君がまだ生きてくれているのは夢のようだよ。君の家族が一家心中をしかけたとニュースで報道されて心配だったんだ。この方々からリディ君が生きていることを聞いてここまで来たんだ」
ジェイクは目頭に溜まった涙を腕で拭いながら礼二とクロードへと手を差し向ける。
リディはしばらく呆然とジェイクを眺めていたが、彼の話を聞いていると目から雫がぽたりと落ちた。
「あれ…なんで僕は泣いてるんだろう」
魔力を持たない人間たちに復讐心を抱いていたはずなのに、なぜその人間からの言葉に涙しているのだろう。リディは自身に抱いている感情に疑問を持っていた。
「なんで止まらないんだ……」
涙は堪えようとしても次々と溢れてくる。ついには堪えることが出来なかったリディは顔を膝を覆う布団にうずくまるように隠した。
「うわあぁぁぁ……ぁぁ……」
布団を握り締めながら感情の赴くままに泣き始める。
病室内に響くリディの嗚咽。こんな状態となって彼は初めて気付いた。
自分は魔力を持たない人間たちに復讐心を抱いていて憎んでいると思っていたが、本当は寂しかっただけかもしれない。そうでなければジェイクに「生きてくれてよかった」と言われてここまで感激することがあっただろうか。
自分のやっていたことと全く別の気持ちを抱いていたことにリディは困惑する。
「君はあれから大変だったんだね」
ジェイクは一家心中報道後のリディの人生が波乱であったことを想像しながら、彼の頭を撫でながら慰め始める。
「全くだ…保護施設にいて魔術師とバレてしまっているせいでとても過しづらかったし、心休まる時が無かった…なぜ今はこんなにリラックスできるんだろう」
リディは送ってきた人生を思い返しながら呟いた。そんな彼を見た礼二は少し笑った。
「どうしたんだよ?」
「俺は信じてました。リディさんは本気で人を憎んでいるわけでは無いって」
「なんでそう言いきれるんだよ」
リディは自分自身の気持ちを礼二から悟ったように言われ、苛立ちながら尋ねた。
しかし、礼二は彼の感情に臆せず話す。
「だってリディさんは優しいじゃないですか。本当に人間に憎しみを抱いていたら、今頃あなたと俺はこうして話すことも無かったし」
彼の発言に対し、リディは呆気に取られたように呆然と礼二を見つめた。
すると、理解したように笑い始める。
「そうか…それもそうだな。僕は確かに人間達に恨みとかは抱いてたかもしれないけど、本当はただ自分の生きる理由を見つけ出したかったのかもしれないな……」
彼の生きる理由。10年前は魔力を持っているせいで化け物扱いされ続け、ついには家族を亡くし、天蓋孤独となったリディは他人から生きる意味とかを見出すことはできなかったのだろう。
そのため独りで生きる理由を見つける必要がある。それを決めるために掲げていたのが人間への復讐なのである。
復讐心があるのは嘘では無いが、現実で復讐を実行するつもりは無かったのだ。
「リディ君、君が良ければなんだけど、退院したら私のところに来ないか? 今は農家をやっていてね。ちょうど人が欲しかったところなんだ」
ジェイクからの唐突な提案にリディは戸惑った。
あの裏切りで死ぬことを決めていた人間に新たに生きる道ができるとは思ってもみなかったからだ。
「すみません…僕は軍隊に多大な損害を与えてしまったことも含めて罪を償わなきゃいけないんです。だから……」
「それでも構わない。君が償うべき罪を全て償った後からでもいい。私は待ってるよ」
命の恩人からの一言にリディは再び涙した。
ただの人間で自分のことをここまで考えてくれている人がいると誰が思うだろうか。
リディはいつものような清々しい顔とは程遠く崩れた顔で「ありがとう」と呟いた。
「成功ですね」
「ここまで効果があるとは思わなかったが」
礼二とクロードはひそひそとリディへのドッキリについて話していた。
それに気付いたのか、彼は2人が何か話していることに気付いて見つめ始める。
清々しくパッチリと見開いた目で見つめられると、何か悪いことをしたのではないかと気が沈む。
「礼二と…アズベイル大佐、ありがとうございます」
リディは唐突にお礼と同時に頭を下げた。
唐突過ぎて何が何やら分からないのだが、ジェイクに会わせてくれたことに感謝しているように感じる。
「どういたしまして」
「私はこの男に頼まれて手伝っただけだ」
礼二とクロードは彼の感謝に答える。その後はどうしようかと考えたが、クロードから「話がある」と言われて病室をでることにした。
「それじゃリディさん、後はジェイクさんとごゆっくり」
「あぁ、ありがとう」
礼二とクロードはゆっくりと病室を出た。
病院内のアナウンスが鳴り響く廊下の中で2人はある場所を目指すように歩いていた。
「大佐、話ってなんですか?」
「ここでは話せん。場所を変えよう」
そう言われて礼二はクロードの後ろに付いていくように歩き続ける。
行った先は階段で、そのまま上り続ける。
数分後、病院の屋上へと辿り着いた。辺りは病室で使用していたシーツが洗濯されて一片に干されている。
「ここならいいんじゃないんですか? あそこでは話せないって、何か重要な話ですよね」
「察しが良くて助かる」
クロードは屋上を囲う柵の前まで行き、話しを始める。
「結論から言おう。軍に裏切り者がいる」
「裏切り者って、リディさんのことですか」
「確かに彼は裏切り者ではある。残念だが、私が言いたいのはリディ・マッケンジー以外にもいるということだ」
彼の口から発された言葉に礼二は驚きを示す。
なぜなら日本帝国軍は国に忠誠を誓って入隊するものであるからだ。
それでいてなぜ裏切りに走るのだろうか。
「俺たち軍人は国に忠誠を誓っているんじゃないんですか?」
礼二は無意識にクロードに尋ねていた。
それを聞いた彼は溜息をつきながら答える。
「神原、君は相手のやってきたことを正面に受け止めすぎるところがある。今の発言で確信した」
「それはどういう……」
「例えの話だ。君が忠誠を誓った国に自らを捧げたとしよう。任務で危険な戦地に行くことになり、1人で生き残っていたとする。生き残っていた1人の兵士が捕虜として捕らえられ、人質として国に何らかの交渉を持ちかけたとする。国はその1人のために動くと思うか?」
なぜだかクロードの例え話が極端に持ちかけられたような気がして礼二は嫌な気分がした。
しかし、彼が言いたいことはなんとなく分かってきたような気がする。
「動かなさそうですね。何ですか…国は忠誠を誓った人を簡単に切ることが出来て、切られた人は復讐に燃えるって言いたいんですか?」
「それもある。それ以外に忠誠を誓った人間とは違った意志で軍隊に従うこともあり得るってことさ」
彼の言っていることがいまいち理解できない。
違った意志で軍隊に従うこともあり得る、それはどういうことだ。
「君はこの一件で魔術師の中に魔力を持たない人間に復讐心を抱いている者が存在していることを知ったな」
「はい」
「では、リディ・マッケンジー以外にも同じ考えを持つ者はいると考えなかったのか?」
そう言われて礼二はハッと気付いたように目を見開いた。
彼の言いたいこと、それは魔力を持たない人間が大多数を占める国民を守る軍隊の中にリディと同じように普通の人間に対して復讐心を抱く者がいるかもしれないという疑惑。
言われてみればそうだ。復讐心を抱いている者たちを守ろうとする者がいるのだろうか。
「ほぉ、ようやく気付いたか…普通の人間たちを守るという軍隊の総意と、それに対して復讐心を抱く魔術師たち。私からすれば全員、軍隊の総意と自身の意志がそうであって欲しいと望むところではあるが、実際に裏切りが表に出ている中、彼に触発されて別の魔術師が動くかもしれない」
それはすなわち、近いうちに新たに叛逆を起こそうとする軍人がいるかもしれないという怖れ。
リディの大胆な裏切り行為はニュースとして報道されて国民から見ての軍隊の評価はガタ下がりだ。
これ以上の問題は起きて欲しくないと言わんばかりの言葉だった。
1つ、礼二は気になったことがあった。
クロードは今、軍隊に所属する魔術師に対して疑心を抱いているはずなのに何故礼二には気持ちを明かしたのか。生き方が違えばリディと同じ道を辿ったかもしれないのに、何を考えて話しているのだろう。
「あの…大佐はなぜ俺にこの話を?」
「君はまだ経歴と魔術師になってからそこまで時間は経っていない。裏切りに走る動機は薄いと判断したからだ」
お気に入りだからとかの理由ではなくて安心した。
目の前にいる考えの読めない男であれば、この話はいろんな人に話していることは無いだろう。
軍に疑惑を抱いているなど知られれば、自身の立場も危ぶまれるからだ。
「そうですか…これから軍隊は大変なことになりそうですね……」
礼二は軍に対しての心配を口にし、病院の屋上から眺められる町並みを見ながら物思いにふけっていた。
これからどうなってしまうのだろう。
軍に所属する魔術師に対しての疑心。礼二はそれを抱きながら明日も軍人として生き続けることになった。
これで第2章は終了となります。
最後まで読んでくれた人たちに感謝です。
第3章へ続く!




