2-8.反撃の狼煙
状況は礼二の想像していた最悪な展開に転ぼうとしていた。
訓練生を含めた魔獣と戦う兵士は半数近く失い、劣勢な状態へと陥っていた。
元々いた訓練生30人のうち5人が魔術師である隊列で魔獣との戦いを半数近く生きていることは運が良かったといえる。
本来であれば10近くいる魔獣との戦闘で普通の人がいたら瞬殺されてしまうのだが、前衛にいるガトーを含めた6人の魔術師によってなんとか助かっているようだ。
しかし、魔術師のおかげで助かっているなど時間の問題だ。
いくら異能の力を扱えるとはいえ、元々は人間だった者たちである。
人間であるからこそ体力があるわけで、体力が無ければまともに体を動かすとはできない。すなわち、魔術師の体力が無くなった時点で死を意味している。
そうならないためにも、魔術師以外の訓練生たちの協力が必須である。
礼二は辺りを見渡して状況を読み取る。
魔術師以外の訓練生たちの大半は魔獣から必死に逃げている様子だった。
隊列が乱れすぎてこちらが圧倒的に不利だ…
あまりの状況の悪さの悲観した礼二であったが、まだ隊列が維持できている訓練生たちを見つけて目の色を変えた。
この部隊を基点に生きている人たちを集めていけば……
隊列を組むことが出来て魔獣への牽制力が高まり、進行を少し遅くすることが可能となる。
「レイチェル、まだ戦えそうな訓練生を見つけた。全体の態勢を立て直したいんだけど、サポートお願いできる!?」
レイチェルは辺りを見渡し、礼二が何をしようとしているかを悟った。
「いいわ。まずはどうするの?」
「あそこに固まって魔獣を抑え続けている人たちと合流する。前に出るから、近づいてくる魔獣を適当にあしらってほしい」
「了解!」
礼二はその場から走り出し、レイチェルの前へと出た。彼女は彼に遅れを取らまいと、同時に走り出す。
目の前にいる訓練生たちは、1匹の魔獣を銃で牽制し続けて抑えているようだ。
相手にしているのが一匹だからこそどうにか抑えられているが、これで2匹目が来るとどうなるだろうか。
一匹にあてているはずの火力が分散されて押し切られてしまう可能性がある。
そして、耐えている訓練生たちにとって最悪な展開が近づこうとしていた。
訓練生たちが一匹の魔獣に対して集中砲火を浴びせている背に、別の魔獣が接近しているのが見えた。
礼二はさらに走る速さを上げて剣を構える。
「はぁあああ!!」
陣を構えた訓練生たちを通り抜け、後ろにいた魔獣を斬り込んだ。
両断された魔獣の肉塊が落ちる音が出てきて、銃を構えていた訓練生の1人が後ろを振り向いた。
「なっ…!?」
彼が振り向いた先には、両断された魔獣の肉塊と隣に佇む礼二がいた。
「私たちもあなたたちと同じ位置に行くことにします。周りを片付けるので陣形を崩さないようにお願いします」
礼二は彼らに振り向いて言った。
すると、すぐさま近くの陣形から離れた訓練生を襲おうとする魔獣の元へと駆け出した。
「あいつは何者なんだ…」
「ただの魔術師よ」
訓練生の1人が礼二に対して何らかの疑問を感じている時、レイチェルは答えた。
魔獣との戦闘経験があるただの魔術師、それだけだ。
「レイチェル…だよね?」
金髪の魔術師の名を呼ぶ女性の声。レイチェルはその声に聞き覚えを感じながら、声のした方向に振り向いた。
「チェルシーじゃない!? 生きてて良かったわ」
振り向いた先にはレイチェルがいた。先程までは魔獣の襲来に怯えてしまっていたのだが、手に持っている銃を使って何とか生き残れたらしい。
「良かったわ…まだ2人が死んで無くて良かったよぉ…」
「簡単に死ぬわけにはいかないわ。この世界でまだやることがあるもの」
チェルシーは再開に喜んでいたが、レイチェルはそれが当然かのような口振りで言った。
2人が微笑ましいやりとりをしている内に、いつの間にか近づいていた魔獣が間に割入ろうとしていた。
レイチェルはその魔獣の存在に気付き、一瞬で手に持っていた槍で一突きした。
「えっ…よく気付いてたね…」
「それは出来て当然よ」
彼女は一突きした槍を上に振り上げると、魔獣は左右に真っ二つにされた。
魔力を持たない者3人と魔術師2人によるチームが出来上がった瞬間である。
「魔獣の注意と排除は私と礼二が基本持つわ。チェルシーとかは私達から漏れた魔獣の足止めと、辺りの状況把握をお願い」
レイチェルは周りを見ながら呆然と立っている魔力を持たない訓練生たちに指示をした。
予想外な人物から指示された他の人たちはハッと気付いたように手に持っている銃を構えた。
「は、はい。正面に魔獣を3体確認しました。一匹どうにか抑えられますが残りの2匹は難しいです!」
「了解」
1人が状況の説明を行うと、レイチェルは彼らの前に立ち、槍を筆に見立てて陣を描き始める。
槍の振るわれた軌道は細い青色の線となり、綺麗な円と模様が描かれる。
「防御陣」
描かれた青色の陣はだんだん薄くなり、チームの人たち正面を覆い囲む防御壁となる。
向かってくる魔獣は青色の壁に突撃して地面に叩きつけられて勢いが失われていく。
「礼二、よろしく!」
「ちょ、今2匹相手してんだけど!」
「仕方ないわね」
自分は防御陣を敷き続け、地面に叩きつけられている魔獣達を礼二に任せようと思ったのだが、彼も受け持っている魔獣が複数いるようだ。
レイチェルは仕方なく防御陣を維持しながら目の前にいる魔獣3匹の首を手馴れた動作で刎ねた。
彼女の行動を見た魔力を持たない訓練生たちはあまりに手馴れている様子を見て少し引いた。
「よ、よくできるね……」
訓練生の1人が引きながらレイチェルに言った。
軍のマドンナと呼ばれた女性が冷静に首を刎ねる様を見ると、誰だって背筋が凍る光景だろう。
「だって、こいつらを正確に仕留めるには首を刎ねた方が早いもの」
彼女は先ほどの質問に対して何も苛立つ様子がなく、ただ機械のように答えた。
その時の目は何か切ないことを思い出したのか、どこか悲しそうな目をしている。
「えっ待って! それって神原くんは知ってるの?」
彼女の口から出た重要な情報にチェルシーは、礼二が知っているのかが心配になっていた。
今レイチェルと同じように前衛で魔獣を引き付けている彼もこの情報を知っていなければ、とても危ない状況では無いだろうかと思ったからだ。
「大丈夫よ。礼二もそれは知ってる。けど、魔獣の動きが速くて簡単に捕らえられないだけ」
「え…」
弱点は知っているが、簡単にそこを付くことは難しい。
なぜならば魔獣は本来素早い生き物である。だからこそ首みたいに他よりも狙いずらい部位を狙うのはとても難しい。
では、なぜ魔術師は魔獣を軽々と狩り続けることができるのか。
それは魔術を用いた戦闘術が一撃一撃に必殺的な威力を持っていることにある。
魔力は攻撃的な使い方をすると、1立方センチメートルの塊でも爆発時に発生するエネルギーに匹敵するといわれている。
それを剣やら銃弾に込めるとなると、破壊力や切れ味が格段に飛躍させることが可能となる。
大きな一撃を与え、魔獣の再生が無くなるまで何度も何度も攻撃を繰り返す。
1匹1匹にローテーションで攻撃を与えながら首を狩り取る機会も伺えるのだ。
「後方より魔獣を2体確認!」
周囲の警戒を行っていた訓練生の1人が魔獣の存在を5人に知らせる。
しかし、魔術師は2人で魔力を持たない訓練生は3人。
レイチェルは前方にいる魔獣の相手をしており、礼二に至れば周囲に訓練生がいるかを探しに行っている。
では、誰があの2匹の相手をするのだろうか。
「させるかよっ!」
魔力を持たない訓練生たちの横から、声と共に一つの人影が去った。
人影は長剣を持っており、彼らの前にいる2匹の体を切り裂いて行く。
「今のって…」
チェルシーは目を凝らしながら人影を見つめると、そこには礼二がいた。
「か、神原くん!? さっき他の人を探しに行くって…」
「探してたけど途中からこっちに向かってくる魔獣の気配を感じたからすぐに戻ってきました」
「戻ってきたって…そんな早く戻れるの…?」
礼二が離れてから3分ほど経ったはずなのに、気付いてからすぐに現地に到達することは出来るのだろうか。
普通の人間ならば不可能であるが、魔術師であれば話は別だ。
礼二の場合は足に魔力を集中して一時的に瞬発力を高め、一気に現場へと駆け出したのだ。
魔獣2匹を前にした礼二は、流れるように四肢を斬り裂きながら首を斬り裂いていく。
「早い……」
少年魔術師は周囲を驚かすほどの速さで魔獣を仕留め、とんぼ返りのように生存者を探す仕事へと戻っていった。
「あの子って凄い実力持ってるんだね……」
「えぇ…私も初めて見ました…」
礼二に守られた3人の訓練生たちは呆気に取られながら去っていく彼の後ろ姿を見ていた。
チェルシーを含めた訓練生3人と、礼二とレイチェルの魔術師2人は互いに助け合いながら生存者たちを探していった。
そうして、魔獣の襲撃から1時間が経過した。
全滅してしまったのか、魔獣が施設内に侵入する様子が無くなった。最前線で暴れていたガトーは辺りを見渡して大剣を専用の鞘へとしまった。
「よし、これで魔獣の侵攻は無くなったか。生きている者は全員集まれ」
彼の指示の元に、生存している訓練生は集まっていく。
最初は30人ぐらいいた訓練生も今や15人まで減ってしまっている。
「…半分近くが死んでしまったか…」
予想以上に被害が出てしまったことにガトーは悔やみ始める。
彼は少し考えると、決断したように言い始める。
「あとは今日だけの訓練ではあるが、緊急事態につき、特別訓練は本日をもって終了する。魔獣の残留がまだ周囲にいるかもしれないから、指示があるまでは寮内で待機しろ。また、これから職員たちで本部との連絡が取れるよう努力してみよう」
周囲に言い渡した後、ガトーはケインと今後の対応について話そうとしている様子だった。
訓練生たちは彼の言葉に従って寮へと進もうとし始めるが、大半の人が足を止めた。
「うっぷ……」
周囲は切り裂かれた人や魔獣の死体で散らばっている。
あまりに衝撃的で生理的に受け付けられない光景を見て、胃の中を吐きだす者がいた。軍人とはいえど、それまでの生活は死とは縁遠い生活を送ってきた人ばかりだ。
生きていたものが只の肉塊へと変貌した様を見るのはとても辛い。
チェルシーも同じように襲い掛かる吐き気に耐え切れずに吐き出していた。
訓練生間ではマドンナと呼ばれていた彼女の顔は冷や汗に濡れ、口からは嘔吐物と唾液が垂れだそうとしており、マドンナと呼ばれていた風格も消えていた。
「何…この酷い有様は……」
まるで現実を悲観するような呟き。
先ほどまで生き抜くために気張っていた彼女も、戦闘が終わって気が抜けた後は前の弱気な彼女へと変わっていた。
「よく生き残ってこれたわね。大丈夫?」
励ますようにレイチェルは彼女の肩に手を置き、ハンカチを前に差し出す。
「レイチェル…?」
「最初はあんなに怯えていて、すぐに死ぬかもとは思ったけど必死に頑張って生きてきたみたいでとても嬉しいわ」
レイチェルから唐突に褒められたチェルシーは呆然と彼女を見つめた。
そして、その言葉を噛み締めるように体が存在していることを感じ取り、目元からは次第に透明な液体が溢れ出して来る。
「あ…あぁ…うわああああああああ!!!!」
緊張の糸がふっと消えたようにチェルシーは大声で泣き出した。
彼女の声がきっかけとなり、大半の訓練生が生きていることに感謝しながら泣き出す。
レイチェルは泣き出したチェルシーを褒めるように抱きしめ、彼女をなだめた。
そして礼二は顔色はあまり変えず、泣き出そうとはしなかった。
ただ、溢れ出る感情を手に集中させてグッと握り締めるだけだった。
そういえばマッケンジーさんはトイレに行ったまま戻ってこないのだがどうなったのだろうか。
礼二はリディと屋外訓練スペースに行く前に別れたことを思い出した。
魔獣に襲われている間に戻ってきたのかもしれないが、ちゃんと生きているだろうか。
まさか死んでしまったのではないだろうか。
リディがどこかで死んだのか、瀕死の状態で倒れているかもしれない。
礼二は念のために彼を探すべく、訓練施設の敷地から抜け出した。
門を抜けて森の中へと入り込むが魔獣の姿らしきものは見当たらない。危険因子が無くなったことにホッとはするが、魔獣がどこからやってきたのか疑問に思えてきた。
どこか別の場所から連れて来たのならどのようにして連れて来たのだろうか。
疑問を頭の中で抱きながら森の中を探索し続ける。
探し始めて10分が経過した。
森の中を歩き続けても人の姿どころか魔獣の姿も見当たらない。これ以上探すのはいろんな意味で危険だ。そろそろ探索をやめようとした頃、微かに魔力の気配を感じ取った。
「この感じは……」
最初は訓練施設にいる魔術師たちのものかと思ったのだが、森の中に入ってからは一方向にしか進んでいないからあり得ない。
では、今感じられるこの魔力は誰のものだろうか。
不審に思った礼二は感覚を普段よりも研ぎ澄ませ、気配のある方向を探りながら進み始める。
進み続けていると森の中を抜けて海の見える崖に辿り着いた。
「ここは……」
何やら異質な感じがする。魔力の気配とは違う何かの気配が。
礼二は辺りを見渡すと、崖際に1人の人影が見えた。まさかこの人物が魔力の気配の根源ではないだろうか。
訓練生や教官などの職員とは違う侵入者の存在に礼二は戦闘態勢を取った。
「お前は誰だ。どうやってここに入ってきた!?」
彼の声に気付いた侵入者はビクリと反応し、顔を振り向いた。
「おやおや…まさかここまで辿り着くとは思わなかったよ」
「えっ……?」
聞き覚えのある声に金色の短髪で綺麗な白い肌の男性。
リディ・マッケンジー。
礼二やレイチェルを含めた訓練生の中にいた青年が目の前に立っていた。




