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CODE-D  作者: ryu8
2章 現実を知る者
23/67

2-4.本格始動

 8月21日、午前6時。

 修練の島全体に朝日が照らされ、闇夜が晴れていく。

 今日から特別訓練初日。初日のスケジュールは午前7時から屋外訓練場に集合である。

 普通であれば2時間前にでも起きて外出支度するはずなのだが、礼二は未だ睡眠を取っていた。

 先日は移動だらけな一日で、ただでさえ体力の無い彼にはまだ疲れが残っているようだ。

 彼と相部屋にあたる金色短髪の白人青年・リディはどうするべきか悩んでいた。

 あと1時間で集合時間になるのだが、さすがに起こすべきだろうか。

 リディは頭髪を手で掻き乱し、面倒くさそうにしながら礼二の寝ている布団に手を掛けた。

「おい、神原くん起きろ」

「う…うぅん……」

 ゆさゆさと布団越しの彼の体を揺さぶる。それでも礼二は全く起きる気配が無い。リディは次に布団を引き剥がそうとすると、礼二は無意識にリディの手を払った。

「っ!?」

 起こそうとしても無意識に止める彼の動きに苛立ちが増す。

「いい加減起きろぉおおお!!」

 無理矢理布団を引っぺがす。中からは体を丸めた礼二が寝転がっていた。

「ん…ぅん…?」

「まだ起きないのか……」

 布団を剥がされても未だ起きる様子が無い。どれだけ起きるのが遅いのだろうか……

 礼二が全く起きる様子が無いのを確認したリディは、新たな手段を取ることにした。

「仕方ない…彼には申し訳無いけどやるしかないか」

 リディは礼二が寝ているベッドを目の前にして指の骨を鳴らし始めた。


 ◇ ◇


 宿泊施設内にある食堂にて。礼二とリディは料理を受け取る場所の前に並んでいた。

「マッケンジーさん…さっきのは酷すぎませんかね……」

 礼二は眠そうな目を擦りながらリディに恨み言を垂らす。

 朝起きてからとてもお腹が痛い。

「仕方ないだろ。君が全く起きようとしないのが悪い」

 リディは何食わぬ顔で朝食のメニューセットのお膳を受け取った。

「だからって、肘を思い切り腹に打ち込むのはどういうことですかねぇ……」

 未だ痛みを感じ続けるお腹を押さえながら、礼二はやや怒りの篭ったトーンで言った。

 起きなかった俺が悪いとは思うが、拳による重い一撃を腹に直撃させるのはいかがなものか?

 礼二はそう感じながら、給仕の人にご飯を少量にして欲しいと頼んだ。

 出された少量のご飯を見たリディは不思議そうに言った。

「こんな少量で大丈夫かい? 今日から本格的な訓練に入ると思うけど…」

「あんたのせいだ!!」

 朝から腹を強く押しつぶされたせいか、あまり食欲が感じられない。

 本音を言えば、ご飯を食べたくは無かったのだが、食べていないと訓練に体が耐えられるわけが無い。

 仕方なく少量だけでもと思いながら頼んだのだ。


「あれ? 君はレイチェルといつも一緒にいる男の子じゃない?」

 後ろから声を掛けられて礼二は後ろを振り向く。

 そこには桃色がかった肩までかかる髪のした女性とレイチェルがいた。

 桃色髪の女性は細い輪郭の顔でやや小悪魔的に微笑んでいる。礼二は何かデジャブを感じながら、どぎまぎしながら聞いた。

「ん…どちらさま…? あ、レイチェルもいる」

「礼二おはよう」

 レイチェルが眠気眼を擦りながら挨拶をしてきた。彼女は早く朝食を食べたいのか、そのまま2人を素通りする。

「あ、ちょっとレイチェル待って! すいません、私はチェルシー・ロンドです。また会おうね、神原くん!」

 チェルシーと名乗った女性は愛想良く振る舞い、レイチェルを追いかけて食事の受け取り口へと向かった。

礼二は目の前を通り過ぎた小悪魔チックな彼女を見ながら一言漏らす。

「何なんですかね…今の…」

「へぇー…チェルシー・ロンドって彼女だったのか…あの感じからして、フラッドさんと彼女はルームメイトかな」

「ん、彼女ってそんなに有名なんですか?」

 先ほど礼二に話しかけていたチェルシーは有名人物らしい。気になった礼二は再度リディに尋ねた。

「うーん…席に座ってから話すよ。それと周りの視線がつらい……」

「あぁ……」

 リディは冷や汗をかきながら礼二の目から視線を逸らそうとする。辺りを見渡すと、2人には嫉妬成分が多目な視線を受け続けていることに気付いた。

 礼二はレイチェルと一緒にいるところを周りの人からカップル扱いにされて嫉妬の眼差しに晒し続けられたことを思い出した。

 なんでこうも視線で攻めてくる人が多いのやら……

 2人は無言で空いた席を求めて歩き始めた。


 4人テーブルが1つ空いたことを確認した礼二とリディは、朝食を食べながらチェルシー・ロンドについて話していた。

 2人は対面になるように座り、テーブルが半分空くような形となっていた。

「さっき君が話しかけられたチェルシー・ロンドは、軍内部では男性陣の人気者の1人なんだ」

 リディはフォークでウィンナーを突きながら言った。

 彼の言ったことをあまり実感していないのか、礼二の反応は薄かった。

なぜ彼女はこうも人気があるのか。見れば見るほど腹黒な小悪魔っぽさが出ているように感じるのだが俺だけか?

 礼二は抱いた疑問を自然と口を漏らす。

「彼女って何をして有名になったんです?」

「何をしたって訳でも無いけど、一番は外見かな…この軍隊には女性軍人がいることはいるんだけど、彼女のような色白で色気のある女性はあまり居ないかな……」

「まるマドンナみたいな存在ですね」

 礼二は自身の質問への回答に対してざっとした答えを結論付けた。納得したようにスクランブルエッグをスプーンですくい始める。

 リディは礼二に向かって身を少し乗り出し、にやけながら言った。

「確かに君の言うとおり、彼女はここのマドンナのような存在だ。だが、最近になっては彼女とマドンナの座を争って良い勝負になるかもしれない」

「彼女って?」

「レイチェル・フラッドさ。彼女が現れてからマドンナ派閥が二手に別れたんだ」

「なんでレイチェルが…」

 彼の話を聞いて礼二は軍の男性兵士に呆れが出ていた。

 なぜこうも男共は女の魅惑に弱いのだろうか。そういう俺も男か……

 女から出る愛嬌や可愛らしさなどに弱いのは男の(さが)なのか。

「そこ空いてますか?」

 男のバカさ加減に内心溜息をついていると、横から女性の声が聞こえてきた。

「あぁ…空いてますよ」

 礼二は横から入ってきた女性の声に答える。

「あ、そうですか! それじゃあお邪魔しまーす!」

 明るい声で礼二の隣の椅子に座り込む声の主。彼女からはフローラルの香りのする香水を付けているかのような良い匂いが感じ取られた。

 礼二は誰なのかが気になり、自然と右を向く。

「あ、あなたは確か……」

「どうも~チェルシーでーす」

 そこには先ほど会った桃色長髪の女性、チェルシー・ロンドだった。

 彼女の手元にあるお膳には朝食メニューが並べられている。これから朝食を食べ始めるようだ。

「レイチェル~、こっちこっち~」

 チェルシーはのほほんとした声でレイチェルを呼び寄せる。

 彼女が声を放った方向へと顔を向けると、レイチェルが眠そうにこちらに向かってくるのが見えた。

 危なっかしいな……

 眠気であまり体の制御が出来ていないせいか、ふらふらと歩いている。おぼつかない足取りでなんとか

礼二たちのいるテーブルへと辿り着いた。


「彼女の席は君の隣でいいよね!?」

 チェルシーはリディに対して確認を取ろうとして体をテーブルから乗り出す。

 彼は唐突に距離が近くなった彼女に驚いて一瞬後ろに下がった。

「あ…あぁ、いいけど……」

「良かったぁ…レイチェルはこっちね!」

 彼女がリディの隣に指を差すとレイチェルはそれに従って、うとうととしながら座り始める。

「あれ? 礼二いたんだ」

「さっき近くで会ったのに酷くないか…お前……」

 レイチェルは未だ寝ぼけているのか、彼女の中で礼二の存在が消えていたらしい。数分前に会った人から唐突に君居たっけとか言われると結構へこむ。

 自分の存在が否定されているような気がするから冗談でもやめてくれ。

 礼二はレイチェルの言葉はあまり気にせずに再び朝食に手を付け始める。

「そうだ、君の名前が知りたいな~」

「ん?」

 隣にいたチェルシーは礼二に名前を問いかけられる。

 唐突に話しかけられた彼は、野菜を口に加えたまま顔を彼女に向けて間抜け面を晒すことになった。

 それを見たチェルシーはくすくすと笑い始める。恥ずかしく感じた礼二は口にくわえた物をすぐさま口の中に入れ、胃袋へと流し込んだ。

「何ですか急に…?」

「いやぁ…レイチェルの友達みたいだから私も友達になりたいなーって」

 友達の友達は私の友達的な意味合いだろうか。

 チェルシーは礼二に体を向けて寄りかかってくる。

「わ、私は神原礼二。レイチェルとは軍隊に入った同期です」

 間違ってはいない。本当であれば軍に入隊する前に遭っているのだが、それを話すのは少し考えた方が良いだろう。へんな噂が立ちそうだし。

「へぇー、そうだったんだ! どうりでこんなに仲が良い訳だ!」

 礼二の話を信じたのか、チェルシーは納得したように声のトーンを上げている。

 なぜだろうか。彼女の笑顔があまり信じられない。

 チェルシーの態度が出会った頃の金髪の誰かさんを想像させる。

「そうかもしれないですね」

 彼女の解釈を彼はさらりと受け流す。その後にチェルシーは1つ相談を持ちかけてくる。

「じゃあさ、レイチェルとどうやったら仲良くなれると思う?」

「仲良く?」

「そう。レイチェルってあまり話さないから話しかけづらいのよね~。おまけに綺麗だから美しいバラには棘があるみたいな」

「あはははは……」

 その美しいバラの棘への被害者の1人である礼二は笑うことしかできなかった。

 気付いてたのか…というよりも自分と同じ匂いを感じているのだろうか。

「でさ~…礼二君にはレイチェルとどうやって仲良くなったかを話して欲しいんだ~」

 チェルシーは礼二の右腕に両腕を絡ませ、体を寄せた。

「ちょ、ちょっと…!?」

 唐突に体を寄せてくるチェルシーの存在で、質問された内容が頭の中に入ってこなかった。

 どうにか思考回路を正常に戻そうとしていると、腕に柔らかい膨らみが当たっていることに気付く。

 胸が腕に当たってるんですけど……

 チェルシーは誘惑するように礼二の腕に胸を当てつける。

 レイチェルと比べてやや控えめな大きさではあるが、女性としての魅力は十分に備わっている。それも含めてアイドルのような整った顔立ちで礼二を見つめ続けており、今にでも篭絡させられそうな状態にあった。

「ねぇってば!」

「ろ、ロンドさん?」

「チェルシーでいいよ~」

「じゃあチェルシーさん、ちょっと離れて欲しいのですが……」

 礼二は火照った顔をチェルシーに見せないように、彼女の視線から背けて言った。

「いやですぅ~。仲良くなる方法を教えないと話してあげな~い。ほら、顔をちゃんと見て!」

 あぁ…この人もレイチェルと同類な感じがする……誘惑で押しかけて人の反応を楽しむような感じが特に。

 礼二は顔の向きをそのままにしながら、目線を自分の正面にいるリディに向けて救援サインを送ろうとした。

 すると、彼はできるだけ礼二とチェルシーを気にしないようにしながら食事に集中している様子だった。

 ちくしょぉあああああ!!!

 チェルシーとのやりとりを見てイチャイチャしているように見えて苛立ったのか、スルーされているようだ。

 礼二は苦虫を噛んだ様な険しい表情をしていると、顔の右側のこめかみに少しだけ痛みを感じた。

「痛って!?」

 顔を右に向けると、レイチェルがテーブルから体を前に乗り出す。

「間抜け面」

 彼女は蔑んだ目をしながら言った。

「誰が間抜け面だ」

 それはあまりにもバカにされているような雰囲気が醸し出されていて、礼二は吐き捨てるように言った。

「っ…はははは!」

 そんな2人のやりとりを横で見ていたチェルシーは、急に笑い出す。礼二とレイチェルは笑い出した彼女を同時に見る。

 どこかネジが外れたのかな……

「どうしたんです…?」

 礼二が恐る恐るチェルシーに尋ねる。彼女はツボに嵌ったのか、今もまだ笑い続けている。

「いえ…2人は本当に仲が良いことが分かったよ」

 チェルシーは笑いながら礼二から離れて再び朝食に手を付け始めた。

 礼二とレイチェルは笑っている彼女を見た後に、互いにキョトンとした表情で見つめた。


 ◇ ◇


 朝食を済ませた礼二、リディ、レイチェル、たちは屋外訓練スペースに向かう。

 予想していたよりも時間ギリギリに食堂を出てしまったからか少し急ぎ足で向かうことになった。

「全く…なんでこんなことになった!」

「君らのせいだろう」

 まるで「あり得ない」と言わんばかりに話す礼二に対し、リディは呆れながら礼二とレイチェルの2人が寝坊したことに原因があったことを指摘した。

「仕方ないじゃん。眠いものは眠いんだから!」

「そうよそうよ!」

 礼二がリディに対して反論していると、レイチェルもそれに便乗してきた。

「礼二はいいとして…レイチェル…君もか!」

 レイチェルの態度に苛立った彼は、普段のイメージからでは出てこない怒鳴り声で彼女を叱った。

 あぁ…さすがのマッケンジーさんでも耐えられなかったかー。

 礼二は彼の心情に共感を抱きながら走り続けた。


 午前7時。

 屋外訓練スペースには先日の船場で見たような隊列集団があった。

「またこれか。これはパフォーマンスなのか?」

 その光景を見た礼二は呆れたような目をしながら言った。

 全く知らない人ばかりなはずなのに綺麗に列を整えている。どうやればあのように綺麗な隊列を作れるのだろうか。

 これはきっと1人1人の気遣いによるものだろう。

「こういうのはしっかり出来ていないと、指揮する方は統率しづらいからね」

 礼二がそう考えていると、リディが冷静に説明をする。

 彼が黙って列の中に入ろうとしているところを見た、礼二とレイチェル、チェルシーは続いて隊列の仲に紛れ込んだ。

 混じって数分後。ガトーが集団の前に現れた。

「よし、お前ら集まったな。今日から地獄の訓練の始まりだ」

 彼は地獄から這い出た悪魔のような声で叫び始めた。獰猛な叫び声を間近で聞いた訓練生たちは怯え始める。

「何怯えてやがる! これぐらい平気で耐えて見せろや!」

「ひ、ひぃ~」

 ガトーは訓練生たちを更に怯えさせる。自分自身を畏怖の対象として見させる気なのだろうか。

 何かこの人テンション高いんだけど……

 礼二は冷めたような表情でガトーを見ていた。訓練で苦しむ人たちを見るのが楽しみなのかと思わせるように振舞っている。

「噂通りの人だな……」

「噂?」

 ガトーの豹変ぷりを見たリディは少し引きながら言った。

 彼の言った一言が気になった礼二は聞き返す。

「訓練生寮に行くまでの道のりで話したじゃないか」

「あー…厳しいとかなんとかの話ですか」

 噂に流れていた『厳しい』という話は、訓練教官として厳しいのだろうか。

 礼二はその認識で考えることにした。


 ガトーは右手の拳を左手で合点し、気合を入れ直す。

「さっそくだが、お前らにはこの屋内訓練スペースを走り続けてもらう。外周で50週だ!」

 彼は目の前にいる訓練生たちとんでもない訓練内容を指示してきた。

 ここを50週走る? 嘘だろ?

 外周は何メートルあるだろうか。見た感じではあるが、軍の敷地内にある屋外訓練スペースの1.5倍近くはあるように見える。

 ありえない。人間が走り抜けられる距離ではない。

 礼二は内心恐れを抱きながら屋外訓練スペースを見つめていた。

「おいー、何を戸惑っている。はよ走らんか。今日はこれが終わらないと一日を終えることはできんぞ」

 走らないと一日が終わらない? マジで言っているのか……

 ガトーの放った言葉を信じられない礼二は、未だ疑心暗鬼に陥っていた。

 しかし、ガトーはそれを冗談で言っている様子は無かった。

「さぁ走れ。夜までに走リ切らないと夕食は無いぞ」

 冷たくも無常な呟きに周りの人たちはゾクッと寒気を感じた。

 この感じであれば、彼は本気で訓練生たちに走りを強要させる気だ……

 礼二はこの訓練がいかに過酷なのかどうかを悟った。

 最初からこのペースであれば、後々ペースが落ちることは無いだろう。

 恐らくいろんな人が険しい訓練と言ったのもこれが原因であると悟った。

 スパルタだな……

 礼二はこのやり方に古さを感じながらガトーに従うことにした。


 ◇ ◇


 走り始めて5時間が経過した。長時間走っているというのに誰も指定された距離をクリアし切れていない様子だった。

 それもそのはずだ。特別訓練の参加者は体力に難のある人々でいっぱいだからだ。リディのような「射撃能力を高めたい」という人物は珍しい部類である。

「よし、終わった!」

 ようやく地獄のような距離のランキングを終えた者が1人。

 彼を始めに指定数の周回を終えた者が増えていった。リディもその1人のようで、屋外訓練スペースの脇にある休憩所で水分補給を行っている。

 大体の人がこの時間帯で終わるのか……

 礼二は頭の片隅でそう感じながら未だ走り続ける。

 今訓練メニューを終えている者は他の人たちに比べて速いペースで走り続けてきた人たちだ。

 それよりも遅い礼二たちはいつになれば終えるのだろう。

 そう思いながら鬱々とした雰囲気を醸し出しながら走り続ける。


 午後5時。未だ走り続けているのは礼二とレイチェルのみとなっていた。

 他の人たちは厳しい訓練に耐えられず辞退する者、1時間前には終えていて、筋力トレーニングということで別のメニューで訓練する者がいた。

「はぁ…はぁ……」

 走り続けて約8時間が経過している。ずっと動き続けていているからか、礼二の体の感覚はほとんど無くなっていた。

 俺は何をしているんだろう……

 朝食以降は何も飲まず食わずで走り続けて頭に栄養が入らずで、あまり頭が回っていない。

 礼二は目は虚ろげで、体はフラフラしながら走っている。

 レイチェルも同様らしく、隣合わせた時には彼が近くにいることも気付かずに死にそうな顔で走り続けていた。

 やばい…そろそろ倒れそう……

 今はどれだけ走っているのかが分からなくなっていた。頭に酸素がいかなくて頭痛がする。

 いつになったらこのマラソンは終わるのだろうか。目の前にある景色を見た回数を数えれば、後どれだけ走れば良いか分かるだろうか。

 礼二の視界は少しずつ狭くなっていく。

 あぁ…そろそろ限界か……

 礼二は白線を踏んだ瞬間、目の前が真っ暗になった。


 ◇ ◇


「う…うぅん……」

 目を開けると、そこには知らない天井があった。

 あれ? 俺は屋外訓練スペースにいたような気がするけど…

 先程までは外でずっと走り続けていたはずなのだが、詳しいことまでは覚えていない。なぜ自分はこんなところにいるのだろう。

 礼二は見に覚えのない光景に戸惑いながら辺りを見渡した。

 目の前には4つのベッド。それらを多い囲む水色のカーテンがそこにはあった。

 ベッドがいっぱい…医務室か仮眠室かな…

 礼二は自身がベッドの上にいることに気づき、ベッドから離れてカーテンを開ける。

「ここは…」

 辺りには薬品らしきものが並べられた棚、綺麗に整頓された机などがあった。ここは医務室であることが想像できた。

「うぅん……」

「!?」

 唐突に誰かが起きるような声が聞こえてくる。

 まさか自分以外にいるとは思わなかった礼二の体はビクリと反応し、声がしたカーテンから遠ざかる。

「誰…だ?」

 礼二はカーテンの奥にいるであろう相手に向かって問いかけた。

 すると、ベッドの周りを覆う布が払われ、声の主が姿を現す。

「レイチェル…なぜお前もいる…?」

「ふぇ?」

 金色長髪の彼女は、眠そうに目元を指で擦る。

 ベッドの前に来て倒れるように寝転がったのか、衣服は訓練の時に着ていた服のままで少し乱れてしまっている。

 寝るときに暑かったのか、訓練着の胸元を開けており暑くなった体の体温調節をするための呼吸を整えていた。

 目のやり場に困る……

 無意識かもしれないとはいえ、大胆な姿の彼女を前にして礼二は戸惑う。

「あ、礼二起きたんだ」

「起きたんだ、じゃないだろ。まさかレイチェルもぶっ倒れたの?」

「いえ、あなたを見ていたのよ」

「いやいや寝てただろうに……」

 言っていることとやっていることの違いに対して礼二はツッコんだ。

「フラッドの言ったことは当たっているぞ」

 部屋の扉が開くと音と同時に誰かの声が入ってくる。

 声は次第に大きくなり、声の主は部屋の中に入ってきた。

「アンドルフ少佐! なぜあなたがこんなところに…?」

「そりゃ…貴様が倒れたから様子見に来ただけだろうに」

「あっ…そういえば私は倒れていたんでしたっけ」

 礼二はガトーにそう言われて、自分自身が倒れてここまで運び込まれたことを思い出した。

 ガトーは彼の言葉に呆れながら言った。

「貴様は気付いていなかったのか…全く…急に倒れおって……」

「すいません。訓練中に倒れてしまって」

「気にするな。君の話はアズベイル大佐から聞いている。驚くほどにスタミナが無い様だな」

「あはははは……」

 クロードから自身の話を聞かされていることを知った礼二は恥ずかしさのあまり顔を引きつりながら笑い始めた。

 しかし、彼が礼二のスタミナ不足を知っていても訓練に耐え切れなかったのは事実だ。

「私は訓練に付いてこれなかったんですね……」

 このまま特別訓練を続けていられるだろうか。

 自身の体が付いてこなかったことに礼二は落胆する。

「ギリギリではあるが、今日のメニューはクリアしているぞ」

「そうなんですか?」

「うむ」

 礼二はまさか訓練をクリアしているとは思えず、驚きの声を上げる。彼の反応を見たガトーは、苦い顔をしながら礼二に話しかけた。

「確かにギリギリではあった。だが、私は君がこの先の訓練に付いていけるのかが心配なのだ。あと君もな」

 そう言いながらガトーはレイチェルに指を差した。

 この感じだと、彼女も彼同様に訓練後に倒れたと言ったところだろうか……

「耐えられないと判断した者は別のメニューをやらせるようにしているが、君らはどうする?」


 訓練量を減らすことを提案される。

 量が減ったら減ったで後々楽になりそうだ。しかし、量を減らされてしまえば、ここまで来た意味は無い。

 礼二は少し考え、後のことを考えながら答えを出した。

「いえ、そのまま参加させてもらえませんか?」

「ん、大丈夫なのか?」

「問題はありません。元々、これぐらいの動きが出来るようにこの訓練に行くことになったんですから」

「そうか。じゃあ、君はどうする?」

 ガトーは、倒れたもう一人に尋ねる。レイチェルは眠気から復帰したのか、普段通りの口調で答えた。

「私も問題は無いわ」

 彼女の同意の意思を確認したガトーは満足したように微笑んだ。

 彼の反応から察するに、できるだけ訓練メニューを変えたくはなかったのだろう。

「2人共、やる気はあるな。今日は休んで良いから明日から頑張ってくれ」

「はい!」

 ガトーは、体の疲労から復活を遂げた2人に対して労いの言葉を掛けた。

 訓練初日はとても過酷で倒れる程の体力トレーニングを強いられたのだが、礼二とレイチェルは何とかギリギリで訓練メニューのノルマクリアを成し遂げることができた。

 次の日からどのような訓練を受けることになるのだろう。

 礼二はそう思いつつ、レイチェルと共に医務室を出た。

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