2-1.中学生軍人の日常
2013年8月。
魔獣と呼ばれる異界の生物が頻繁に出没した『怪奇殺人事件』が発生してから3ヶ月が経過した。
事件によって家族を失い、天蓋孤独の身となった神原礼二は、住む場所もお金も何もかもがなくなっていた。
そんなところに日本帝国軍特殊部隊の部隊長、クロード・アズベイルより衣食住を全て保障してもらうことを条件に礼二は仕方なく日本帝国軍特殊部隊に入隊することとなった。
本来であれば義務教育によって軍人として働かせることは無いのだが、礼二の持つ力によって例外として働くことを許可された。
彼の持つ力―――それは『魔力』。
世界から隠された技術・『魔術』を扱うために必要な力である。
この技術を扱える者はあまりいなく、全世界でも数万分の一の割合しかいないと言われている。
これほど稀に存在しない物を確保するべく、まだ14歳で義務教育も済んでいない礼二を軍隊へと入隊させることになったのだ。
しかし、礼二はまだ中学生で最低限の学力は持ち合わせていない。
それを解決すべくクロードは、礼二の生活を一人前の軍人に育てるためにスケジューリングし、訓練と勉強尽くしの毎日を彼に与えることにした。
そうして、礼二がクロードを初めとした周りの人たちから期待されながら自身を鍛え続けて2ヶ月が経過していた。
◇ ◇
「神原一等兵、前に出ろ!」
真夏の炎天下、日本帝国軍基地の演習所に響く野太い声。
声の主である大男、バトラ・クライン少尉は両手を膝に当てて呼吸を整える神原礼二とレイチェル・フラッドの前を仁王立ちで立ちはだかっていた。
彼が呼んだ当人は呼吸を整えるのに必死なようだ。
「どうした、これぐらいのウォームアップでギブアップか?」
返事ができる様子ではない礼二に対し、バトラは呆れるようにさらに問いを重ねた。
「はぁ…は、はい…前に出ます」
掠れそうな声を出しながら、礼二は隣にいたレイチェルよりも前に出た。
あまりの気迫の無さにバトラはギロリと礼二に鋭い眼差しを向ける。
「神原一等兵、この返事は何だ。訓練を舐めているのか?」
バトラは先程の野獣のような呼び声とは正反対に、人格が入れ替わったような冷たい声色で礼二を再び問い詰めた。
普段とは違う圧力を彼から感じた礼二は、声を絞り出すように言った。
「い、いえ…訓練を舐めているわけではありません」
「では、なぜ貴様はこんなにも気迫が無いのだ?」
まるで相手を論破しようとしているのかの如く、バトラは再度問い詰める。
気迫。すなわち力強さである。それが無いと言われている今の礼二には、力強さが全く感じられないのだろう。
彼は力強さを感じられないことに対して怒っているのだろう。
礼二はこの状況をどのようにして回避するべきか、思考を巡らせていた。
だがしかし、今の礼二の体はバトラの言うウォーミングアップ(距離が20キロメートルもある演習所の外周を3週ランニング)を行ったせいか、またすぐに動けと言われても動けないぐらい疲労しきっている。
「ま、待ってください…この暑さであのハードなランニングコース。バテるのは無理も無いじゃないですか……」
礼二の返答を聞いたバトラは目を丸くして彼を見つめる。そして、呆れるように言った。
「では、貴様は目の前で危ない目に遭っている人たちを、体力が無いから助けられないと言い切れるのか? 魔獣が目の前にいる時でも体力が無いから動けない状態で無惨に殺されるのか?」
呼吸を整えるためか、未だ俯いた状態の礼二はバトラの言葉を聞いて、ハッとしたように目を見開いた。
彼の言うことは当たっている。体力が無いからと言って魔獣撃退ができない、または無惨に殺されるなど馬鹿げている。それが軍人として働くものなら尚更だろう。
しかし、頭だけで納得していても体が動かなければ意味は無い。
「そうはなりたくないんですけど、体が動かないんですって……」
先ほどまで礼二とレイチェルは長距離マラソンを思わせるウォームアップに加え、ギラギラと輝き照らしている太陽の紫外線に晒され続け、体力が奪われ続けている。
こうしてバトラと話している礼二の喉も、オーバーヒートした体から吐き出される熱い吐息によってさらに熱くなる。
「容赦無いわね…あなた…」
礼二を非難するバトラに対して、レイチェルは言った。
普段ならばこの大男に対して温度感の低い発言をする彼女だが、呼吸を整えるのに必死なのか、あまり強さを感じられない。
「ふむ…さすがの君も体力が無ければ皮肉も出ないものなのだな」
「……」
いつも彼女からキツめの発言をされていたバトラはいつもの仕返しをするかのように、レイチェルに対して皮肉を言った。
あまり頭が回っていないせいか、反論が出来ないレイチェルは小さな唸り声を上げながら歯を噛み締めた。
彼女に対して普段の雪辱を晴らしたバトラは、再び礼二に視線を向けた。
「しかし…君らはやはり体力が足りないな……どうにかならんのか?」
「どうにも出来ないから悩んでるんです…」
礼二はやや苛立ちながら地面に向かって言葉を吐き捨てた。限界突破をしてみろと言わんばかりの無茶振りである。今の礼二とレイチェルは未だ肉体の限界を超えることはできない。
バトラは溜息をつきながら呆れるように言った。
「うーむ…体力を付けるための訓練に体が追いつかないと話にならんな……」
戦闘教官は、ウォームアップでもう力尽きている訓練生2人を見て頭を悩ませた。
「調子はどうだ?」
唐突にバトラの後ろから飄々とした声が聞こえてくる。
バトラは声の主を察したのか、右手でこめかみを押し当てていると、彼の後ろから1人の男が姿を現した。
「た、大佐…なぜあなたが…!?」
「いいじゃないか。新人たちの訓練がどんな感じなのかが気になってな」
今、彼らの目の前にいる人物の名はクロード・アズベイル大佐。
バトラ、礼二、レイチェルが所属している特殊部隊の発足者であり、彼らの司令官殿であり上司でもある人物だ。
唐突に登場した上司の存在に、バトラはあたふたと慌て始めた。その様を見たクロードは無邪気な子供のように笑い始める。
よく分からないところで笑い始める我らが上司を見た礼二とレイチェルは、呼吸を整えながら首を傾げた。
「あの…クライン少尉って、大佐に弱い…?」
「き、貴様…!?」
自然と出た礼二の発言を耳に入れたバトラはすかさず声をかぶせる。
野太い声でカモフラージュを計ろうとしたが既に遅かった。
「私はクライン少尉のような生真面目な人間をおちょくるのが好きでな。彼の反応は中々面白い…!」
クロードはそう言いながら、他人から顔を背けるように笑い始める。
うわぁ…この人は言うまでもなくドSだ……
礼二は表に出さないようにクロードのSな性格に呆れが出ていた。
バトラは隣で笑う上司を見て不機嫌な顔をした。
「………」
自身の上司2人が親しむ様を呆然と見上げる2人。
礼二とレイチェルは「この2人は何をしているのだろうか」と言わんばかりに呆れている様子だった。
「…ごほん。大佐殿、訓練の様子を見にこられたのでは?」
訓練生2人の視線を感じたバトラは1度大きく咳をし、体裁を整え始めた。
彼の意図を読み取ったクロードは笑うのを止めて再び尋ねる。
「…クライン少尉、訓練の進み具合はどうだ?」
「厳しいですね……」
バトラは先程の雰囲気とは違い、剣幕な表情を浮かべた。
指導教官の表情を見たクロードは納得するように目の前でへばっている礼二とレイチェルに目線を配る。2人を見つめる視線は、品定めをするかのようだった。
「そうか…課題はスタミナ面か…」
「はい、ウォームアップの段階で根を上げている状態です……」
バトラは申し訳無さそうに答えると、クロードは首を傾げながら悩み始めた。
数秒後、彼は思い出したように提案する。
「だったら、神原一等兵とフラッド一等兵には特別訓練に出てもらうのはどうだろう?」
「「特別…訓練……?」」
未だウォームアップの疲れが抜けないでいる礼二とレイチェルは、口を揃えて言った。
特別訓練ということは何か特殊な訓練でもさせられるのだろうか、と礼二は考え始める。
「特別訓練とは、軍内にいる要訓練者を対象とした泊り込みの訓練のことなのだよ」
訓練生2人の疑問に答えるべく、バトラは大まかに説明をした。
答えを聞いたレイチェルは気になったことを彼に尋ねる。
「え、泊り込みってどこに泊まるのよ?」
「軍が所有する訓練用の島だが」
「「島!?」」
礼二とレイチェルは予想外な答えを聞いて驚く。
まさか軍が所有する島があるとは誰が思うだろうか。
普段、国民の税金から賄われている防衛費が、島を保有するために使われていると思えばちょっと悲しい。
あまり理解していない様子の2人に、クロードは島についての説明を再開する。
「訓練場所の名前は『修練の島』。大いなる自然に囲まれ、サバイバルに適した島だ。島の外周を覆う森を抜けて中心地に辿り着くと、訓練者の宿泊施設がある。そこに泊り込みながら短期間の訓練を行うんだ」
「へぇ……」
礼二はクロードの話を聞いて納得する。
島はリゾート地にする目的ではなく、日本帝国軍の新人を鍛えるために作られた場所のようだ。
スポーツ漫画か何かにあるような熱血訓練的な展開が生まれていそうだ。
礼二はそう思いながら、いつの間にか空想世界へと旅立っていた。
◇ ◇
舞台は夕日に照らされている浜辺。
穏やかな波の音が響く中で礼二は、腰にタイヤを繋げた紐を巻きつけて走っていた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
頭の中を真っ白にして、ひたすら浜辺を走ることに集中する。
体は限界まで来ているはずだが脳はそれをまだ認識していないらしく、まだ走り続ける。
波の音に交わりながら野太い声が聞こえた。
「よし、ランニングはもういいぞ」
ランニングを辞めるように指示を受けた礼二は体の力が抜け、砂浜に体を預けた。
うつ伏せで体を倒すと、砂浜に面している頬や腕に砂が張り付いてきてチクチクと痛みを感じる。
「終わったぁ……」
己の肉体の限界を超えた訓練など初めてだ。体ってこんなに重かったっけ?
声を聞くまで全く感じていなかった体の疲労が今になって襲い掛かる。
「うぅ…体が重い……」
「よく頑張ったな。ここまでやれるとは思わなかったぞ」
礼二が砂浜に屈していると、再び野太い声が彼を褒め称えた。
しかし、当初の訓練メニューである60キロメートルランニングは終わりきれていない。
「いえ、これぐらいで音を上げているようでは私はまだまだです」
今の私は褒められる覚えはない、と礼二は遠回しに言った。
「そうだな」と返されるような気がしたが、実際の答えは違った。
「何を言っている。この訓練メニューをここまでやり切ろうとした訓練生は君だけだぞ。他の者はとっくに音を上げてリタイアしたわい」
お前は他の者と違う。
恐らくそう言いたかったのか、卑屈な考えを持っている礼二を褒めるように答えた。
「少しずつでもいい。君は少しずつ立派な兵士として戦う為に鍛錬を続けなさい。私は全力でサポートしよう」
「教官……!」
与えられた訓練メニューを終わらせきれず、ゆっくりと走り続けた自分に何か罵声がやってくると思ったのだが、予想外に飛んできたお褒めの言葉に礼二は喜びを覚えた。
「さぁ、立ち上がれ! 今日は帰るぞ。体は休めて明日から頑張ろうじゃないか」
教官はそう言いながら礼二に手を差し伸べた。
この人になら付いていってもいいかもしれない。
砂浜に屈する彼は、差し出された手を見つめて迷わず握った。
「はい!」
憧れの眼差しを向けながら立ち上がる。
彼が立ち上がったのを確認すると、教官は夕日に体を向けた。
「神原一等兵、見るがいい。これは貴様が訓練に耐えて見ることが出来た夕日だ。己の体力の限界を超えた今日という日を胸に刻むとよい」
「はいっ!」
礼二は教官と共に夕日を見つめる。
いつも見ているような少し赤みを帯びた空だが、困難を乗り越えた後に見たことによって、何かいつもと違う風景を見ているような気がした。
これこそ熱血青春物語。
空想で作られた物語は次第にフェードアウトしていく。
◇ ◇
「おい神原、大丈夫か?」
礼二がボーッと頭の中で熱血訓練ドラマを展開していると、誰かに頭を叩かれたような感じがした。
痛みで現実に目覚めて頭上を見上げてみると、右拳を振り下ろした後のクロードの姿が見えた。
「え、え!?」
礼二はいつの間にか妄想世界に旅立っていたことに気付かず、現実と空想世界の違いに動揺した。
彼の状況を察した隣のレイチェルはくすくすと笑っている。
「気をしっかり持て。暑さに頭でもやられたか?」
心配そうにバトラは顔を彼に近づけた。
危ない予感がした礼二は一瞬で後ろに退き、元気であることを証明するように激しく動き始めた。
「だ、大丈夫ですよ~。ほら、こんなに元気!」
「え、ちょっと!」
レイチェルが止めに入ろうとしたものの、礼二は激しく動くことを止めなかった。
先程まで呼吸を整えるのにとても苦労していた人間がこんなに動くのは大丈夫だろうか。
礼二を除いた3人は同時に同じことを考えていると、予想通りの事態へと発展していった。
「ちょっと! 礼二!」
空から降り注ぐ殺人的な紫外線。紫外線を受けてさらに熱気を帯びたコンクリートの地面。
数分前までハードなウォームアップを施した体。さらに体に負担をかける動き。
以上の4点が揃った瞬間、礼二の意識はテレビの電源を切るようにブツンと途切れた。
◇ ◇
「うっ……」
目を開けると、見知らぬ天井が見えた。
背中に触れる硬い何かがベッド代わりとして機能しているからか体がとても痛い。額の上はふんわりとした冷たい何かが乗っているようだ。
何があったんだろう……
礼二は状況を把握すべく、周りを目で探そうとすると―――
「ようやく起きた?」
声と共に礼二の顔を覗く、顔の整った金髪美女がいた。
「…レイチェルか……」
礼二は朝の目覚めを再現するかのように寝ぼけた声で彼女を確認する。そんな彼を見て、レイチェルは呆れたような顔で見つめた。
「どうしたの?」
不思議に思った礼二は、レイチェルに尋ねた。
何も言わずに呆れた顔をされても全く状況が見えない。
「忘れたの? あなたは演習場で暴れて熱中症で倒れたのよ」
「えっ…マジで……」
礼二は、自身が倒れた経緯について彼女から聞き出した。
レイチェルと一緒に過酷なウォーミングアップをしていたこと。
唐突に自分が「元気だよー!」とか馬鹿なことを言いながら、はしゃいで倒れてしまっていたこと。
真相を聞いて背中から冷や汗が出るのを感じる。
元気だよーって何言ってるんだろう……
まるで黒歴史を友人から明かされたかのような気分である。
「うわぁ……」
礼二は両手を頭に抱えながら、自分自身の行動に対して呆れてしまう。
これでは自分の行動がきっかけで、あの2人が話していた『特別訓練』とやらに強制連行されてしまうと考えたからだ。
礼二が悲観的な思考を走らせている間に、最悪な展開へと持ち込まれた。
「ようやく起きたか」
部屋の扉からクロードが入りながら様子を尋ねてきた。彼はそのまま礼二が寝ていたベッドの横へと移動する。
「はい……急に倒れてしまい申し訳ございません」
「いや、気にしなくていい。大丈夫そうなら良かった」
礼二は申し訳無さそうに詫びるも、クロードはあまり気にしていない様子だった。
彼は上着の中へと手を伸ばし、綺麗に折りたたまれた一枚の紙を取り出す。
「さて…神原一等兵も起きたことだし、君らに知らせておかなければな」
クロードは取り出した紙を広げる。
紙に書かれている内容を言いながら礼二とレイチェルに見せ付けた。
「神原一等兵、フラッド一等兵の両名は2週間の特別訓練に参加してもらう。日時は8月20日の7時30分に軍の港にて集合せよ」
訓練の強制参加通知。礼二とレイチェルが軍の特別訓練に参加することに決定した瞬間だった。
2人は通知を確認した後、溜息を付きながら顔を下に向けた。
◇ ◇
「うわぁー……」
日本帝国軍基地の食堂で礼二とレイチェルは向かい合って座っていた。
礼二は両手に頭を抱え、レイチェルは片腕で頬杖を立てている。
「はぁ……」
2人は互いを挟む紙の内容から目を逸らすように、光差し込む外へと視線を向けていた。
「どうした? 2人してそんな辛気臭そうな顔をして」
礼二とレイチェルの周囲に立ちこむ鬱々とした空気を断ち切る爽やかで生意気な声。
声の主は2人の間を割り入るように言った。
「そんな暗い表情でいたら幸せ逃げちまうぞー。もっと笑顔でいようや」
礼二とレイチェルは声のする方向を見ると、座っている席の隣に2人の男性がいることに気付いた。
サラリと肩まで届く茶髪の男性、ミハエル・ロンド。東洋系坊主頭の男性、チェイン・ハンだ。
この2人は、礼二とレイチェルが所属する特殊部隊のメンバーである。最初に出会ったのが『怪奇殺人事件』の突入任務で、それ以来の再会となる。
新人の2人はミハエルの言葉を聞いても全く返事をする様子は無かった。
無言を通そうとする2人を見たミハエルは気まずくなり、再び尋ねる。
「2人共…何があったんだよ」
顔色を窺うように交互に鬱々とする顔を見た。
彼の気遣いに気付いた礼二は、手元にある紙をミハエルの元へと差し出した。
「ん? これを読めってか?」
「はい」
何だろうと疑問に思いながら、目の前に差し出されている紙を取って読み始める。
彼は興味津々とした顔から、にが虫を噛んだ様な顔に変わり始めた。
「マジか…大変だな……というか、特別訓練に参加が決まったってお前ら何やったんだよ……」
蔑んだ目で2人を見つめるミハエル。
訓練に付いていけなかったから、という恥ずかしい理由を言うべきなのか。理由を話すことにためらっていると、彼は気付いたように2人に言った。
「大方、体力が無かったから特別訓練に連行されることになったんだろ」
ミハエルの言葉を聞いて図星だったのか、礼二とレイチェルに冷や汗が流れる。彼は2人の反応を見逃さなかった。
「図星か…まぁ、クライン少尉の訓練を傍から見ていると、入りたての新人にはキツい内容だったからな……」
「そうなんですよ! 少尉の訓練って、あり得ない距離を走らされるわ、あり得ない量のメニューをこなすよう要求してくるんですよ…ミハエルさんもどうか少尉に特別訓練の参加に否定の意を見せてもらえませんか!?」
2人が受けている訓練内容に対して、最初は同情していたミハエルであったが、礼二の態度に苛立ちを覚えた。
「いや、それは無理だ。俺は確かにお前らが受けている訓練は量が多いとは思うが、これは少尉に何か考えがあると思っている。特別訓練に強制参加させるのだって、何らかの考えがあるはずだ」
彼は頭を抱えながら礼二に言った。
バトラの考えていること。それは礼二とレイチェルのスタミナ面だろう。
2人は同じ時期に入り、入って1ヶ月ほどで『怪奇殺人事件』犯人の拠点突入の際に実戦投入されている。
その時の礼二はスタミナ不足で事件の犯人との戦闘で危うく返り討ちに遭うところだった。
礼二の戦闘データは本部と医療班に送られ、今後の訓練方針に変更があるかもとクロードから言い渡されていたことを思い出した。
恐らくそのデータはバトラにも行き渡っており、訓練メニュー諸々はそれを基にして作られているのだろう。
礼二は頭の中でバトラの考えについて考察していると、坊主頭の日系人、チェイン・ハンが口を開く。
「ミハエルさん、神原さんの肉体は確かに未熟ですが、実戦の必要なスタミナが足りていないのも事実です。そのために大佐殿は、特別訓練に参加するように言ったんじゃないんですか?」
礼二の考えが確かであることを際立たせる一言だった。
うんうん、とチェインの言葉に納得して頷きながら彼の話を聞き続ける。
「私たち特殊部隊で前線に出ている人は少ないです。結構ギリギリな人数で任務に入っています。少尉にあなたたちの訓練を指示している大佐殿の考えとしては、早く1人前になって何も考えずに実戦投入できるようにしたいのではないのでしょうか」
間違いの無さそうな推測だった。
確かに礼二とレイチェルが特殊部隊に誘われたときには人手不足であることを聞かされている。
それを解消すべく2人を入隊させたはずなのに、長期に渡る訓練を受けさせるとなると人員不足の問題解決は少しばかり遠ざかってしまう。
そのための尋常では無い量の訓練。次いで特別訓練の参加ではないだろうか。訓練に掛ける時間よりも1日に掛ける訓練量を優先したメニューの結果だろう。
「というわけで、諦めて訓練に参加してください」
「「はい……」」
先輩隊員にそう言われ、礼二とレイチェルは訓練参加という現実逃避から諦めることにした。
窓ガラスの向こうから照らされていた陽光の明度が少し薄まっていく様子が見えた。




