1-1.邂逅(前編)
中二病。
不思議・超自然的な力に憧れ、自分もそれがあるかのように思い込むこと。
例えば、私には異能の力がある、アーサー王の生まれ変わりなどの設定を付けて実際にそうであるかのように振舞ったりすることだ。
これは中学2年生頃の思春期の子供にありがちな思い込みで、あまりにも子供っぽい、痛々しさから嘲笑の対象となりやすい。対象から外れるべく、自分が中二病であると証明する行動と言動は控えている人は多いだろう。
英雄に憧れる中二病患者・神原礼二も保身のために妄想で止めていた。
日曜の朝に流れるヒーローの動作を真似することは、小学校低学年までの間の特権であり、それ以降にやってしまえば『ただの痛い人』認定をされかねない。最初からそれに気付いていた礼二はヒーローの真似事などを封印し、全て頭の中で完結することにした。
始めは仮面を被ったバイク乗りを元に、小学校を卒業する頃には神話、ファンタジー小説の影響を受けて魔術師である設定が中心になっている。
礼二は暇さえあれば妄想し続けた。授業中だろうが、窓際の机に頬杖をついて思考することに集中する。
頭の中で完結。すなわち妄想をするために一番大切なことは設定だ。
礼二は自分自身を『国を守る魔法剣士』とし、舞台やシチュエーションは魔物に攻められて崩落寸前の城下町と設定した。
設定を凝り固めれば戦闘が開始する。頭の中のイメージ1枚1枚が全て組み合わさり、アニメーションを作るように動き始める。
◇ ◇
澄み渡る青空。
国の城下町で魔物の群れと王国軍が戦っていた。
侵攻してきた敵は狼のような形をしていて、王国兵達は1匹1匹的確に倒していく。
このまま進めば魔物達の侵攻は食い止められるものだと軍は思っていた。例え増援が来たとしても今いるような種類であれば対策も出来ているので問題無いからだ。しかし、理想論はすぐに崩れ去った。
増援として城下町にやってきた魔物は、凶悪そうな風貌をした爪の長い大熊。
やや細目で目の色は血を被ったかのように赤い。王国兵に目を付けた瞬間、強烈な威圧がこもった咆哮をし始めた。
近くにいた兵士達は大きな音に反応し、一瞬だけ力が抜ける。そこを狙った狼の魔物は隙を見せた人間達に復讐を仕掛けてきた。
優劣は逆転してしまう。前衛で狼を足止めしていた兵士たちが一斉に捕食されていき、戦場は人間による断末魔の叫びに支配されてしまった。
大熊は右腕を振り上げてハンマーを扱うように振り下ろそうとした瞬間、腕がバッサリと切断された。
右腕を押さえてのたうちまわる大熊。苦しむ姿を目前で眺める1人の剣士が誰にも認識されないうちに存在していた。それがこの世界の創造主(妄想主)・神原礼二だ。
長身で線の薄い輪郭。青を中心とした色合いの軽鎧を纏い、右手に長剣を持っている。
痛みのショックに慣れ始めてきた大熊は、礼二を左腕で薙ぎ払おうとする。彼は大きい魔物の左肩に乗っかるように大きく飛んで避わし、長剣で首元を斬りつけた。
切り口から血が大量に吹き出て、でかい魔物はバランスを失い倒れ始める。
首領を失った狼達の視線は礼二に集中し、殺気を放ち始めた。目が充血し、ハァハァと荒い息を立てて興奮している。
礼二は左手を上げて呟き始める。
「汝、雷の手綱に従え」
呪文詠唱。
魔術を発動するために紡ぐ言霊。
本来、魔術は術者のイメージを魔力で具現化するものであるが、抽象的なイメージのまま魔術を発動してしまえば大した力を持たない。最初に完璧なイメージがあったとしても、術発動までに必要な魔力を込めている間にイメージが最初とずれてしまう時が多い。
この問題を解消するために生まれた魔術起動法『呪文詠唱』だ。
イメージした魔術を構成する要素の1つ1つを単語として分解し、発動に必要な魔力を込めている間に分解した単語をストーリーを組み立てるように紡いでいく。そうすることにより最初のイメージからあまりずれない魔術を起動することができるのだ。
隙を見つけた狼達は彼に襲い掛かる。彼は気配に気付きながらもまだ詠唱を続け、最後の1単語を呟いた。
「暴落雷」
刹那、彼の周囲に雷が降り注いでくる。タイミングの合った狼達はそれに直撃して電撃を浴びる。
後続でやってきた魔物も電撃に巻き込まれ、全滅まで追い込むことに成功した。
「す、すごい…」
王国軍の前衛隊長は微かに呟く。劣勢に追い込まれていた状況が1人の男によって変えられたからだ。
まだざわついている王国兵は、念のため町の中に魔物がいないかを確認し始める。
いないことを王国兵全体が把握した後、魔物の侵攻は食い止められた、との伝令が行き渡っていった。
周りからは称賛の嵐。町人からはちやほやされるようになり、礼二は英雄となった。
「……かみ……はら…」
自分の存在が周りから認められたような気分を感じている時に、空から通信状況の悪い無線機ように途切れる声が聞こえた。
それは自分を呼んでいる声だと気づき始めた頃に、彼の空想は終わりを告げた。
◇ ◇
「神原、聞いているのか!」
大きな怒鳴り声が聞こえて、礼二の意識は空想世界から帰ってくる。
何があったんだろう―――彼は周りを見渡してみる。同じ教室に席を持つクラスメイト達が一斉に自分に目を向けていること、国語教師の倉橋が目の前にいることに気付いた。
うわぁ……これはヤバい予感。
目の前にいる頭髪の毛根が死滅寸前にある先生は目を見開いて眉間にしわを寄せ、顔をぶるぶると震わせている。
礼二は控えめに腫れ物に触るように震えた声で先生に訪ねてみた。
「あの…なんでしょう?」
なんだか危険な雰囲気を醸し出しているし、顔が携帯のバイブみたいな震え方をしていてとても怖い。いつアラームが鳴ってもおかしくない様子だ。
「君ね、授業聞いてる?」
今にでも人を殺しそうな雰囲気で礼二に尋ねてきた。聞いていなかった―――そう答えるとすぐにでも鉄拳制裁が飛んできそうな勢いである。
「すいません、聞いていませんでした」
正直に答えるしかない。例え嘘付いたにしても見破られるのがオチだし、悪あがきをするぐらいなら潔く話したほうが良いと考えたからだ。
しかし、正直に答えたからといって許される問題では無いだろう。
礼二は怒鳴られることを覚悟した瞬間―――
「そうか、では放課後、職員室に来なさい」
拍子抜けの回答内容を穏やかな声で言った。それを聞いたクラスの生徒達は密かに驚き始めた頃に授業終了のベルが鳴り始めた。
「お、もうこんな時間か。ではこれで授業を終わりたいと思います。皆さんはちゃんと授業を受けてく
ださいね」
それを言い残して倉橋先生は教室を後にする。
助かった……ほっと一息を入れながら礼二は上半身の重みを机に押しつけた。
時刻、午後4時40分。
学校の全授業日程を終え、周りのクラスメイトたちはせっせと家に帰ったり、部活動に行こうとしている人で溢れかえっていた。
放課後にあたるこの時間は、学生にとって窮屈な時間から解放される瞬間といっても過言ではない。今日限定、ただ1人を除いては―――
「はぁ…めんどくせ…」
礼二は自分の机に上半身を寄りかかっていた。
怒鳴られなかったから良かったものの、呼び出されるとか勘弁して欲しい。
今日は塾の日ではないから時間はあるが、自由に過したい気分なのだ。
憂鬱な気分に浸っていると、隣の席にいた長身でツリ目の友人・綿貫誠也から声を掛けられる。
「憂鬱そうだな」
「見れば分かるだろ」
今の礼二は机が好きそうなナマケモノのようだった。机に上半身を乗せ、腕は机を乗り越えてぶらりと垂れ下がり、横に向けられた顔からは魂が抜けた感じになっている。なんだろう、そのままナマケモノに変身してもいいかもしれない。
間抜け顔を晒しながら虚空を見つめる礼二を見て、耐えかねた綿貫は言った。
「どんだけ嫌なんだよお前…」
「仕方ないだろう…あの人の話つまんないのがいけないんだし」
礼二の発言に呆れる綿貫であったが、友人のためと思い指摘する。
「先生の話がつまんないのは同感だけど、立ち回り方ってのがあるだろうに」
綿貫の発言にだんまりする礼二。
彼の考えには共感しながらも立ち回り方を気にするあたり綿貫は大人っぽい。直感や気分で動いている礼二とは大違いだ。
気分屋な学生は人の動きを探るような目で、親友を見つめた。
興味の無い古文を抑揚も無くだらだらと低音ボイスで語られ続けると眠くなるのは仕方が無いじゃないか。他の人達はどう対応しているかが知りたい。
しかめっ面をする彼の機嫌を察したのか、綿貫は尋ねる。
「今日はどんな妄想だ?」
「……魔法剣士の無双もの」
友人の気遣いを察した礼二は平静を装いながら答えた。
授業中に呆けていた理由が、空想世界に出かけていたことだと見抜かれているようだ。
なぜ、周囲には秘密にしているはずの妄想癖が綿貫に知られているのかは、彼との付き合いの長さにあった。
礼二と綿貫は、小学校4年生から今にかけて3年ほどの付き合いとなる。
当時、転校生として高坂小学校にやってきた綿貫は引っ込み思案な性格あってか、周りの同級生達に馴染めずにいた。この状況を良く思わなかったのか、礼二が彼に声をかけたのが関係の始まりだ。
「妄想やめたら呆けるのは少なくなるんじゃない?」
ツリ目の親友はごもっともな解決法を提示する。
これに対し礼二は―――
「いや、今の俺には無理かな」
間髪入れずに提案をバッサリと切り捨てた。
そうか―――そう呟きながら綿貫は帰り支度を行い、礼二に挨拶をして帰り始める。
今すぐに止めた方が良いとか言われないあたりはありがたい。
「また明日な」
「おう」
彼は綿貫に手を降り、教室を出るまで見送った。
妄想をやめる、か……
妄想は礼二にとって精神が安らぐ少ない楽しみだ。
家に居るのは息苦しいし、学校での人間関係は面倒くさい。妄想は現実逃避のために存在する。
もし…妄想が現実の逃げ道で無くなるのなら、と考えながら職員室に向かうことにする。
もしそうなったら俺はどこに逃げればいいんだろう。
そう思いながら礼二は教室のドアを潜り抜けた。
◇ ◇
午後6時を過ぎ、夕日が地平線の底へと沈みかける頃。
礼二は倉橋先生の長い説教を耐え抜き、ようやく家路についていた。通学路として通る商店街は、晩御飯の食材を求めて買い物に繰り出す主婦らしき女性たちで賑わっている。
彼は説教の内容を思い出しながら、目線を下に向けて歩いていた。
なんなんだよ! あの人は。自分の話を聞いていないからって人格否定は無いじゃないか!
時々いるよね。失敗した原因から離れて人格否定に入る人。世の中の若者は失敗をしないようにチャレンジしない子が多いとか言われてるけど、こういう人がいるからだと思うんだ。こんなお叱り受けたら自信喪失して鬱病患者増えるでしょうが……
授業中に行った行動を全く反省しない礼二。彼は先生から受けていた説教内容を思い出して憤怒していた。普段であればスルーすべきところではあるが、今回に至ってはイライラが止まらない。
そうだ、妄想をしよう。
説教のせいで、イライラすることが増えて心の余裕が無くなることが癪だ。
礼二は現実世界から逃げるように思考回路を妄想用プリセットに切り替えて空想世界へ旅立つ。
◇ ◇
舞台は小さな村。背景は緋色に染まる夜空。
突然、猛獣が村に侵攻してきて村人を襲っている。肉を欲する獣達による狩りを想像させる光景だ。
そこに救世主として現れる礼二。朝の妄想と同じ格好で刀を装備し、ピンと背筋を伸ばしながら歩く。
周りの食料が無くなったのか、二足歩行の獣達が立ち塞がった。
獣同士で合図を取ったのか、息を合わせた2匹が礼二に向かって突進をし始める。
礼二は片方が突進する方向に進み、刀で1匹の胴体を両断した。後ろから迫る1匹は、剣先を敵に向けて串刺しにする。
剣に刺さった肉塊を礼二が魔力で焼却した瞬間、すぐさま新たな獣が背後から突進してきた。
彼は猛獣と接触する間際で左に避け、魔弾を敵の背中で撃ち抜く。
なんだろう…楽しい…
脈打つ心臓。ドクドクとくる心拍音。生死の境を彷徨う緊張感。
空想世界だからこそゲームみたいで楽しめるのだろうか。
でも、この妄想はいつもみたいな妄想と何か違う感じがする。
いつもより景色と敵の姿形が鮮明に映り、手に馴染んだこの武器。
初めて想像するのに感じてしまう既視感。
俺はこの世界に行ったことがあるのだろうか……
「!?」
初めて見た(イメージした)光景なのに感じる既視感。
不意に感じた刀の手触り、不意に感じた返り血を浴びる瞬間。
まるで全てが現実で感じ取った出来事のように感じた。
不気味だった。自分で想像したあの世界が。
あまりのリアリティに礼二の体全体は恐怖で震えていた。
着ていた制服と額が少し汗で濡れているせいか少し肌寒い。
「ここは…」
先程まで近所の商店街を通っていたはずだが、礼二はいつの間にか住宅街を歩いていた。周辺を見渡すと人は見当たらなく、とても閑散としている。
不気味なぐらい辺りは静かで、化け物等が出そうな雰囲気を漂わせていた。
時刻はいつの間にか午後8時を過ぎ、空が黒に染め上がっているせいかあまり周りが見えない。
ガルゥ。
何かの唸り声。肉食獣が草食獣に対して放つ威嚇の鳴き声を思わせた。
礼二の背筋が凍る。見えない何かに襲われような気がして。
犬が体温調節を行うような息遣いが周りから聞こえてくる
ここに何かいる………
確信した礼二は周囲を見渡すが、獣らしき姿は見えない。
近づいてくる気配を感じ、どんな生物かを想像する。
犬、狼、豹、何が近くにいるのだろうか。いやいや都会にそんな凶暴な奴がいるわけがない。
礼二は少しパニック状態にあった。現実逃避で想像していた世界に裏切られての喪失感、不気味なものが近くにいるという恐怖感が重なっているからだ。
彼は体の震えを抑えながらここから離れようと考える。
「うわああああああ!!」
突然、辺りに響き渡る誰かの悲鳴が聞こえた。
何があったんだろう、と礼二は疑問に感じる。嫌な考えが頭の中を巡るためか、今すぐにでも逃げ出したい。
ガルゥ。
最初に聞こえた方向とは逆の方向からも獣らしき鳴き声が聞こえてきた。
ちょっ…こっちにもいるのかよ…
道は一方通行な構造になっているためか、礼二は泣き声の主に挟まれるような形となった。
「誰か助けてくれえええ!!」
退路を防がれて苛立っている焦りが増している時、進行方向の奥から声が聞こえてくる。
荒い呼吸と足音が聞こえる。声のした方向からスーツ姿の男が出てきた。
「そこの君! 君も早く逃げなさい!」
男は走りながら礼二に向かって叫んだ。
しかし、逃げようにも反対方向には獣と遭遇する可能性がある。
もう近くまで来ているのか―――歯を噛み締めながら対処への焦りを感じる礼二。
刹那、走ってくる男の後ろから影が見えた。
男性の身に危機が訪れているのを感じた礼二は「逃げろ」と男性に叫ぼうとした瞬間。
「ああああああああぁ!!!!!!」
男性が断末魔を挙げると同時に、彼の腹から鋭い突起物が飛び出していた。
無理矢理背中から貫き通したのか、それは赤い血に染まっている。
赤く塗り固められた突起物は獣の爪だと礼二は悟った。
「が…は…」
男性は体の損傷による血液の逆流により吐血した。
意外に量は多く、目の前を血の海に染め上げ、口からは血が滴り出ている。
「たす…け…て…」
スーツの男は、目の前にいる礼二に救済を求めるように手を伸ばす。
しかし、もう手遅れだろう。腹は大きく抉られ、腕を抜いてしまえば大量出血で死亡は間逃れない。
こんな状況下で、中学2年の子供に何ができるのだろう。
「まだ…死にたく…」
救いを求める男性の声は最後まで言葉を発しきれずに途切れる。なぜなら、猛獣が男の首を食い千切ったからだ。
行き場の無い赤い雫が、首先から勢いよく噴出していく。
体全体に行き渡っていた脳からの命令を失い、体はゆっくりと地面に崩れる。礼二は初めて人が肉塊となった瞬間を目の当たりにして吐いてしまった。
なんなんだよこれ! なんなんだよこれ! なんなんだよこれ!
現実離れしている。意味が分からない。礼二は普通の日常が崩れ去るような感覚に陥った。
逃げなきゃ―――彼は体を動かそうとするも、腰を抜かしてしまったのか、足が動けずにいた。
そうしている間に、目の前の肉食獣は狩り取った獲物を食している。
肉を口の中に入れたまま、クチャクチャと音を立てながら人間の味を噛み締める様はとても不愉快に感じる。気持ち悪くて背筋がぞっとする。
肉の匂いを嗅ぎつけたのか、背後から足音が聞こえてくる。振り向くとそこにはもう一体の獣がいた。
神経が麻痺して体が動けない状況に、目の前と背後には獣がいて逃げ場が無い。
獲物を見定めた狩獣が礼二に飛び掛る。
終わった、何もかも。
礼二は自分自身の死を悟った。
猛獣の爪が彼の顔を目掛けて迫り来る瞬間、世界は青色の色彩を強くしながら、時間の進みが遅くなった気がした。
これが死の瞬間というものか。
人が死ぬ瞬間は時間の進みが遅くなる―――そういう話をどこかで聞いたことがある。
例えば、高いところから落下している最中の人ははっきりと意識がある状態で、この一瞬が数時間にも感じ取れるという。
今、俺が経験しているのはこの状況なのだろうか。
頭の中を巡る走馬灯。家族に愛されず、それ以外の他人からも嫌われているのだから死んだって大した問題じゃないだろう。自身に対する罵詈雑言、親の人形として扱われていた日々を思い出していると苛立ちが生まれる。
なんで…なんで俺がこんな目に遭うんだ!
13年の人生。あまりに短い人生で良いことは起きず、礼二は世界の不平等さを呪った。
心の中で叫んだ途端、時間の進みは加速する。礼二に襲い掛かってきた猛獣が急に燃え出した。炎は青白く、次第に獣を灰へと変えていく。その様を目前に見た彼は顔面を蒼白にしながら今の状況に疑問を抱いた。
何が…起きた……?
出来事が新幹線の如く速く展開されるものだから礼二は混乱する。
1つ分かるとすれば、自分はまだ生きていることだ。
誰の仕業だろう―――命の恩人について考えていると後ろの獣のことを思い出す。
ガルゥ。
先ほどまで人間だった物を食した獣は喰い散らかした食べかすを前足で踏み潰し、礼二を睨みつけてきた。目と目が合う瞬間、新たな獲物目掛けて肉食獣を狩ろうと突撃する。彼は死を覚悟して目を閉じた。
………………
数秒待っても体に傷が出来る様子は無い。何が起きたのかが気になった礼二は目を開けた。
そこには獣の胴体を貫いた槍が、青白い炎を纏いながら地面に突き刺さっていた。
「そこのあなた、大丈夫?」
彼に対しての問いと同時に黒いローブを纏った金色に輝く髪を持つ女性が礼二の目前に現れる。
華奢な体に雪のような白い肌、高嶺の花をイメージさせる美人だった。
「おーい、大丈夫?」
「は、はい! 大丈夫です!」
彼女の美しさに見とれてボーっとしていた礼二。緊張のあまりに声が裏返る。
死ぬと思った途端に美女が出現とか誰でも驚きますわ。
「そう、なら良かったわ」
金髪女性は少年の安全に安堵し、微笑みながら言った。その時移った彼女の目は、自分とは別の誰かを映し出しているように感じる。礼二はなぜかこの光景に既視感を覚えた。
傍から見れば、互いの再開を目で語り合っているように見える。
見詰め合う2人の周りから唐突に獣の鳴き声が聞こえた。
「嘘だろ、こんな数どうすりゃいいんだ……」
暗闇の中からさっき襲ってきた獣が九体ほど姿を現し、礼二は慌てふためく。
1匹1匹の大きさは違えど、全てさっき襲っていた猛獣と同じようだ。
「ふふ…大丈夫よ……」
慌てる礼二を見ながら美女は余裕な笑みを浮かべる。
無力な少年1人に不思議な力を持つ女性が1人。彼女自身には自衛する力はあるかもしれないが、礼二の身の安全は保障できない。
「何が大丈夫だよ! この状況をどうにかできんの?」
不安と焦燥感に駆られて礼二は彼女に問い詰めるように尋ねる。
「簡単よ」
はっきりと言い切る彼女には絶対的な自信が感じ取れた。
金髪美女がそう告げた瞬間、彼女は両手を礼二の両頬に添えて口付けを行った。
「!?」
少年の唇を通して彼女の体温が伝わるような感じがした。
唐突な出来事ばかりで頭が付いていかない。
彼女がなぜそうしたのか、なんで俺は殺されかけているのか―――そう考えていたところに脳に風景が流れ出す。
緋色に染まりかける空。
木造の小屋を中心に集めた村。
人を喰らう二足歩行の獣。
スカーフを首に巻き真剣な表情をした青年。
彼は手に持った刀で襲い掛かる獣達を斬り刻む。
1枚1枚の風景が頭の中でイメージとして再構築されていく。
これは……
頭の中に流れていく映像はまるで誰かの記憶のように感じとれた。礼二がこの風景に既視感を感じた瞬間、彼の意識はフェードアウトしていった。




