1-0.プロローグ ~終わりの始まり~
山奥にある1つの村から黒い煙が立ち込める。
空へと上がっていくそれは、曇った空と同化していくように消えていく。
村を構成する木製の家は火に焙られ、あたりは猛獣の鳴き声と村人の断末魔が入り混じり、まるで想像上の地獄を表したような惨状だ。
状況は村に『魔獣』と呼ばれる異世界の生物が侵攻してきたことが始まりだった。
魔獣達は村人にのしかかり、鋭い爪を備えられた太い腕で体を貫いたり引き裂いたりして惨殺していく。奴らは人だった物を手で摘み、大きな口へ放り込んで味を噛み締める。
肉食獣が人を喰らう瞬間を見つめた村人達は、恐怖に怯えて逃げ惑うしかできなかった。
このままでは村人が全て食料になってしまう。
状況を鑑みて、村人を避難させるべく戦い続ける1人、通りすがりの魔術師がいた。
彼の名はダーク・ヴァンテイル。闇をイメージするような黒い短髪に輪郭の細い顔が特徴的な黒いローブを纏った魔術師だ。彼は3年前に魔術の修行を終え、実戦を積む為に世界を旅していた。
ダークは疑問に思う。
なぜこうなった……
村が襲われる5分前。
ダークは村を出ようと帰り支度をしていた。何の問題もなく支度も終わり、3日間の滞在を快く許してくれた村人に感謝をしようとしていたところに、猛獣が村を侵攻していると知らせがやってくる。
ダークは急いで門へと向かい、村の侵入者が侵攻している様を目撃した。
門の前には見張り番の村人が2人に対し猛獣は3体。
放っておけば助からない―――そう悟った彼は、今すぐ助太刀をしようとした瞬間、門番の2人は奴らに襲われてしまった。
門番2人の体はあちこち噛み付かれ、鋭い爪で引き裂かれていく。猛獣は裂いた肉塊を手で摘み、大きな口の中に放り込んで噛み始めた。
こいつら、肉食獣なのか?
初めて見る種類の肉食獣だった。鋭い爪を備えた太い両腕にトラのように細い足首。ティラノサウルスの前足と後ろ足の太さを逆にしたような風貌だ。
「きゃああああ!!!」
女性の悲鳴が1つ。門の近くに偶然通りかかった女性がいたようだ。
彼女は目の前で起きている惨状を見て無意識に叫んでしまう。
門の前にいた肉食獣は、声の主のいる方向へと顔を振り向かせた。
まずい、このままでは……!
この女の人は殺される。
予感したダークは女性の元へと走り出す。同時に魔獣も彼女の元へと走り出した。
ダークと魔獣が交差する瞬間、彼は腰にあった刀に手を掛ける。
「間に合えええええ!」
願いの篭った叫びと同時に刀を鞘から抜き出す。刃の行く先は獣の右腕を通り、胴体から分離させた。魔獣は痛みを感じたのか、悲痛と感じられる咆哮をし始める。
ダークは村の女性の前に立ち、獣による魔の手から逃がすことに成功した。
これが全ての始まりだった。
「逃げ遅れている人はこっちに。早く逃げろ!」
必死に叫び、生存者を探すもののダークの横を通った者は少なかった。本当はあちこち走り回って助けてあげたいのは山々だが、ここを離れてしまえば生存者たちの退路を失ってしまう。
今の自分に出来ることは退路の確保。人はそのまま通し、魔獣が通ろうとするものならば右手に持っている刀で斬りつける、そんな作業の繰り返し。
「誰か助けて!」
正面から民族衣装を纏った茶髪の女性が叫びながら走ってくるのが見える。彼女の頬には返り血とすすが付いていた。この地獄の中、残酷な光景を目の当たりにしながら懸命に生きようと考えてきた証にも思える。
女性の足は遅く、後ろから魔獣が迫ってきているのも見えてくる。気づいたダークは、村人を傷付けないように魔弾を当てることにした。左手を体から垂直に伸ばし、人差し指は銃口、手の全体を拳銃に見立てて狙いを定める。そして、体内にある魔力を人差し指に集中する。
「ちっ…撃てない…!」
茶髪の女性と魔獣の軸があまりずれていないため魔弾を撃つことができない。例え撃ったとしても、彼女に当たるかもしれない。
ダークの迷いを察知したのか、魔獣は目の前の女性目掛けて飛びかかる。のしかかれた女性は獣の体重を支えきれず、うつ伏せに倒れて魔獣が馬乗りするような形になった。
今だ、と思ったダークは人差し指を猛獣に向けながら魔力を指先に集中する。指先には魔力が溜まって丸くなり、野球ボールぐらいの大きさへと膨脹していく。
そうしている間にも女性は『死にたくない』という思いから暴れて魔獣の下から脱出を試みるも全く抜け出せる様子がない。魔獣が片腕の爪を彼女の背中にひっかこうとした瞬間、ダークは呟く。
「Shoot」
魔獣に対して大きな魔弾を放つ。放たれた魔弾は敵の頭に命中し、大きく吹き飛ばされる。必死に暴れていた茶髪の女性は自由になったことに気づき、すぐに立ち上がって離れようとする。
ダークは魔獣から離れた彼女をすぐさま迎え入れ、自分の後ろに通す。
「ありがとうございます!」
彼女はダークに対して大声で感謝をし、振り向かずに走り始める。彼はそれを他所に魔弾で飛ばした魔獣に止めを刺そうと目の前まで近づこうとした瞬間、何者かの気配を感じ取った。
もう来たのか……
1匹、2匹、3匹―――
回りを見渡すと、魔獣が彼の周りを囲んでいた。
近づいていくる魔獣はダークをどんどん追い詰めていく。迫りゆく敵の脅威を感じ、彼は一歩一歩後ろへと退いていた。種族の違う生物同士は睨み合い、互いの隙を窺う。
しびれを切らした魔獣の1匹がダークに襲い掛かってきた。
突進からの右腕の爪によるひっかき、と魔獣の動きを判断した彼は、魔獣の真正面から左に回りこんで構えていた刀による横薙ぎを与える。すると魔獣は上下に切断された。
仇討ちの為か別の魔獣がまた襲い掛かってくる。次は2匹、1匹は2時の方向、もう片方は7時の方向から来る。ダークは真正面を走りながら魔力で短剣を2本作り、それを1匹ずつに放り投げていく。魔獣に刺さったのを確認すると――
「Explosion」
静かに呟かれた一言。すると魔獣に刺さっていた短剣が爆発した。
魔獣だった物は腰から上が無くなり、バランスを崩して倒れていく。
作業と思わしき攻撃が3回ほど続き、ダークの体力は限界に近づいていた。
「数が多すぎる」
呟きながら周りを見渡す。血の匂いを嗅ぎつけたのか、獣たちがさらに群がってくる。
1、2、3……
数えるのが面倒になってきた。大雑把に見積もってもさっきの群れの2倍ぐらいに群れている。
普段ならばこれぐらいで簡単にへばらないのに今回に限っては違っていた。なぜならば、魔獣は不死身に近い生命体だからだ。腕や足を切ろうが、体に穴を何個も開けようが簡単に倒れてくれない。倒すならば頭を潰すか、大量出血を狙うかの2通りしか無いのだ。
そう考えている内に獣とダークとの距離はどんどん狭まっていく……
こいつらを野放しにするわけにはいかない。
ダークは逃げの思考を断ち切り、まっすぐに獣を見つめて右手で刀を持ち、左手から光剣を生み出す。
そして彼は獣に向かって走り出した。
先頭を立つ獣の前で大きく飛び上がり、左手の光剣3本を投げて呟く。
「Explosion!」
地面にささった光剣は輝きを増しながら三角形の陣を描いて起爆した。
刺激を受けた獣は遠吠えをし、ダークに向けて突撃してくる。彼はそれを上手く避けながら刀で胴体を切断。さらにもう1匹の突撃に対し、大きく飛び魔獣を飛び越える。またさらにもう1匹が空中で身動きが取れない彼に突撃を仕掛ける。
直撃は逃れたい―――そう感じた彼はやむを得なく魔術で防御壁を生成する。
しかし、防御壁は魔法や直接攻撃を防ぐことはできても衝撃まで防ぐことはできない。
案の定、魔獣の突撃を受けたダークは大いに吹き飛ばされた。
牙とか鋭利な物に触れていないだけでも幸いだが、力任せで思い切り地面に叩きつけられたのはとても痛い。数秒間、体を動かすことは出来なかった。
こうして倒れている間にも獣たちに囲まれていく。
死ぬのかな…
体力や魔力は限界。周りには常識の通用しない生物に囲まれて状況は絶望的。しかし、こいつらを世に放つわけにはいかない。これが原因で世界が滅亡の道を辿る可能性がある。
魔獣が彼の元へと歩み寄る中、ダークは考える。
じゃあ…あれを使うしか無いな。
神獣招来。彼の中に眠る悪魔神・バモンをこの世界に具現化し、破壊の限りを尽くす召喚術である。周囲の魔獣を一掃することも可能だが、代償として悪魔神の力に召喚主の体が耐え切れず死亡してしまう可能性がある。
ダークは構えていた刀を地面に突き刺し、首に掛けていた漆黒のペンダントを握り始めた。
ここで俺は死んでしまうかもしれない。俺の命1つで世界が救われるのなら……それは本望だ。
ダークが魔術を学び始めた理由は人を救うためだという。
それはきっと彼の弟子達も同じ志を持っているだろう。そして彼女も。
ダークは微笑みながら獣の群れへと歩みだした。群れまで残り3メートルの地点で呟く。
「神獣招来」
呟きと共に、彼は黒い光に包まれた。
この日を境にダーク・ヴァンテイルを見た者は誰もいない。




