1-13.復讐の時
軍に入隊してから2週間が経過した。
礼二とレイチェルは己の弱点を克服すべく、訓練の日々を送っていた。
礼二は体力・魔術・戦い方など一通り、レイチェルは体力を鍛えるメニューだ。
毎日朝の9時から夜の9時までギッシリと訓練スケジュールが組まれており、休む暇なんて与えてくれない。
本来はここまでギッチリと訓練している訳ではないらしく、大体は夕方頃に終わると別の隊員から聞いている。理由は『怪奇殺人事件』の犯人の居場所が分かった際に突入するメンバーとして礼二とレイチェルが選ばれているからだ。
これはクロードからの指名ではなく礼二からの希望だ。
突入メンバーに入隊1ヶ月も満たない新人を実戦投入することを聞いたバトラは猛反対をしていたが、それは礼二の強い意志で押しのけた。
だからこそ、今のハードスケジュールに礼二は弱音を吐くわけにはいかない。
この事件でメンバーとして力を認められ、魔獣に襲われる人たちを守るために。
親の仇を取るためであり、自分と同じ人を生み出さないために。
◇ ◇
朝の7時、外は明るくて部屋のカーテンの隙間から朝日が差し込んでくる。
光に反応したか、枕元にある目覚まし時計が鳴り始めた。
音は礼二の頭上から鳴り響き、彼の目覚めを助長する。
「…ぅ…ん……」
重い体を無理矢理起こし、目覚まし時計を止める。
体の筋肉を1度伸ばすために欠伸びを行い、体を洗面台へと動かす。
ハードスケジュールな毎日で体にはだる気を感じるが、慣れてしまえばどうということは無い。
顔を洗って眠気を飛ばすと、ベッドの近くにあるテーブルに置いてあった部隊専用に配布される携帯に手をかけた。
端末のメール画面を開いて、新着メールをチェックする。
その中で1件気になるメールを発見した。
Title:『召集令』
text :6月15日 朝9時より部隊のミーティング室に集合。
簡素にまとめられた一文だった。
いつもであれば訓練の始まる時間ではあるが、礼二を呼び出す辺りからして可能性は1つ。
『怪奇殺人』の犯人の居場所が分かったのだ。
朝の8時50分。礼二は朝御飯を食べると、部隊のミーティング室に向かっていた。
ようやく犯人の居場所が見つかったのだろうか……
クロードから聞いた話によれば、事件を引き起こした犯人の足取りは彼の補佐であるエリゼ・ラインを中心とした調査班が調べているらしい。だが犯人は用心深いのか、あまり証拠を残さずに一件一件の事件を引き起こしているためか、調査にはとても時間がかかりそうだと聞かされている。
礼二はエリゼが調べた結果を早く聞きたくてそわそわしていた。
「どうしたよ新人、緊張でもしてんのかよ」
声を掛けてきたのは、茶髪で耳にピアスを付けたチャラそうな男性軍人だった。
集合場所の前でそわそわしながら待っているところを見られたかもしれないと感じた礼二は初対面の人だと知ってからあたふたし始める。
「あ、はい…緊張しているかもしれません」
今感じるのは緊張と違うかもしれないが、初対面の人に今考えていることを話すのはさすがに引かれるだろう。目の前の男性には無難な回答で腹の底を見られないように振舞った。
「そうか、あんまり気負いすんなよ…新人くん!」
そう言いながら茶髪の男性はミーティング室の中に入ろうとする。
「あの…! まだ時間になっていないんじゃ……」
「いいじゃねぇか。そこで待って不審に見られるよか断然マシだぜ?」
勝手に入ろうとする彼を礼二は制止するも、軽く言い負かされる。
不審者…俺、不審者に見られてたの?
さっきの言葉が気がかりになって思い悩んでいると、それに気付いた茶髪の男性は一言加えた。
「おい…そこは言葉のあやだって…あんま気にすんなよ……」
彼は控え気味に言うと、礼二は意図を理解したのか、さらにおどおどし始める。
「あ…あ…あ…すみません! 動揺しちゃいまして……あの、えーと…」
「ミハエル。ミハエル・ロンド軍曹だ。よろしくな!」
茶髪の軍人は、礼二が名前を知らないことを悟ったのか、彼に対して名乗り始めた。
チャラそうな風貌ではあるがいい人なのかも知れない。
「私は神原礼二一等兵であります!」
ミハエルの爽やかな自己紹介に誘われて礼二も同じようなテンションで自己紹介し始める。
「神原…聞いたこと無い名前だな…まさか、君が最近入った中学生の軍人かい?」
「はい、3週間前ぐらいから入隊しました」
自分の名前が隊員に知らされていない―――ということは、今日で全員に知らせるのかな。
「あぁ…そうなのか! そんじゃよろしくな、一等兵!」
ミハエルはそう言いながら、部屋の後ろにあったパイプ椅子に座った。
礼二も彼に見習い、適当なパイプ椅子に座って集合時間になるまで待つことにした。
朝の9時。
集合時間の時間となり、特殊部隊のミーティング室には礼二とレイチェルを含む6名の隊員が集まっていた。だが、肝心の召集をかけた隊長殿は時間になってもまだ来ていない。
周りを見渡すと、ミハエルを含めていろいろな人が集まっていることを知る。
坊主頭の日系人男性、日本人らしき黒髪の男、栗色の髪をした北米人女性。
特徴もはっきりと分かれていて、全員が個性的な人物のようにも思える。
礼二が周りの人間観察を行っていると、隣に座っていたレイチェルは彼に耳打ちをしてきた。
「ねぇ、あの男遅くない? いつも偉ぶっているのにこんな時に限って……」
彼女が言う『あの男』というのは恐らくクロードのことだろう。口振りからすると、彼のことを相当嫌っているようだ。
入隊早々に部隊のトップが嫌いとか前途多難だな…―――そう考えていると、閉まっていた部屋のドアに手をかける音が聞こえた。
「あ、今来そうだね」
レイチェルに対して答えると、ドアがどんどん開かれていく。
「待たせてすまない。ミーティングを始めようか」
扉から入ってきたのはクロードとエリゼだ。
クロードは先に集まった隊員に謝りながら、部屋の前方にあるモニターの前に立った。
「さて、君達に集まってもらったのは他でもない。まずは新人の紹介から入ろうか」
隊長殿は周りを見渡して今月に入った新人を探す。
「お、そこにいたか。前に出たまえ」
そう指示されて礼二とレイチェルはモニターの前へと出た。
クロードは司会進行の役割を演じるように、新人の2人に話を振った。
「この2人が今月から入った新人となる。1人1人自己紹介を頼む」
「はい、今月より特殊部隊所属になりました神原礼二です。階級は一等兵です。よろしくお願いします」
「左に同じく特殊部隊配属になったレイチェル・フラッドよ。よろしく」
礼二とレイチェルが自己紹介を行うと、前にいた隊員たちは歓迎の意を込めた拍手で迎え入れた。
「よし、戻っていいぞ」
新人2人はクロードの指示に従って元の席に戻った。
彼は2人が席に戻るのを確認した後、モニターに映像を出力した。
「さて、本題に移るとしようか」
モニターに出力されたのは血の海となった現場の画像。その他には証拠品らしき物の画像まで添付されていた。
「今回集まってもらったのは…君らに『怪奇殺人事件』の犯人の拠点に潜入して欲しいからだ。そして今回から新人の2人にも制圧任務に関わってもらう」
「「ええぇっ!?」」
クロードの新人登用宣言を聞いて、部隊の隊員たちは動揺する。
この反応は当たり前だろう。
入隊して1ヶ月。ましてや1人は現役の中学生として勉学に励んでいるはずだからだ。
こんなド新人に危険な制圧任務に関わらせるというのか、隊員たちはそんな考えで統一されていた。
動揺する隊員の中から1人、黒髪の日本人らしき人物が挙手をしながら尋ねる。
「大佐殿、失礼いたします。今回の制圧任務で本当に新人2人を行かせるおつもりでしょうか?
彼らはまだ1ヶ月も経っていないんですよね?」
クロードの真意に疑いを持った黒髪男性は、彼の目を凝視しながら言った。
クロードは黒髪男性の威圧がかっている眼光に動じずに答えた。
「あぁ…本気だ。今回の任務には彼らも同伴する」
彼らの疑心は確信へと変わり、更なる動揺を生んだ。
新人2人の同伴を推薦する隊長殿はその様を冷たい目で見続ける。
「ふむ、君らはどうしても彼ら2人を同伴したくないと言うのだな?」
クロードは右手の親指を顎下に添え、隊員たちの真意を確かめ始めた。
「そうですよ! 魔術が扱えるからといって、すぐに実戦投入なんて危険すぎます!」
「ほんとですよ。新人の身に何かあったらどうするんですか…さすがに守りきれませんよ」
確かに今回の任務に入隊1ヶ月目の新人を投入するなど、大きなリスクが伴う。
実戦での状況判断、実力不足による大怪我であったりなど、多くの難点がある。
隊員たちはそのことを話しているのだ。
予想通りの状況になってしまったといわんばかりの困り顔を表に出すクロード。
彼は片手で髪をかきながら対応について考える。
そして、諦めたような口調で誰かに告げた。
「残念だが、新人の出撃は厳しそうだぞ、神原一等兵」
この一言で現役隊員たちの視線が礼二に向けられた。
事情を知っている礼二も驚いた顔をしていて、一瞬にして回りの注目の的になっていた。
なんでバラしますかねぇ……
この話はクロードから他言無用と聞いていたからだ。それを自分で破っていくとは誰が思うだろうか。
「神原一等兵、予定変更だ。他の隊員たちが納得のいく説明をしてほしい」
予定変更。
唐突にそう言われて戸惑う礼二。
説明というのは、なぜ出撃したいのかを話せばいいのだろうか。
礼二はどうやって周りを説得するかを考える。
しかし、彼には交渉術など身についておらず、説得するための策はない。
ならば、言いたい事を伝えるまでだ。
礼二は考えていたことを頭の中でまとめ始める。
1度目を瞑り、深呼吸をしてモニター前に出ることを決心した。
「神原一等兵、説明はできるか?」
「はい」
礼二がモニター前に出ると、他の隊員はシーンと沈黙の空気に包まれる。
「まず、私が軍隊に入ることになった経緯からお話します」
軍隊に入った経緯。
それは『怪奇殺人』事件の被害を抑えていた魔術師の1人であったこと。
そうであったために、家族まで巻き込んでしまったこと。
家族は全滅して自分1人が残り、路頭に迷っていたこと。
そして、なぜ『怪奇殺人事件』に関わるようになってしまったのか。
特殊部隊に入るまでの経緯も含めての一通りを彼らに話した。
礼二が全てを話してから、ミーティングルームは沈黙状態になっていた。
「マジかよ……」
場の硬直状態を解いたのはミハエル。
彼に続き、他の隊員も口ずさみ始める。
「こんな子供が……」
「胸糞悪い話だな……」
他の隊員は驚きふためいているところではあったが、1人だけ冷静な発言をした。
「再確認なのだが、君は親の仇を取るために作戦に参加するつもりなのだな?」
「はい…! 私は入隊から今日までの日を人民を守ることと、親の仇を取るために訓練に励んでいました……!」
黒髪の日系人は、礼二の意志を確認するように低い声色で尋ねる。
それに対し礼二は、自分自身の思いをぶつけた。
黒髪の軍人は少し悩むように目を閉じながら腕を組んだ。
数秒後、彼の目は見開き、口を開いた。
室内の隊員全員の視線は、黒髪の軍人へと集中する。
「いいだろう。だが、現場では自分の身は自分で守るように。危険だと感じたらすぐに撤退しろ」
彼の一言を聞いて、礼二の目と口は開きっぱなしになったままフリーズする。
反対されると思っていたことが、予想外に上手くいってしまったからだ。
「ありがとうございます! ありがとうございます…!」
嬉しさと認めてもらえたような感じがしてとても嬉しい。
礼二は感激のあまりに自然とガッツポーズをしていた。
彼の喜ぶ様を見て、レイチェルとミハエルは賞賛の言葉を送る。
「良かったわね!」
「頑張れよ、新人!」
そう言いながらミハエルは礼二の首元に腕を巻き込み、スリーパーホールドを掛けている形になった。
「ちょ、ちょっとやめてください!」
技を掛けられた新人は、仕掛けた先輩に対して抵抗をする。
しかし、ミハエルは力を強くせずに技も解こうとしない。
傍から見れば嫌がらせのような接し方ではあるが、礼二から見ればミハエルの愛情表現の1つなのだと悟った。
礼二とミハエルがじゃれあっているところにクロードは3回ほど咳をした。
「そろそろいいかな? 神原一等兵は全員の説得は成功したみたいだし」
「は、はい! 失礼いたしました!」
「あ、はい! チャンスをいただきありがとうございました!」
仲良くなった新人と先輩ペアは、クロードに対して敬礼を行いながら謝罪する。
部隊の隊長殿は、自身が引き入れた新人が隊員たちと親しめているところを見て少し微笑むと、すぐに仕事の顔へと切り替えた。
「さて、今回の任務は新人を含めることに決まったところで、話を戻すぞ」
クロードは再びモニターの前に立ち、事件の犯人について説明し始める。
「まず事件の犯人はこいつだ」
モニターに表示された男の顔画像。
細めの輪郭に、人生に苦労したようなしわが顔のあちこちに見られる。
「彼の名は朝倉宗治朗。前に魔術協会を主席で卒業した科学者だ」
「魔術協会?」
聞いたことも無い単語を聞いて、礼二は無意識に呟いていた。
それを聞いたレイチェルは彼に疑問の答えを教えた。
「魔術協会ねぇ…世界中から魔術について学びたい人たちが集まる学院よ。私のいた時代でもあったわ……まさか、この時代でもまだ残っているとは思わなかったわ」
「その時代からあったの!?」
彼女がいた時代―――すなわち100年前ということだろうが、魔術自体が歴史ある技術であるらしいから昔からあったのだろう。
「大佐殿、なぜこの事件に彼が関わっていると感じられたのですか?」
礼二が魔術協会の存在について考察していると、黒髪の日系人はクロードに対して尋ねた。
確かに…証拠も無しに犯人として扱うのは政府が絡んでいる軍としてありえないだろう。
どうやって犯人の特定を行ったのかが気になるところだ。
クロードは質問を予測していたのか、モニターに新たな画像を表示させる。
「これは現場に残っていた証拠品だ」
表示されたのは魔獣の肉片と何らかの機械。
礼二はこれらが意味していることを全く分からなかった。
「左にある肉片からは、最近まで魔獣狩りをしていたフラッド一等兵と神原一等兵のものとは異なる魔力の反応が出た。その持ち主が彼、朝倉宗治朗だ」
礼二はモニターの画像と朝倉宗治朗という男の関係性について疑問を抱いた。
彼と同じ考えを持ったのか、黒髪の軍人は尋ねる。
「大佐殿、なぜ魔獣にあの男の魔力が感知されたら犯人扱いになるのでしょうか?」
確かに。魔獣に魔力が検知されていたからといって、犯人扱いをするのはおかしい。
そうするからには何らかの理由があるのだろう。
「次にこれを見て欲しい」
クロードは手に持っていたリモコンでモニターに表示された画像を変化させた。
表示されたのは何らかの書類だ。
「これは魔術協会で、彼が発表したと言われる論文『獣人化計画』だ」
表紙とされる紙面には『獣人化計画』と書かれている。
この論文と今回の事件にどんな関係性があるのだろうか。
疑問はクロードが続きを話すことによって解消される。
「論文の内容にはこう書かれている。
『異世界に存在するといわれる不死に近い生物・魔獣。奴らの不死の力を人間に取り込むための論文である』と」
「魔獣の力を人間に……!?」
力を求めるだけの狂気染みた論文に見える。
礼二と同じことを考えたのか、レイチェルを始めとした他の隊員たちも驚く。
クロードはそのまま結論を話し始めた。
「この論文と魔力の反応から、この地域に魔獣を放ったのが朝倉であると判断している。奴の潜伏先と思われる場所も洗い出した」
大佐はモニターの画面を切り替えながら、潜伏先の地図を表示させた。地図の周囲を見てみると、高坂市の海沿いにある港の位置を表示させているように感じる。
そして地図は一部をマークアップして、その部分の縮小率が上がる。
「場所は高坂市の海沿いにある廃工場だ。そこから微量ながら朝倉の魔力反応が感じ取れたため、ここが奴の本拠地だと思われる。皆にはここの潜入を頼みたい。何か質問のある者はいるか?」
クロードによる作戦の説明は終え、隊員の全員は沈黙する。
質問は無いと受け取った大佐はミーティングの打ち切り宣言をする。
「これでミーティングを終了、作戦の決行は19時とする。それまでの間に新人達に動き方についてレクチャーしてやってくれ。それでは解散!」
クロードは表示させていたモニターの電源を切り、ミーティングルームから去った。
それを見た黒髪の軍人は礼二とレイチェルの元へと近づき―――
「初めまして、私は遠藤俊介だ。あまり時間は無いわけだし、隊列行動レクチャーを行うぞ」
作戦開始までの時間、礼二とレイチェルは遠藤による隊列行動レクチャーを受けることになった。




