1-12.転機
礼二とレイチェルが特殊部隊に正式に配属されて翌日。
隊長にあたるクロードから特別訓練を受けて来いとのお達しが礼二に渡っていた。
訓練か……
礼二は兵舎の近くにある食堂にて朝御飯を食べながら物思いにふけっていた。
なぜだろう。レイチェルとの特訓は楽しく感じたのに、『訓練』と聞くとなぜか楽しいように感じられない。軍隊の『訓練』といえば過酷なものだとかテレビとかで見ているからかな……
テレビで見たような訓練をやることとなると、気が重くなって朝御飯の白米があまり喉を通らない。
「おはよう」
ふあぁ…と欠伸をしながら礼二に朝の挨拶をする金髪の女性がいた。
「おはよう、レイチェル。あまり眠れなかった?」
レイチェルは眠そうに目を擦り続ける。本当に眠れなかったのか、少し不機嫌そうな声で彼の問いに答えた。
「そうね…。いつもはどこかのホテルを取って寝てるんだけど、ここも同じかなと思って寝ていると、なぜか目が冴えるのよね…ここら辺一帯に魔力が集まっているからかしら……」
さりげにレイチェルの生活がどんな感じだったのかを聞くことができて嬉しかったが、礼二は気になる一言を聞いて首を傾げる。
「え…魔力って感じ取れるもんなの?」
「うそっ!? あなた全く感じてなかったの!?」
魔術の師匠にあたる彼女はありえないと驚きを隠せないぐらいに表情を変える。
エ…ソレッテモシカシテ重要ナコトダッタノ?
彼女が予想外に驚いている理由を知らず、礼二は嫌な予感を感じ取っていた。
レイチェルは少し考え、ハッと閃いたように彼に話した。
「そうね…そういえば、あなたには魔力の感知については何も離していなかったわね…」
手は目を隠すように顔に添えられ、魔術の師匠は自身の指導不足を嘆く。
少しすると頭を震わせ、弟子にあたる少年へアウトプットを施す。
「まず始めに聞くけど、礼二は魔獣と戦っている間とか、何か違和感は感じなかった?」
「違和感?」
「うーん…なんて言うんだろ…普通の空間では感じられないような違和感みたいな」
レイチェルはこれから『魔力の感知』についての講義を行うのか、礼二に質問を仕掛けた。
彼は戦いの時の記憶を思い出そうとするも、それらしきものは全く思い出せなかった。
「ごめん、全く思い出せない……」
礼二は彼女の視線を逸らしながら答える。本当に何も分からないと悟ったレイチェルは、愚弟に魔力の感知についての講義を行った。
「そう……まぁいいわ。魔力のような大きな力はね、1度使うと辺りに微量に残るものなの。魔獣が出てきたときなんて、魔界からのゲートが開かれる時に使用された魔力が当たりに散らばっているはずよ」
「そうだったのか……」
簡単に言えば、原子爆弾で被災した場所に残っている汚染物質みたいなものか。
礼二はなんとなくな例えを用いて、魔術の師匠の説明を理解する。
「魔力が感知できるってことはよく分かったけど、それとレイチェルが眠れないのって何か関係あるの?」
「それがね…ここに来るまでは、魔力の感じないところで寝るのが普通だったから、体が対応してくれなかったみたい……」
「あー…なるほど」
要は環境の変化によるものといったところか。完全そうに見える人でもやっぱり欠点というのはあるものだな。
礼二は内心、未だ環境に適応し切れていないレイチェルを微笑ましく思った。
そう感じて視線が上に向いた瞬間、時計が視界に映る。
時刻は朝の8時30分。
クロードが言うには訓練は朝の9時厳守らしく、遅れると何らかの罰を与えるらしい。
「やばっ!? レイチェル、早くご飯食べて!」
未だ眠そうにトロトロ動いている彼女を椅子に座らせ、礼二は食事の受け取り口から1食分の食事を受け取る。そしてそれを彼女の前に差し出した。
「…う…ん……」
目の前にある食事を無視して睡魔と戯れている彼女を見て、礼二は力を抑えて往復ビンタを行う。
「おい、起きろー」
うーん、とうなされたまま、あまり反応が無い。
どうしたものか……
約束の時間まで残り30分。反応が無いどころか、彼女は再び眠りに付こうとしている。
礼二は溜息をつくと、レイチェルの耳元に近づき、息を吹きかけた。
「ひゃあ!!」
普段の態度からは想像できない甲高い声を発したため、礼二は目を見開いて唖然とする。
一方、耳に息を吹きかけられた金髪の女性は状況が分からないせいか、周りをキョロキョロと見渡していた。そして、彼女の視線は礼二へと移り行き―――
「ねぇ…あなたでしょ?」
表柄は満面な笑みを飾っているが、声色は普段よりも低い。なにこれ怖い。
「仕方ないだろ。起こそうとしても全く起きなかったんだから」
ごもっともな理由を話したが、そんなことは彼女にとって意味も無く―――
「いいわ。今のはチャラにするから何かおごりなさい」
感謝どころか、取引を持ちかけられた。俺は何か悪いことしたかな……
嫌な展開へと物事が進んだような気がするが、礼二はそれを気にしないことにせず、食事を早く進めるよう彼女に促した。
◇ ◇
訓練所には9時2分前に辿りついた。
礼二がレイチェルを強引に起こした後に起きた問題は、彼女の食事のスピードが遅いという点だった。
ゆったりゆったりと食べる様を見ながら、約束の時間に間に合うかがとても気が気で居られなかった。
結果的にはなんとか間に合ったのだが……
訓練所らしき建物に入るも、待っている者はいなかった。
まだ誰も来ていない事を礼二は確認すると―――
「良かったぁ…まだ誰も来ていないみたいだ」
本来であれば、5~10分前行動を心がけるべきではあるが、今日に限ってはそれが守りきれていない。待ち合わせている相手が先に来ていたら、いろいろ言われるところかもしれないが、来ていないからこそ助かっている。
「いや、私がいるぞ」
礼二はほっと安心しきっていると、野太い声が施設内に響き渡った。
どこからだろう、と彼は見渡すも声の主は見当たらない。
「上から監視しているなんて、あまり褒められたものじゃないわね」
レイチェルは溜息をつきながら、施設内に響き渡るような声量で訴えた。
え、上から?
ここに忍者でもいるのかと思いながら天井を見上げるも、それらしき人物は見当たらない。
すると、重い物が高いところから落ちたような音が聞こえた。
音のした方向へと目を向けると、そこにはがたいの良い大男が立っていた。
「約束の2分前に来るとはいい度胸じゃないか」
大男は俄然とした態度で迎え入れた。この態度が気に入らなかったのか、レイチェルは不機嫌そうな態度で言い返す。
「細かいことを言っていると女性にモテないわよ?」
笑顔で言う辺りちょっと怖い。
「ふん、貴様のように適当な女など相手にせぬわ」
「あの…あなたが今日行う訓練の指導者さんですか?」
この人が女受け悪いかもしれないというのは置いといて、重要なのは彼が訓練の指導員かどうかである。礼二は男に尋ねた。
「おっと紹介が遅れたな。私は特殊部隊の訓練長、バトラ・クライン少尉だ」
「俺は神原礼二です」
「レイチェル・フラッドよ」
互いに紹介を終え、バトラは担いでいたバッグを開き始めた。
中からは剣と杖らしきものが出てくる。
「これは……」
気になった礼二はいつの間にか疑問を声に出していた。
「これは魔術師として戦うための武器で『魔具』と呼ばれている。左にあるのは魔力の通りを良くした剣と、さらに魔力が通りやすくなっている杖だ」
「へぇ…そんな武器があるんですね…」
礼二は感嘆の声を漏らしながら並べられた武器を眺める。
精製で武器を作ることができるのに、こういう道具は必要なのか。
彼はそう思ったのだが、実在する武器を使えば魔力の節約になることに気付いて魔具の存在に納得する。
「まずは君らが使いたい武器から選ぼう」
バトラは二つの武器を礼二とレイチェルに差し出す。
「私はいらないわ。この槍あるし」
レイチェルはそう言いながら虚空から槍を取り出した。その様を見たバトラは驚く。
「ほぅ…貴様は専用の武器を持っておるのか…後は神原一等兵だけだな」
礼二は差し出された二つの武器を眺め、1度持っては素振りを行ったりした。
少し悩んだものの、精製で作成された長剣を使って戦っていることを思い出して剣を選ぶことにする。
「では、剣を選びますね」
杖はバトラへと返却し、礼二は長剣を横や縦の軽い素振りを行う。
渡された杖をバトラはバッグの中にしまう。
ちゃんと収納されたことを確認すると、礼二達の方向に向き直り―――
「よし、まずは神原一等兵の実力を見よう」
「へ?」
実力を見ようというのは模擬戦でも行う気だろうか。魔術で対人戦とかアリかよ…
礼二の中では魔術を行使することは『魔獣と対峙する時だけ』と考えていた。
しかし、バトラ少尉の言う『実力』とは、『魔術を使った戦闘』のことを指すだろう。
そう考えた礼二は念のため、バトラに確認を取ってみることにした。
「あの…実力を見るというのは具体的に何をするのでしょうか…?」
「決まっているだろう。魔術を使った模擬戦だ」
予想通りでした。
結局やらなきゃいけないのか―――礼二は頭をかきながら困った表情をする。
「さぁやるぞ。武器を構えろ」
バトラは彼から数メートル距離を取りながら言った。
「待ってください! 俺は剣を使って魔術で戦ったことはありません!」
「どういうことだ?」
少年の言ったことを理解していないような顔をするバトラ。彼を納得させようと礼二は今までやってきた戦闘について説明する。
「なるほど。なら、貴様は精製で生んだ長剣で戦っていたのか」
「はい、魔力で生まれた長剣なら軽いんですけど、今もっている剣はアレよりも重いんです」
礼二は一通りの説明を終え、剣を持たない戦いを望んでいることを交渉する。
「いいだろう。だが、扱いには気をつけろ。アレは手軽に扱える分、制御し続けるのは難しい」
「ありがとうございます」
「いい、これは貴様の実力を測るための模擬戦だ。思い切ってかかってこい」
バトラは礼二にそう告げると、虚空から柄の長い大斧・ハルバードを取り出して構え始める。それがバトラ・クラインの得物のようだ。
「レイチェル一等兵、始めの合図を頼めるか?」
「いいわよ。2人とも準備はいいかしら?」
互いに向き合う両者。間には緊迫した空気が漂っている。
「レディ……ファイト!!」
レイチェルの掛け声と共に両者は距離を詰め始める。
◇ ◇
5分後。礼二はバトラとの模擬戦に負けた。
「はぁ……はぁ………全く攻撃が当たらない……」
訓練所の中心で礼二が仰向けに寝転がっている。体の数箇所には打ち身ができ、体力は限界に近い。
「まだまだだな」
寝転がる彼の前に立ちはだかる1人の大男。バトラ・クラインは礼二の敗因を説き始めた。
「全体的に体力が足りない。実体の剣を使わないから魔力を大きく使うのだ。攻め方もチンピラのようだし、太刀筋も素人にしか見えん」
「素人だよ!」
素人と聞いて反応し、ツッコミを入れてしまう。魔獣と戦い始めたのは、まだ1ヶ月も経っていないから素人なのは当たり前だ。
バトラは敗因を述べた後、今後の訓練方針について話し始めた。
「やはり…体力増強や肉体改造から始めないとな…後は実態の剣を使った戦闘の立ち回りについて教示してやらねばならんな」
ピンポイントに訓練方針を述べてくるものだと思ったのだが、蓋を開けてみれば全部やる必要があることを改めて知った。元々ただの中学生であった礼二に、体力や戦闘の立ち回りなど熟知している訳がない。
「次はレイチェル一等兵、君の実力を見よう」
「まだ体力あるんだ……」
1度1度の戦闘はとても体力を使うはずなのに、あの人はとてもピンピンとしている。
礼二との模擬戦ではあまり動いてはいなかったし、接近戦なんて微かな動作で避けられるぐらいだ。
あまり体力を使わなかったのか、それとも有り余る体力を持っているのか。
そう考えるのはどうでもよく、礼二はバトラの持つ体力を見て、軍人とはそういうものなんだなと考えることにした。




