1-11.変わりゆく生活
今日、一組の夫婦が死んだ。1人の子供を残して。
キャリア志向が強く、子供に勉強の毎日を押し付けていた母親。
家族を養おうという思いから仕事漬けの毎日で、子供のことを見ていなかった父親。
今日に限ってタイミング悪く集まっていたらしく、その瞬間に魔獣に襲われた。
残った子供は特殊部隊の部隊長に、駐屯兵が住む兵舎へと連れられていた。
4つある兵舎の内装はアパートのような構造をしており、一室一室に各種家電があるという素晴らしい特点付きだった。本来であれば家賃ありきで住めるところなのだが、連れられた部隊長さんから特別に無料で貸してもらえることになった。
優遇された部屋の中に備わったベッドの上で、神原礼二は仰向けに寝転がっている。
部屋の照明は真っ暗で、テレビの音は全く聞こえない。
時間は夜の8時を越えており、普段ならば勉強に勤しんでいるところではあるが、今日はそれを強要する人物はもういない。
礼二は額の上に右手を乗せながら家族との思い出に浸っていた。
頭の中から浮き上がるのは幼少期に見た母親と父親の笑顔。
うちの家族にもこんな時期あったんだ……
思い出しながらしみじみと思う。あんな冷戦じみた家庭が生まれたのはいつ頃だろうか。
中学校に入った頃だったような覚えが……
家庭の平和を打ち壊したのは母親のある一言が原因だ。
「母さんね、高校に行ったこと無くて、学歴の低さで就職活動するのが大変だったのよ。礼二にもそんな思いをさせたくないから、今はしっかり勉強をやってちょうだい。しっかりサポートするから」
後日、父親に聞けば、母の実家はかなり貧乏だったらしく、高校に行くほどのお金が無かったらしい。
やむを得ず、中卒の状態で就職先を探していたらしく、働き先が見つけるのがとても大変だったと聞かされていた。
大変な目にあって欲しくない、という息子への思いが母親の中で芽生え、中学生の礼二を受験戦争に関わらせたのだ。
表では母を憎む礼二であったが、この事情を知ってからはあまり憎むことは出来ない。
だからこそ、両親が死んでしまったという事実は彼の心に深く突き刺ささる。
なんで俺の親まで巻き込まれたんだろう……
根本的な疑問が礼二の頭をよぎる。
なんで俺の親が狙われたんだろう……
まさか自分が魔術師になったことに関係があるのではないだろうかと考え始める。
礼二は窓から見える月を虚ろげに眺めながら、最悪な現実から目を背けた。
◇ ◇
「……い…じ……」
頭の上から何かの音が聞こえる。
昨日は両親の死についてどう立ち向かうかを悶々としている内に深夜になっていた。
寝始めたのは夜の3時頃で、朝早くから起こされるのはとてもキツイ。
「……い…じ……」
次に体全体がぐわんぐわんと揺れだす。脳を揺さぶられて頭が痛い。
睡眠を続けるのは不可能と判断したのか、礼二の意識は現実世界へと目覚める。
薄らと瞼を広げると、金髪女性が微かに見えた。
「礼二、起きて!」
礼二の上半身を揺さぶるレイチェルが目の前にいた。
「うわぅわー、やめろー」
彼はとても気だるそうに、体を揺さぶるのをやめるよう声を上げた。
レイチェルは彼の要望に答えると、礼二の両肩から手を放した。
下半身の支えしか無くなった彼の上半身は、徐々に床から水平になるように曲がり始める。
金髪女性は心配そうに少年の顔を見ようとすると―――
「すー……すー……」
寝息を立てる音が聞こえた。レイチェルは溜息をつきながら疲れている彼を目の前で見守ることに決めた。
時刻は午後1時を迎えようとしている。
未だ眠ったままの神原礼二を見守るレイチェルがいた。
「…ん…ん……」
ベッドで眠る礼二が起きるような声が聞こえた。
「やっと起きた?」
隣にいたレイチェルは呆れながら眠り王子に問いかける。
彼は少しぼーっとしていたが、現状を認識した瞬間、慌て始めた。
「レ、レイチェル! なんでお前がここにいるんだ!?」
「なんでって…ここは軍の施設でしょう?」
軍の施設……!?
寝ぼけた脳内の記憶を参照してみると、昨日の夜に軍隊の兵舎に泊まることになったとのことを思い出した。家と両親を失い、軍隊として入隊することで身元を引き取られることも。
「もう…俺は1人なんだな……」
沈黙に包まれていた空間で響く呟き。礼二の声からは悲哀や切なさが感じ取れた。
辛い家庭環境だったとはいえ、普通に生活するには十分な環境。一夜にして全てが消えてしまったことを思うととても心苦しい。大きな力を扱える少年でも、この現実を受け止めるのはひどく酷なものだ。
「いいえ…あなたは1人じゃないわ」
そう言いながら傷心状態にある少年を前から抱きしめる金髪女性。礼二の背中に回された手は、手の平をぴたりと密着させ、ほんのりと体温を感じ取れた。やがて、彼女は彼の左肩に顔をうずめた。
「あなたは1人じゃない……」
再び言葉が耳に囁かれると、礼二はハッとしたように目を見開かせ、体を少し震わせる。
そして彼は手をレイチェルの背中に回し、顔を彼女の右肩にうずめる。
「……あ……あぁ……」
礼二の目頭は熱くなり、言葉にならない嗚咽を出しながらレイチェルを強く抱きしめる。
今の彼にとって彼女は、いつの間にか家族以外の大切な存在へとランクアップしていて、それを離さないよう強く抱きしめ続けた。
◇ ◇
礼二が起床して30分が経過した。
彼はレイチェルのところから離れ、ベッドの上に体育座りをしていた。対するレイチェルは、彼を目の前にして床に正座をしている。
「もう大丈夫?」
先程はとてもみっともない姿を見せてしまったためか、彼女からは心配そうに声をかけられる。
「あぁ…大丈夫……」
礼二はレイチェルに目を合わせず、口だけで答える。
無理もない。思春期の男性は手をつなげるだけでも恥ずかしいのに、抱きしめるとなると、それ以上の恥ずかしさを感じる。
シーン…と静まり返る部屋の中で、2人は沈黙する。
両膝に顔を埋めていた礼二はチラリとレイチェルを見ると、彼女は全く動じていなかった。
何か負けた気がする……
これが大人の女性の余裕というものだろうか。さっきまで互いに抱きしめあっていたのに、恥ずかしさや苛立ちなどを見せずに正座し続けている。
これはきっと男としてみていないんだろうな―――そう思いながら自分を納得させる礼二がいた。
沈黙が走る中、それを打ち破るブザーの電子音とドアをノックする音が唐突に聞こえた。
礼二とレイチェルは同時に反応し、ドアへと視線を向ける。
「何!? 敵襲かしら!?」
彼女は礼二の耳元へと近づいて呟く。彼は目を細めながら答える。
「いや、それはないだろう」
ここは日本帝国軍の基地にあたる場所だ。襲撃が来ると誰が思うだろうか。
来るとすれば、朝と昼ご飯も食べずに寝続けている礼二を心配した寮長さんぐらいだろうか。
推測を頭の中で巡らせながら、礼二はドアへと歩み始める。
ドアまで後、数メートルに近づいたところで―――
「特殊部隊隊長のクロード・アズベイルだ。神原くん、いるかな?」
クロードの声が聞こえた。何の用だろうか。
礼二は声の主を招きいれようと扉を開く。
「おお…起きてたか……君に話があってね。今から出られるか?」
「はい、大丈夫です。これから着替えますので、少し待てますか?」
「うむ、ならばこれに着替えてくれないか」
クロードの手元に濃い緑色の服が見えた。
「これは…?」
「君の軍服だ」
そうか…俺は本当に軍人になったのか…
そう聞かされて、礼二は現状を再度把握する。
彼は少し黙ると、意を決したようにクロードの手元にあった軍服を手にし、部屋の中で着替えることにした。
礼二は渡された服に着替え、レイチェルと一緒にクロードの後ろに付くように軍の敷地内を歩いていた。
辺りには戦車やら戦闘機に囲まれていて、ここが軍の基地であると改めて思い知らされる。
「まさか君もいるとは思わなかったよ。探す手間が省けてありがたいが」
クロードは優しい声色でレイチェルに話しかけていた。
「私が誰にも気付かれずに入れるなんて、ここはザル警備なのかしら?」
「はは…それは手厳しいな……」
棘の入った返答をする金髪の魔術師。対して苦笑いをする特殊部隊の隊長。
このやりとりを聞いていると、礼二がエリゼとクロードによって軍の基地に連れられた時、レイチェルが誰にも気付かれずに取り調べ室前まで来ていたことを思い出す。
どうやって侵入したんだろう―――礼二が疑問に思っている内に、基地の本館が見えた。
出入り口から屋内に入って左に曲がると、『特殊部隊棟』の表札を見つける。
「ここは……?」
「ここは我ら特殊部隊に所属する隊員が、雑務もろもろを行う場所だ」
無意識に出ていた礼二の問いに対してクロードは答える。
内部を見てみると、部隊棟の入り口には受付。その先には机が並べられており、市役所や銀行の受付窓口を想像するような内装だった。
「あ、大佐殿、お疲れ様です!」
受付窓口に座っている栗色の髪をした女性が立ち上がってクロードに挨拶をする。
軍隊といえば、ガチガチな硬い雰囲気をイメージしていたのだが、彼女のようにフレッシュな挨拶を見てイメージが一掃される。
「ご苦労。アリア、何か問題は起きていないか?」
「はい! 何もありません!」
受付嬢は敬礼をしながら、甲高い声で彼に報告をする。
なんだろう。硬い雰囲気を持っているところで甲高い声での報告って、違和感があるよね。
「ありがとう。引き続き業務に励んでくれ」
「はっ!」
ビシリと敬礼をしながら返事をするアリアと呼ばれた女性。
身長が礼二より小さめであるせいか、背伸びをしている女の子を見ているようで可愛く見える。
「神原くん、行くぞ」
彼女に見惚れていると、クロードに促されて再び彼の背中を追うように歩き始める。
受付を通り過ぎて右に曲がると、『執務室』とドアの隣に張られた表札を見つけた。
「ここで話をしよう。入ってくれ」
クロードはドアを開け、2人を招き入れる。
礼二とレイチェルは彼に従って室内に入る。大佐は部屋の奥にあるデスクの椅子に腰をかけた。
「さて、神原礼二にレイチェル・フラッド。君らは今日付けで特殊部隊に所属が決定した」
「ええええええ!?」
唐突な決定に驚きの声を上げる礼二。彼とは違い、レイチェルは反対の意志を述べ始める。
「待って、なんで私があなたの部隊に入らないといけないのかしら?」
「それは彼が入るからだよ」
クロードは礼二に指を指しながら彼女の反論に答えた。それが痛手だったのか、レイチェルは何も言い返せずに顔をわなわなと震わせる。
「ごめん、レイチェル。多分、こうでもしないと俺はこの世界を生きていけないと思うんだ」
「そうね…あなたのことを考えると、それがベストな選択かもね……なら、私も入るわ」
2人のやりとりがまるでカップルのように見えて気まずそうに感じたクロードは、わざとらしく大きい咳をする。
「よし、快く同意してくれて感謝する」
大佐は右手の指をきっちり揃え、きれいな敬礼をしながら―――
「改めて本日付けで君らは特殊部隊所属となる。神原礼二、レイチェル・フラッドの両名の階級は一等兵とする。よろしく頼む」
そう言われてレイチェルは、『はい』の一言と共に軽い会釈をしていたが、礼二はどう反応していいか分からず、見よう見真似の敬礼で返す。
「はい、よろしくお願いします!」
敬礼をして気が引き締まったのか、大声で返事をしてしまう。
「うむ、良い返事だ。ここは甘いところでは無いから、困ったことがあれば私に相談するといい」
礼二の意気が認められ、クロードはにやりと微笑む。
この特例の入隊は、世界初の中学生軍人が生まれた瞬間だった。




