91:闘魂(後編)
「そろそろ照らしてやるか」
独り言のように呟き、俺は神聖力を指先に集めた。
魔力の光とは一線を画す、透き通るような純白の輝きが、洞窟の闇を一瞬で塗りつぶす。
ランプの比ではない、真昼の陽射しに迫る明るさだ。
「な……!? なんだ、この光は……!?」
「光魔法だと!? いや、誰が使えるってんだ……まさかアイツの魔法具か!?」
光源を破壊され、絶望の淵にいた《闘魂》の連中が、目を焼きながらも驚愕の声を上げる。
照らし出されたのは、岩壁に張り付き、今まさに跳躍しようとしていた数頭の狼型魔物だった。皮膚は剥き出しの筋肉のように赤黒く、背中には無数の骨質のトゲが剣山のように生え揃っている。
「グゥ……ッ!!」
光に焼かれたのか、魔物たちが顔を背けて怯む。乱れ撃ちとばかりに闇雲に放たれるトゲ。
それらは不可視の結界に行き当たる。触れた瞬間にトゲを神聖力で包み込むことで空中に固定する。物理法則を無視して静止した無数の針に、冒険者たちが息を呑むのが分かった。俺が指を弾くと同時に、トゲは飛来した時を遥かに上回る速度で逆向きに発射された。
岩に突き立つ音に混じって、各所で肉が串刺しになる音が洞窟内に反響する。
魔物たちは断末魔を上げる暇もなく、自らの武器であったトゲによって全身を蜂の巣にされ、魔力の粒子となって霧散していった。
「グルルルルァ……」
一回り体の大きい個体が怪我を負いながらも生き残る。俺は地面伝いに神聖力を広げ、そいつの体に神聖力をまとわせると、一気にひねり上げた。血しぶきが上がった。
「…………」
静寂。
さっきまで威勢よく俺を脅していた《闘魂》の面々は、武器を構えたまま石像のように固まっていた。
戦闘は呆気なく終了した。冒険者たちは魔物がいた場所と、俺を交互に見比べた。
「……あ、あぁ……兄ちゃん、いや、旦那! 助かりました! こんな奥の手を隠し持ってたなんて、本当に十級ですかい!?」
リーダーが、背中に突き立てた剣の感触も忘れたかのような、わざとらしい笑顔を顔面に貼り付けて擦り寄ってくる。傷口を押さえながら、俺の肩を叩いた。
「いやぁ、オレは最初から分かってましたよ! ただの新人じゃねぇってことは。まさか魔法師さまだったとは。あ、それとも魔法具ですかい? だとしたら今の治癒も、あのトゲを跳ね返した術も、国宝級の遺物でしょう? そんな凄いモンをお持ちなら、最初から言ってくだされば、オレたちもこんな失礼な真似は……」
手のひら返しのゴマすり。
あまりに露骨で、なんとも人間らしい振る舞いだ。
「お前ら、怪我の方はどうだ?」
ほとんどは軽傷か、これ以上の戦闘と探索に支障は出るが命に別状はないという程度のものだった。しかし胸に太いトゲを食らったメラニーという女だけは、止血が追いつかずにいた。
「うっ、これはマズイぞ……早く神官に見せねぇと」
かろうじて意識を保っているが、出血量を見るに先は見えている。助かるか助からないかの瀬戸際だった。
「あ、アンタ、ワタシを助けなさいよ! さっきの回復魔法! 使えるんでしょ!?」
血の泡を吹きながら叫ぶメラニーという女。その必死な、そして図々しい叫びを、俺は呆れた目で見下ろした。
「お前は回復魔法を使えるんだろう? 俺を刺したとき、お前たちに協力すれば治してやると約束された気がするが」
「え、あ……そっ、それは! 今ちょうど、魔力が尽きてて! 治せないから──」
「まぁなんでもいいが」
「え……? なによ、とにかく早く……ゲホッ、治しなさい! まさかこのアタシを見殺しにする気!?」
俺は何も言わずに彼女から目をそらし、《闘魂》の面々をぐるりと見渡した。
「……わざわざ追いかけてきて、ご苦労なことだ。礼金だけ受け取って帰っておけばよかったものを。力も見せてしまったことだし──」
言いきらず止められた言葉の含意に気がついたリーダーの顔から血の気が引き、真っ青になる。彼は慌てて、地に膝をつき、必死に頭を擦りつけた。
「そ、それは……! 悪かった、本当に悪かったんです旦那! 魔が差したんです! 金欠で頭がおかしくなってて……! だから、どうか、その……命だけは、勘弁してください!」
他のメンバーも、青ざめた顔でそれに倣う。黒髪の青年に大の大人六人が跪いていた。
「触手生命体について、何か知っているか?」
「……しょ、触手?」
特に意味もない問いだった。彼らが知っているはずもない。冒険者たちは戸惑ったようにお互いに目線を交わしていた。
予期されたものとはいえ俺が覚えた軽い失望を感じ取ったのか、リーダーは切羽詰まりながら話し始める。
「あ、いや! 触手! 触手ですよね! 南部の港湾都市に行くと、珍味として売られてるとかいう──」
言い切る前に、冒険者たち六人は同時に宙に浮き上がった。
「なに!? なんだこれ!?」「動けねぇ……ッ!」
彼らはパニックに陥る。
「お、降ろしなさいよ! 何でもする、何でもするから! ほら、ゲホッ、アンタの望むことをなんでも──」
まず手前の三人の首が折られた。生々しい断裂音が彼女の言葉を遮る。
「ひっ……!」
女が次になにを口にしようとしたのかは分からない。さらなる言い訳か、それとも虚しい命乞いか。だが、それを聞く必要はない。ここは閉鎖空間。目撃者はいないのだ。
俺は神聖力を残りの三人の周囲に展開し、不可視の「壁」でその肉体を包み込んだ。
「あ、が……っ!?」
「ま……待っ……て……」
逃げ場のない空間で、物理的な圧力が彼らを全方位から均等に締め上げる。
ミシリ、と骨が砕ける嫌な音が、静かな地底に響いた。内臓が押し潰され、逃げ場を失った血液が喉から溢れ出す。
数秒後、そこには数塊の、かつて人間だった肉の残骸だけが転がっていた。
「……さて」
俺は返り血の一滴も浴びることなく、死体の横を通り過ぎる。
崩落の恐れがある光線を使わずとも、物体操作の応用で事足りた。神聖力の無駄遣いは最小限に抑えたい。
凝った殺し方だが、効率は悪くない。光線として熱エネルギーへ変換して吹き飛ばすより消費量を節約できた。
指先に灯した純白の明かりで、さらに深部へと続く通路を照らす。
「探索を再開するか」
地底へと続く細い通路を見やった。




